第148話

「公爵軍が動いたわ。第四騎士団と中央軍1個師団がレッテガルニへ向かったらしいわよ」

 フレイヤさんが伝えてきたのは、ウェルハイゼス公爵領の動き。

 ニーナは驚きを隠せずに声を上げる。

「騎士団と中央軍まで?!」


 ウェルハイゼス公爵家の騎士団というのは、とにかく戦争のスペシャリストである。ニーナが言うには、第一騎士団から第三騎士団までは原則として領都の防衛。第四から第六までの三つの騎士団が領内の平和維持を主な任務としているそうだ。

 但しこの防衛も平和維持も積極的に武力を行使するものであり、必要があれば先制攻撃も辞さないと言う。そして諜報活動は当たり前、騎士団の中の特殊部隊は暗殺までも実行するという噂もあるほど。

 公爵領の軍には中央軍と地方軍がある。領都を中心に活動している中央軍は、騎士団に次ぐ精鋭揃いだと言われその装備も地方軍とは雲泥の差。この中央軍が師団1個だけとは言え訓練以外で領都を離れるということは、即ち有事を意味している。


「でも、なんか動きが早すぎるような気がします。アトランセルは遠いのに」

 エリーゼが疑問を口にした。

 フレイヤさんがそれに答える。

「そうね、早いわ。おそらく事前に兆候を掴んでいたんじゃないかしら」

「……」

 ニーナは沈黙。考え込んでしまった。



 ◇◇◇



 ウィルさんの容態は安定した。と言うか相当に良くなった。ジュリアレーヌさんの屋敷に戻った日の夜には目を覚まして、空腹を訴えたほどである。


 フェイリスがしみじみと俺に言う。

「ここまで急激に回復したのはエリーゼの精霊魔法のおかげね」

「うん、俺もそう思う」

 フェイリスはエリーゼが精霊魔法を行使したのを目の当たりにしているので隠しようがない。

「その前の、あの試合場でやったニーナの重力魔法による修復も見事だったわ」

「あれは元々はミレディさんのアイディアなんだよ。重力魔法が使えるならと、俺達と一緒に話し合ったことがあったんだ」

「なるほどね」


 そして、本来の予定では大会最終日の翌日に行われるはずだった入賞者表彰パーティーが二日遅れの今日の夜に行われることになっている。ウィルさんは少し顔を出す程度だそうだ。なぜか本人は出たがっていたらしい。

「ご馳走が食べられるからよ」

 と、セイシェリスさんは呆れていて、ちゃんと同じ料理を部屋に届けさせるとティリアが言ったら大人しくなったんだと。


 さて、俺が今最も悩んでいるのはいつスウェーガルニへ帰るかということだ。国境封鎖については、最悪の場合検問を避けて通ってしまってもいいのだが問題は馬車。

 ずっと歩きはしんどいし、なによりも移動に時間が掛かるということは野営の回数も増えるということ。やはり馬車での移動は必須だ。


「馬も収納できたら解決なんだけどな」

 思わず俺がそうぼやいたら、ニーナとガスランが笑い始めた。

「同じこと考えてる」

 ニーナがそう言った。


 フェイリスからは、もう少し待てと言われている。動きが出てくるからと。

 なんか意味深だったので、あまり突っ込んでは聞いていない。



 ◇◇◇



 という訳で入賞者表彰パーティー。

 なぜか俺達は全員が出席している。

「人数少ないから内輪のパーティーみたいなものよ」

 と言ったフェイリスに、なんだかうまく乗せられてしまった感は否めないが、エリーゼのドレス姿を見て俺はぶっ飛んだ。


 もう、ね…。

 こんな綺麗な子が俺なんかの彼女で良いんだろうかと思ってしまう。

 異世界転移に感謝ですよ。


「シュン、口が開いたままよ」

 ニーナにそう指摘されるまで、たっぷり数分間はエリーゼに見惚れていた。

 そう言ったニーナもかなりの超美人。一般的には、エリーゼとニーナのどちらかを選べと言われたら、誰しもが間違いなく両方と答えるだろう。


 ニーナも黙ってれば、相当いい線行くんだけどな。


 何はともあれ、エリーゼにまたもや惚れ直してしまっている俺。

「シュンも、その服似合ってる。カッコいいよ」

 エリーゼたんがそう言って褒めてくれる。

「あ…。エリーゼ…。その、凄く綺麗だよ。どう言っていいか言葉が見つからないけど、どきどきしてる」

「私もシュンにドキドキしてる」

 チュッと軽くキスしてくるエリーゼ。


 腕を組んで二人で会場に入った。

 ニーナをエスコートするのはガスランの役目。


「おお、アルヴィース…」

「アルヴィースの…」


 そんなざわめきが聞こえてくるが、こういう感じは最近よくあることなのでスルー。

 いや、出席者は少ないって聞いてたんだけど俺に言わせれば十分に多いよ。50人以上居るんじゃね。俺達の後からも次々と増えてきてる感じだし。


 ニーナに教えられていたので、ジュリアレーヌさんが居る所へ形式通りの挨拶に行く。一応ニーナが先頭ね。貴族だし。俺達は平民だし。

 ちなみにフェイリスは姿を消している。どこに居るかは聞いてない。聞いちゃいけない気がしている。

 ジュリアレーヌさんに言われてその傍に居続けることになった俺達に、次々に人が挨拶に来る。ニーナが応対してくれるので、相槌を打ったり頷いたりしていればいいので楽と言えば楽。

 そうしていたらクリスもやって来て、知った顔が居ることに安心した表情。

 エリーゼがすぐに声をかける。

「クリス、独りじゃ心細いでしょ。私達と一緒に居ればいいよ」

「うん、助かる」

 ティリアも近くに居るんだけどね。なんかいろんな人の所に行ったりメイドに指示したり忙しくしていてゆっくりできない感じ。


 そして出席者が揃ってからは、入賞者の紹介と表彰。乾杯などなど。和やかに明るい雰囲気でパーティーの時間は過ぎていった。思ってたより堅苦しくなくて料理も美味しかったし良かった。


 まあ、たまにはこういうのもいい経験かもね。



 その後、王国への帰還についてはセイシェリスさんと話して、ウィルさんの回復が速い事もあり、それを待って帰りも一緒に帰ろうということになった。その方が馬車も余分に準備しなくていい。問題は国境封鎖なのだが、まさか強行突破という訳にもいかず、本当に悩ましい。

 シャーリーさんが言うには、山道だが馬車も通れる別の小街道があるらしい。それを聞いたティリアは難しい顔をして、

「その小街道は結構危ないよ。山賊が出るとか魔物も多いとか、良い噂は聞かない」

 と、そう言った。


 そしてクリスも俺達と一緒に帰ることになっている。ロフキュールに来る時は一人で乗合馬車を乗り継いで来たらしく、大変だったと。


 さて、そういう訳で帰還の予定がまだ立たないので恒例の訓練三昧である。

 連日、早朝から午前中いっぱいみっちりと走ったり筋トレしたり剣や弓の特訓。午後からは魔法など、という俺達のいつものパターン。ウィルさんを除いたバステフマークの面々とクリスもこれに加わっている。

 メイド軍団も日替わりで一人か二人ずつ程度だが一緒にやっている。これに関してはジュリアレーヌさんに頼まれた。ジュリアレーヌさんはもう俺達には、メイド軍団・隠密部隊のことを隠すつもりはないようだ。

 俺達にしても、ティリアの命の恩人だとは言えかなり世話になりっぱなしなので、少しはお返しをしておきたいという思いがある。


 温泉にも度々行って当初の目的だった温泉も満喫している。

 そしてその日の夕方も温泉でいい気分になった俺達4人とクリスとシャーリーさんを乗せた馬車が屋敷の前の車寄せに着いた時、先に停められていた馬車を見たメイド御者が言う。

「レゴラス様の馬車です」



 夕食の席に、ジュリアレーヌさんもレゴラスさんも顔を見せなかった。二人とも城に行っているとティリアは言った。どうやらフェイリスも城に行ってるみたい。


 夜、寝る前なんかはいつも俺とエリーゼの部屋に集まることが多く、その日の夕食後も4人で集まろうとしていたら、セイシェリスさんとシャーリーさんとクリスもやって来た。


 皆がソファやベッドに座ってしまってから

「なんとなく…」

 俺がそう口を開くと

「「キナ臭い」」

 シャーリーさんとニーナがそう言った。


 うん、と頷いたその場に居る全員。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る