第199話
訓練不足だ。俺達は4人とも商人という立場。派手な行動は出来ないと自分達で戒めているので宿の裏で訓練したりとかそんなことは全くしていないが、そのせいかどうにもこうにもガスランが落ち着きがない。身体を動かしたがっているのが解る。
予期せぬ旅だったとはいえ、転移させられてからラズマフに至るまでの間は緊張感もあったし毎日身体を酷使していたのでそういう意味では良かった。それが一変して帝都に来てからは特に運動不足な状態なのだ。
そういう訳で深夜に徘徊している。
ガスランと二人で帝都の新街区の外に向かって走った。そして人気が無い所まで来て剣などのトレーニング。模擬戦では、俺は容赦なく縮地も駆使して相手をする。
「ガスラン、俺の動きは見えてないと言う割に、その反応の良さは何?」
「剣が見える」
「えっ? 剣?」
「いや、見えてるということでも無いのかな…」
どっちだよと言いたくなったが、ガスランのそれはおそらく気配察知だろうな。
「うーん、何か感じているってことか」
「感じている…? うん、多分そう。見えてると言うよりシュンの剣が近付くのが解る。魔物の居場所が分かる時に近い感じ」
「なるほど…、それもっと鍛えた方がいいだろうな」
「俺もそう思う。シュン続けて」
「了解、じゃあ本気全開で行くぞ」
「いや半分ぐらいで…」
情報屋ザッツから、帝国西部の貴族領に行っていたイレーネ商会のポーション補充便が戻ってきた話を聞いたのはそんな深夜徘徊をした翌日のこと。いつものようにスラムの外れに在るザッツの家に出向いたのは俺とニーナ。ザッツはその家を事務所だと言ってるがどう見ても廃墟一歩手前のボロ屋だ。
「どうやら、かなり大変なことがあったみたいだぞ。戻ってきた奴らは血相変えて本社に駆け込んでたらしい」
「へえ~、そうか」
「何かあったのかしら」
ザッツは俺達をジロリと睨んで言う。
「お前らは何か知ってるんじゃないかと俺は思ってるんだが?」
もちろん俺とニーナはとぼけた。
疑いの眼差しをなかなか止めないザッツだったが、ようやく諦めると俺達に言う。
「解った。もう訊かねえよ」
そう言いながら、小さな声で何やらブツブツ言ってるが気にしないことにする。
品評会、評価会。呼び方は幾つかあるようだが、そういう場だったクリーン魔道具についてのプレゼンをした日以来、初めて俺は商業ギルドへ行った。
ギルドカードを提示して伝言は無いか尋ねてみると、すぐに応接室に通された。
すぐに、プレゼンの時に評価員達と共に居た見覚えのあるギルド職員が部屋に飛び込んできた。
「あー、ルークさん来てくれて良かった。凄い反響ですよ、あのサンプルも大人気でこれで良いから売ってくれという人が大勢います」
「あ、まあそうでしょうね。あれサンプルと言いながら製品ですからね」
「ルークさんは自分で個別の販売をするつもりは無いと言ってたでしょ? それを受けて大口の仕入希望が来てます」
「どういう所からですか?」
「真っ先に来たのはイレーネ商会でした。そして大手の商会が三社と、中堅の商会がおよそ10社。噂を聞き付けた帝国軍からも問い合わせが来ています」
いろいろ詳しく聞いてみると、どの商会も単価、数量などについて交渉の場を持ちたいというものだった。
ただ帝国軍だけは違っていて、解り易く言うならば、どんなものか見てやる。気に入ったらこっちの言い値で買ってやるから持って来て見せろ、という感じらしい。
「どの商人も商売だと割り切って言うこと聞いてますけど、正直、帝国軍相手は面倒ですよ。皆さんのお得意さんだから悪く言いたくは無いんですけど」
「ふーん、なんかイメージ違うな…。軍人はもっと爽やかな印象だったんですけど」
俺はベスタグレイフ辺境伯軍の軍人達のことを思い出していた。ドレマラーク討伐の時に同行していて、俺達がメアジェスタを発つときに敬礼で見送ってくれた人達。
「いえ、今の帝国軍の購買の責任者というのが曲者なんですよ。一般の軍人さんはそれとは別です」
「軍からの問い合わせは保留にしておいてもらえますか」
「保留ですか?」
「別の言い方をするなら放置ってことです」
翌日から商業ギルドの商談室を一つ借りて商会との交渉が始まった。
俺はそれほど時間は掛けない。商会それぞれが当然のように持って来ている条件を見せて貰って、場合によってはそれについて少し質問したりするが、後日返答すると言って終わりの簡単な仕事である。
商業ギルド職員のアドバイスに従って中堅の商会との交渉を先にして、大手は後にしている。条件を見た時の俺の反応や質問したことなどが情報として大手の商会に回るんだそうだ。結果としてその方がいい条件が引き出せると職員は言うが、何だか、商人達から丸裸にされている気分。怖い。商人の世界って怖い。
さて、そういう訳で最終日。残っている交渉相手は大手の商会だけである。
俺がすることは特に変わらず交渉はこれまでと同様に進み、最後のイレーネ商会。
「ルーク様、こちらをご覧ください」
そう言って体裁の良い書類を手渡してきたのはかなりの美女。しかも露出が多い。色仕掛けかよ…。
俺の隣に同席しているギルド職員を見るとデレッとした顔。ダメだこいつ。
受け取った書類に目を通し始めると、その女性が話し始める。
「画期的な魔道具に我々は感服いたしました。是非、その普及の手助けをさせていただきたく今日は参上いたしました」
速読は並列思考のおかげ。さっと読んでしまった俺は言う。
「条件は分かりました」
「いかがですか?」
「民間用の販売と並行してすぐに軍隊向けの仕様検討を共にしたいということですが、具体的な案があるということですか」
「はい、ございます。軍需品の機能はシンプルであるべきだと我々は考えております。何が出来るか、何をすべきか、その辺の擦り合わせをさせて頂きたいと考えております」
「開発に関与したいという意味に聞こえますが」
「その通りでございます。我が国の軍に少しでも良い物を、という思いはルーク様と必ずや共有できると信じております」
「そうですか。では、検討の上返答いたします。今日はありがとうございました」
俺の素っ気なさを全く気にする様子も無く、その女性は椅子から立ち上がり俺達に一礼すると部屋を出て行こうとしたが、何かを思い出したかのように立ち止まって俺に顔を向けた。
「会長のイレーネが、近いうちに会食に招待したいと申しておりました。今回の案件はご縁が無かったとしても、それとは関係なく応じて頂けたら幸いです」
「考えておきます」
俺はとてつもない違和感と既視感を感じていた。それが何なのかは、ほぼ自分で判っている。
しかしその思索は、商業ギルドから出て歩き始めてしばらく経った時に一旦止めることになる。
ふう…、判り易いと言うか。
尾行が付いている。ザッツのようななんでも屋か情報屋か。どこかから雇われたんだろうな。
後を付けさせたまま、俺は帝都の西門を出て新街区に入る。どんどん歩いてスラムの中へ進んで行くと、少し戸惑いを見せた尾行者だったがちゃんと付いてくる。
狭くなってきた路地の曲がり角の一つに入った所で、隠蔽と縮地を同時使用しながら、俺は一気に距離を離して物陰に隠れた。その曲がり角に来た尾行者は俺の姿が無いことに動揺を見せるが、すぐに路地を走り始める。俺がその先に居ると思っているようだ。
俺は更に縮地を使ってその場を離れた。
壁内外を出入りする人が多い西門の近くで隠れて待っていると意外に早く尾行者だった男は戻ってきた。
「あいつだ。ザッツ知ってる奴か」
「あー、知ってる…。その、あいつは俺と同業者だ」
俺は尾行者を撒いてすぐザッツの所に行き、そのまま引っ張って連れてきている。
「さっき言ったように尾行されていた。あいつの依頼主が知りたい」
「それならすぐに答えられるぞ。あいつは仕事の大半がイレーネ商会絡みだ」
俺の頭の中にチラッと、さっきの美女の顔がよぎる。
そこにザッツが言葉を被せてくる。
「あいつの尾行を撒いたのか?」
「判り易かったからな」
「いやいや、あいつ尾行に関してはプロだぞ」
「あれでか?」
「…もういい。お前と話してると、俺達はこの仕事向いてないんじゃないかと思えてくる」
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