第158話 飛竜再び
広げた探査ですぐに反応は捉えている。その数は2匹。
これも探査で見えているニーナとエリーゼの傍に行く。ガスランも既にそこに来ていた。
「シュン、あそこ!」
ニーナが指差すのはほとんどアトランセルの真上と言っていい空の高い所。
2匹が連なるようにしてゆっくり飛んでいる。
とてもゆっくりに見えるのは、風に乗ってゆっくり飛んでいるせいもあるのだろうが、かなりの高度だというのが探査で判っている。
「ワイバーンだな。しかも2匹とは…」
エリーゼと顔を見合わせて、互いの探査に齟齬が無いことを知って頷き合う。
2匹のワイバーンは地上の騒ぎのことなど何も関心がないかのようにゆったりと飛び、北へ向かっている。
エリーゼが小さな声で呟く。
「レッテガルニで見た時と同じ感じ。街にも人間にも興味がないみたい」
同じことを感じていた俺とガスランは頷いた。
俺は魔力探査も解析もフル稼働中。
ワイバーンが時折使う重力魔法の解析をずっと続けているからだ。
そうやって見続けて居る間もワイバーン2匹は飛び続けて、やがて北の空の彼方へと消え去った。俺とエリーゼの探査の範囲からも外れた。
ワイバーンが見えなくなってからも、いろんなことを考えながら北の空をずっと見続けていた俺達の元へ一人の騎士がやって来る。
「ユリスニーナ殿下、ソニア殿下がお呼びです。殿下の執務室へお越し下さいますか」
「ん、分かった」
「アルヴィースの方々もご一緒にとのことですが…」
俺達は顔を見合わせる。
このタイミングはワイバーン絡みのことなのは間違いないだろう。
何か言いかけそうなニーナの言葉を遮るように、俺はエリーゼとガスランに言う。
「行こうか。ソニアさんが何か困ってるのかもしれない」
「了解」
「行こう」
◇◇◇
執務室で待っていたのはソニアさんと一人の老文官。
騎士団をワイバーンが飛び去った方角に在る北部の街へ情報収集と注意喚起などの為に派遣する、それに同行して欲しいとソニアさんからお願いされた。
「これは冒険者パーティー・アルヴィースへの指名依頼という形にしたい」
「ということは、ニーナも一緒にという意味ですか?」
「もちろん」
ニーナがニンマリと笑ってご機嫌である。
どうもウェルハイゼス家は、家族が危ない所へ行くことを止めるどころかそれを奨励するような雰囲気がある。普通だったら姫は残して俺達三人だけで行けと言うものなんじゃないだろうか。
しかも、なんとなくだがソニアさんは、むしろ自分が行けないのが残念そうな感じすら漂わせている。
「どうだろう。引き受けて貰えるかな?」
「解りました。護衛ぐらいしか役に立たないと思いますが引き受けます」
もうニーナがやる気満々になってるし、俺は仕方なくソニアさんにそう答えた。
その後、傍らに控えていた文官のお爺さんから、冒険者ギルドにはすぐに話を通しておくことや報酬についての話をされた。
「報酬は、食費と宿代程度でいいです。そもそも、俺達全員ソニアさんの屋敷に世話になっている身ですから。そのお礼だと思ってください」
と、正直な話をしたらお爺さんがほっほっと笑い出した。
「解りました。では、金額はこちらで決めさせていただきます」
そのお爺さん文官と入れ替わるように部屋に入って来たのは、大柄な騎士。名をラルフデュエス・メセニーという。第一騎士団の団長である。
執務室に入ってきてニーナを見つけるなり駆け寄って抱き上げた。
「ニーナ、大きくなったな」
「ラルフ! 私もう子どもじゃないんですけど!」
「おー、そうか。じゃあどのくらい強くなったか見てやろう」
ここでソニアさんがひと言。
「ラルフ。仕事の話が先よ」
「おっとそうだった。飛竜の話が先だ」
ここでやっと俺達が紹介されて挨拶を交わすと、ラルフさんも椅子の一つに座った。ソニアさんとラルフさんは同い年で王都の高等学院時代からの親友だそうだ。ラルフさんは昔はニーナに時々剣を教えていたらしい。
すぐにラルフさんが話し始める。
「ワイバーンが飛んで行った方角はアトランセルのほぼ真北、サリルデクス方面。地上に降りたとは思えないが、万が一を考えると急いだほうがいい。明日の朝には出発する。ソニアの希望通り第一騎士団が行くことになったから、志願者の中から20名を選抜中だ」
「了解。アルヴィースの皆も明日の朝出発でいいかな」
ソニアさんがそう尋ねて、俺達は全員が頷いた。
「ドリスティアで目撃されたワイバーンと同じとは思えない。数も違うからな。但し、飛んで行った先は同じ可能性が高いと思ってる」
「同感よ。あっ、そうそう。レッテガルニでの目撃情報はここに居るアルヴィースからの情報よ。街道の途中で偶然飛んでいるのを見つけたらしい」
◇◇◇
ソニアさんから見送られる形で、俺達はアトランセルを出発した。出発の集合時間前にニーナと一緒に買い出しに走り回って、何とか物資を確保した。騎士団が準備するから必要ないと言われてはいたが、そこはね。備えあればという奴。
しかし、アトランセルの観光してないんだよね、俺達って。帰ってきたらいろいろ見て回りたい。
スウェーガルニでは騎乗の訓練はそれほどやっていた訳ではない。しかし、ニーナの発案でロフキュールでやったのが役に立っている。あの時は国境封鎖を馬車でこっそり突破するのが難しそうだったので、馬に乗って山越えをして突破することを真面目に考えたりしたからだ。
アトランセルから北に延びる街道を馬車で10日ほど進んだ所に在るのが、公爵領の北都とも呼ばれる街サリルデクス。農業と工業がバランスよく盛んな地だ。街道はここが終点。ここから先は北部森林地帯が始まる辺りまでに点在する村や周辺の小さな町への小街道があるだけである。
「やっぱり馬車より速いな。乗ってる方は大変だけど」
「疲れた馬は替えながら進むみたいだから、ホントに強行軍だよね」
途中の休憩の時に俺はエリーゼとそんなことを話す。
ガスランは朝買った串焼きをもう食べている。次の休憩で多分昼飯なんだけど。
エリーゼは俺の特製野球帽を被っている。ニーナも同じような物を着用中。
今回の依頼は万が一の時にはワイバーンへの対処をお願いしたいという話。最悪ワイバーンとの戦闘を想定しているからだろう。言い換えるなら守るべきは領民ということになるのかな。
その日の野営は街道駅などではなく、街道の脇の空き地。この辺は魔物はそれほど多くは無いはずとは言うが、ふむ…。
「ラルフさん、俺達ちょっとこの辺りを一回りしてきますね」
「ん? 魔物か?」
「ええ、そんなに多くないみたいですけど近くに居ますから」
探査でしっかり見えてるので、さっさと片付けてこようということ。
と思ってたら、ラルフさんも付いてくると言う。
それにはニーナがニヤッと笑いながら応じる。
「ラルフ、付いて来れなくても待たないから。その時は一人でキャンプに戻ってね」
「ああ、置いて行って構わないぞ」
そういうことならば。
エリーゼと、方向を指で示して討伐順の意識合わせ。
「じゃあ、最初はゴブリンから。ガスラン、林にも入るから火は使うなよ」
「了解」
最近火魔法のレベルが上がったガスランは意識して火魔法を戦闘時に使うようにしているんだけど、今回は禁止。木が多いとこに入るからね。
先頭は俺、少し後ろにガスラン。その後ろにニーナとエリーゼといういつもの布陣。既に暗くなっているが、暗視効果がある首飾りの効果のおかげで、まあそれほど困らない。ただ戦闘時にはライトで照らすつもり。
ゴブリンが三体居る所へ真っすぐ向かう。射程距離に入った所でエリーゼとニーナの矢が飛ぶ。木の陰に居た奴はガスランが木ごと真っ二つにした。
「よし、次もゴブリン」
さっさとガスランと二人でゴブリンを回収して、俺はすぐにそう言った。
次はゴブリン5体。見通しが良い所だったのでライトで照らして俺がスタン。
ガスランとニーナがそいつらの止めを刺して同時に回収。
エリーゼが探査の反応で気が付いて俺に言う。
「シュン、あそこのオークの群れの一体怪しい」
「もしかして上位種が居るのかも」
また走ってオークの群れに近付くと、予想通りジェネラルが一体居る。
林の中なので、ニーナが加重魔法で抑えつけてから近付く。
ガスランが全部の首を切って回収。
「ここからは二手に分かれた方が良いかな…」
「そうしよう。そうすれば次で一応最後」
エリーゼがそう言って私あっち行くねと指で示すので、頷く。
エリーゼとガスランが林の中に進んで行ったのを見てから、俺とニーナは林から出て走る。ラルフさんは何とか付いてきているが息が上がってしまっている。
俺は走りながらニーナに声をかける。
「次、グレイウルフだから」
「了解。何匹?」
「10匹…、いやごめん、11匹だ」
もうすぐ接敵する所で、遠くから雷撃の音が聞こえてきた。
ニーナにも聞こえていて、俺に尋ねる。
「あっち何だったの?」
「アウルベア」
「あー、私見たことない」
「うん、結構珍しいからな。あいつ探すのは大変だよ」
「そうなんだ」
と話している間に、グレイウルフに接敵。不意打ちを食らった形なのでグレイウルフは戸惑いを見せているが当然容赦はしない。
ニーナが剣を抜いているので俺も付き合うことにする。
「俺右から、ニーナは好きにして」
「左から行くよ」
ニーナもほとんど一撃で倒していく。俺が6匹倒した時にチラッと見たら、ニーナは二匹から同時に受けていた攻撃を無難に捌き、逆に瞬時の連撃でその二匹の首を切り裂いた。
「いい感じで剣使えてるな」
グレイウルフを回収しながら俺がそう言うと
「もうこの剣、最高よ。大好き」
ニーナはそう言って笑った。
ラルフさんは話をする気力もないほど疲れている様子。ポーションを飲んでいるが少し休んだ方が良さそうだ。
「ラルフ、良く付いて来れたわね」
「ああ…、一体なんなんだお前たちは」
「冒険者パーティー、アルヴィースよ」
ニーナは胸を張り両手を腰に置いてラルフさんにそう言うと、ニヤリと笑った。
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