第201話

 ルミエルから申し出があった帰りの馬車を辞退した俺は会食の場となっていた高級レストランを歩いて遠ざかった。さすがに今夜は尾行は付けられていない。そしてすぐにエリーゼ達と合流。もちろん全員が暗闇に紛れている。

「取り敢えず宿に戻ろう。状況が複雑なようだ」

「「「了解」」」


 中央街区を囲う壁の門の前後以外は、ニーナの隠蔽魔法で姿を隠しながら俺達は走った。

 その間も、俺は並列思考フル稼働で考え続けている。


 宿に戻ってからいつものように俺とエリーゼの部屋に集合。そしていつもと同様に遮音結界を張る。

「かなりいろいろ判ったんだけど、謎も増えた気がする」

 ニーナは早く話を聞きたくて仕方ない様子。

「イレーネはどんな女だった? シュンが出てきた帰り際に少しだけ顔は見れたんだけど」

 ニーナのその問いに、俺は少し返答に困ってしまう。女…か。


「イレーネはエルフじゃない」

「「「……」」」

「人間でもない。彼女は、サキュバスだ。エルフだと見做されているのは情報偽装スキルを持っているから」

 彼女、女。そう呼ぶのが正しいのか解らない。見た目は人間の女性以上に女性っぽいし男を性的に強烈に惹きつけるのは間違いがない。おそらくそういう行為も人間以上に可能なのだろうと思う。もっともその結果で子孫を残すことは無いはずだが。

 そしてイレーネは俺が持っているスキルと同じような情報偽装スキルを持っている。生体魔力から種族を判別する魔道具はこれで容易にだますことが出来る。このスキルの効果は意図して上書きしなければ変わることも、また途切れることも無い。


「サキュバス…」

「……」

「じゃあ、眷属化はやっぱり?」

 ニーナのこの問いには俺はすぐに頷いた。

「そこは確認できた。ただ、通常言われる眷属とは違う」


 ルミエルはイレーネの眷属だ。それは間違いない。そこに在った魔法契約、フレイヤさんの言葉を借りるならば隷属契約についても解析を済ませている。

 しかしルミエルは自由な意思や行動を何度も俺に見せた。忠実に主からの命令を盲目的にこなすだけ・・のような眷属らしさが全く無いのだ。

「望んで眷属になっているような形だと思う。だから契約としては緩いんだよ。縛りというものが無い。隷属契約なんて絶対に言えないもの」


 首を傾げたガスランがすぐに俺に問い返してきた。

「眷属になることを望んでいる?」

「なぜそんなことを…、と思うよな」

 ガスランが頷いた。エリーゼもニーナも同じく。


「おそらくイレーネの眷属になっている間は、不老不死だから」

「「「…っ!!!」」」


 このイレーネが行う眷属化には制限事項なり制約が存在すると俺は推測している。じゃなければ、この世界の王という王の中から何人かでもこの眷属化の虜にしてしまうことが出来れば、イレーネは世界を征服できるからだ。不老不死はそれを成し遂げられる強力な力であり、その魅力に抗える王は少ないと俺は思う。

 体質やそういう理由で眷属化が可能な人間は限られるのか、それとも眷属化、不老不死になれる人数に制限があるのか。俺の並列思考フル稼働での予想は半分以上の確率で後者だと言っている。もちろん両方の可能性もあるんだけど。



 エリーゼとニーナがお茶を淹れ始めた。少し時間をおいて頭をリフレッシュさせようということ。こんな時コーヒーがあったらなと、どうしても俺は思ってしまう。創造神が地球からこの異世界デルネベウムにいろんな物をコピペした際に、コーヒーのことはうっかり忘れてしまったんだと俺は勝手に想像しているが、今からでもいいんで是非持って来てもらいたいものである。

 ティータイムでひと息ついたところでエリーゼが話し始めた。

「パミルテの薬はどういう意図からなんだろう。ここまで聞いてたら単なるお金儲けじゃない気がしてきたよ」

 俺も同感だ。

「そこなんだけど、俺が感じたことを言ってもいいかな。あくまでも何となくそう感じたってことでしか無いけど」

「いいよ、話して」

 エリーゼもガスランもニーナも俺をじっと見つめた。


「目的は多分、帝国の弱体化だ。帝国を滅ぼすとこまではいくらなんでも無理だろうと思うし、そこまでは考えてないと思うけどね。今夜いろいろ話していて、イレーネは帝国西部の平定を望んでいると言った。それって帝国民として至極真っ当な考えのように聞こえるけど、帝国が国境線を後退させて平定という意味のように俺は聞こえたんだ。あの飲み薬を帝国西部に補充してたりとかそういう情報があるからだけど」

 そこまで言うと、ハッと表情を変えたニーナが少し大きな声で言う。

「安くて耐久性に難がある装備を普及させようとしているのは…」

「獣人小国家群を有利にするためだと思う。事実イレーネ商会がその手の装備を納めているのは帝国西部ばかりだ」

「じゃあパミルテの塗り薬を使うのは…」

「最後だろうな。おそらくその時にはイレーネ商会は畳んでしまうつもりじゃないかな。一気にそれで帝国西部の支配層を骨抜きにして抹殺する」


 ニーナは顔をこわばらせている。

「ねえ、シュン。そろそろフェイリスに会った方が良くない?」

「俺もそれ考えてたとこ。あの麻薬製造村で死んでいった女性達の仇打ちだと思ってたけど、どうやらそれだけじゃ済まないみたいだ。エルフの北方種族とイレーネ商会の関係もすごく怪しいし」

 帝都に来た時には、パミルテの薬について最終的にはフェイリスにあの村で押収した書類などと共に書簡か何かで告発をして、俺達は王国へこっそり向かおうと考えていたのだが、そうも言ってられなくなってきた。



 ◇◇◇



 翌朝、俺はフレイヤさんと話をしている。スウェーガルニとの時差を考えて昨夜は電話しなかった。俺の傍にはエリーゼ達も全員居る。


 フレイヤさんはサキュバスと聞いてしばらく沈黙した。考え込んでいるようだった。そしておもむろに語り始めた。

「サキュバスと称されるものについての記録は信ぴょう性が乏しいというのが定説なの。いくつか残っている話の内容に違いが大きいせいね。もしかしたらそれぞれ別の種か、亜種じゃないかと私は思っていたのだけど…。ただ共通点は幾つか在るわ」


 フレイヤさんが挙げた共通点は、まずは男を性的に魅了すること。そして男から精力と魔力を吸収して自身のエネルギーにすること。更には眷属を作ること。

「サキュバスは定期的に人間の男性と交わっている限りは長命だったみたいよ。完全とは言えないまでも、ある程度は不老不死だったのかもしれないわね。そして眷属はいずれはその後継者になると言い伝えられてるわ」


 そうか。もしかして眷属化は種の存続の意味もあるのかもしれないな…。とは言え、ルミエルは眷属ではあるが人間の女性だ。この先変わっていくのだろうか。


「私もまた文献を見直してみるわ。何か解ったら私からも連絡入れるわね」


 その後は、フェルの様子などを聞いた。学院でいろいろあるようだが楽しくやっているみたいなので皆安心する。



 フレイヤさんとの話が終わった時、ニーナが皆を見渡した。

「話は戻るけど、予想外過ぎてまだ混乱してるよ。それにしても悪魔種って本当に居たのね…。ううん、記録も見たことがあるし本でも読んだことはあるから実在してたんだろうと思ってはいたけど…」

 俺はそんなニーナに幾つかの書を読み解いて得ていた話をする。

「悪魔種の多くは魔族によって討伐され絶滅していったという話がある。おそらく昔はその生息域が重なってたんだろうな」

 すると、ハッとした顔になったニーナが一瞬で目に輝きを取り戻す。

「そっか、ドニテルベシュクなら何か知ってるかもしれないってことね」

「そういうこと。あいつ、いつになったら俺に会いに来るんだろうな」

 ガスランは、それはまだまだ先のことですぐには期待できないだろうという皆の思いを代弁するように諦めの言葉を呟く。

「長命種はノンビリしてるから」

「ノンビリし過ぎ!」

 すかさずニーナが不満たっぷりの顔でそう言い放った。

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