第139話

 武術大会の二日目は、午前中は剣術の予選第1ラウンドの二日目、午後からは弓の予選二日目である。

 ガスランとウィルさんはお休み。しかし、二人とも調整に余念がない。俺は弓の予選を見に行きたかったのだが、午後から相手をしてくれと二人揃って頼んできたので仕方ない。


 エリーゼとニーナ、そしてティリアとシャーリーさんは弓の予選を観戦しに行ったので、俺とセイシェリスさんでガスランとウィルさんの相手をする。

「シュン、槍で相手してくれないか」

 ウィルさんがそう言ってきた。

 昨日見た、帝国騎士の槍使いの印象が強いのだろう。

「分かりました。あの人が使いそうな技を織り交ぜてみますね」

「ああ、頼む」


 ガシガシと撃ち合って、そしてウィルさんを追い詰めていく。長柄武器ならではの間合いや攻撃の出どころを殊更に強調して対峙している。

 そして俺は、槍の連撃に織り交ぜるようにして不意を突き脚を伸ばしウィルさんに蹴りを入れる。かろうじて避けたウィルさんはニヤリと笑って言う。

「面白い」

「今のはわざと遅くしました。実際はもっと速いですよきっと」

「だろうな」



 ガスランとも槍で相手をして、剣でも二人の相手をしてから俺は休憩。少し休んでガスランとウィルさんが模擬戦。

 その様子を見ながらセイシェリスさんに言う。

「ウィルさんは、ここ何日かで凄く強くなってますね」

「うん。私にもそう見えるわ」

 セイシェリスさんは俺の顔を見てそう答えた。

 

「それはガスランも同じなんですけど、ウィルさんほどには伸びてないです」

「差が縮まってるのは確かね」

「ええ。大会という場がいい刺激になってますね」


 また俺の方を見て少し微笑みを浮かべたセイシェリスさんが俺に問う。

「シュンはどうして出場しなかったの?」

「フェイリス達からは出場してくれと随分粘られました。でも、その時にも言ったんですけど、ガスランのサポートに専念するって決めたんです。元々人前で戦うのは好きじゃないですし」

「そっか…」



 ◇◇◇



 夜の港で打ち上げられている魔法花火の光の乱舞を、ジュリアレーヌさんの屋敷のバルコニーから眺めている。俺のすぐ横にはエリーゼがいて、その隣にはニーナとフェイリスも居る。遠くから花火への歓声が風に乗って微かに聞こえてくる。

「綺麗ね」

 ニーナもそう呟いている。

 静かな場所からこうして花火を眺めていると、昼間の慌ただしさが嘘のように感じられる。ゆったりとした静かな気持ちになってくる。


 その日の花火が終わって、そろそろ部屋の中に戻ろうかという雰囲気になってから俺は尋ねる。

「そうだ。フェイリスに聞きたかったんだけど」

「どうしたの、改まって」

「ハイエルフという種族のこと知ってる?」

「……」

 フェイリスが言葉に詰まるのは珍しい。


 ハイエルフ。闘技場でガスランと同じグループで出場していた女剣士のことだ。

 生体魔力波を通じて人間の識別を行う魔道具などと違って、俺の鑑定ではその人間の種族が詳細に分かる。ガスランは俺の鑑定スキルではホーンエルフだが、鑑定の魔道具などでは単にエルフとしか見えない。同じようにその女剣士も、ハイエルフなのだがエルフとして見られているだけだろう。

 フェイリスのハーフエルフという種族名は一般にも良く知られていてそれほど珍しい訳ではなく、魔道具でもそれが見える。この魔道具などで見えるか否かの違いは、種族の上位下位とでもいうべきものが関係していて、上位種族を判別する方法は一般にはまだ知られていないせいだと俺は考えている。


 女剣士を見た日の夜に、ハイエルフのことはフレイヤさんにも電話で尋ねてみた。

「北方種族と呼ばれるエルフ種の伝説で出てくるわね。神の使徒はハイエルフだったという話。北方種族についてはアミフェイリス陛下の方が詳しいと思うわよ。彼らは帝国領に住んでるし、彼女の母親は北方種族だと聞いた事があるわ」



 フェイリスはしばらくして口を開いた。

「ごめんね。ついいろんなことを思い出してしまって…」

「あ、いや。無理に話してくれなくていい。困らせるつもりはなかったんだ」

「うん…。でも、私にそれを尋ねるということは、北方種族のことは知ってるのね」

「まあ…、少しだけ」


「私の母はハイエルフよ」

「っ!……」

「「……」」


 フェイリスはエリーゼとニーナに少し微笑み、そして続ける。

「北方種族が暮らすところは帝国領土。一応、自治領的な扱いね。その北方種族は今のエルフにしては珍しく、都市国家が幾つか集まった連邦制のような形態をとっているの。帝国に対抗する為だけの集まりだからまとまっているとは言い難いけどね」


 その自治領についてもフレイヤさんから聞いていた。帝国の冒険者ギルドが支部を出そうとしているがなかなか認可されないとかなんとか。


「私の母の家系は、その連邦、都市国家群の一角に在る聖域と呼ばれる地域を管理してきた氏族なの」


「聖域ですか」

 ニーナの言葉にフェイリスは頷く。

「うん、そのことは後で話すね…。

 その氏族は本来は純血主義を貫いていたのだけど、連邦としては皇帝に差し出す娘はそれなりの格式の家系からということで、私の母が選ばれたの。父はとても母を愛していたし母も幸せそうだったから、結果オーライではあったんだけど」


 エリーゼが、皆に淹れたてのお茶を配った。

 フェイリスはエリーゼにニッコリ微笑んでありがとうと言った。


「その氏族がハイエルフの一族。閉鎖的で純血を保って来たのは、正体を隠すのとハイエルフの血が薄れるのを怖がっていたのね。そしてハイエルフの一族は通常のエルフよりも魔力、身体能力共に格段に高いということが判ってるわ」


 お茶をひと口飲んで、フェイリスは俺達の表情を窺うようにして見た。

「帝国でもこの事を知っているのはごく僅かだから、秘密にしておいてもらえると助かる。一応私の祖父母の一族の話でもあるし」

「もちろん。あ、でもガスランやセイシェリスさん達には話してもいいかな」

 俺の問いかけに、フェイリスは微笑みながら答える。

「今この屋敷に居る人達なら構わない。貴方達とは既にたくさんの秘密を共有してるわ。今更でしょ」

「ありがとう」


 その聖域というのはハイエルフの一族が守ってきた秘密の場所らしく、フェイリスの母親でさえその詳しいことは知らないそうだ。外に嫁いでいく娘に教えなかったのは、まあ解るような気もする。


「ただ、気にはなってたから皇帝に即位してから調べさせたの。何かの拠り所みたいなものだと治安の問題もあるし。それで判ったのは、どうやらハイエルフ独自の宗教的な聖域だろうという話。彼らは少数なうえに聖域周辺から離れる訳でも無く、エルフすら近寄らせないことから、取り敢えず危険性は低いと判断してるわ」


「なんかすごく興味が沸いてきたわ。その聖域」

 と、ニーナが目を輝かせて言った。

 俺も大いに同感である。


「それで、どうして急にハイエルフのことを?」


 鑑定スキルのことはフェイリスの正体を見破っていたことで図らずも自ら実証してしまっているので、フェイリスには説明済みである。


「ガスランと同じグループで出場していた女剣士がハイエルフだったんだ」


 ほうっという顔でフェイリスは言う。

「そう…。外に出てきている者が居たんだ…。いや、北方種族自治領以外のハイエルフと考えた方が自然かしら。少し調べてみた方が良さそうね」

「俺達も興味はあるけど、敵対している訳じゃないからな」

「大丈夫よ。どこの出身か興味があるだけ。もし帝国領内なら私は把握しておく必要があるし」


 フェイリスが言うことは解るが、俺は少し居心地が悪い。

「なんか告げ口したみたいな感じだな。お手柔らかに頼むよ」

「心配しないで。潜在的な戦闘能力は高いと思うから、素性や性格に問題なければ召し抱えたいぐらいよ」



 ◇◇◇



 武術大会3日目。

 午前中は射撃場で魔法部門の予選1日目。弓の予選は昨日終わっていて既に本選出場者が決定している。


 ガスランとウィルさんを除いた全員で魔法部門の予選を見に行った。ジュリアレーヌさんとフェイリスも一緒。

 射撃場は凄い観客だが、しっかり見ることが出来た。出場している選手が使用する魔法で多いのは火魔法と水魔法だ。風魔法が少ないことに疑問を感じているとティリアが説明してくれる。

「軍は、魔法が作用している所が判り易い火魔法を一番好むのよ。次が水ね」

 エリーゼがふむふむと頷きながら言う。

「広い所で使うことが多いというのもあるのかな」


 魔法部門の予選は出場者が比較的少ないこともあり、二日間のトータルの点数で争われる仕組みになっている。二日目の方がクレーの射出パターンが複雑になり難易度が上がるそうだ。そして数も多くなるので魔法を撃つ回数が格段に増える。競技途中の回復ポーションの使用は認められていないので、MPの消費をしっかり計算しないと駄目ということ。



 さて、いよいよ午後からは闘技場で剣術部門予選第2ラウンド。


 闘技場に着いて前回と同様に辺境伯家VIP席に入ったら、丁度グループ分けの発表が始まった所だった。

 第1ラウンドを勝ち残ったのは160名。それが第2ラウンドでは20個のグループに分かれる。8名ずつのバトルロイヤル形式で、勝ち抜けは各グループ2名。

 第2ラウンドまではグループ分けはランダムなので、ガスランとウィルさんと例の帝国騎士槍使いの3名が同じグループになるという事態もあり得たのだが、発表されたグループ分けでは3名とも別のグループだった。


「ウィルさんが6番目のグループで、ガスランは12番目」

 メイドと一緒にやって来たガスランとウィルさんに、エリーゼがそう言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る