第141話 国境封鎖

「国境封鎖?」

 ニーナがそう問い返した。


 ニーナに頷いたジュリアレーヌさんが答える。

「はい。デュランセン伯爵領軍が突然帝国との間の街道を封鎖しました」


 考えを巡らせ始めて言葉が出ないニーナに代わって俺は問う。

「帝国側だけですか? 南の方は?」

「デュランセン伯爵領南部の教皇国と王国の国境地帯については調査中ですが、教皇国と帝国を結ぶ緩衝地帯を通る街道は通行できています」


 思わずため息をついてしまいながら俺は言う。

「サインツェで何かが起きたということなんでしょうけど、何の説明も無しに封鎖ですか…」

「ええ。サインツェへ書簡で問い合わせはしています。まだ回答は無いですが…」


 地勢的な話をすると、帝国・王国間の緩衝地帯には教皇国との国境も存在する。帝国にとっての国境警備とはその緩衝地帯と自国の間を守備している形。そして、教皇国から帝国へ向かう商人は、俺達も通ったサインツェとロフキュールを結ぶ街道に緩衝地帯内で合流する教皇国からの小街道を通っている。

 今回、デュランセン伯爵領軍が封鎖したのはこの二つの街道の合流地点よりも自領側なので、教皇国と帝国との間の行き来を妨げている訳ではないということ。


「現在、王国への入国は一部の商人のみが許されていて、王国から帝国への移動は全面的に不可能となっているようです。おそらくは多くの帝国民がサインツェで足止めされていると思われます」


 また情報が入ったら教えて貰えるということで、俺達は自分の部屋へ戻った。

 ニーナは、俺に付いてきている。

「シュン、フレイヤに…」

「うん、俺もそう思ってる」



 ◇◇◇



 武術大会4日目は、魔法部門の予選2日目と剣術部門の予選第3ラウンド。

 前日より難易度が上がった魔法の予選は、MPの多さが得点に結びつく傾向が強く出てくるのかと思っていたら、その予想に反して緻密で省エネな魔法で得点を重ねる選手が何人か居て面白かった。


 一旦屋敷に戻って昼食を摂ってから、俺達は剣術部門の第3ラウンドの応援の為に闘技場へやって来た。この日は8グループと試合数が少なく、その分試合開始時刻が遅めに設定されている。

 連日満員続きの剣術部門の予選。闘技場前の広場にも人がたくさん集まっている。祭りの明るい空気に満ち溢れている場だが、今日は早速噂になっている国境封鎖の件を語り合っている者も居るようだ。



 フレイヤさんは、デュランセン伯爵領軍が行った国境封鎖を知らなかった。まだスウェーガルニには伝わっていないということ。すぐにギルドを通じて情報を集めてみると言っていた。


 この国境封鎖について、馬車の中で話をしたフェイリスはこう分析した。

「こちらが出した使いの者への対応は丁寧だったというから、帝国は手も口も出すなという意思表示程度じゃないかしら。あとは情報の拡散を妨げて時間稼ぎしようとしているかもしれない。いずれにしても最近の王国との良好な関係には逆行する行為だから、誰かの独断専行の可能性が高いわ」

「王国が意図したものではないと?」

 俺がそう問うとフェイリスはニヤッと笑って応えた。

「有り得ないわ。今ロフキュールには王国からもたくさんの観光客が来ているのよ。それに、大会運営の為と要人警護や手薄になる周辺警備を補う為に通常の倍ぐらいの軍が駐留しているもの。このタイミングでわざわざ緊張を高めることなんて普通しないわ。国境地帯の小競り合いは兵が少なくて互いに慣れていればこそ小競り合いで終わるのよ」

「ふむ…、なるほどね。しかし、独断専行か…」

「もしかしたらだけど…。デュランセン伯爵領でクーデターが起きてるのかもしれない。人の流れを止めて情報を遮断しているのは、万が一にも帝国が介入しない為の時間稼ぎね。そして事態が判明した時には、軍が揃っている帝国でも迂闊に手を出せない状況を作ってしまえるという計算があるのね」

「クーデター…」

「あとね。もしクーデターだとしたら、首謀者は帝国の思惑をよく理解しているわ」

「ん? 帝国の?」

「サインツェを監視はしたいけど支配したくないという帝国の思惑をね」

「え? そうなの?」

「当然よ。二つの国境を睨みながらあんな不毛の地に軍を常駐させたりしたら、兵站活動がどれだけ大変だと思う? 以前の王国との戦争でも現在の緩衝地帯から先に侵攻しなかったのはそれが理由よ。緩衝地帯のおかげで2か国相手のはずの国境警備は実質一つとシンプルに考えられるんだから」


 なるほど、合理的な判断だ。


「まあ、もう少し様子を見ましょう。情報ももう少ししたら集まって来るわ」

 と、フェイリスはなぜか楽し気にそう言った。



 第3ラウンドの最初のグループはハイエルフ女剣士が居るグループ。対戦相手は全員なかなかのレベルだったにもかかわらず、女剣士は巧みな剣技で終始優勢に進めていた。

 シードされた選手は目を付けられる。全員でこのシードされた女剣士をやってしまって、その後に4人の決着を付けようという意図が明らかだったが、彼女は急造チームの4人の連携の拙さを突いて思惑を外してしまっていた。


「この女剣士、本当はこの戦闘スタイルじゃない気がする」

「何か隠してる?」

 俺はそう尋ねてきたエリーゼの方を見て言う。

「隠してると言うか。これまでは盾を使ってるけど、両手剣の方が得意なんじゃないかと思う」


 4人のうちの一人が女剣士の速く強い一撃で戦闘不能になってしまうと、あとは早かった。残り三人とも少しずつ傷を負い始めて、そのまま体力も削られていった。相手が残り一人になると女剣士は降参を促し、相手がそれに応じたところで試合が終了した。


 勝利を称える大歓声に包まれた女剣士は笑顔を見せて手を振っている。

「強いわね」

 セイシェリスさんが拍手をしながらそう言った。


 試合進行役の女性軍人のアナウンスが響く。

「本選進出の一番乗りは、クリスティア・ファザベイル! アリステリア王国ドリスティアからやって来たBランク冒険者! 先日のスタンピードでドリスティアの防衛にも参加して貢献した、魔法も得意な冒険者クリス!」


 これまで予選の間は選手の名前しか紹介していなかった。本選からはもう少し詳細なプロフィールが明らかにされる。これはスカウト目的で来ている貴族の為という意味が大きいみたいだが、観客も予選通過者には大いに興味を持っているので、ファンサービスな一面もある。


「「王国? ドリスティア?」」

 王国からということにびっくりしたのはニーナとシャーリーさん。

 俺も驚いていた。冒険者だろうというのは何となく思ってたし名前もフルネームが鑑定で見えていたが、所属支部は知らなかったからね。


 フェイリスを見ると、俺の視線に気が付いてこくりと頷いた。知ってた感じ。調査済みってことなんだろう。



 そして第3ラウンドの試合は続けられて、いよいよガスランの出番がやって来る。1番人気の帝国騎士の槍使いの試合は既に終わっていて、危なげなく長柄武器の長所を堅実に生かした戦いぶりで本選進出を決めている。

 1試合目の女剣士クリスの時こそ4人のシード外選手達がシード選手を先に潰そうとしていたが、以降はそんな雰囲気はなく全員が互いにけん制し合うという、なかなか焦れる展開が続いていた。しかしガスランのグループは違った。

 やはりガスランを先に4人でやってしまおうという明確な意図で、4人が並んでガスランに対峙する。ガスランの背中を取ろうとする二人とガスランの注意を惹こうとする二人、という構図。

 ガスランの左を回ろうと走り始めた男にガスランが目をやると、すかさず他の3人が剣を突き出したり振り上げて牽制。

 ここでガスランが今大会初めて剣を抜いた。3人に向かって走りながら。

 すぐに3人の中央に位置していた男の剣を上に弾き飛ばしたガスランは、返す剣を右の男の右腕に叩きつける。くるりと身体を回転させながら中央の男の胸を押すようにして蹴り飛ばす。

 そして右の男にもう一度振るった剣は再度その男の右腕に叩きこまれた。多分右腕は折れているだろう。


 この間に、残った二人はさすがに危険を感じ取ったか、ガスランから距離を取って並んで剣を構えていた。

 また暫しの睨み合いになる。だがここでもガスランが先に動く。

 一瞬のうちに間合いに飛び込んだガスランが振るった剣は3度男達を薙いだ。反応できたのは一人の方だけ。それも何とか剣を合わせたに過ぎず、二人の男がその場に崩れ落ちた。


 ガスランの剣の動きを目で追えた観客は、いったいどれくらい居ただろうか。

 どよめきから少し遅れて歓声が沸き起こった。



 最終グループだったウィルさんもさすがの安定感、と言うか一方的な展開であっという間に試合を終わらせた。大歓声である。

「今年の王国勢はレベルが高い」

 という声があちこちから聞こえる。


 外国の軍人はさすがに参加したことは無いが、冒険者や一般の外国人が参加することは当たり前になっている武術大会である。遠くは帝国西方の獣人族の国や、教皇国のさらに南に在る国からの参加者も居る。そういう者達は普段から帝国で辺境攻略をしている冒険者だったりするのだが、アリステリア王国は隣国ということと最近の両国の関係改善の影響もあって、わざわざこの為に帝国まで来て参加している者も多い。



 闘技場に、本選トーナメントの組み合わせ抽選開始のアナウンスが告げられる。

 ガスランもウィルさんも俺達が居る辺境伯家特別席にやって来ている。


 弓と魔法、そして剣術も決められていき、トーナメントの山としてはガスランと帝国騎士槍使いが、両者勝ち上がれば準決勝で当たる。そしてウィルさんと女剣士クリスが、やはり勝ち上がれば準決勝で戦うことになった。

「よし、うまく分散したぞ」

 シャーリーさんのこの言葉が全てを表している。出来過ぎなほどの組み合わせ。


 剣術部門の日程は、本選一日目の明日は休み。本選二日目が準々決勝4試合。三日目に準決勝2試合が行われる。最終日の本選4日目に3位決定戦、決勝が行われて全日程が終了する。

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