第157話

 地下からの階段を上がって城の入り口の広間に出て外へ向かい始めた時、背後からニーナを大きな声で呼び止める声で俺達は立ち止まった。

「ニーナ!」

 その声の主はニーナより少しだけ身長が高く、女性としての色香が匂い立つような妖艶さを醸し出している美女。

「ソニア姉さま!」


 俺の鑑定で見えているその女性の名前は、ソニアシェイル・ルツェイン・ウェルハイゼス。ウェルハイゼス公爵の長女であり長子。ニーナとデルレイス殿下の姉。ウェルハイゼス公爵には側室が居ない為、ニーナの兄弟は他には居ない。それも有って家族の絆は強いと以前ニーナは言っていたが、その割には兄を苦手にしている。


 互いに駆け寄った二人は互いを強く抱きしめて、耳元で何かを囁いている。二人の目から涙が零れている。


 少しして姉から離れて俺達の方を見たニーナはバツが悪そうな顔をした。でもすぐに改まって紹介を始める。

「こんなとこであれだけど、私の姉よ」

 俺達は頭を下げる。

「ソニア姉さま。私の仲間、アルヴィースの…」

「知ってるよ。シュン、エリーゼ、ガスランだよね。父上から何度も話を聞かされているから」

「父上が?」

「そうよ。まあでも、話はゆっくり屋敷でしましょう。もう帰るんでしょ?」



 その日の夕食はとても長い時間を掛けたものになった。ソニアさんからいろんな質問もされたが、幼い頃のニーナの話を聞けたりして俺達も楽しい時間を過ごせた。

 部屋に戻ってからエリーゼがポツリと言う。

「ニーナ愛されてるよね」

「ホントそれな。末っ子は可愛がられるとは言うが、その典型だな」

「兄さんは苦手みたいだけど」

「あっ、それってデルレイスさんがニーナを好き過ぎて構いすぎるかららしいぞ。ソニアさんチラッとそんなこと言ってた。妹限定のシスコンだってさ」

「ホントに?」

 クスクスとエリーゼが笑う。


 ちなみにニーナの兄で、次代の公爵だとそのことが広く周知されているデルレイス殿下は結婚している。姉のソニアさんは独身だけど。

 そして現在は公爵も殿下もレッテガルニ方面に行ったきりなので、代わりの公務をソニアさんが執り行っているという。


「騎士団の仕事もあるから大忙しよ。ニーナ少し手伝って」

「気持ちだけですが、応援はします」

 ニーナはてへっ、という笑いで応えていた。


 ニーナがアダマンタイトの剣を出して渡すと、それを抜いて見たソニアさんはさすがに顔つきが変わった。剣士の顔つきになった。

「これは…」

「アルヴィースがスウェーダンジョンで見つけたアダマンタイトで姉上の為に誂えた剣です。使ってね」

 ニーナは、自分達もアダマンタイトで剣を作った事などを説明した。


 ソニアさんは短剣の方も同じぐらい時間を掛けてじっと見つめ続けた。

 そして、ふぅっと息を吐いたソニアさんはニーナと俺達を見渡して深々と頭を下げた。

「ありがとう。大切に使わせてもらいます」



 翌日はまた書庫の閲覧室で、第二次調査隊が残した資料を見ていく。


 第二次調査隊は敢えて第一次の隊が辿った道とは違う方向へ進んでいる。川にこだわらずだったのか、別の川を見つけるつもりだったのかは分からない。

 平原を進みながら、やはり土の調査や地下水の調査などもしている。第一次が初夏の頃の出発だったのと違い、第二次は翌年の夏の盛りに出発している。気候や植生などは毎日細かくデータを取っていて隊の調査の目的はあくまでも開墾を想定していたことがよく解る。

 第一次ほどではないにしても、魔物との遭遇は少なくなかった。平原と言えば狼系である。しかし第一次もそうだったが調査隊には猛者を揃えていたようで、しっかり撃退しながら進み続けた。

 ところが、比較的順調に北西の方角へ進み続けていた隊に想定外の事態が起きる。行く手を阻んだのは砂漠。一行が進む速度が極端に落ちた。そしてサンドワーム。砂の中から突如襲い掛かってくるワームに対処できず、砂漠を進むことは早々に断念している。それが第二次調査隊が途中から進路を変更した理由だった。

 砂漠が近くなってからは土の調査などはほぼ無意味となっていたが、遠ざかるにつれてまたデータ採取は再開されている。


 第二次調査隊はその後、予定していた期間が過ぎてしまったことから遠征を止めて引き返している。特に何かを発見したということもなくその調査を終えているが、砂漠の存在を知ることが出来たというのは意義があったと思う。


「第二次は、それからは割と順調と言えば順調だったのね」

「まあ、海岸線まで行って欲しかったというのは皆思っただろうけど、冒険は生きて帰ることが一番だからな」

 エリーゼとそんなことを話しているとガスランが言う。

「サンドワームはそんなに対処が難しいのかな」

 ニーナが資料を見ながらそれに答える。

「昼夜を問わず襲ってくるみたいだし、テントごと丸呑みされるみたいよ。全長20メートル、開いた口の大きさが2メートルって書いてる」


 この砂漠は、人がそこに近付かない十分な理由になるだろう。



 続けて第三次調査隊についても詳細を見ていく。


 この隊が出発したのは第二次調査隊の翌年の春。季節としては初夏に出発した第一次よりも早い。そしてベースキャンプから北東の方角に進んでいる。

 出発して一週間ほど進んだ辺りから小さな木立が点在するようになってきて、植物の植生が変わったことから、土の調査などが念入りに行われるようになっている。地下水の調査も二日ほど行程を止めて実施。

 そして、それから十日が過ぎた頃、体調不良を訴える隊員が続出。隊の責任者は苦渋の決断を迫られて悩んだようだが、これ以上の進行を断念。

 この頃には木立とは言えない程の林が周囲には在り、その合間を縫うような行軍であった。幸いなのは木立が目立つようになってからはそれほど魔物と遭遇することが無かったこと。

 しかし撤退を始めようとした時、離れた林の中に建物のようなものが見えているのに隊員の一人が気付く。確認しないという選択肢は無くその林に踏み入ってみるとそこに在ったのは廃墟群。建築の様式からエルフの都市国家だと推察したのも束の間、ゴブリンの一群約200体からの襲撃を受ける。

 このゴブリンは通常種とは少し異なる亜種だと記されている。通常種よりも一回り小さく攻撃をしてくる時は四足歩行を主としている様子が見えたと。

 小さいとは言えゴブリンの数が多く、体調不良が酷かった者は大半が逃げ切ることが出来ず。林から出てしまうとそれ以上は追ってこなかったために逃げ切れた隊員達は難を逃れた。


 そこからベースキャンプに戻るまでは特に問題はなく、この第三次調査隊の任務は終了した。出発時の67名のうち残った隊員は19名。


「エルフの氏族の名前でも判ってると良かったけど、仕方ないわね」

 ニーナは多分気が滅入ってるのだろう。自身の気を取り直すようにそう言った。


 俺が一番気になっていることは…。

「体調不良の原因が気になる」

「ちょっと待って、その辺の記録が有ったよ」

 エリーゼがそう言って資料をまためくり始めた。


「原因は特定されてないけど症状は共通しているみたい。気怠さ、疲労、体力低下。熱は無い者が大半だと書かれてる」

「ふむ…」

「回復ポーションは一時的には効果あり」

「……」


 少しの間考え込んだ俺は、口を開く。

「撤退開始してからは体調不良のことは全く書かれてないんだよ」

「それどころじゃなくなった?」

 と、ニーナ。


「いや、帰りはそんなに魔物とは遭遇してないんだ。まあ犠牲者が多かったから精神的にはいろいろあっただろうとは思うけど」


「治ったんじゃないかな」

 ガスランがそう言った。


 いや、ガスランが言う通りなのかもしれない。

「体調不良になる場所から遠ざかったから、体調が良くなった…?」

 俺がそう言うとニーナが首を傾げながら言う。

「もしかしてゴブリンが追ってこなかったのって…」

「その可能性はあるかも。ゴブリンが簡単に諦めるとは思えないし」

 エリーゼはそう言いながら口を尖らせて考え込んでいる。


 ゴブリン達は体調は悪くなかったのだろう。

 ということは、林を出た辺りだけに漂っていた毒の類か。

 それを嫌って追わなかった? ホントにそうか?

 ふむ…、まだ解らないことが多すぎる。


 その後、第一次の分と同じように第二次と第三次の調査隊が持ち帰った物、サンプルなどを見た。どちらも土や植物のサンプルはたくさん持ち帰っている。植物の類は当然のように干からびた種ぐらいしか残っていない。

 俺は鑑定スキルを使って全て確認したが、特に気になるものは無かった。


「特に問題は無い。一旦終了だな」

 俺達は屋敷に引き上げることにした。



 なんとなく気が滅入ってしまっていた俺は、屋敷に戻って部屋のソファに寝そべってずっと考え込んでいた。エリーゼとニーナは庭で剣を振ると言って少し前に外に出て行っている。ガスランは自分の部屋で多分古代エルフ語の勉強かな。そんな感じで夕食まではまだ時間があるので各自が好きに過ごしている。ソニアさんも今日は早く帰れると言っていたし、また五人で食事になるだろうな。


 第三次調査隊を襲った原因不明の集団体調不良やゴブリン亜種の一群との戦い。その直前に発見したエルフの都市国家の廃墟。

 もちろん、もっと解らないことはある。第一次調査隊が発見した河口の廃墟。それはダンジョンを形成する壁や床と同じ素材で作られていた。決して自然界にある物質ではない。


「シュン、だけどダンジョンの壁だったら自動修復されるんじゃないの?」

 俺がダンジョンと同じものだと言った後、ニーナがそう訊いてきた。

 廃墟と呼ばれ瓦礫の一部として持ち帰られたことで明らかなのは、崩れたままの状態だったということ。

「あー、うん。ダンジョンの中だったらな。ダンジョンコアと繋がっていれば修復されると言った方が良いか」

「ダンジョンコア…あ、そっか」



 ソファで少し俺がウトウトし始めた時、メイドが部屋のすぐ外から俺を呼んだ。

「シュン様! 姫様が庭で呼んでおられます。急いで来て欲しいと」

 何だろうと思いながら廊下に出てメイドを見ると、顔を引き攣らせている。

「何かありました?」

「庭へお急ぎください。飛竜が…」

「えっ?!」

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