第140話

 ウィルさんが出場する6グループ目の試合が始まった。8名で2枠を争うバトルロイヤル。開始時の立ち位置は等間隔になるように決められている。

 開始の合図の直後、更に距離を取る者、じっとその場に立ったまま様子を窺う者。行動はそれぞれ異なるが、皆一様に眼光鋭く獲物を狙う雰囲気を漂わせている。

「ウィルさんから逃げて残ろうって感じは全然ないな。さすが第2ラウンドだ」

 俺がそう呟くとエリーゼがこくりと頷いた。


 最初に距離をとった者の近くに立っていた男が、スッと近付いて剣を振るう。それを躱した男が反撃の薙ぎ払いを振るう。

 ウィルさんも一番近い男と剣を交え始めた。相手の攻撃を2回いなしたのは様子見だったのだろう。速度が上がったウィルさんの剣の一振りで相手の男が吹き飛んだ。


 結局ウィルさんが4人を、もう一人が2人倒して試合は終了した。

 シャーリーさんはあまり騒がないが、顔に嬉しさがモロ出てしまっている。

「このくらい当たり前だ!」

 そんなこと言ってるけど、実は結構心配してたのを皆が解っている。


 俺はエリーゼとニーナに向かって言う。ガスランは既に控室。

「俺ちょっと治癒室に行ってみるよ」

「今の怪我した人?」

 俺はそう言ったエリーゼに頷いて答える。

「うん、肋骨を骨折して多分肺も損傷している。ちょっと難しい所なんだあの辺は」

 最後に倒されて担架で運ばれた男の怪我のこと。

 もう一人の勝ち抜け者のカウンター気味の一撃が綺麗に入った。冒険者が好む軽い防具だったので、その衝撃を吸収しきれていなかった。必死に勝負をしている者同士に起きたことだから仕方がない。試合に怪我は付きものだが、重傷だろう。


 俺の話に最初は戸惑いの表情を見せていたジュリアレーヌさんだが、すぐに衛兵を呼んで何か話している。そして俺に言う。

「シュンさん、彼が案内してくれます」

「あ、助かります」


 ティリアが立ち上がって俺に微笑んだ。

「シュン、私も一緒に行くよ」

「うん、頼む」

 姫殿下が居てくれた方がいろいろと話は早いだろう。


 治癒室に入ると、治癒師二人がベッドに横たえられた男の周囲で魔法をかけていた。

 ティリアがすぐに治癒師に話を通してくれて、俺はその男の様子を見る。

 怪我の様子を詳しく見ていく。怪我を中心とした周囲に魔力を通してその流れ具合も見てみる。


「治癒魔法掛けますね」

 そう言って俺は男の全身をクリーン、そして魔力の流れが悪い部分に狙いを定めてキュアを掛けた。

 まだか…。もう一度キュア。

 気を失っていても荒かった男の呼吸音が少し落ち着いてきた。

 もう一度。

 更にもう一度…。


 後ろからフェイリスが見ているのは気が付いている。いつの間にか付いてきていたのだが、相変わらず神出鬼没である。

「ティリア、ヒール頼んでいいか」

「了解」

 ニッコリ微笑むティリアと場所を替わった。

 フェイリスは俺をじっと見ているが、何も言葉は発しなかった。



 治癒師に今後必要と思える処置を説明して辺境伯家専用席に戻ると、試合が終わったウィルさんも観戦の為だろうそこに来ていた。目でお疲れさまと言うと、全然疲れてないという返事が戻ってきた。


 ニーナが尋ねてくる。

「どうだった?」

「取り敢えずは大丈夫だと思う。骨折が治るのは少し時間かかりそうだけど」

 エリーゼとニーナが微笑んだ。セイシェリスさん達、他の皆もニッコリ。


 エリーゼが言う。

「ガスランの試合、この次の次だよ」

「おっ、そうか。良かった、見てなかったとか言ったら怖いからな」

 笑いながらそう言ってエリーゼの隣に腰を下ろすと、エリーゼが俺の方に顔を寄せて囁く。

「お疲れさま」

「うん。新しいキュアはやっぱりMP消費激しい。効果は凄いけど」

「ミレディさんの最新バージョンのキュア?」

「そう。今回出発する前に教えて貰ってた奴」



 さて、ガスランの予選第2ラウンド。

 開始早々からガスランが圧倒。またもや剣を抜くことは無かった。これだとガスランは拳闘士だと思った観客が多いかもしれない。ちゃんと帯剣してるんだけどね。


「拳で語り続けるつもりか、ガスランは」

 とシャーリーさんが言って皆が笑う。

 そんな中、俺は言う。

「第3ラウンドからは剣を使うと思いますよ。多分ですけど」


 次のグループの試合には、例のハイエルフ女剣士が出場していた。女性はカモだと思われる傾向が強いようで明らかに狙われていた。彼女はそれを危なげなく対処してしっかり2枠に残った。

 前のラウンドの時はガスランがあっという間に無双してしまっていたので彼女の戦いぶりをよく見れなかったのだが、今回はしっかりチェックできた。

「基礎がしっかりしている。身体の使い方もいい。力があるし押し込まれても無理が利くタイプだな」

 細身の身体つきに似合わず意外と膂力がある。根本的な肉体の造りが違うんだろう。ステータスの数値の高さを感じる。本気のスピードはまだわざと抑えているようで判らないが、身のこなしから考えるとそれなりに速い動きは出来そうだ。



 そして剣術部門の予選第2ラウンドの試合が全て終わり、明日は予選最後のラウンド、第3ラウンドである。

 第3ラウンドに進んだのは40名。これが5名ずつ8グループに分かれる。そして勝ち抜けは1名のみ。勝ち抜けが1名だからだろう、第3ラウンドはシード選手を決めて強者が被らないように振り分けられる。

 そしてこれからすぐにそのグループ分け抽選が行われる。最初にシード選手8名の発表とその8名がどのグループに入るのかが決定されて、残りの32名はその後にグループが決まっていく。

 まあ、すぐにグループ分けを発表するのは賭けが始まるからというのが理由。本選の1試合ごとの勝敗の賭けは組み合わせが決定する試合前日からだが、最終的な優勝者と準優勝者と3位を予想する賭けがもう始まるからだ。


 シード選手の発表。ガスランとウィルさん、そしてハイエルフ女剣士と帝国騎士槍使いも順当にシードされた。

「シュン、優勝予想は聞くだけ野暮だけど、2位と3位は誰だと思う?」

 フェイリスがこっそりそう聞いて来たので、俺もこっそりと答える。

「組み合わせ次第だけど…、1位ガスラン、2位ウィルさん、3位は女剣士」

「なんだ私と同じなのね」

「槍使いを贔屓しなくていいの? 帝国騎士だろ」

「こんなことで身贔屓しても仕方ないでしょ。結果がすぐ出てしまうのに」

 フェイリスはそう言って笑った。


 選手全員のグループ分けを見届けて闘技場の前の広場に出たら、早くも優勝予想の現在の速報倍率オッズが掲示されていたので見てみたら、優勝予想の人気1位は槍使いで2位はウィルさん。ガスランは5位で女剣士は8位。



 少し遅くなったジュリアレーヌさんの屋敷での夕食。シャーリーさんがいつものようにティリア達とワイワイ騒いでいる時に、ジュリアレーヌさんが俺に向かって言う。

「シュンさん、治癒師達が感謝していたそうです」

 大会の重要なスタッフである治癒師は、ロフキュールの治癒師に加えて辺境伯の領都メアジェスタからも派遣されている。


「あ、はい。役に立ったようで良かったです」

 そう答えると、ジュリアレーヌさんの隣に座っているフェイリスが言う。

「光魔法の治癒は珍しくは無いけど、今日のあの治癒魔法は見事だったわ」

「うん、師匠直伝のキュアだよ」


「スウェーガルニのミレディ女史よね」

 続けてそう尋ねたフェイリスに俺はニッコリ笑って応じる。

「そう。本当に凄い人だよ。魔法師としてだけじゃなく人としても、俺達全員ミレディさんを尊敬してる」



 食後しばらくしてジュリアレーヌさんから俺とティリアとセイシェリスさん、ニーナの四人が呼ばれる。ジュリアレーヌさんの執務室だ。


「不穏な情報を得ましたので御呼びしました。皆さんは大会が終わったらすぐに王国へ戻る予定だと聞いていますので」

 ジュリアレーヌさんはそう言って話し始めた。

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