第198話 品評会

 商業ギルドは農業畜産業などの農産物生産者を始め、錬金術師や魔道具工房、鍛冶師などの職人、そんな生産職の人を支援する目的でそれぞれが作った自慢の一品を評価することを通常の業務の一つとして行っている。良い芋が大量に出来た、そんな事でもいいのだ。あらゆる物の評価を行いその結果を公表して、良い物は積極的に販売促進の手助けをする。

 実際、その公表された中から仕入れる物を選ぶ商人は少なくない。手厳しい評価を行う場合もある商業ギルドに自分が作った物を持ち込む生産者というものは、自分の品物に自信を持っているからこそそういう行動をとる。それなりの水準であることが期待できて、そんな物の中から良い物を誰よりも早く、あわよくば独占したいと考えるのだ。


 魔道具の場合は商業ギルドの会議室でそのプレゼンを行う。屋内で可能ならばその場でデモンストレーションも行うことになる。事前に概略を説明した資料は提出するので、そのジャンルに精通した専門家がそれを吟味する為に来る場合もあるらしい。

 という訳で、申し込みをした3日後の今日、俺は商業ギルドに来ている。申し込んで1週間ぐらいという話をちらと聞いていたので、こんなに早く呼ばれるとは正直思っていなかった。

 概略の説明は事前に提出した資料通りなので今更この場で詳しく説明することもないが、会議室に並ぶ人の前でおさらいの感じでひと通り説明。


「…ということなんですが、とにかく見て貰った方がいいですね」

 アシスタントのエリーゼと二人で、机や椅子などは移動させておいた会議室の前半分ぐらいのスペースの床に大きな白い布を広げる。

「汚れとして目立つものをと思って用意した黒い色の液体をここに撒きます。あ、心配しないでください。これは特に害がある物じゃないです。繊維を染める時に使うもので、定着させなければ水で洗い流せる類ですからご安心ください」


 広げられた白い布の中央に立って、俺はエリーゼに合図を出した。

 エリーゼは手にしたバケツのような容器に入った黒い液体を少しずつ布の上に垂らしていく。ちなみにこの白い布は防水仕様の物なので下には染みて行かない。

 黒い水たまりがたくさん出来上がっていく。ほぼ満遍なく白い布の上にそれが出来上がると、エリーゼはバケツの黒い液体を俺の頭の上からかけた。

 評価員たちから、えっという小さなどよめきも聞こえるがそれもすぐに静まって成り行きを見守る雰囲気が流れる。

 黒い液体が髪を滴り落ち、服にも服の中にも入り込んで気持ち悪い。しかし俺は大丈夫ですよという顔をして話を続ける。


「それではクリーン魔道具を動作させます」

 エリーゼから今回俺が作った渾身の魔道具を受け取って、俺はそれを手にしたまま発動させる。

 淡い光が予め設定していた半径5メートルほどの半球体となって広がる。色は明るめの青、どっちかと言えばエメラルドグリーンかな、にしている。これはクリーン魔法とは関係なくただの演出だ。そしてクリーンが動作し始めるとあっという間に黒い色の液体が消えて俺の髪や服、服の中に入り込んでいた物も綺麗に消失する。

 魔道具は自動的に停止して光も消えている。実際にはあっという間もなく一瞬でクリーンは終わるので、少しだけ光が残るのも演出である。


 俺は自分の服を少しめくったりして、ほら綺麗でしょとアピール。そして布の上から降りてエリーゼと二人で布を持ち、評価員達の目の前に近づけて見せつけた。


 もう一度白い布を広げ直して、次にエリーゼが取り出したのは細かな黄色い粉。吹いたら埃になって舞い上がりそうな程に細かいものだ。そう、これはきな粉だ。

 エリーゼはまた同じようにそれを布の上に撒き、そして俺の頭の上から笑いながら粉をまぶした。頭にたっぷり乗ったそれを手で拭うと手も粉で黄色っぽく汚れる。パンと手を叩くと黄色い埃が舞い上がる。

「じゃあ、またクリーン魔道具で綺麗にします」

 頭からきな粉を払って空中に埃が舞い上がっているタイミングで魔道具を発動させた。


 黒い水の時は茫然としていただけの評価員達が、どよめきの声を上げ始めた。

「どうなってるんだ。風魔法のクリーンじゃないのか」

「風魔法でこんなにすぐに綺麗にはならないわ。それにどこにも飛ばされてない」

「いや、時間かけてもここまで綺麗にはならないぞ」


「では最後にもう一度」

 評価員達の声はスルーして俺がそう言うと、エリーゼはまた黒い水を撒き、そして続けて黄色い粉も大量に撒いた。なんだか自分が、黒蜜ときな粉をまぶされた餅になったような気がしてきて俺もエリーゼと一緒に笑ってしまう。


 俺はもう一度クリーン魔道具で自分と白い布の上を綺麗にした。



 デモンストレーションが終わるとすぐに質疑応答の時間になって、次々に評価員から質問を受ける。

「はい、あの光はわざとです。クリーンが動作しているんだと解り易くするためですね。消すことも可能ですよ」


「今はゴブリンの魔石を入れてます。試してないですけど、これ1個で千回ぐらいは発動できる筈です。この魔力消費の少なさは自慢の一つです。あ、光を出さないともう少し増えますね」


「そうです。これは家庭の主に部屋の中を綺麗にすることを想定した設定にしてますが、人間用に特化させて冒険者用とか軍隊用とか少し違う設定も可能です」


「あー、魔法の詳細とかその辺は企業秘密です」


「価格ですか? それはまだ決めてないんですけど…。筐体の原価は凄く安いので技術料的なものになりますね。ええ、なるべく早めに決めたいですね」


「幾つ作れるか、ですか…。その辺も企業秘密ということでお願いします。取り敢えず10個は作ってますけど」


 サンプルとして一つを商業ギルドに貸し出す事にして、すぐに商品を紹介して構わないかと尋ねてきた、評価員の席に一緒に居た職員には構わないと返答した。

 この品評会で推奨品となった物は、定められたしばらくの間、それを購入した業者から商業ギルドに紹介への謝礼という形で金が支払われる。推奨品からヒット商品が生まれるのは商業ギルドにとっても美味しい話なのだ。



 ◇◇◇



 連絡や商品についての問い合わせはこちらが希望すれば商業ギルドが窓口になってくれるので、それはお願いした。顔を出した時に対応するということ。


 宿に帰ったら、ニーナがエリーゼを掴まえて根掘り葉掘り聞き始めた。二人で笑っている。そして、それがひと段落するとニーナは俺に向かってニッコリ微笑んだ。

「評判良かったみたいね」

「うん、解ってたことだしそれを狙ってたから、想定通り」

「食いついてくるかな」

 ガスランは少し心配。

 俺は少し首を傾げてそれに応ずる。

「まあ、軍隊向けに転用できることは仄めかしたし、待つだけだな」


 と、のんびり構えていたら情報屋ザッツからその日の夜に連絡が入った。急ぎだということなので俺とガスランで顔を出したら、怒ってるような感じ。

「機嫌悪そうだな。出直そうか?」

「お前はなんなんだよ。新型クリーン魔道具? お前の素性を調べてくれという依頼がいっぱい来たぞ」

「へえ、そんな仕事もしてるんだ」

「なんでも屋だからな…、と言うか、お前の事話してもいいのかよ」

「好きにしていいぞ。どうせ大した情報ないだろ」

「その口を閉じろ。そして俺に事情を話せ」

「いや、喋るのか喋らないのかどっちだよ」

 俺が笑いながらそう言うと、ザッツは真面目な顔で俺を見た。

「お前はわざと目立った、その狙いを話せって言ってるんだ。じゃないと俺の立ち位置が難しいんだよ」


 俺は笑いを止めてザッツの目をじっと見つめる。

「イレーネに会うためだ。会って直接この目で確かめる。敵陣に入れるなら尚のこと好都合。間近で敵情が判る」

「やっぱりそれが狙いか」

「もう一押しも考えてるが、とにかく会ってみないと話にならないからな」

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