第185話

 スカルエイプ達が逃げ込んだ竪穴と、その穴の底から幾つも伸びている通路。そして集落の部分までほぼ完全に水没したので、俺は注水を止めた。まだ通路の方に水は流れて行っているので、全体の水位としてはもう少し下がるんじゃないかと思う。

 ガスランが俺に言う。

「キングっぽい上位種はどうなったのかな」

「水で流されていったのは確認してるけど、その後は解らない。まだ生きてる可能性はあると思う」


 そんなことを話しながら、雷撃砲で開けた脱出口から俺達は外に出た。


 ダンジョンは水をよく吸収する。それもあっという間と言って良いほどに。なのでダンジョンとしては不完全だとは言え、この巣穴もいずれはこの水を吸収してしまうだろう。

 これ以上は為すべきことも無くなったので、俺達はスカルエイプ討伐に一応キリを付けた。何だか消化不良の気分ではあるが、スカルエイプ達にはかなりのダメージになったはずだ。エリーゼが鎮魂の唄で供養した、あの氏族郷のような悲劇が少しでも減ってくれればと願う。


 先刻、エリーゼはこのスカルエイプの巣穴を蟻の巣のようだと言った。そして雌雄どちらでも無いスカルエイプの通常種たちは、まるで働きアリのようだと。


「働きアリってのは実は雌なんだよ」

「えっ、そうなの?」

「うん。俺が知ってる蟻だと、そう」

 既にスカルエイプの巣穴からは離れて、俺達はその日の野営地に定めたとある木立の端で焚火を囲んで食事をしながら話をしている。

 俺は問い返してきたエリーゼに軽く頷くと続けて説明する。

「身体の構造としては雌なんだけど、それは抑制されているという話を聞いたことがある。で、女王蟻がもし死んでしまったりすると働きアリの中の一匹が女王蟻に変化するらしい」

「あ、なるほど。確かにそうじゃないと群れが滅んでしまうね」

「スカルエイプもそんな感じなのかな…」


 俺も、スカルエイプのあの群れの在り様は蟻の生態に近いんだろうと思う。だが、それよりも気になっているのはダンジョン的だった巣穴のことだ。スカルエイプとセットになっているような気がして仕方ない。スカルエイプが、たまたまああいうダンジョンの出来損ないのような穴を見つけて住み着いたとは思えないのだ。

 ダンジョン的な巣穴とスカルエイプ、二つ併せて誰かが意図的に作ったんじゃないのか。そんなことを想像してしまうのだった。



 ◇◇◇



 さて、現在俺達は山越えをしている。それは、真っすぐ東に進んでいく途中で、東西に連なる山脈から北に飛び出したような小さな山の連なりが俺達の目の前にあるからだ。これを迂回する為に一旦北に進むよりも、この程度の山ならば越えてしまった方が早いと判断した。

 ステータスが尋常じゃないほどに上がっている俺達だからという理由もあるが、登山というよりもハイキングみたいな感じで、結構ノンビリ景色を楽しんだりしながらのものになっている。

 実際そこは山脈の険しい山々と比べるととてもなだらかな山だ。中腹からは草原が広がっている。


 転移させられて以降、緯度の高さもあって夏なのにそれほど暑さを感じない。夜は寒さを感じるほどだ。

 草原で野営の準備を始めて、夜の間は焚火を絶やさないようにしているので薪を拾いに行こうと思うが、この辺りに木はない。

「ガスラン、薪のストックある?」

「少しなら…。朝までの分は無い」

「昨日多めに拾っとけばよかったな…。仕方ない、ちょっと走って採ってくるか」

「いいよ。一緒に行こう」

 草原になっている山の中腹、なだらかな尾根を横切ろうとしている俺達の進行方向から外れて、山頂方向に向かえば林の木々が見えている。

 エリーゼ達にひと声かけてから、俺とガスランはその林に向かった。


 適当に乾いた枯れ木を選んで拾っていると、探査に微かな反応が有る。

「ガスラン、なんか居るよ。奥の方だけど」

「どんな奴?」

「魔物なんだけど、かなり隠蔽が得意そう。凄く弱い反応」


「あっ…」

 ガスランがそう言って足元を指差した。

 見ると、白くて細い糸が木と木の間にぴんと張られているのが判った。膝の高さぐらいのところにそれは張られている。

 俺はその糸に近付いて鑑定。

「これは蜘蛛の糸だな」

「蜘蛛? アラクネ?」

「うーん、ごめん。その違いまでは糸の鑑定ではわからない。ただ俺達のことはもう気が付いているみたいだ。どっかで既に糸に触ってしまったんだろうな」


 どうするか少し悩むが、一旦はエリーゼ達の所に戻ることにする。


「そんな糸の張り方をするのは多分スパイダー種」

 エリーゼがそう言った。

 人型に分類されることもあるアラクネは普段はもっと細くて目で見えないぐらいの糸を風に漂わせるような感じで広げるそうだ。そしてスパイダー種というのは大きな蜘蛛の魔物で、キラースパイダーと呼ばれる魔物が王国南部以南に生息している。

 スパイダー種は単独行動を主としていて、雄の固体なら数年に一度交尾の為に同族を求めて移動する事がある程度で、それ以外は自分のテリトリーでじっと獲物を待つだけらしい。但しその危険度はAランク。強靭な糸で絡め取られたら、ミノタウロスのような怪力の持ち主でも身動きできなくなってしまう。


 森の種族のエルフはスパイダー種とは因縁深い関係なんだそうだ。エリーゼ自身、故郷に居た頃に何度も討伐したスパイダー種の死体を見たことがあると言う。

「火が最大の弱点ではあるけど、意外と水を嫌うの。雨が降っている時は巣から出てこないとも言われてたよ」

 しかしエリーゼは少し首を傾げて腑に落ちない顔で続ける。

「だけど、こんな寒い土地にスパイダー種が居るというのは、聞いたことが無い。王国でも南部以外には居ないはずだよ」

「水を嫌うのも、体温が下がることを嫌ってるからなんだろうしな…」

 ニーナがここで口を開く。

「変異種?」

 ガスランがそれに答える。

「そう考えるのが妥当かも」



 その夜、予想通りスパイダー種が林から出てきた。日本の軽自動車ぐらいの大きさのそれをしっかり鑑定で確認。キラースパイダーだとあるが、エリーゼから後で聞いたのは体毛の多さや色も全く違う亜種だということ。

 基本的には夜行性だと聞いたので警戒していた。そしてそんな奴をずっと探査で捕捉し続けることによって次第にこのタイプの隠蔽に慣れてくる、それはエリーゼも同様だ。

 打ち合わせ通りに引きつけてから攻撃。

「ニーナ!」

「はーい」


 俺が上げたライトの光球の明々とした明るさの下で、ニーナが得意の加重魔法で抑えつけると、キラースパイダーは糸を吐き出して俺達をかく乱しようとしてきた。こいつ、口からも糸を吐くのか…。と思ったら、よく見たら顎の下から出ていた。

 吹き出され意外なほど速いスピードで飛んでくる糸をガスランの斬撃が弾き飛ばす。そして更にエリーゼが伸びて来ていた糸を風魔法で押し返すと、粘着性の高い糸がキラースパイダー自身に貼りついた。

 キラースパイダーの近接での戦い方は確認できなかったが、もういいだろう。

 俺はキラースパイダーに電撃スタンを撃って沈黙させた。


 キラースパイダーはトレントの麻痺毒に似た毒を持っている。これを先に敵に打ち込んでから糸で巻き上げるか、糸を巻き付けて自由を奪った敵を麻痺させるか。そういう大きく二通りの狩猟行動だという。

 そうして縛り上げた獲物を巣に持ち帰るというパターンだ。


 ひと通り調べてから、ニーナが加重魔法で抑えつけた状態でガスランが火を纏わせたヴォルメイスの剣で全ての脚と頭を落とした。その後すぐに頭のすぐ後ろの体節部分にある魔石を抜き取ると、切り取った部分も合わせてニーナが一気に炎で焼いた。

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