第183話 鎮魂の唄
そこは森と草原の境目に造られた要塞のように見えた。要塞の中にも高さがある木が何本もその葉を茂らせているせいで、草原に面している外壁の入り口があたかも森の入り口のように感じられた。生きる物の気配は全く無く、ひっそりと静まり返ったその要塞はたくさんの木々と共にじっと主の帰りを待っているかのようだ。
人工物が在るが同時に生物の気配は無いことを、俺とエリーゼはすぐにニーナとガスランに告げていた。
「地図にはこんな廃墟の情報は無いから、やっぱりまだ空白地帯なんだね」
そんなことを呟いたエリーゼに俺は答える。
「帝国もまだ、この辺りまでは手が回ってないんだろうな」
俺達は、ベスタグレイフ辺境伯領の領都メアジェスタで入手していた帝国の地図を見ている。いつか役に立つかも知れないと軽い気持ちで購入していたのが、今まさに役立っているということ。王国で入手出来る帝国の地図よりかなり詳しい。
だが、そんな地図であっても何度も愚痴や文句を口にしてしまいたくなるほど、どうやら俺達は辺鄙な所に居るらしい。そもそも本当にここは帝国領と言えるのか。そんなことも思っているのだった。
目指すのは、イゼルア帝国の帝都ルアデリス。
その為の最短コースとなるほぼ真南に向かうことは、早々に断念している。それは地図でも明らかなように、俺達が転移で飛ばされた所のすぐ南には標高の高い山を幾つも擁した山脈がその行く手を遮るように連なっているからだ。夏なのに山頂付近に白い冠雪だろう、それが残っているひと際大きな山も見えている。
けれども、その目立つ山のおかげで俺が推定した現在位置はそれほど間違っていないと思うことも出来た。地図にその山の情報がはっきりと書かれているからだ。
その山脈を大きく迂回する為に俺達は東へ進んでいる。山脈が途切れる東の端まで進めば、そこには帝都に繋がる街道と街がある。
冒頭の話に戻るが、その建造物を発見したのは、転移してきたあの湖の近くの石室を離れて3日後のことだ。要塞のようだという表現はそんなに間違っていないように思う。それは、戦いの跡のように幾つもの傷跡がその外壁にはあるから。
「これって、刃物で付けた傷だよね」
入口の両脇にある開いたままの扉に付いている傷跡を見てニーナはそう言った。
「斧か大きな刃物、両手剣かな」
ガスランもその意見に同意のようだ。
エリーゼは錆びた蝶番など扉の状態を見ながら言う。
「いつのことだろう」
「新しくは無いがそんなに古くもないな…、10年ぐらいってとこかな」
木材部分にある傷跡や摩耗の度合い、朽ち方を見て俺はそう言った。
外から見て俺達全員が思った通り、そこはエルフの小さな氏族郷の跡だった。要塞をイメージさせた黒い外壁はそんなに広い範囲を囲っている訳ではなく、中に在るエルフの様式で建てられた住居跡は20戸ほど。今は荒れ果てて雑草が生い茂っているが、囲いの中に畑も作っていた様子が分かる。
「小さな氏族だったのね」
エリーゼがそう言うとニーナも頷いた。
よく見て行くと、白骨化した死体が幾つかある。そして、そんな中には魔物のものと思しき骨もある。
ガスランがその魔物のものと思われるうちの一つを手に取った。
「これって…、どんな魔物だろう」
極めて特徴的な頭蓋骨。人間ではない。しかし人型だろう。
「ガスラン、そこ魔石落ちてないか」
俺がそう言うと、ガスランは改めて足元を探し始めた。
「これはスカルエイプ…。エレル平原の調査隊の報告書にあった奴だな」
ガスランが拾った魔石を鑑定した結果だ。
首を傾げながらニーナが言う。
「武器、刃物を使ってるよ。確かエレル平原の方の記録だと棍棒ぐらいしかなかったはずなのに」
「作る技術を持ったとは思えないから、人間から奪ったんだろうな」
調べを進めてみると家の中はどこもことごとく荒らされていた。それでも、そんな中から幾つかの書物を見つけた。尚、武器や農具の類などはもちろん、金属製の物は全く残っていない。スカルエイプが持ち去ったと思われる。
見つけた書物はそのほとんどが現代語の物である。これはこの氏族が他と関わりがあったことを意味している。しかしこれと言って興味を惹くものは無かったので、現代語の物はこのまま残すことにした。
Rxufqawtco jcpvrft…♪ Eorzzrvl…、Yqpuz oegdqqk miufzit Yggdrasill…♪
その夜、この氏族郷の中にエリーゼの鎮魂の唄が静かに響き渡る。
エリーゼの氏族に伝わるもの。
歌詞が古代エルフ語なので俺にはさっぱり解らないが、いつか必ず、世界樹の枝の上で再び寄り添うことが出来るという意味らしい。
松明を手にしたガスランがエリーゼの傍に付き添っている。
「悲しい響きだけど、割と詩の内容はポジティブなのよね…」
「まあ、魂がもしまだここに居るなら、聴かせるためのものだろうからな」
そんな事を話しながら座って見ていた俺とニーナも、立ち上がり黙とうを始める。
合掌。
安らかに眠れ…。
◇◇◇
廃墟となっているエルフの氏族郷跡で一泊した後、そこを離れた俺達はまた東進を続けている。急に荒野のような様相を呈してきた土地に少し不快さを感じながら俺達は歩いた。土ではなく石が多くなってきたこの土地は、ちょっとした風で舞い上がる砂が多く埃っぽいのだ。
それでも木立はまだあちこちに有って、なんだか俺はエレル平原に少し似た雰囲気を感じる。
不快さは何かの警告のようなものだったのか、探査に反応が有る。
「スカルエイプだ。5…、7…、全部で12体居る」
かなり先だが前方にある木立の中、突然探査に見えてきたそいつらはすぐに俺達に気が付いて様子を窺っている。
「ん? 一つ消えた」
「シュン、地下に潜ってる?」
エリーゼがそう言った。
うん、エレル平原調査隊の報告書にもスカルエイプは地下に住んでいるとかそんなこと書いてたし、どうやらここの奴らもそうなんだろうけど。でもこんなにフッと唐突に消えてしまうのは…。
「うん。だけどこれって、ダンジョンっぽいな」
「え?」
「ダンジョン?」
「確かに…」
スカルエイプたちが潜んでいる木立はそれほど広い物ではない。しかしそこには、おそらく地下への出入り口があるのだろう。
俺は、居なくなった一体は仲間を呼びに戻った可能性が高いと考えた。皆に素早くそれを説明して指示。
「仲間が増えて散開される前に叩いてしまおう」
「「「了解」」」
走って接近を始めた俺達を見て、スカルエイプ達が少しドタバタしている様子が分かる。
なんとなくひらめいた俺は走るペースを少し落として言う。
「ニーナ。あの辺の木、全部焼いてしまってもいいぞ」
「あっ、その方がいいかも」
「それなら皆離れないと」
「いいの? オッケー、やっちゃうわ」
走るのを止めたニーナに合わせて俺達も停まってニーナの様子を見る。
爆炎魔法が発動。
バガガガーンンンッ と、爆弾が落ちたような轟音が響く。
いや、これってナパーム騨ですか…。空爆ですか。
木立の手前半分は一気に爆炎に包まれて、そしてそれはどんどん燃え広がっていく。ガスランが離れた方がいいと言ったのは、これだから。
とにかく高温だというのが、あっという間に消えていく木を見て理解できる。
エリーゼが熱風を押し戻す風魔法を使い始めた。
火魔法の怖い所は、燃える物が無くても火はそこに存在し続けるということ。
要するに止めない限りずっと燃え続け熱を放ち続ける。
俺はニーナに声をかける。
「ニーナ、穴を見つけたいから火を動かしてみて」
「全部焼いたら一旦止めるよ」
あっ、そうですか。やっぱり全焼させるんですね。まあ、俺から言ったことだから今更それはいろいろ言えないし、待つことにした。
結局、木立だった所全てを覆い尽くすような炎がしばらく燃え続けて、満足したのかニーナが魔法を止めた。
怖い。その満足げな微笑が怖いよ。今度からイフリートって呼ぼう。
エリーゼが冷却魔法で冷やすとすぐに近づくことが出来るようになった。でも、魔石なんか欠片も残ってるはずはなく、それどころかスカルエイプが居た痕跡も全く無い。
が、その焼け跡にはぽっかりと口を開けた穴が在る。そしてかなり焼けただれているが階段も見える。逆にあの高温にこれだけ耐えたのは普通じゃないとも言える。
俺はその階段の奥の部分を鑑定。穴の中の壁や天井に相当する部分も。
ん? これは…。
「ダンジョンなんだけど、これはかなり質が低い。普通ならあるはずの壁や床の修復機能はおそらく無いと思う」
「でも探査は妨げてるのね」
エリーゼの方を見て俺は頷く。
「うん。そこは通常のダンジョンと同じだな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます