第153話 魔核疎外結晶

 魔核疎外結晶。それはダンジョンの安全地帯を実現している物質だ。

 スウェーガルニダンジョンの初期の調査で安全地帯を発見した際、俺が鑑定スキルで精査できたのがこの魔核疎外結晶で、安全地帯の床や壁に点在している。

 この結晶の作用対象はその名の通り魔核を持つ魔物。そして疎外とは物理的なものでは無く認識疎外に近い。この疎外結晶は魔物の知覚全てに作用して、魔物は結晶の有効周囲はまるで漆黒の闇で満たされたドームのように感じているのだろうと俺は推測している。ドームの中も向こう側も知覚できない。

 人が魔道具などで実現している、認識をある程度阻害したり忌避感を抱かせる魔物除けの結界が似た効果を持つが、魔核疎外結晶はそれの完成形だと言っていい。


 今回ダンジョン内でテストしようとしているのは、この魔核疎外結晶を模して作った魔道具である。鑑定スキルのレベルが上がった時に結晶の詳細がおぼろげに見えて来て、闇魔法のレベルが上がってからは魔法自体の解析も進んだ。


「魔核疎外結界を張る魔道具がこれ。やっと出来たばかりの物だよ」

 俺が皆にそう言って取り出したのは、よくある結界発生魔道具と一見同じタイプ。高さが約8センチ、直径15センチ程度の円筒形。

 装填した魔石から魔力供給するもので、魔石の属性は何でもいい。魔力さえあればいいので減衰の速さに気を付ければ魔石を砕いた物でも構わない。


 初めて実物を見るニーナとガスランがしげしげと興味深く見ているが、見て何かが判るという物でも無いので、すぐにテストを始めることにした。


 第7階層の安全地帯から階層を戻るように進む。間もなく遭遇したゴーレムは2体。

 手筈通りに、一体は瞬殺してもう一体はニーナが加重魔法で抑えつける。


 そのゴーレムに近付いた俺は床に魔道具を設置して作動させる。

 俺はニーナの方を振り向いて声をかける。

「ニーナ、放していいよ」

「ほい、了解」


 自由を取り戻したゴーレムは、目の前に居る俺の存在を認識できていない様子。大きな声を上げても手を大きく振ったりしても変わらず。そして結界の魔道具から遠ざかろうとする。


 その後もテストを繰り返した。結界の強度をいろいろ変えながら、結界の有効範囲内で剣で殴ったり魔法を使ってみせたり。

 攻撃に対して反射的に身体を動かすことはあっても、対象とすべき俺を認識していないのは変わらず。


 そうやって、考えていたことはひと通り試せたのでテストは終了。皆に言う。

「まあ、一応は想定通りだった」

 エリーゼが首を傾げる。

「シュン、これってドニテルベシュクにも効く?」

 ガスランもニーナも、おっ! と期待に満ちた顔をする。

 それを少し微笑ましく思って俺は答える。

「結論から先に言うと、効かない」

 二人はがっかりした様子。


 エリーゼはまだ疑問が残っている感じなので俺はそれに応える。

「力比べになってしまうんだよ。その力ってのはこの場合は知力。この魔道具もそうだしダンジョンの結晶も、人間程度の知力がある魔物には全く効かない」

「人間程度の知力…、どんな魔物が知力が高いの?」

「大抵の魔物は上位種でも知力はせいぜい一般の人間の五分の一から四分の一程度と言われてるのは知ってるだろ? だから、おそらくはドラゴンとかそういう類かな。それと悪魔種と呼ばれる伝説の魔物も該当するかもしれない」

 エリーゼが、ドラゴンか…、と呟く。

 ニーナは悪魔種という単語に敏感に反応する。

「悪魔種って、サキュバスとか…?」

「うん、サキュバスの記録は俺も見たことがあるよ。そう、ああいうの。知力が高いことが明らかな、ある意味人間よりも人間らしく振る舞う奴ら」



 さて、そろそろ外は日が暮れてしまっている時刻。俺達は引き揚げる事にして安全地帯に戻る道を進み始める。

「魔道具の話だけど、問題は魔力消費と隠蔽って言ってたよね」

 ニーナにも事前に一応は説明していたので、歩く道すがらそこを指摘される。

「そう。清浄の首飾りみたいに動作できるのが理想形なんだけどな…」


 エリーゼもニーナもうんうんと頷いている様子。

 今回の結界魔道具は魔力消費がとても大きく、そしてその魔法発動の隠蔽もあと少しではあるがまだ不完全だ。それは俺が闇魔法の熟練度が低いせいもある。


 気を取り直すように俺は横を歩くエリーゼを見て、そして振り返って皆を見渡しながら言う。

「まあ、試作品もいいとこの代物だから。またじっくり考えて改造していくよ。皆、テスト手伝ってくれてありがとな」

「ううん、いつでも手伝うよ」

「うん、遠慮しなくていい」

「またガンバろ」



 今回のダンジョン探索のテーマは第9階層の探索である。既に9層ボスは攻略済みなのだから第10階層を進むべきではないか、そういう思いも無くはない。しかし、とてつもなく広い第9階層にはまだ何か隠されているのではないかということ。以前に怪しいと言っていた辺りもじっくり調べてみたいと思っている。


「これって、どういうこと!?」

 ニーナが愚痴りたくなるのはよく解る。

 なぜなら、第8階層に降りてからほぼ休む間もなく戦闘を続けていたからだ。

 まあ、ニーナの場合は攻撃よりゴーレムの残骸を吹き飛ばしていた時間の方が長かったかもしれないが。


 第7階層での魔道具のテストの後、ひと晩休んでから俺達は下の第8階層への階段を降りた。階段を降りてしまって少し歩いた時、ゴーレム三体が俺達の存在に気が付いて押し寄せて来たのを皮切りに、その後を追うようにどんどんゴーレムが集まってくる。

 最初はいつもの感じでゆっくり手前の奴らから対処していたのだが、探査で見えるまだ押し寄せてこようとしている群れの多さはこれまでと全く違う。

 これは…。


「どんどん来るぞ。全力で殲滅!」

「「「了解!」」」


 結局合計30体程になった最初の第一波を退けてひと息ついたのも束の間。すぐに次の群れが押し寄せて来る。そしてその後も…。


 そうしてやっと何回かの波が治まった時に、ニーナが愚痴ったのだ。


「取り敢えず拾える時に拾っとこうよ」

 エリーゼがそう言って、既に魔石の回収を始めているガスランに並んだ。

 ニーナも、愚痴ってスッキリしたのか気持ちを切り替えて魔石を拾い始めた。


 そんな感じで出鼻をくじかれた俺達だが、気を取り直して次からは初めから全力殲滅モード。

 ゴーレムの姿が見え次第、次々と撃破して進む。

 前に進み続けることで、邪魔になる残骸も気にしなくていい。



 そうやって辿り着いた第8階層最奥の安全地帯。少し早いが、キャンプ設営。

 そして食後に長椅子などで寛いで皆でお茶を飲んでいる時にエリーゼが言う。

「なんか精神的に疲れたね。もっと違うパターンが在るんじゃないか、他の魔物、上位種も出て来るんじゃないかとか、そんなこと考えちゃうから」

「でも、本来はダンジョン探索ってそういうものなのよね。私、慣れ過ぎてたって痛感したわ」

 ニーナが言う事は正しい。初心忘るべからず。

「そうだな」

「うん…」


 その後それぞれ寝るまでの時間を自由に過ごし始めてから、昨日テストをしている時に理解できた魔核疎外結晶に定着されている魔法について俺は考える。闇魔法として模倣は出来たが理解が深く及んではいなかった部分のこと。テストをしながら解析できたおかげでまた少し理解が進んでいた。

 俺はその魔法の部分だけを再現してみている。対象は目の前のテーブルの上に置いたゴブリンの魔石。ゴブリンのなら砕いてしまっても惜しくないからね。


 何度か試していると、とあるパターンで魔石の光が失われていってどんどん暗い色に変わった。魔力の感知でも、その魔石に魔力がほとんど残っていないのが判る。

「ふーん、やっぱりそうか」

「今の何?」

 闇魔法だからという理由なのだろう、飽きもせずにずっと俺がやっていることを見続けていたニーナが俺に尋ねた。エリーゼは俺がやったことを理解できているんだろう。でも、驚いている表情。


「今のは、魔力吸収。人や魔物に掛ければMPを吸収することになるな」

「えっ?!」

 大きな声を出したニーナだが、それ以上言葉が続かない。素振りをしていたガスランが、どうしたのかと怪訝な顔をしてやって来る。


「疎外結晶のは対象の判定含めてもっと複雑なんだけど、単純に吸収の、魔力吸収の魔法だけを再現してみた」

「「「……」」」


 魔核疎外結晶で実現していることは、おそらくは魔物の全てのステータスダウン。不快感を感じるような知覚器官を持たない魔物であっても、これだと自身の存続の危機を感じざるを得ないということ。

 魔物を遠ざけさせる為に何かしているのは解っていて、その可能性の一つとしては考えていた。テストしてそのプロセスがはっきり判って理解が進んだ。闇魔法のレベルがもう一つでも上がっていればもっと早くちゃんと解析できていたんだろうな。



 翌日から攻めた第9階層の魔物出現構成は以前とそんなに違いはないようだが、全員が油断せず細心の注意を払って進んだ。群がって来るガーゴイルを撃ち落としつつゴーレムを粉砕しまくる。これまで通っていないルートだったが、マップで予想した通りに馴染みのある中間地点の安全地帯に辿り着いた。隠し部屋が在るんじゃないかと、前に怪しいと話していた所はこの中間安全地帯から近い。


 さて、目的としていた地点に着いた俺達は、その翌日からはマップを見て打ち合わせた通りに周辺の探索を始めた。隠し部屋と言うには少し大きい感じだが探索を進めるほど次第にマップ上で明らかになる、ぽっかりとほぼ円形に空白になっているスペース。

「絶対に何かあるよね。隠し部屋だよ」

「たまたま袋小路みたいなものという可能性もあるけど。まあ何かあるだろうなこの感じだと」

 フラグだとしたら、立ち過ぎなほどに俺達は好き勝手に言ってる。


 そうやって進み続けていて、なぜか安全地帯を発見した。

「ここ安全地帯だ…。中間安全地帯と近いのに、なぜこんな所に?」

 安全地帯は広間だ。そしてその手前の通路から安全地帯は始まるので、それが判った俺がそうぼやきながら通路を進んだら当然のように広間に出た。のだが…。

「あっ…」

「えっ?」

「「……」」


 その広間にあったのはボス部屋と同じような扉。明らかに空白地帯の中に向かうような位置。



 ◇◇◇



 かなり悩んだが、中を見ずに引き上げる選択肢はなく。俺達は準備を整えて扉を開けた。探査ですぐに判ったのは、相手は一体だということ。そしてそんなに大きな相手ではない。ドーム球場よりも広いのではないかと思えるほど広い闘技場のようなその部屋の中で奴は一人で待っていた。


「オクトゴーレム。キングよりさらに上位種だ」

 俺が鑑定結果をそう皆に告げた時、奴は動き出した。


「速い!」

 あっという間に接近されたニーナが叫ぶや否や、そいつは剣を振ってきていた。


 ガガンンンッッ!!


 ガスランがオクトゴーレムとニーナの間に入って奴の剣二つを受け止めた。

 ガスランが手にしているのはガンドゥーリルとそのレプリカ。


 ガスランとほぼ同時に動き出していた俺も既に雷撃を放ち、そいつの背後から斬りつけている。


 バリンッッ

 ギンンッッ!!


 剣は剣で受け止められ、魔法は盾で弾かれた。


「盾だ。盾で魔法が無効化される」

 俺は全員に聞こえるようにそう言った。

 そして、ガスランとニーナがすぐに離脱したのを確認して、俺は合わせていた剣を跳ね上げてから少し下がった。


 オクトゴーレムは俺をじっと見つめながら、身体をゆっくりと俺の正面へ向けた。

 ゴーレムという名が示すように身体の造りはゴーレムなのだが、通常のゴーレムのような石と違って全てが極めて硬い金属。

 そして身体全体が細身である。それ故にスピードがあるのだろう。

 但し、長い腕が6本。3本は剣を持ち残りの3本は盾を構えている。

 このリーチで剣を振り回してバランスを崩さないというのは体幹が強いどころの話じゃない。魔法生物ならでは。まさに人外。


 すぐに俺に向かって剣を同時に3本振ってくるそいつの攻撃を、俺は躱し受け止め、反撃の剣を振るいながら雷撃も放つ。俺の髪を奴の剣が掠める。

「シュン!」

 エリーゼが俺の雷撃と同時に放ったのは氷の矢。


 魔法を予期していたかのような動きでスッと斜め後ろに下がった奴の後を追うように、エリーゼとニーナの矢が放たれる。ニーナは加重魔法も使って動きを止めようとしている。

 その時、横に回り込んでいたガスランが斬撃。


 盾と剣では受け切れなかった矢とエリーゼの氷の矢が何本も奴の上半身に当たる。そしてガスランの斬撃が奴の盾の一つを弾いた。ニーナの加重魔法が奴の足を捕らえて抑えつける。


 直後、体勢を崩しているオクトゴーレムの懐に飛び込んだ俺は、女神の剣がごく自然に流れるように振られていくのを他人事のように感じていた。何度も繰り返した馴染みのある型。

 しかし、その速さは神速。


 ───石川流刀剣術の五、流破四斬剣…。


 確かそんな名前の剣技だったな。本来は相手の四肢を全て断ち切るという荒業。


 刹那の間に俺の剣は4度振られて、奴の腕を4本断ち切った。

 そして、切り返しの剣でオクトゴーレムの胴を撃つ。


 ガガーッと地面を引き摺られていくような大きな音を立ててオクトゴーレムは吹き飛んでいった。

 既に走り始めていたガスランがそれを追い、残っている奴の腕2本を持っている盾と剣ごと弾くと、輝きが一段と増したガンドゥーリルで心臓の部分を大きく切り裂いて抉った。

 


 オクトゴーレムの動きはそれで止まった。



 ◇◇◇



「綺麗だ…」

 抉って弾き飛ばしていたオクトゴーレムの魔石を拾ったガスランがそう言った。

 純金に透明感を持たせたらこんな輝きになるのだろうか。

 大きさはゴーレムほどではないが、その輝きは比べ物にならない。


 ニーナもエリーゼもガスランから手渡されて、それを長い間見詰めていた。


 俺は戦いを振り返って呟く。

「強かったな…」

「ホント、とんでもない強さだったね」

「スピードも力も凄かった」

「雷撃全然当たらなかったよ」


 光系統に弱点があるのはゴーレムなので間違いなかっただろう。しかし奴はその弱点を自身が持つ盾で補ってみせた。

「光と雷には条件反射的に対応してたな。何かスキルのようなものを持ってたんだろうと思う。発動の兆候を捉えられてる感じがした」

 俺のその言葉にエリーゼが大きく頷いて言う。

「うん、氷は結構当たったから、光と雷系統に特化した察知だったのかも」


 その後、皆で思い思いに、座って喉を潤したり軽い食事を摂ったりの休憩を終えてから俺は言う。

「さて、こいつの身体も剣も盾も全部持って帰ろうか。残さず拾ってしまうぞ」

「身体も?」

 ニーナの疑問はもっとも。

「あー、言ってなかったな。こいつの身体、ほぼ全部アダマンタイトだぞ」


「「「はっ?!(えっ?!)」」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る