第146話 三位決定戦と決勝戦

 そう言えば、あの槍使いってガスランに相当やられていたはずだったなと思い出したのは、昨夜クリスの状態を見た後だった。ガスランが両手と両足を刻んだ攻撃は骨にひびぐらい入ってそうな程だった。


「あいつ治癒はちゃんと受けたんだろうか」

「それ聞いたら、軍の治癒師が徹夜で治癒するって言ってたらしいよ」

 エリーゼがチェック済みだったみたいです。さすが。


 クリスに軽い訓練をした後、俺は一人でウィルさん対策を考える。

 まあ、普段通りならガスランが間違いなく勝つんだけど、ウィルさんは何をやってくるか判らないとこがあるからね。咄嗟のアドリブと言うか閃き、そこは侮れない。


 ウィルさんの方のセコンドはセイシェリスさんがすることになった。

「応援ぐらいしかできないけど」

 本人はそう言っていたが、これも侮れない。


 その後、早めの昼食を済ませて皆で闘技場へ。もちろんクリスも一緒に。



 闘技場前広場は、これまでで最高の賑わいを見せていた。最終日、大会は今日の夕方までで全ての日程が終了する。最後の試合が剣術部門の決勝戦。

 そして夜は、港ではこれまでで最も長い時間花火が打ち上げられ、祝祭広場では踊りと歌、無料の飲み物なども振る舞われて祭りとしても終わりを告げることになるらしい。


 一旦は辺境伯家専用のVIP席に行くが、俺とクリスはすぐに屋内練習場へ。セイシェリスさんも付いてきた。セコンドがすることを見ておきたいとかそういう理由。

 クリスにやり方を教えながら念入りなストレッチをして、それからウォーミングアップも同じように。

 一緒にやってみると、なんとなくクリスのステータス数値の高さが感じられた。レベルは冒険者として年齢の割には高い方だと思うが、特別に高い訳ではない。経験の質を高めるような訓練をこれまでしてきたのだろう。あとはハイエルフならではということか。


 ひと通り終えて、クリスの身体全体の状態をチェック。異常なし。

「うん、大丈夫だな」

「逆に、いつもより身体が軽い…?、かも」


「ん? あー、それは今のストレッチとウォーミングアップのせい。あまり知られてないけど、調子は良くなるし怪我もしにくくなる。訓練前はやった方がいいよ」

「アルヴィースは皆やってるの?」

「やってる。バステフマークもだよ」

 そこでセイシェリスさんが言う。

「やってるわよ。シュンに習ってからは欠かさず」

 ふむふむとクリスは頷いている。


 うん。こういう会話はリラックス出来てるってことだからいい感じだな。


 その後は軽く素振りなど。

 そして、時間が来たところでクリスの全身へクリーン魔法。

「…え?」

「クリーン魔法かけた。サッパリしただろ」

「うん、ありがとう」

 クリスはニッコリ微笑んでそう言った。


 一旦控室に入るので、セイシェリスさんとは屋内練習場で別れた。


 控室から試合場へ歩いている時、クリスが俺に言う。

「シュン、いろいろありがとう」

「うん、お互いわざわざ王国から来たんだからな。悔いは残したくない」

 俺がそう答えるとクリスはニッコリ笑った。


 試合場に入ると、クリスの対戦相手の槍使い帝国騎士は既にそこに居た。


「クリス、今朝俺が振った槍を思い出せばいい。でも最初は慎重に行け」

「はい!」



 騎士は体調はそれほど良くないようだったが、意地でも入賞という気迫を見せている。一方、クリスの試合への入り方は俺が言ったように慎重。相手のリーチの確認を意識しているのが判る。冷静だ。

 時折剣で受けて、その重さも確かめている。クリスにはガスラン程の力は無いので弾き返すことは少し難しいかもしれない。

 と思ってたら弾き返した。

 ほう、ここ一番でまだ力が出てくるのか。


 騎士は、相手を押し潰す勢いで振ったつもりの一撃を弾かれて屈辱を感じているような表情。彼はこれが駄目だな。敵の力量と自分の差をしっかり受け止めて見極めずに対処なんかできる訳がない。変なプライドがそれを邪魔している。フェイリスはまだ苦労しそうだなと俺はそんなことを思う。


 クリスが攻め始めた。もう間合いも見切ってしまったようだ。緩急を付けながらそれでいて相手の呼吸をよく読んでいる意外性のある攻撃も繰り出す。


 やっぱり、クリスは剣の天才。俺はふと石川先輩のことを思い出した。


 騎士もなんとか凌ぎ、防戦の中でもあわよくばとスピードを上げて対抗しようとしているが、それでもクリスの方が速い。

 そしてクリスが剣戟のポイントを刹那の瞬間でずらすと、騎士が持つ槍が大きくぶれた。

 次の一瞬で詰められた間合いに騎士は対応できない。石突を突き出そうとしたのも悪手だった。


 直後、クリスが騎士の肩に剣を撃ち降ろして彼の防具を粉砕した時、クリスの3位入賞が決定した。



 大歓声が闘技場に響き渡る。地元の騎士への贔屓も思い入れもあっただろうに、クリスの剣術の素晴らしさを目の当たりにした観客たちは惜しみない拍手と称賛を送っている。

 観客に手を上げ笑顔で応えたクリスは、試合場の脇に居た俺の所に戻って来る。

 俺はすかさず彼女の身体の状態のチェック。

 うん、問題なし。


「おめでとうクリス。いい剣だった」

「ありがとう」

 クリスの目が潤んでいる。

「よく頑張ったな」

「ありがとう、シュン…」


 観客席を見上げて辺境伯家専用VIP席の方を見ると、そこに居る全員が立ち上がって笑顔で拍手をしている。

 クリスにそれを教えると、両手を大きく広げて振って応える。

 エリーゼとニーナがニコニコ笑いながら手を大きく振っている。

 シャーリーさんとウィルさんとガスランが三人並んでサムズアップ。


 決勝まではまだ時間があるから、ガスラン達はあそこから見ていたんだな。


「よし、皆のとこに戻るか」

「うん!」



 ◇◇◇



 開始早々にウィルさんが猛ラッシュを仕掛けてきた。ガスランは取り敢えずはそれを受ける形で様子を見ている。

「ガスラン、相手に合わせなくていい」

 俺がそう言うとガスランは頷いた。

 そして、ウィルさんの剣を大きく跳ね上げてしまう。


 するとすぐにバッと地面を蹴る音を立ててウィルさんが後方へ大きく下がる。

 一転して睨み合いの様相。

 先に動いたのはガスラン。弧を描くようにして走ったガスランは、合わせて身体を捻って向きを変えようとしたウィルさんの足が動いた瞬間に間合いを詰める。


 ギンッ という剣と剣がぶつかった鈍く大きな音が響く。

 そのまま鍔迫り合いになる。ガスランがウィルさんをグイグイ押し込んでいく。


 合わせられている剣をウィルさんは跳ね上げるか逸らしたいのだが、次の瞬間に切り刻まれる未来が見えているのだろう、押し込まれ下がるしか術が無く解決策を見いだせない。

 場外が近づいて、それを意識したウィルさんの力の入り方が変わる。

 ガスランはそれを見逃さない。

 剣から片手を離したガスランはその離した左手でウィルさんの右手の甲に手刀。


 ウィルさんがすかさず横に飛んで距離をとった。よく剣を手放さなかった。

 それを追うようにガスランの剣が薙ぎ払われてウィルさんは更にもう一歩動かざるを得ない。そして、更にガスランが間合いを詰めながらの刺突。

 ウィルさんは何とか剣の腹で、その刺突の方向を変えた。

 しかしガスランが返した剣は逆からの袈裟斬りに変わってウィルさんに襲い掛かる。


 転がるようにして躱したウィルさんは、その勢いのまま距離を稼ぐ。

 しかし、すぐに近づいていたガスランが上段からの斬り降ろし。

 これも転がるようにしてウィルさんは躱した。


 最後に転がった際ウィルさんが剣を落としたのが判ったガスランは攻撃を止める。


 ガスランは試合場の中央に戻った。


 観客のため息のような、息を吐く音が聞こえてくる。少しどよめきも混じっている。試合を息を呑んで見つめていて、今やっと一息ついたということ。


 このタイミングを逃さず、審判が試合の一時停止を宣言した。

 ガスランに水筒を渡しながら、俺はセイシェリスさんを見ている。

 ウィルさんに何ごとかを囁いている様子が分かる。


「ガスラン、多分仕掛けてくる」

「うん。俺もそんな気がしてる」


 再開した試合の始まりは静かだった。試合の最初にラッシュを仕掛けてきたのとは違い、ウィルさんはゆっくりした動作で撃ち合う形。ガスランも隙を見いだせていないのか、軽く撃ち合うような剣を数度振る。互いに何か切っ掛けを待つような空気が漂ってしまう。


 様子見に付き合うな、と言おうとした時。

 クイッとギアが上がったような感じでウィルさんの剣のスピードが上がった。力も増している。ガスランはそれを受け止める。

 しかし、そこで更にウィルさんのギアが上がった連撃。それを受けて少しバランスを崩したガスランに、更にもうひと段階ギアが上がったウィルさんの渾身の横薙ぎの剣が振るわれた。


 ガシンッ という音とともにガスランが大きく横に飛んだ。


 ウィルさんの剣と自分の身体の間になんとか防御の剣を潜り込ませていたガスランだが、衝撃は打ち消せずに自分の剣ごと押し込まれてしまっていた。最後に飛んだのはガスランの意志。よろけてしまって次の一手で決められることを回避するために大きく飛んで逃げたということ。

 しかしそうしていても、当然の追撃が間近に迫ったウィルさんから撃たれる。

 またギアが上がったウィルさんの剣の速さにガスランも対応するが、防戦一方になってしまう。


 これは…。


「ガスラン! ウィルさんは連続肉体強化している! まだ上がるぞ!」


 ガスランは少しだけ驚いた表情を見せるが、納得したようだ。

 ガスランが自分自身へのスイッチを入れる。

 グッと上がったスピードとパワー。

 実戦ではなくあくまでも試合のこの大会、そして俺達にとっては頑丈とは決して言えない試合用の武器への負担。それらを考慮して封印していたはずの領域にガスランは自ら足を踏み入れる。


 撃ち合う剣の音は、観衆の歓声すら消してしまうほど大きく響く。

 剣が振るわれる時の音は風を切る音ではなく、あたかも空間を切り裂いたような錯覚さえ起こしてしまいそうな音。


 あれから更に何度もウィルさんのギアは上がった。しかし、ガスランは都度それを凌駕する力を見せている。

 観客席は誰も言葉を発せないでいるのか、異様な静けさ。

 ただ、固唾をのんで二人を見守っている。


 ウィルさんはまた上げてくるのか。俺がそう思った時。

「ウィル、もうやめて!」

 セイシェリスさんの悲鳴に近い声が響いた。


 次の瞬間、ガスランの一撃がウィルさんを袈裟斬りするように振るわれた。

 それを受け止めたウィルさんの剣。

 受け止めるはずだった剣は、ポキリと折れる。


 そのままガスランの剣がウィルさんの防具を断ち切って打ちのめすと、ウィルさんの身体は大きく弾け飛び、そして動かなくなった。

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