第13章 竜の遣い手

第150話

 多くの人に別れを惜しまれつつ再会を約してロフキュールを発った俺達は、往路より一人多い人数でスウェーガルニへの復路の旅を続けている。

 その増えた一人、クリスには主にセイシェリスさんがこれまで俺達がやって来たことや遭遇したことなどを少しずつ話している。時間はたっぷりある。


 そしてガスランがエルフの聖剣ガンドゥーリルを見せた時、クリスは息を呑み涙を零した。

「あれ、どうして…。私なんで泣いてるんだろう…」

「エルフにはやっぱり分かるのね」

 ニーナが優しく微笑みながらクリスの肩を抱いてそう言った。


 俺の特製の清浄の首飾りとマジックバッグは既にクリスにも進呈済み。

 これについてはクリスもだが、セイシェリスさんがとても恐縮していた。同じパーティーじゃないのに、いつも申し訳ないと。ちなみにティリアにもバッグを進呈している。首飾りだけは早くに渡していたんだけどバッグはまだだったからね。

 ちょっとバラ撒き過ぎな感じがしないでも無いが、自分としてはこの人達ならいいと思ってる。


 旅路は順調に進み、サインツェを通り過ぎてレッテガルニへ向かう荒野の街道を進んでいた時。探査に強い反応が現れた。

 御者台に居たエリーゼから警告。

「西から魔物です。強いです!」


「シュン、馬車停めた方がいいか?」

「その方がいいですね。馬車で逃げ切れる相手じゃなさそうです」

 セイシェリスさんにそう答えて、俺はすぐに馬車の窓から御者台に移った。手綱を握っていたニーナに、丁度街道の右の脇に在った木の傍に馬車を停めるように言って、俺はエリーゼと一緒に西の空を見上げる。


「静かに馬車から出て、馬車の右側。隠れるようにしてください」

 空を見ながら馬車の中にそう声をかけるとセイシェリスさんがすぐに出て来る。他の全員も静かにその後に続く。


「シュン、どこからだ?」

 シャーリーさんのその問いかけに俺は答える。

「空からです。あそこです」

 西の空の高い所を俺は指差した。


 遠目が利くシャーリーさんが目を凝らした。

 そして、驚きの声を漏らす。

「まさか、ドラゴン?…」

 いや、俺の探査では…。

「そこまで強くないです。多分ドレイク種なんじゃないかと」

「ドレマラークと同じような感じ」

 エリーゼもそう言った。


 近づいているそれは、どうやら俺達には気が付いていないようだ。地上には今は関心が無いのか。もしくは眼中にないのか。何にせよ今は害意が全く感じられない。

「降りてくる気はなさそうだな」

 ウィルさんがそう言った。

 俺には攻撃する気はない。

 むしろ俺は、大空を優雅に飛んでいる竜種のその姿に見惚れてしまっていた。

 鑑定で見えているその正体は…。


 次第に飛んでいる方向が少しずつ北寄りに変わっているのが判る。

 そして距離が近くなった事で、その姿がよりはっきりと分かるようになってきた。

 ティリアが呟く。

「あれはワイバーン…」

「みたいね。手が無いわ」

 とニーナ。


 ドレイク種の一つで飛竜とも称されるワイバーンは、その両手が翼手となっている。翼の先に小さな掌があるのだ。ドラゴンはそれとは違って両手両足とは別に背中から生えた翼を持っている。


 そうして俺達が見守る中、ゆっくり飛ぶワイバーンはそのまま北東方向へ飛んで見えなくなった。


 セイシェリスさんが緊張をほぐすように深く息を吐いて言う。

「ギルドに報告しないとね。レッテガルニに着いたら支部に行きましょう」

「だな」

「ですね」


「どこに向かってるんだろう…」

 クリスはじっとワイバーンが飛び去った方を見ながらそう呟いた。



 再び馬車を走らせ始めてからも話題は見たばかりのワイバーンのこと。


「初めて見たけど本物は凄かったね。あと、綺麗と言うか優雅だった…」

 エリーゼがそう言った。


 ガスランがエリーゼの言葉に頷きながら、しげしげと改めてバッグを見ている。

 俺が皆に進呈しているウエストポーチタイプのマジックバックはワイバーンの革を主体としている。防刃、耐熱耐冷などに優れている素材だから。


「ガスラン、そのバッグに使ってるワイバーンの革は正確にはレッサーワイバーンの革だよ。さっき見たのが本当のワイバーン。革の素材的には遜色ないって親父さん言ってたけど、本物見るとやっぱ違う気もしたな」

「うん…。迫力あった」


「でもドレマラークより小さかったよね。遠くてはっきりは判らなかったけど」

 ニーナのその指摘は、ドレマラークと対峙したことがある俺達アルヴィースの4人にしか判らない。

 ガスランとエリーゼはうんうんと肯定の仕草。

「大きすぎると重くて空を飛べないんじゃない?」

 ティリアはそう言った。

 俺はそれに頷いて言う。

「確かにドレマラークよりは一回り小さかった。細身だったしな」


 あのドレマラークが太り過ぎだったかもね、とニーナが笑う。

 俺はドレマラークの鱗を取り出してクリス達にも見せる。

 初めてそれを見たクリスは目をキラキラさせて肌触りを確かめたりしている。


「さっきのワイバーン、ドレマラークより小さいと言ってもあの巨体だから、あの翼だけでは飛べないんだ」

 魔法解析はしっかりできていたので俺はワイバーンの話に戻ってそんな話をした。


 ニーナが大きな目を一層見開いてすかさず俺に問う。

「え? どういうこと?」

 今はウィルさんとシャーリーさんが御者台に居て、車内にいるエリーゼ以外、ニーナとガスランとティリア、クリス、そしてセイシェリスさんも、程度の違いはあれ同じように疑問を抱いたのが俺を見ている表情で判った。


「ワイバーンは重力魔法を使ってるんだよ」

 ニーナは開いた口が塞がらない。ニーナ自身も使う魔法だからね。


「もちろんずっと使いっぱなしじゃない。ある程度上に上がって風に乗れれば翼でコントロールできるからな。まあ、それを補う風魔法も使ってたけど」

「重力魔法と風魔法、そして翼の併用なのね」

 セイシェリスさんのその言葉に俺は頷いた。

 そしてニーナを見ながら言う。

「ドニテルベシュクが飛んできた時のことを思い出してみて」

「あっ…、そっか。あれと同じなんだね」

「あいつは翼が無いから重力魔法使い続けてたけどな」


 ガスランがふと俺に顔を向けて言う。

「ということは、ワイバーンは闇魔法が使える…」

「うん。飛竜種は皆そうだと思ってた方がいいな。もちろんドラゴンもだ。おそらくそうだろうとは思ってたんだけど実物を見てハッキリわかったよ」



 そんな事があった数日後、更に野営を何度か経てからのある日の午後、レッテガルニの外壁が見えてきた時はやっぱり少しホッとした気持ちが沸いてきた。公爵領に既に入っていたのは理解していたとは言え、ずっと荒野の中でその実感があまり無かったからだ。

 門番の衛兵達は俺達のことを憶えていた。まあ、余程の新米でもない限り姫殿下であるニーナのことを知らないはずもないのだが。


 代官のルイセン・マリンツェ男爵が代官屋敷の前で出迎えてくれる。仕事は良いんだろうかと少しそんな心配をしてしまう。

 ニコニコ微笑む代官。

「お待ちしておりました殿下。皆様も」

「お土産たくさんあるからね」

 ニーナもご機嫌である。我が家に帰ってきた感覚に近いんだろう。俺達もそう感じているからね。

 訊くと、サインツェから知らせが届いていたらしい。サインツェでは、そこに駐留している公爵軍には近づかないようにこっそり目立たないように通り抜けてきたんだが、門を通った時には素性はしっかりバレてる訳で、隠しようはない。


 いつものように代官屋敷の中に案内されて、以前も使った同じ部屋が準備されているのを知って嬉しくなる。


「代官、ちょっと俺達ギルドに行ってきます」

 一旦部屋に落ち着いたがまだ日は暮れていない。早い方が良いだろうと思った俺はそう言った。ギルドには俺とセイシェリスさんとエリーゼ、クリスの四人で行く。

 ニーナも付いてきたがったが、代官にいろいろ説明してやれと言って残らせた。国境封鎖でかなり心配をかけていたのは間違いないからね。


 久しぶりのレッテガルニ支部は、意外と活気があった。チラッと見た依頼の掲示板は以前とそう変わらず、魔物の討伐依頼などはほとんどない。

 護衛や警備が主な仕事となっているレッテガルニの冒険者の為に、ミレディさんと一緒に来た時のあの事件解決の為に奮闘した頃、ニーナと一緒に代官に提案したことがある。それは、領軍からの技術指導である。警備にしても護衛にしても冒険者は我流でやっている者が殆どだ。そこに、ある程度標準的なやり方など軍が行っているやり方をノウハウとして提供してあげたらどうかという話。更に武術や逮捕術などの指導も併せて行う。有望だったり優秀な冒険者は軍がスカウトする事もあり得る。


 少しはいい方向に進んでるかなと思いつつも、今日支部に来た目的はワイバーンのこと。セイシェリスさんがカードを見せてギルドマスターへの面会を求めると、すぐに案内される。Aランク冒険者はそういう扱いを受ける存在。しかも俺達アルヴィースもそうだがバステフマークも、著しく貢献度が高いパーティーを意味するギルド公認パーティーである。


 レッテガルニではワイバーンの目撃情報は無いらしい。

「冒険者達に、注意しておくよう通達するよ」

 そう言ったレッテガルニ支部の新しいギルドマスターは、以前は領都アトランセルのギルド支部に居たらしい。見た感じ30代半ばという感じ。彼自身もAランク冒険者。セイシェリスさん、ウィルさんと面識がある上に、ニーナが新人の頃に指導の意味合いで一時的にパーティーを組んだこともあると。

 しばらくそんな雑談を交わした後は治癒室にも行って、旧交を温めつつ土産物をたくさん治癒師達にあげた。ロフキュールの海産物はとても喜ばれるね。



 代官の屋敷に戻ってからは、久しぶりの風呂に入ってから皆で食事。代官はドレマラーク討伐のことや武術大会のことを、熱心にいろいろ質問を交えて興味深く聞いていた。フェイリスのことは話せないが、ベスタグレイフ辺境伯家にはとても良くしてもらったことなどはニーナがしっかり説明していた。


 その夜久しぶりにエリーゼと、なんて考え始めていたところにメイドがやって来た。代官が俺を呼んでいるらしい。俺だけを。

 何だろうと思ってメイドが先導してくれた代官の私室の方に入っていくと、ニーナがその部屋の応接のソファに座っている。

 ニーナは俺に気付くと申し訳なさそうな顔になって言う。

「シュン、ごめんね。呼び出したりして」

「ん? いや、いいよ」

 ニーナの対面には一人の男性が座っている。

 ふむ…。


「初めまして。シュンと呼ばせてもらうよ。私はラルベルク・ルツェイン・ウェルハイゼス。ニーナの父親だ」

「初めまして、シュンです…」

 こういう時ってもっと何か言った方がいいのかな、それとも跪くべき?


 もちろん部屋に入った瞬間から公爵本人だということは鑑定で見えていたんだけど、どう対応すればいいのか少し悩んでたんだ。

 しかし、帝国と王国・公爵のやり取りが妙に速かった理由がこれだったとは。

 もしかしてデルレイス殿下、ニーナの兄さんが全権持ってるのかとかそんなことも予想したんだけどね。

 公爵本人がレッテガルニに居たのなら速いのは当たり前。


「あまりへりくだらないでくれ。ニーナの父親、仲間の親父さんという程度の敬意で構わないよ」

「そうですか。助かります。礼儀とか作法とか、正直よく解ってないんです」


 貴族の例に漏れず若々しいんだけど、少し落ち着いた印象はある。髪の色や目の色はニーナと同じ。顔立ち全体としてはそんなでもないけど、目の辺りは雰囲気ニーナと似てるのかな。


 ここまで公爵も俺も立ったまま話していたんだが、ニーナが

「二人とも、座って話したらどうですか」

 と言ってくれて、やっと座ることが出来た。

 ニーナの横に座った時にチラッと顔を見たら、ニーナも俺を見ていて、ごめんね。と言う顔をしている。


 公爵がレッテガルニに居ることは極秘だと。領兵ですら知らない者が殆どらしい。


 警備とか大丈夫なのかなとも思うが、ずっと公爵の後ろに立っている男女一人ずつの護衛二人。

 どちらもかなり強いのが判る。格闘術と剣術かな。素手だったらニーナでも苦労するんじゃないだろうか。魔法使ったらニーナがあっさり勝つだろうけど。


 あと更には、この部屋の周囲もそうだし、今回着いた時から思っていたんだけど屋敷の中が前回までより人が多いなと思っていた。目立たないようにしているが、警備の人のようだ。


 レッテガルニやヴィシャルテンでのこと、そしてスウェーガルニのスタンピードの時のことについて、公爵から頭を下げられ感謝された。そしてそれらに関する質問に答えながら、俺は並列思考のおかげでいろいろと考えていた。

 公爵が俺を呼んだのは、感謝の言葉を直接言いたかったからだと。それにとにかく一度会ってみたかったということらしい。サインツェではうまくニーナの兄さんには会わないようにできたんだけど、さすがにレッテガルニでこういうことだとは予想出来なかった。


 話題が変わって、今回の旅のことになる。

「ロフキュールには長い滞在になったようだけど、どうだった? あの街は」

「いい街ですね。エリーゼと…、仲間の一人とも話したんですけど、将来住んでも良いなって思いました」

「そうか。噂通りの街のようだね」

 ニッコリ微笑んでいる公爵。


「実は、近いうちに私もロフキュールに行くんだよ」

「え?」

「……」

 驚きはニーナの声。


「帝国との話し合いに行くんだ。まずは終戦協定からだね」

「そうですか…。素人の俺がこんなこと言うのはアレですけど、それはとてもいいことだと思います」

「うん、そうだね。今度こそしっかり終わらせたいと思ってるよ」


 その後もしばらく雑談のような会話を続け、最後に娘をこれからもよろしく頼むともう一度頭を下げられて、公爵との面談は終了した。


 公爵すごくいい人なんだよ。けどやっぱり立場がね。皇帝陛下のフェイリスにはこんなこと感じたことなかったんだけど、何故だろう正直疲れた。早く部屋に戻ってエリーゼに優しくしてもらおう。

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