第149話 雷神の使徒

 帝国軍は教皇国に繋がる小街道を進み国境緩衝地帯を抜けて教皇国の領土に僅かに入った。そして教皇国の住民が暮らす村にもう少しで接する所まで近付いたそうだ。

 兵の数は3万。率いるのは一騎当千軍団と恐れられている帝国騎士団。そしてレゴラスさん自ら率いる兵站と後方支援を主たる任務とする辺境伯軍1万もこれに帯同。

 その小街道脇を広大な野営地と定めて居座る構えを見せた。


 当然のように小街道は封鎖され、人の自由な行き来は全く不可能となった。帝国からこの小街道へ向かう者には帝国領内でその旨が通達されていた為に、特に混乱は無かったと言う。教皇国から帝国へ入るのは帝国民だけに限定された。また、帝国の商人達にはこの封鎖による損害は後日補填されることが併せて通達されている。


 すぐに教皇国から領土侵犯、侵略行為だと抗議を受けるが、フェイリスはこれを無視した。帝国から教皇国への要求などは一切なし。ただ軍をそこに配置したのみ。

 教皇国の国境警備軍はその数およそ1万。4倍の軍勢、しかも帝国騎士団。彼らが動けるはずは無かった。


 時を同じくして、ウェルハイゼス公爵軍がレッテガルニから出立。その軍の編成は第4騎士団に率いられた中央軍1個師団。兵の数およそ2万。



 ◇◇◇



「とまあ、今の状況はそんな感じよ。そろそろ公爵軍はサインツェに着く頃だとは思うけど」

 フェイリスは眠そうな顔でそう言った。


 午前の訓練はそろそろ終わるかとキリを付けようとしていたら突然、俺達全員集まってくれと言われてそして聞かされた。

「帝国は教皇国の足止めを買って出たということ?」

「買って出たと言うよりも、うちはこうするから呼応してデュランセン伯爵領を安定させて欲しいと、こっちから持ち掛けたと言った方がいいわね」

 ニーナの問いにフェイリスはそう答えた。


 帝国にとっての利は、デュランセン伯爵領が教皇国の傀儡にならないことと王国への貸しが出来るということかな。

 フェイリスが少し待てと言っていたのはこれだったんだね。


「ニーナのお父さんが話が早い人で助かったわ。あと、デルレイス殿下はお兄さんだったわね。彼もなかなかいいわ。今回の軍に帯同してくれてて良かった」

「え?…」

 ニーナは絶句。確か兄さん苦手だったんだよな。


 それを知ってか知らずか、少し微笑んだだけでフェイリスは話を続ける。

「ただ、サインツェはまだもう少し時間かかりそうよ。公爵軍が動いてくれたおかげでサインツェにも動揺が広がって、情報がかなり集め易くなったわ。それで見えてきたことは、どうやら表向きの首謀者はデュランセン伯爵の息子。継承一位とはいえまだ若いのよね。確かシュン達の一つ下だったわね」


「おっ…」

「もしかして…」

「あっ…」

「ん?」

「それって…」


「エロガキ?」

 ウィルさんが全く空気を読まずに皆が思ってる言葉を言った。


 ぶっと吹き出して笑う俺達にフェイリスは、え? 何言ってるの? という顔。

 そんなフェイリスにエリーゼが小声で説明。クリスにはガスランが説明。


 フェイリスも大笑い。

「そうなのね。そっか、ニーナにアプローチしてたのね。だけどお父さんはさすがね…。きっぱり断ったのは、その頃から何か今回のことに関するような怪しい動きとか知ってたのかしら」

 自分がネタにされていて恥ずかしくて仕方ないニーナが顔を赤らめながら言う。

「今思うと、そうなのかもしれない。父は私にはあまりそういう話は言わない人だから、何も聞かされてはないけど」


「まあ今回の事については、情報を掴んでいたのは間違いないわよ。軍の派兵は驚くほど早かったからね」


 デュランセン伯爵の息子の思惑は、軍と文官の完全掌握と伯爵位の継承。そして治安維持と財政改善を理由とした教皇国との協調路線。それは教皇国軍の伯爵領への駐留を認める方向なのだろうとフェイリスは言った。

「そうなってしまったら、王国がどう動いてもデュランセン伯爵領は戦場になる。教皇国はむしろそれを望んでいる気もするわ」



 ◇◇◇



 サインツェに到着したデルレイス殿下率いるウェルハイゼス公爵軍は、アリステリア王国公家としての権能でデュランセン伯爵家の当領地についての治権を一時停止。そのうえで伯爵領軍へ、幽閉されているデュランセン伯爵の解放とその息子の拘束・引き渡しを命じた。

 伯爵領軍のほとんどがすぐに王国への恭順を示し、大きな混乱なく推移するかと思われたが、伯爵の息子は彼に従う者と共に逃亡して南部のケイゼルンへ落ち延びた。


 帝国軍に睨まれたままの教皇国軍に動きは無いが事態はいまだ予断を許さない。しかし、サインツェとロフキュールを結ぶ街道もサインツェとレッテガルニを結ぶ街道も、共に封鎖は解かれて原状復帰となった。



 ウィルさんの怪我は、もう殆ど治ったと言って良いほどになってきた。セイシェリスさんと話してロフキュールを発つ日を決めた。

 クリスはバステフマークへ加入するそうだ。ウィルさんとセイシェリスさんとティリアが三人がかりで口説いた。クリスの個人的な事情は分からないが、元々ドリスティアに戻るつもりは無かったと言う。


「スウェーガルニに移ろうと思ってたの。スタンピードでドリスティアは変わってしまったし、元々そんなに好きな街でも無かったし」

 訓練途中の休憩中にクリスが俺にそんなことを言った。

「まあ、治安悪いしな。物価も高いし」


「アルヴィースとバステフマークの活躍を聞いていたからというのも理由の一つよ。あのサイクロプスを倒したのは、どんな人達なんだろう。スタンピードを退けたスウェーガルニはどんな街なんだろうって」


 ドリスティアの三重の外壁の二つを破壊したのはサイクロプスだ。クリスはそれを目の前で見ていた。死を覚悟したと言う。


「スウェーガルニに着いてギルドで尋ねてみたら、アルヴィースとバステフマークはロフキュールに行ったと言うから、あっ、武術大会なんだと思ったの。なんかそう思ったら、じゃあ私も出てみようかなって。どこに行っても居場所ないし、帝国に行ってその先はその時に考えればいいかってね」


 クリスは自分のマジックバッグから水筒を取り出した。

「シュン、この水筒。返さなくていいでしょ。持っておきたいの」

「ん? どうぞ。そんなので良かったら」

「シュンが水筒投げてくれた時、私凄く嬉しかった」

 そう言ってクリスは水筒を大切そうにまたバッグに仕舞った。


「うん。あの時は、クリスはセコンド居なかったしな」

「なんかね。凄く普通だったからかな…。剣術をやってる者同士って感じ」


 俺は、あの準決勝の試合を思い出しながら言う。

「クリスの剣は、俺には真似できない所がたくさんあるんだよ。俺はそれが羨ましいと思ったんだ、あの時」

「え?!」

「だから、クリスのことも応援してたんだよ。どっちにも負けて欲しくなくてさ」

「そっか…。そうだったの…なんかすごく嬉しい」

「まあ、これからもよろしくな。バステフマークとはなんだかんだと一緒に居ること多いから」

「こちらこそ」

 クリスはとても爽やかな、そしてとても綺麗な笑顔を見せた。



 その夜、久しぶりに俺達と夕食を共にしたフェイリス。

「このジュリアの屋敷では人払いは必要ないんだけど、一応場所を変えましょうか」

 食事が終わるとそう言って俺とセイシェリスさんを呼んだ。


「ヴィシャルテンを襲撃しようとしたゴブリン軍団の時の話よ」

 椅子に座り飲み物なども行き渡ってから、フェイリスはそう話を切り出した。


 ん? そんな前の話?

 最近のサインツェの情勢の件だとばかり思ってた俺は少し面食らう。


 フェイリス達には、教会のこと魔族のことなどの情報共有の際にヴィシャルテン関連のこともかなり詳細に話はしていた。


「セイシェリス達から聞いた話を受けて、ゴブリン軍団殲滅のこともそれなりに精査してみたの。ゴブリン達と対峙して殲滅が終わったのはこの日時で間違いない?」

 紙片を受け取ったセイシェリスさんが、少しだけ考え込むが頷く。

「ええ、日付はこの通り。そして…、殲滅自体はもう少し早く終わってたけど、ほぼこの時間ね」


 フェイリスはセイシェリスさんから紙片を返してもらうと言う。

「これは、教皇国首都の大聖殿で原因不明の爆発が起きた日時なの」


 俺は今フェイリスが言ったことを受けて並列思考が瞬間的にフル稼働。

「爆発? ん?…。あっそうか。ということは、大聖殿から転移して来てたのか…」


「そう。間違いないわ。シュンとニーナ二人で送り込んだと言っていた爆弾? あれの転移先の一つはおそらくは大聖殿だったのね。やっと情報の突合せが終わって辿り着いたわ。爆発という共通したキーワードがあるのに時間かかりすぎよね」


 と言うか、教皇国のその大聖殿の詳しい情報を掴んでることが凄いと俺は思う。

 やっぱ帝国怖い。


 その後、フェイリスの考えを聞いた俺は、散々念押しをして条件を付ける形で爆弾を一つ渡した。対人用の物はもちろん渡す気は無く、生体魔力波によるロックは人間の生体魔力波全てとしたもの。対魔物用、スタンピードへの対処を想定した物なので近くに誰であれ人間が居たら爆発はしない。むしろその方がいいとフェイリスはそう言った。

 ただ、この最も特別な爆弾はゴーレムキングの魔石を使った超々大型改良版の物なので威力はゴブリン軍団の時に使った物とは比べ物にならない程遥かに大きい。



 ◇◇◇



 シュン達が既にロフキュールを発ってからのこと。


 ウェルハイゼス公爵軍の第4騎士団は、デュランセン伯爵の息子一味が更に逃げ延びていた、ケイゼルン砦から南に下った教皇国との国境にほど近い村を包囲した。

 伯爵の息子一味の抵抗は激しかったが、第4騎士団はこれを難なく鎮圧。そして伯爵の息子を拘束した。

 同日。復権したデュランセン伯爵が通達を出す。伯爵領での聖ルシエル教会の活動について制限と監視、取り調べを行うことと、教皇国から派遣されている教会司祭ら教皇国関係者全員の拘束。


 この翌日、教皇国の国境警備軍牽制の為に教皇国の領土に僅かに入った位置で駐留していた帝国軍は撤退を開始。

 教皇国側の監視の目の前で、帝国軍は数多く建てていた簡易な小屋や柵などはそのままに野営地から次々と出立し始めた。

 そして、帝国軍の兵の最後の一人が野営地から出てしばらく後。

 突如、激しい光の迸りがその無人の野営地の中心で起こり、轟音が響き強烈な無数の光の刃と爆風がその一帯を蹂躙し尽くした。

 教皇国と帝国とを結ぶ小街道の傍に在ったはずの広大な野営地は跡形もなく消失し、そこには巨大な深いクレーターが残った。

 教皇国は、帝国がその気になったらどうなるか、そんな想像をせずにはいられなかった。


 その半年後、長い間停戦状態だった帝国と王国の間で終戦協定、同時に友好条約がやっと結ばれて、両国は真の和解・友好の道へ大きく前進した。この新しい門出となった記念すべき友好条約締結の日に女帝アミフェイリスはこう言った。

「帝国と王国は共に手を携えて真の敵に立ち向かうべきであり、両国が意を一つにして在り続けることが雷神の使徒の輝きの一助となる。私はそう信じている」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る