第16章 予期せぬ旅

第182話

 薄暗く静まり返ったこの場所は何かの建物の中。

 周囲に探査に反応するようなものは一切ない。

「皆、大丈夫か?」

「私は大丈夫」

「問題ない」

「少し眩暈がするけど、無事よ」


 眩暈がすると言ったニーナはポーションを飲み始めた。


 薄暗いがライトの光球を出すほどではない。

 ここは、何かの遺跡だろうか。石の床の上は土でザラザラしていて、窓も何もない石の壁で囲まれているがその一辺には壁が広く途切れた部分がある。今居る所が真っ暗になっていない明るさの元はこの出入り口のような部分からの弱い光。それはおそらく月の光。ここを部屋と呼んでいいのか広間なのか約30メートル四方の正方形で、天井までの高さは約5メートル。

 転移トラップに掛かったという自覚と共に、残された隊員たちのことが心配になる。あの似非女神の像には攻撃の意志は無かったように思う。意志を持っているかどうかはともかくとして、攻撃の兆候は感じられなかった。

 今回の転移は固定転移魔法。言い換えれば、受け側として設定された転移先があるのが前提の転移だということ。そして、今居る場所には転移元へ戻れる魔法陣は無い。これまで話に聞くだけだったダンジョンの転移トラップと同じものだと考えていいようだ。


「探査には特に反応は無いが、外を確認しよう。ガスラン」

「分かった」

 大きく開いた出入り口の左右両端に分かれて、身体を半分隠しながらガスランと二人で外の様子を見る。

 出入り口のすぐ先には狭い土の庭のようなスペース。その先に見えるのは湖。その水面の高さと差があることから、ここは少し高台なのだと解る。そして淡い光の正体はやはり月だった。

 この高台はそれほど広い土地ではないようだ。木々の茂みがこの石室のような建物の周囲からすぐに斜面を下っているような広がりを見せている。湖の対岸には湖畔に迫っている山。



 石室の中も近くもなんとなく居心地が悪いので、そこから出て湖の方へ降りた。この辺りは草原の所々に木々が深い部分が在る。対岸の山の方はもう少し木々の密度が濃いように見えるが、薄暗いので詳細は分からない。

「ここは、今何時ぐらいなんだろ」

「樹海だともうとっくに夜は明けてる時間だよね」

 俺の呟きにエリーゼがそう応じた。


 かなり遠くへ飛ばされてしまったという事は感じている。日が昇ればもう少し詳しく判ってくるだろう。

 石室の中には転移する仕掛けは無さそうだという事は三人に説明した。但し、転移の受け側としての機能は当然ある訳なのだが、それについての対処は保留。

「ダンジョンの転移トラップはこういうものなんだろうなと思ってる」

「鑑定でも見分けがつかないのはやっかいよね」

 結局、自分にヒールを掛けて眩暈などの不調を解消したニーナがそう言った。

「見分けがつかないと言うよりも、あの魔法陣はあの像があの時に描いたものだからその前に察知することは不可能だった」

 ガスランがすかさず質問してくる。

「赤く光った時?」

 俺はそれに頷いた。そして続けて言う。

「そう。あの赤い光で魔法陣が構築された速さも凄かったけど、おまけにあれ転移魔法が4つ重なってたんだよ」

「4つ?」

 ニーナはオウム返しのような疑問を口にするが、その数が意味したものにすぐに思い当たる。

「もしかして…」

「そう。俺達をそれぞれ別の転移先に飛ばす為だったと思う」

「じゃあ手を繋いでなければ、別の所に飛ばされてたってこと?」

「うん、メチャクチャ意地悪だよな」

 ニーナは眉間に皺を寄せて憤慨し始める。

「意地悪どころか性格悪すぎでしょ! 陰険よ…。うん、決めた! あの神殿ごとボコボコにぶっ潰すわ」

 エリーゼがそんなニーナに笑いながら言う。

「それは賛成だけど、その為には帰らないとね」


 まあでも俺に言わせれば、別の所への転移とかよりも転移させられたという時点で怒り度MAXなんだけどね。それは自分自身に対しての怒りもある。どうして気付けなかったのか。鑑定や探査に頼り過ぎてるんだと思う。


 ガスランが俺に言う。

「4つ在ったから斬るのを止めた?」

「うん。一つは斬れただろうけどな。残りは間に合わないと思ったのと、剣を振った勢いでガスランが離れるのを避けたかった」

 ニーナの手を握ったガスランとエリーゼを掴まえた時、俺はガンドゥーリルを振ろうとしたガスランのその手を掴んで止めていた。



 それからすぐに湖の近くの草原にテントを張った。樹海の神殿入り口のキャンプ地にテントを張ったままだったのでこれは予備の物だが、全く同じ物なので問題はない。備えあれば憂いなし。

 排水作業からぶっ通しの徹夜になっていたので、エリーゼ達は一旦休ませることにして俺は一人で夜明けを待った。転移トラップに引っ掛かったことに関して反省すべき点は多いが悔んだり嘆いている暇はない。ただ今後の為に事実を淡々と分析しておこう。そんな風に自分に言い聞かせていた。


 しかし今回、俺に新しいスキルが発現していた。

 こういうのは何と言うんだろう。棚から牡丹餅? 瓢箪から駒? じゃなくて転んでもただでは起きない的な、そんな感じ。


 取得技術 縮地Lv3


 以前、女神が言っていた体術系技能の一つに該当するスキルだ。この縮地を体感すれば空間転移との本質的な違いについて理解が深まるはずだと女神は言った。

 似非女神の像の顔が不気味に歪んで赤い光と共に魔法陣が出現した時に魔法解析で判ったのは、転移させられることと転移先が複数あることだった。誰かと触れ合っていれば、それは連続した一つと見做されるので別々の転移対象に判定されることはない。だから俺は皆に手を取り合って離すなと言った。

 そしてあの時、俺だけが三人よりも少し離れた位置に立っていたが、それでもエリーゼとガスランに手が届いたのは咄嗟にこの縮地スキルが発動したおかげだった。

 その時の感覚はよく憶えている。間に合わないかもと思いながらも、もっと身体が速く動くはずだという確信めいたものもあった。傍から見ていたら一瞬のうちに移動したように見えただろう。しかし当人にとっては周囲の時間が停まって自分だけが動いているような印象だった。

 ハッキリ言おう。これはチートだ。もちろん収納はじめそもそも魔法もスキルも全てチートなのだが、この縮地スキルはヤバイ。特に武術を使用する局面でこのスキルは破格と言っていい。



 さて、スウェーガルニの最近の日の出時刻の情報は持っているので、今居る所の日の出時刻を比較すれば、どのくらいの経度の違いがあるかは判る。そして南中時の日の高さ、その角度で緯度も概ね判るだろう。そうやって現在位置を特定する事にしていた俺は、日の出を確認してからガスランと交代でテントで横になった。


 思いのほか熟睡した俺は、正午の少し前に目が覚めた。テントを出るとエリーゼとニーナは椅子に座って二人で何かの本を見ていた。ガスランはソファに深く座り込んでいる。

「シュンおはよう、疲れてたのね」

「うん、ごめん。皆よりたくさん眠ってしまったかも」

 エリーゼがおはようのキスをしてきて、俺もそれに応ずる。

「大丈夫よ。夜が明けてからも皆交代で居眠りしてたから」

 ニーナが笑顔でそう言った。確かにガスランは今もコクリコクリと舟を漕いでいる。


 そろそろ南中だろうと日の高さを確認してそのまま草原に座って地図を見る。そして脳内マップも確認して俺は計算した結果を重ねる。大ざっぱもいいとこなので誤差も大きいだろうと、そんなことも考えていた。

 昼食の準備をしていたエリーゼが俺の所に来て言う。

「シュン、食べよう。朝も食べてないでしょ」

「あ、そうだな。ガスランは?」

「起きた。皆で食べよう」

 ガスランは自分でそう言うと欠伸をしながら背伸びをした。


「さっき、まだシュンが寝ている時にフレイヤさんと電話で話をして説明しておいたの」

 テーブルに着いた俺にエリーゼがそう言うと、続けてニーナも。

「昨日の今日だから当然、まだスウェーガルニには何も情報が入ってないけど、そのうち大騒ぎになるだろうから。姉上への伝言を頼んだよ。フェル達にもね」


 ソニアさんは電話のことは一応知っているので、フレイヤさんからの話の信ぴょう性を疑われることは無いだろう。

 俺は食べながら二人に言う。

「フレイヤさんには追加の情報も言っといた方がいいだろうな」

 ん? と疑問を返す目をした二人に俺は言葉を続ける。

「大体この場所がどこなのか見当はついたよ。かなり誤差はあるかもしれないけど」

「え? もう?」

 ニーナのその反応はスルーして。


「この辺だと思う」

 俺はそう言ってテーブルに地図を広げて指で示した。


 そこはイゼルア帝国帝都ルアデリスの北北西。帝都までは直線距離で約二千キロ。

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