第152話

 ダンジョンフロント。いつの頃からか、そう呼ばれるようになったスウェーガルニダンジョンの入り口周辺。見るたびに変化しているそこは、既に小さな街と言ってもいい程の様相になっていた。

 人通りもそこそこあって、街区の通りを歩いているような賑やかさがある。


「宿もだけど、なんか普通のお店が増えたね」

「あっ、あの店入ってみない?」

「いい匂い…、腹減った」

 と、うちのパーティーメンバー達も騒がしい。


「最初横穴を見つけた時が嘘みたいだな」

 思わず俺はそう呟いた。エリーゼが俺に微笑みながら同意の頷きを返した。


 乗合馬車を降りたところから通りを歩いてきた俺達は、今夜の宿を取った後、翌日からのダンジョンに備えていつものようにギルドの出張所で最新情報を集めることにした。

 資料室に入って、以前より増えた資料を眺めていると、

「あれ…? 出てくる魔物が変わってる」

 ニーナが声を上げた。


 皆でニーナが見ている資料の周りに集まった。

 ニーナが読み上げる。

「第1階層に、コボルトが出るようになってる」

「コボルトは出なかったよね」

「うん、このダンジョンでは初めて聞くな」


「第1階層は入り口近くから順に、コボルト、ゴブリン、オークという感じで奥に行くほど強い魔物が増えて行って、それぞれの数も多くなるみたい」

「第1層が…?」

 ガスランも少し驚きながらそう言った。


「第2階層は、第1階層と同じような感じだけどゴブリンとオークの数が多くなって、グレイウルフも出てくるようになってる」

「グレイウルフ? 群れの数はどのくらいになってる?」

 ニーナがすぐに俺の問いに答えてくれる。

「グレイウルフは最大で5匹…ね。けど、ゴブリンかオークの群れと一緒に出てくる時が多いみたい」


 これって、Dランクパーティーだと少し厳しいんじゃないかな。


 第3階層以降もウルフ系が増えていたり少しずつ変わっているが、第7階層は以前単体だったゴーレムが複数になったその後の変化はないようだ。もちろん、まだ確認出来ていないだけなのかもしれない。第7階層を奥に進めるパーティーはほとんど居ないから。


 ニーナはその資料から目を上げると言う。

「慎重に行った方が良さそうね」

「そうだな」

 全員コクリと頷いて同意。



 翌朝はいつもダンジョンに入る時間よりも早く、まだ暗いうちに入口を通った。ダンジョンは24時間営業状態なので問題はない。ギルドカードをチェックする係の者が俺達のカードの色を見て少し驚いていた。

 俺はその係の人に尋ねる。

「今、中に入っているAランクパーティーは居ますか」

「はい、1パーティー居ますね」


 まあ、パーティー名まではそう簡単には教えてはくれないのは解ってる。けどスウェーガルニにAランクパーティーはそんなにたくさん居る訳じゃない。


 第1階層に降り始めたところでエリーゼが言う。

「バステフマークが中に入ってるのかな」

「多分ね。そんな感じの予定を言ってた気がする」

「多分、そう」

 ガスランもそういう話を聞いてたみたい。


 ウィルさんが怪我が治って本格的な訓練を始めたのはスウェーガルニに戻ってからのこと。そしてクリスとの連携の訓練に入ったところまでは知っていた。その後はスウェーダンジョンの浅い層でゆっくり慣らしていくようなことを言ってたので、そういう時期なのだろうと思う。


 さて、しっかり自重して慎重に階層を進んだ結果、その日は第5階層の最奥の安全地帯に辿り着いたところで時間切れということにしてキャンプを張る。


「群ればかり出てくるようになってたね」

 食事を摂りながらエリーゼが言ったその感想は皆の共通した思いである。


 ガスランは更に付け加える。

「1層と2層の魔物の多さにびっくりした」

「それな」

「うん」

「2層はヤバいよ。Cランクでも苦労すると思う。いじめね、あれは」


 ダンジョンに入った時間が早かったせいもあったのだろう。動いている他のパーティーが少なかったせいか結構な回数の戦闘をした。でも、いくら魔物の種類と数が増えたと言ってもね。そもそもそれ程強い魔物では無いので、俺達にとっては少し手間が増えたなという程度。

 だが、ニーナが言うヤバいというのは俺も感じた。以前と同じ感覚で低ランク中ランクの冒険者が迂闊に第2階層に降りて行ったら痛い目にあうだろう。


「だけど、第1階層が低ランク中ランクパーティーのいい訓練階層になったような気もするよ」

 エリーゼがそう言うとニーナも同意する。

「あ、うん。それ私も思った。地道に経験積んでいくのにいいと思う。広いし魔物も増えたから結構な数のパーティーが1層に留まってもいいよね」



 その翌日も朝早くから行動開始。早起きは三文の徳。

 魔物の出現については前日に通った第5層が変わってない気がしたし、第6層も従来とそんなに変化はないように思って進んだが、階層最奥近くになってから様子が変わった。


「あっ、ミノタウロス上位種だよ! 気を付けて」

「「え?(は?)」」


 エリーゼが警告した通りのまさかのミノタウロスキングが階層に出現。確か、6層のボス部屋に2体出てAランクパーティーが苦労したという話を聞いた憶えがある。

 キングは通常種より少し大きくて全体的に黒っぽい。持っている斧は大きくて切れ味が良さそうな輝きがある。


 群れとしてはミノタウロスの通常種が6体に、キングが1体という編成。

 キングより先に通常種が俺達の方に全速で迫ってくる。キングはその後ろから少しゆっくり追ってきている感じ。

「ガスラン、キングやってくれ」

「分かった」


 もうガスランが相手したくてうずうずしている雰囲気なので、さっさと行かせることにした。通常種はニーナが全部一気に抑えつけてしまう。エリーゼがそのうちの一体の急所に氷矢を撃ち込むとそいつはあっさり絶命。

 氷の矢いいな。傷が小さいから買取額が高くなりそう。魔力的にも省エネだし。

 残りの5体は俺がスタンを撃つ。後でゆっくり始末すればいいからね。


 ガスランはミノタウロスキングが振り回す大きな斧を弾き返して撃ち合っている。

 結構いい斧のような気がするが、撃ち合っている相手が悪すぎた。ガンドゥーリルと撃ち合うたびに刃がボロボロになっていく。


 すぐにキングの力量の見極めが終わったガスランがケリをつけ始める。スッと懐に入ったガスランがミノタウロスキングの両脚を太ももの辺りでそれぞれ半分ほどと片手を斬り飛ばす。次の瞬間キングの背後に回って背中から心臓の辺りを一突き。

 それを見届けて俺とエリーゼとニーナの三人は、スタンで気絶させている通常種5体に止めを刺した。


 次に現れたミノタウロスの群れにもキングがいた。キングが1体に通常種が4体。

 俺はエリーゼとニーナに言う。

「俺も剣で相手してみる。二人は周囲警戒しながら待機してて。ガスラン行くぞ」

「了解」


 キングに対峙するのに邪魔な通常種2体をサクッと切り捨てて、俺はキングの正面に突っ込んだ。ガスランは残っている通常種をまとめて相手をする。

 キングが振り降ろしてくる斧を何合か受けてみた。キングの膂力は大したものだとは思うが、サイクロプスと比べると雲泥の差。

 ガスランをチラッと見ると、残っていた通常種は既に片付けてしまっていたので俺も終わらせることにする。ミノタウロスの身長はおよそ3メートル。ゴーレム通常種と同じぐらい。

 キングが両手で持っている斧を剣で叩き落し、脚を切ってよろめかせる。そして首を刎ねた。



 その後もミノタウロスキングは現れ続けた。結局、最奥の安全地帯に着くまでに更に4度接敵し、その全てがキング1体が率いる群れだった。


 そんな風に、思っていたよりかなり時間が掛かって着いたのは、悪臭が充満していた頃の面影は全く無くなった第6階層最奥の安全地帯。そこには先客が居た。と言うかキャンプの跡なのだが。朝まではここに居たんじゃないかと思える感じ。

 多分そうなんだろうなと、自分達のキャンプ地の設営をしながら俺達全員が思っていると、その先客が戻って来る。


「あれ? シュン?」

 クリスがそう言った時、シャーリーさんは既に俺に飛びついてきていた。

 いつものように大きな犬を抱える感じでシャーリーさんを抱きかかえて話をする。

「シャーリーさん、変わりはないですか」

「シュンが作ってくれたクリーンボックスのおかげで、ダンジョン生活が快適だ!」


 国境封鎖が解除される前、ロフキュールで訓練以外にすることが無くなっていた俺は、ロフキュールの街の武器屋や魔道具屋、商店などを手当たり次第に覗いて回っていた事がある。

 そんな時にある商店で見つけたのが、少し小さいが俺達が使っているクリーンボックスと同じような物。セイシェリスさんに話した所、いい機会だから自分達のパーティーの為にクリーンボックスを作って欲しいと頼まれた。

 金はかかるにせよその気になればオーダーしてボックス自体は作れるものだが、なかなか踏ん切りがつかなかったらしい。俺の魔道具が無いと意味がない、ということも理由だったのだろう。

 クリーンボックスで使っている魔道具は予備として余分に持っていたのでそれを設置して調整をするだけの簡単な仕事だった。ボックス内外の細かな仕上げはシャーリーさんとエリーゼが頑張った。メイド軍団もかなり手伝ってくれていたけど。

 そういう訳なので、俺が作ったというのは少し違う。


 第6階層最奥の安全地帯で大人数での夕食になって、話題はやはりダンジョンの魔物の出現構成が変わっている事。

 当初からウィルさん達の今回の目的は、クリスが加わったパーティーとしての連携を深める訓練を兼ねたミノタウロス狩りだったらしい。


「ゴーレム狩りは特殊過ぎるからな。パーティーの連携の訓練にはミノの方がいい」

「ミノタウロスキングまで出てくるとは思わなかったけどね」

 ウィルさんに続いてティリアが笑いながらそう言った。


 あと数日はこの6層安全地帯を起点にしてミノタウロス狩りを続けると言ったセイシェリスさん。かなりクリスの加入に手ごたえを感じているのが判る。


 その夜の見張りで一緒になった時にセイシェリスさんと話した。 

「クリスの剣は言うまでもないことだけど、水魔法と風魔法もなかなかよ」

「ティリアに雷を教えていると聞きました」

「有望よ。シュンに最初教えた時よりもいい感じだもの」

 セイシェリスさんはそう言って笑った。

 そのセイシェリスさんも、俺とエリーゼが使う雷撃をかなり使えるようになってきている。これもロフキュールで暇に任せて訓練しまくった成果だと言える。



 翌朝、バステフマークの五人に別れを告げて俺達は第7階層へ降りる。

 魔物の出現傾向に以前との違いは無いか注意しながら進む。


 以前から第7階層の最奥に近付くほどゴーレムの数は多くなっていた。今回もそれはそうなのだが、進むほどに少し多すぎる気がしてきた。

「多いよね…」

 戦闘にキリが付いた時、エリーゼがそう言った。

 皆が同感である。

 俺は全員の顔を見て声をかける。

「取り敢えず安全地帯に急ごう」

「「「了解!」」」


 スウェーガルニダンジョンの安全地帯は、原則各階層のフロアボス部屋の前の広間だ。第7階層のその広間に着いた俺達は一旦休憩にする。


 飲み物を手に持ったニーナが言う。

「7層のこの状況もギルドに報告しないとね」

「うん…」

 ガスランは何かモグモグと食べながら同意。


 俺も冷たいお茶を出して飲みながら、エリーゼに言う。

「ちょっと予定と違うけど、7層でテストしようかと思う」

「その方がいいかも。8層はもっと変わってるかもしれないし」

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