第184話

 ダンジョンもどきの巣穴の入り口はエリーゼが硬化魔法で固めて塞いだ。普通のタンジョンなら備わっている修復機能がこの巣穴の場合は不完全なので、その硬化を崩すことは出来ないだろう。俺には穴の中を探索してみたい気持ちもあったが、どこにどのくらい続いているのかも分からないし今の俺達の最優先は東に進むことなので、帝国とギルドに報告するだけに留めようということになった。


「スカルエイプが自由に出入りしていることから、このダンジョンもどきは通路を作っているだけのような気がする。とは言え、通常のダンジョンの壁や床とほぼ同じ素材だから探査、察知系についてはかなり遮断してるけどね」

 ニーナが質問で補足してくれる。

「安全地帯は作ってないってことよね。魔物が通れてるから」

「そういうこと。おそらくは作れないんじゃないかな」

「だとすると階層もない?」

「それは間違いないと思う」

 ガスランの質問に俺は肯定の意を込めて頷いた。


「でも階段はあるのね…」

 ニーナがそう言ったのは、既に塞いでしまったが、入り口の階段を降りた少し先には更にもう一段下に降りる階段があったことを指している。

 エリーゼが気味が悪いという思いを隠さない表情で言う。

「なんか、蟻の巣みたい。猿なのに…」

 虫系は嫌いなエリーゼ。



 と、そんな感じでもう見たくないと思っていても、スカルエイプはまた現れた。

 巣穴を塞いだ翌日に早速、探査に反応有り。

「スカルエイプだ。今回は焼くのは無しで」

「「了解」」

「残念」


 木立に潜んで待ち伏せというのは習性なのだろうか、しかし俺達が気付いていることを悟ったか今回の群れは姿を現して威嚇してきた。群れは8体。

 武器を振り上げてキーキーと威嚇してきているのに付き合う必要は無く、サクッと斬撃と矢で一網打尽。俺は雷撃の準備をしていただけで終わった。

 見分を始めてみると、金属製の武器を持っていたのは8体のうちの2体のみで、残りは棍棒だった。防具の類は一切なし。早い話が素っ裸だ。それでも地球の猿と同様に体毛が濃いのでそれなりに防御力はあるのだろう。

「あっ…」

 ガスランがそう呟いたのと同時に俺も気が付いた。

「無い…」

「引っ込んでるとか?」

 ガスランとそんなことをブツブツと話しながら、一緒により詳しく観察してみる。


 人型だというのに睾丸や性器の類は一切備わっていないようだ。当然、雌でもない。すぐに他の7体も調べて同じだというのが判ると、俺とガスランは顔を見合わせた。

 その時ニーナが俺とガスランの間に入ってきて言う。

「何をコソコソ二人でやってるのよ」

 エリーゼは何となく察しているようで、チラッチラッとスカルエイプの死体の股間の辺りを見ている。


「あ、その…。無いんだよ、こいつら全員」

 意を決して俺がニーナにそう言うと、ガスランが口を挟んだ。

「◆◆◆が無い。でもメスでもない」

「「……」」


 ガスランの言葉で顔を真っ赤にしたニーナは少し可愛かった。しかしエリーゼは逆に冷静になっていった。

「生殖器が無いってことなのね…。そういう種だと考えるしか無いのかな」

「事実としてはそうだけど、種としてこれで成り立っている説明がつかないとな…」



 今回の群れが現れたのも木立の中に隠された穴からだった。こうして同じことを繰り返していると、巣穴の出入り口を幾つか潰したぐらいでは嫌がらせ程度にしかなっていないなと思えてくる。

「少し中を見てみるか」

 俺がそう呟くとガスランがこくりと頷いた。


 スカルエイプを回収してしまってから、俺達は少し作戦会議をして奴らが出てきた穴に入る。最初の階段を降りて少し進むともう一段下に降りる階段がある。そこも降りて通路の様子を見てすぐ、先頭から俺、ニーナ、ガスラン、エリーゼの順に変更した。

 分岐が多い。脇道が多いということは背後を取られる可能性も高いということ。

 それにしても、この一つ下がったところは予想以上に広い通路だ。そして通路の中は通常のダンジョンと同様に明るさが保たれているので照明は必要ない。


 通路の広さのおかげか探査がかなり有効。すぐに知ることが出来たのは、この通路の先、まだ距離はあるが多数のスカルエイプが居るということ。少し反応が異なる個体は上位種だろう。

「多い…。300? は超えてるね」

「そんなに?」

「多い…」


「この先は何なんだろう。集落みたいなものなのかな…。オークの大広間みたいな感じの」

 エリーゼが更にそんな疑問を口にした。


「上位種も居るけど、何にしても途中遭遇したら瞬殺していくぞ」

「「「了解」」」


 近付いて分かって来たのは、どうやら、その集落のような所の中心辺りにはさらに下に降りていく所もあるようで、そういう所を出入りしている感じのスカルエイプも多い。

 すると、俺達とタイミングを合わせたかのように脇道の一つからスカルエイプが数体近付いてくる。

 探査で見えていたので先手は取れて瞬殺。でも、どうしても物音が少し響いてしまう。その音が呼び水となって集落の方から上位種と通常種10体がこちらに移動を始めた。

 ゆっくり忍び足で行ってももう意味がないので俺達も開き直って全速接近する。ここまで来たんだし、集落がどういう所なのか確認はしておかないと、と思う。


 俺達に近付いて来た上位種が見えた。スカルエイプソルジャー。通常種より一回り大きい個体だ。すぐにガスランが首を刎ねて瞬殺。残りの通常種は俺の雷撃とニーナとエリーゼの矢で、これらもほぼ瞬殺。

「一気に行くぞ」

 もう何も気にせずに攻めるのみ。

 しかし、スカルエイプ達も行動は迅速だ。キーキー騒ぎながら次々にこちらに押し寄せて来る。集落から俺達が居る通路の方へどんどん来るので、見えたら撃つという感じで次々と撃破していく。ソルジャーも何体か共に来ていたが、構わず粉砕していった。


 やがて通路に来るスカルエイプやスカルエイプソルジャーの群れが途切れる。全力の探査で見てみると、どうやらスカルエイプ達は俺達との戦闘は割に合わないと気が付いたのか、集落の中央にある大きな穴の中に逃げて行った模様。

「逃げて行ってる」

 俺は全員にそう声をかけて走り始めた。


 その大きな穴を覗き込んだ。底は広い。その底の広間からまた多くの分岐の通路が半ば放射状に口を開けている。スカルエイプ達がその通路にバラバラに逃げているのが探査でも判る。

「バラバラに逃げてるなんて。結構、賢い」

「全部は無理っぽい」

 エリーゼが俺にそう応じた。


 しかし上位種は底の広間にまだ留まっている奴が多い。追うならあいつらかと思った時、底の広間からの一つの通路の先に全く別の強い反応が出てきた。

「おっ、キングみたいな奴もいるっぽい」

「「えっ」」

「うん。でもそれも逃げようとしてる。今から追いかけても難しいかな…」

 エリーゼのその言葉の通りだろう。奴らは足が速い。


 一つの考えが閃いた俺は素早く、既に脳内に出来上がっているこの巣穴のマップと現在位置、地上との距離などを確認。

「ニーナ、しばらく空中に留めて貰えるか? 俺達4人を最低でも10分程度」

 ニーナはニヤッと笑って応じる。

「いいわよ。訓練の成果を見せてあげる」

 頼もしい。


「まずは上に穴開けるから」

「えっ? 上に穴?」

 首を傾げるニーナに、俺はその場の天井を指差した。

「俺達の脱出路」

「うーん…、取り敢えず了解」


 時間が惜しいのでさっさと雷撃砲10連装。俺は天井を撃ち抜いた。

 通常のダンジョンの天井のつもりで魔力を込めたら、拍子抜けしそうなほどあっさりと、スカルエイプ達が逃げ込んだ大穴の真上に地上までの大きな穴が開いた。

 空が見える。


「水攻めをするから、あそこの空中で停まってくれ」

「は? 水?」

「急げ」

「取り敢えず今開けた脱出口の所に浮けばいいのね。高さは指示して」

 ニーナはすぐに俺達を重力魔法で空中に浮かせて集落中央の大穴の上に移動した。頭の上には俺が開けた脱出口、その上には青空が見える。


「さて、神殿の水だから御利益たくさんあると思うぞ。聖水じゃないけどな」

 俺はそう言って、樹海の神殿の排水をした時の魔道具を取り出した。

 エリーゼはとっくに俺がこれからやろうとしていることを理解していて、呆れた顔をしている。ガスランも同様。

 ニーナは大きな目を更に大きく見開いて言う。

「まさか、あの水をここに出すの?!」

「だってバラバラに逃げてるから、その方が効率良さそうだろ」

「…シュン、なんと言うか。鬼ね」

「それは俺にとっては最高の誉め言葉だ…、よっと」

 俺のその言葉を聞いてガスランがニヤニヤ笑っている。ガスランは魔鬼とも呼ばれることがあるハイオーガだったからね。


 ドドドドドドッという音と共に膨大な量の水がスカルエイプが逃げた穴の中に飛び込む。

「ニーナ、もう少し上げてくれ。もしかしたら溢れるから」

 そうニーナに指示をして、二つ目の魔道具を出す。

 またもや轟音と共に膨大な水が竪穴の中に注がれる。

 続けて三つ目…。

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