第159話

 翌朝起きた時にはラルフさんはすっかり元気だった。まあ、たくさんポーション飲んでたからね。そして顔を見るなり俺と剣を交えてみたいと言い出した。

「少しだけなら」

 と俺は言って木剣を取り出す。

 強行軍で行かなきゃいけないのに、こんなことしてていいのか…。


 少し撃ち合ってすぐに以前のニーナと似た癖がある事とか、いろいろ解ってくる。これも剣で語り合うというものなんだろうな。

 でも、さすが騎士団長だよ。強い。ウィルさんに匹敵する強さだと思った。強化してない時のウィルさんという意味だけど。


 騎士の一人が食事の準備が出来たとラルフさんを呼びに来て終了。

「シュンありがとう。昨日に続いていい刺激になった」

「いえ、こちらこそ」


 俺達が木剣で撃ち合っているのを傍でじっと見ていたニーナがラルフさんに声をかける。

「ラルフ、シュンは特別過ぎるから。アトランセルに戻ったら私が相手するよ」

「ニーナ。お前がシュン達とどんな訓練しているのか想像もつかんが、そこから教えて貰った方がいいんだろうな」

「そうよ。騎士団も私達のやり方を取り入れた方がいい」

 真剣な表情でそう言ったニーナに、ラルフさんも真面目な顔で大きく頷いた。



 それからも強行軍を続けて、サリルデクスに着いたのは3日後のこと。ニーナとエリーゼが休憩の度に馬にクリーンとヒールを掛けていたので、馬達は割と元気だ。そしてやはりエリーゼに妙に懐いている。


 サリルデクスは街の規模としてはスウェーガルニとほぼ同じぐらい。主要産業の筆頭は農業と繊維業。綿花の栽培を主とする農村が近隣に多い。そして魔道具の製造が盛んな所としても有名。魔道具の工房がたくさんある街だ。


 ニーナとラルフさんが話し合って、一旦俺達は騎士団とは別行動となる。

 その日は俺達は宿に泊まって、翌日朝から街の北門の傍に在る北部領軍の司令部へ行くことになった。ラルフさんはそれまでに情報を整理しておくと言う。


 翌日、大きな会議室に通された俺達は、飛竜について現在までに判っている事の説明を聞いた。

 2匹のワイバーンが飛び去ったのは、やはり北の山岳地帯の方向。飛んでいた時の高度から見て山は越えて行っただろうと推測されている。

「エレル平原か…」

 俺が小さな声でそう呟くと、エリーゼとガスランが頷いた。ニーナは会議室に貼られた大きな地図をじっと見ている。ワイバーンの進路がそこに描かれている。推測されている進路は点線で。


 ニーナが俺達の方に振り返って言う。

「この方角って…、第三次調査隊が発見したエルフの都市国家の廃墟の方だよね」

「「「……」」」



 ◇◇◇



 サリルデクスには騎士数名が残って情報収集を継続する。

 他の騎士と俺達はワイバーンが飛んで行った方角に在る村まで足を延ばすことに。


 次第に狭くなる道幅。小街道、街道と呼んでいいのか悩むほどの小さな道を進んだ。山道になってからはその勾配が馬を疲れさせるので小まめに休憩をとる。

 そんな中、ニーナが乗る馬は足取りも軽く特別に元気だ。見ると馬ごと軽く重力魔法を掛けているのが判る。


 重力魔法には二種類在るんじゃないかというのは以前から思っていたことで、俺が最初にニーナに示したのはそのうちの一つ、ベクトル操作の魔法だ。力と方向を決めて、基本的には物を押すという作用。

 スタンピードの時にこれを駆使して大活躍したように、ニーナは今では世界で最もベクトル操作に長けているのではないかと思えるほどに使いこなしている。

 もう一つが本来の意味での重力魔法で、いわゆる重力子に作用するもの。通常、重力子には物を押すという作用は無い。引き寄せる作用だ。この引き寄せる力の強さをコントロールするのが重力魔法の本質。

 ワイバーンなど飛竜種が飛行時に使っている重力魔法がまさにこれである。簡単に言うと自分の体重を軽くしているということ。

 ニーナはベクトル操作、加重魔法を使っている最中にもっと強い作用を求めた結果、無意識のうちに、俺が重力のイメージとして話していた引き寄せる力、これを併用していたという。それに気が付いてからは別に発動させることも可能になっていて、最近は重力魔法だけの訓練も行っている。


 村では住民の多くがワイバーンを目撃したそうだ。既に領軍から指示が出ていたらしく、村長がそれらの情報を取りまとめていた。詳しく聞いてみると、サリルデクスの領軍が推測したようにワイバーン2匹とも山岳地帯を大きく飛び越えて北に飛んで行ったのは間違いないようだ。


 そうやって村長の家の前で話をしていると次第に周囲が大騒ぎになってくる。それ程住民は多くないと聞いていたが、どこにそんなに人が住んでいるんだろうと思うほど多くの住民が集まってきた。子ども達は騎士とニーナにキラキラとした視線を向け、大人達はニーナにお辞儀を繰り返している。


「騎士団が珍しいのとそれと…、私のせい」

 ニーナがなぜか弁解がましく俺達に小声でそう言った。

「姫様だからな。そりゃそうか」

「姫だからね」

「皆の姫様…」


 ニーナが俺達を睨んだ。

 これ以上揶揄うと爆炎魔法が飛んできそうなのでやめる。



 その日は村長の家の離れに泊めて貰うことになった。綿花の栽培による収益はこんな田舎の村でもそれなりに潤しているようで、離れと言ってもそこそこ立派な家である。とは言え、部屋に全員は入り切れず若い騎士達は庭にテントを張った。

 俺達とラルフさんとその副官は村長宅で夕食をご馳走になる。他の騎士達にも村人から手料理が振る舞われているので、遠慮なく頂くことにした。


 給仕をしてくれていた村長の奥さんが言うには、村にこんなに軍人が来たのは、伝え聞いているエレル平原の調査隊が来た時以来だろうと。そもそも普段から行商の商人か綿花の買い付けの商人が訪れるぐらいで、人が訪れることなど無いらしい。


「調査隊はこの村を通って行ったんですか?」

 俺がそう尋ねると

「はい、この村で最後の補給をしてから山越えをして行ったと聞いていますよ」

 奥さんはそう教えてくれた。



 食事を終えて、そろそろ自分達に割り振られた部屋に戻ろうかと思った時。村長の家の前に人が集まっているのに気が付いた。エリーゼもガスランも勘付いていて外の方を見ている。

「何かあったのかな」

 俺はそう言って、様子を見に家の外に向かった。

 村長の家の前で村人達と村長が話しているその傍には若い騎士も数人いる。


「どうかしたんですか?」

 俺がその騎士の一人に尋ねると説明してくれた。


 村のある親子が二人で山の中に採取に出かけていてまだ戻って来ていないと、その親子の家族が村長に相談に来ている。親子連れは父と子。父親の手伝いとして付いて行っている子どもはまだ5歳だそうだ。その子の母親が村長に、探してくれと泣きながら頭を下げて頼んでいる。


「ガスラン、行くぞ」

 すぐ後ろに付いてきていたガスランに俺はそう言った。

「行こう」

「急がなきゃ」

「急ごう」

 同じように付いて来ていたニーナとエリーゼも即答。


 ガスランとエリーゼが子どもの母親に山の採取のルートなどの聞き取りを始める。村長もそれを一緒に聞いて、地図を持って来てそのルートを示し始めた。

 ニーナはラルフさんに出かけることを言ってくると言って家の中に引っ込んだ。


 エリーゼもそうだろうが、俺は既に探査を最大に広げている。

 幾つもヒットしているのは魔物。稀に動物も。

 エリーゼが村長から借りた地図を俺と、戻ってきたニーナに見せてルートを説明してくれる。

 探査ではその方向に人は居ない。しかし家族の話ではかなり遠くまで行くこともあるらしく、探査の外に居る可能性もあるということ。


 暗くてほとんど見えないが村長の家の庭からその山の方を見て、俺は地図上にポイントを設定する。

「ここまで一旦全速で行こう。そこから探査。状況によっては二手に分かれるかも」

「「「了解!」」」


 俺はその場に来た、既に装備を整えたラルフさんに地図で示しながら言う。

「ラルフさん達は、村に近いこの辺りを念の為探して貰えますか」

「分かった。任せてくれ」


 その辺りで見つかるということは生きてないということ。それは無いと願いたい。

 エリーゼは騎士の魔法を使える人と、互いに送り合う合図について確認を終えた。



 遭遇しない限りは魔物は無視して走る。後を追って来そうな奴は適当に雷撃やライトを放って追っ払う。ほぼ全力疾走で林道を進み、目的としていたポイントに早くも近付く。全力の探査は既に開始している。

「なんか地下から反応がある感じ」

「うん、そうなんだよ。もう少し先に行ってみよう」

 エリーゼにそう答えて、方向を指示した。

 また走り始めてすぐ、ガスランが急に立ち止まった。

「待って」

 俺達も停まった。

 ガスランが耳を澄ませているのが判った俺達は、静かにその場で物音を立てないようにする。


「こっち」

 ガスランが、進もうとした方向とは90度違う方向へ進み始める。

 林道から外れて藪の中を進み始めて少し経った時、目の前の藪が急に開けた。

「おっと…、崖か」

「下、深いから気を付けて」

 ガスランはそう言いながら身を乗り出すようにして下を見ている。

「やっぱり、声が聞こえる。この下」


 探査にも反応がはっきり出てきた。坑道の中での反応を思い出す…。

「もしかして、この下で更に洞窟みたいなのがあるのかも」

「そうかも」

 エリーゼも同じことに思い至ってるんだろう。


「降りてみる」

 ガスランはそう言って降り始めようとするが、それをニーナが止める。

「ガスラン待って、皆で降りよう…。燃費良くないし制御難しいからまだあまり使いたくなかったんだけど…」

 ニーナはそう言うと、自分も含めた俺達全員に重力魔法をかける。


「ゆっくりよ」

 そう言って空中に足を踏み出したニーナ。

 エリーゼの手を引いて、もう一方の手でガスランの手を引いた。

「シュンはそのままエリーゼの手を取って一歩踏み出してみて」

「こうか?」


 ほう…。慣性も殺している。さすがだな。


「少しずつ降ろすわよ。慣れてないんだから失敗したらゴメンね」

「いや、そうならないよう頼むよ」


 ゆっくり下に降りて行くうちに俯瞰視点スキルの効果で、今降りようとしている場所には遠回りだが崖を迂回して歩いて辿れることが解って来た。それにしてもこの崖は凄い高さだ。


「二人居る」

 もうエリーゼにも俺にも探査の反応がはっきり見えている。崖の下にある洞窟の中だ。人が二人なのは間違いないが、一人の反応が弱々しい。多分父親の方だろう。でも子どもの泣き声ははっきり聞きとれるようになった。ガスランはこの声がさっきの林道に居て聞こえたのか。凄いな。


 最後の高さ50センチぐらいはニーナがもういいでしょとばかりに魔法を解除したのでドスンという音とともに俺達は地上に降り立った。

 この付近に魔物は居ないが、子どもの鳴き声に惹かれたか近付いて来ようとしているのは何匹かいる。間一髪だった。俺はその方向を指差して言う。

「エリーゼ、ガスラン。そっち警戒で」

「「了解」」

 ニーナは既に洞窟の中に駆け込んでいる。俺もその後を追う。

 照明の魔道具でニーナが照らしているのは、怪我をして気を失っている男性とそれにしがみついて泣いている男の子。

「もう泣かないの。お姉さん達が助けに来たんだから、大丈夫よ」

「取り敢えず応急処置をする」


 ニーナに抱き締められ泣き止んだ男の子だが、心配そうに俺と父親を交互に見る。

 それにニコッと笑ってやると、引き攣った笑いを返してくれた。


 父親の怪我は脚の骨折と、後頭部からの出血が酷いので多分ここを強打したんだろう。幸い頭は骨折はしていない。でも気を失っているのは頭を打っていることと出血の多さが原因だと思われる。


 洞窟の外からガスランの斬撃の音が聞こえてきた。

「魔物が近付いてきたのかな」

「うん、レッドウルフが5匹ぐらい来てたから、それだろ」


 頭の傷への処置を終え脚の骨折を見始めてから、子どもに尋ねる。

「この洞窟にはどうやって入って来たんだい」

「お父さんが、朝までここに隠れようって言ったの」

「じゃあその時まではお父さんはまだ動けたんだ」

「うん」

「そうか。暗くて怖かっただろうに、よく頑張ったな。偉いぞ」


 脚の骨が折れていて頭から血を流しながら、何とかこの洞窟を見つけたということなんだろう。明るくなれば捜索隊が探してくれるだろうしね。


「ニーナ、ヒール頼む」

「うん、任せて」


 父親の脚の治癒を終えた俺は、子どもの身体のあちこちに幾つもある擦り傷などの治癒を始める。少し深い傷もあるが血は止まっている。クリーンとキュア一回で大丈夫そうだ。



 担架を出して父親の方をそれに横たえてガスランと持つ。子どもはニーナが抱っこ。すっかり懐いてしまって離れないので仕方がないし、ニーナがヒールを掛けたが疲労しきっている。精神的なものも大きいのだろう。食欲はあまりなさそうなのでエリーゼが回復ポーションを飲ませた。


「エリーゼ、方向を指示するから先頭頼むな。遠回りだけど歩いて村に出れるはず」

「分かった。あっ、騎士団の人に合図の魔法撃つね…。

 発見しましたよ…。二人とも大丈夫だよ…っと」


 夜空に大きなライトの光球が三つ、高く浮かび上がった。

 しばらくしてそれに応じるような大きな火球が一つ、やはり空に高く上がった。

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