第147話

 徹夜である。ステータス爆々々上がりの身なので、それ自体は大したことは無いのだが、エリーゼと二人揃ってMPが枯渇しそうなほどになるのは予想外だった。

「もう大丈夫だ。けど、こんなにMP使ったのはゴブリン軍団以来だ」

「仕方ないよ。それだけ危ない状態だったんだから」

 治癒室のベッドで横になっていたエリーゼが起き上がって、俺の頬にチュッとキスをしながらそう言った。



 ◇◇◇



 ガスランも俺も、ガスランの勝利を告げる進行役の声にも観客の大歓声にも耳を貸さず試合場に横たわったウィルさんの元に駆け寄った。

 膝をついたセイシェリスさんが抱きかかえるウィルさんの目は閉じられ、呼吸も弱くなっていた。

 真っ青になったセイシェリスさんが震える声で言った。

「シュン、お願い。お願い、ウィルを助けて」


「ガスラン! エリーゼとニーナを呼んでくれ!」

「了解!」


 早速その場でウィルさんの残っている防具などを剥ぎ取りキュアをかけ始めた俺が居る試合場に、エリーゼとニーナが駆けつける。ティリアも一緒だ。フェイリスもシャーリーさんも来ている。

 傷の酷さに絶句している者が多い中、俺は努めて普通の話し方で指示をする。

 キュアとヒールをエリーゼ達、ヒールについてはやはり駆けつけていた治癒師達に頼んだ俺は、ニーナに説明しようと彼女の顔を真っすぐ見る。

 ウィルさんの胸の大きく陥没した骨を、内側から加重魔法で元の位置に戻すためだ。

 荒療治になるが、外科手術の技術がそれほど進歩していないこの世界ではこれしか方法がないし、今すぐやらなければ駄目だとウィルさんの状態が俺に訴えている。

「ニーナ、ウィルさんの骨を…」

「解ってる。やるよ。指示して」

 目に涙を溜めたニーナが俺を睨みつけるようにしてそう答えた。


 心臓が傷ついていないのは幸いだ。

 魔力操作と魔法解析を同時使用しつつ微妙な制御をニーナに示しながら少しずつ。

 開いている傷から血が噴き出てくるが、血を止めて都度その傷ついている所を治癒するのはエリーゼに任せる。並行してヒールをかけ続けるのはティリア達と治癒師達に。

 グッ、グッ、と少しずつ骨が上がってくる。


 時間はかかったが、ほぼ元の位置にまで戻せたはずだ。

「よし、そのまま維持してくれ」

 戻ってきた骨を固定しないといけない。折れている箇所を元と同じ位置に維持し続ける為に手をかざしたままのニーナにそう言って俺は全力のキュア。

 ニーナが持ち上げている骨を狙ったキュア。それが作用しているその部分が光を発する。キュアで光るなんて初めてだなと俺は一瞬思うが、続ける。

 ニーナの額に汗がにじむ。もうしばらくは維持して貰わないといけない。


 続けて俺は傷ついている肺の治癒を始める。

 既に俺のMPは残り半分。

 ガスランがMP回復ポーションを出して皆に配り始める。

 それを受け取ってグイッと一気飲みした俺は治癒を続ける。



 肺への治癒を続けた結果、ウィルさんの弱いが安定してきた呼吸の様子で、少し安心する。もう一度骨へのキュアを目いっぱいの魔力で掛けてから、ニーナがかけ続けていた魔法を停止させた。骨はこれで良さそうだ。


「ティリア、闘技場のどこかに部屋を用意させてくれないか」

「それは私が準備しよう」

 俺の声に応じたのはフェイリス。


「頼む。ベッドが有ればいいから」

「ガスラン、シャーリー。手伝ってくれ」

 フェイリスはそう二人に言って、共に走って行った。


 それからすぐに治癒室に隣接した一部屋が病室として仕立て上げられて、何人もでそっとウィルさんを抱えて運び、その部屋のベッドへ寝せた。

 部屋はそんなに広くは無いので、俺とエリーゼとセイシェリスさん以外は治癒室の方で待機することに。


 そして、魔力を通して分かる問題がある箇所へのキュアをかけ続けていた俺は、遂にMPが残り僅かになってくる。

「交代するよ、シュン」

 俺の顔色で察したのかエリーゼがそう言った。

「頼む。どうしてもこの辺りが何度キュア掛けても思わしくないんだ」

 俺はウィルさんの胸の一箇所をエリーゼに示した。


 そこにフェイリスがやって来て、俺に大量のポーションを渡してくれる。

「これくらいしかしてあげられないが…」

 鑑定で判るのは最高品質のMP回復ポーションだということ。1本金貨10枚はするんじゃないかという代物。

「いや助かる。ありがとう」


 その時、エリーゼが掛けているキュアの様子が変わってくる。じっと目を閉じてウィルさんに両手をかざしているエリーゼの、その手から淡い光がウィルさんに向かって広がった。

「これは…」

 フェイリスが何か言いかけるのを俺は手で制した。

 そうしている俺自身も唖然としている。


 俺の魔法解析スキルでは解析できない。しかし、これがそうなんだと俺は理解し始めている。エリーゼにしか出来ないこと。エリーゼだけが持っている魔法。


「精霊魔法だ」

 俺は小さな声で、驚きの表情を浮かべたまま固まっているフェイリスとセイシェリスさんに言った。


 究極の癒しをもたらすといわれる精霊魔法が、こんな時に発動するとは…。

 エリーゼが、今こそそれが必要だと心から願ったからなのだろうか。


 フェイリスが小さな掠れた声で言う。

「治癒ではなく、再生しているのね…」

「おそらく」

 俺はフェイリスに頷いた。


 ふっとエリーゼの魔法が発していた光がその輝きを失った。

 倒れそうになったエリーゼを俺はすぐに抱き留めた。

 そして、フェイリスが持って来てくれたばかりのポーションを飲ませる。

「シュンごめんね…。交代したばかりなのに。ちょっと力使いすぎた…」

「いや十分だ。よくやった。少し休んで」


 俺はエリーゼを抱きかかえたまま隣の部屋に行って、元々治癒室に備え付けられていたベッドにエリーゼを横たえた。そして心配そうに近寄ってきたニーナに言う。

「MPの使い過ぎだから、休ませてあげて」

「分かった」


 戻ってウィルさんの様子を見ると、最も気になっていた箇所はエリーゼの魔法で見違えるほどに良くなっていた。

 これならもう大丈夫そうだ。

「セイシェリスさん。時々でいいので、ヒールお願いします」

「うん。エリーゼは?」

「大丈夫です。少し休めば」

 セイシェリスさんがヒールを掛ける。セイシェリスさんもそれほどMPが残っている訳ではないはずだが。



 フェイリスとティリアと話して、俺とエリーゼとセイシェリスさん以外は屋敷に戻って貰うことにした。

 セイシェリスさんとエリーゼが交代で仮眠を取りながら、定期的にヒールを掛ける。俺はその都度、魔力を流して悪い箇所を探してはキュア。回数も少なくインターバルが空いて来たので、やっとMP消費を気にしなくても良いようになってきた。


 そして朝になって、すっかり容態が安定してきたことが判る。俺はセイシェリスさんにそれを言って、隣の部屋で休んでいるエリーゼの所へ行った。



 ◇◇◇



 午後遅くには、ウィルさんを屋敷に移すことにした。ウィルさんはそろそろ目覚めてもいい頃だと俺は思っている。ジュリアレーヌさんが例の一番揺れが少ないという馬車を出してくれることに。

 その馬車にはニーナとクリスも付いて来ていた。

 自分もヒールが使えると、昨日クリスも治癒室に残りたがったのだが、彼女自身が病み上がりであることを言い含めて屋敷に返していた。


 その特別馬車は多くは乗れないのでウィルさんとセイシェリスさんだけを乗せて、俺とエリーゼ、ニーナ、クリスはもう一台の馬車に乗った。

 走り始めた馬車の中でニーナが言う。

「シャーリーから聞いたんだけどウィルが肉体強化を使うことには、セイシェは大反対だったらしいよ」

「俺も事前に言われたら反対したと思うよ」

「どうしてもそれで戦いたいと言うウィルに押し切られて、仕方なくセコンドに付くことを条件に許したんだって」

「セコンドはリザインできるからな」

「うん…」

「けど、セイシェリスさんも、ウィルさんに悔いを残して欲しくなかったんだと思う。実際、ウィルさんは凄く生き生きしてたからな。もうこれで死んでもいいぐらいの気持ちでガスランと思いっきり戦ってた感じがした」

「それは私も感じた…」


「凄い試合だった」

 クリスがそう言った。

 俺はクリスを見て、そしてニーナも見て言う。

「そう。昨日のあの試合を見た人は成長できるよ。人が辿り着ける高みの一端を見ることが出来たんだから。あの高みと自分を比べて少しでも差が縮まるようにやっていくんだ」

 クリスはじっと俺を見詰めてそして大きく頷いた。


 俺は少し重くなった空気を入れ替えようと話題を変える。

「それにしても、ウィルさんが肉体強化を。しかもあんな風に使えるとは知らなかった」

「あっ、そうそれ。誰かに聞きたかったんだよ。なんか訊ける雰囲気じゃなくて黙ってたんだけど」

 俺の疑問にニーナがすかさず同調する。


「段階的強化みたいな感じ?」

 と言うエリーゼも疑問に思ってたんだな。まあ肉体強化の常識では考えられないものを目にしたんだから当然だろうけど。


「うん、俺も少し考えてみる。すぐ目の前で見てたことだしな。今の時点でなんとなく思ってるのは、魔法じゃないんじゃないかということ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る