第131話

 夜になって砦の中の広い部屋に集まった俺達とオルディスさん達は、翌日の予定を決める為の会議。

「被害者は推定で約25人。だからしばらくはおとなしいかも知れない」

「20体で25人ですか…」

 オルディスさんにそう答えながら思う。要するに今はまだ腹が空いてないだろうという事。


「ヘルハウンドはトレントの道をよく通るんだ。トレントはヘルハウンドには近づかないからね。だから今日行った第16野営地から東へ、トレントの道を辿って探索を奥の方に進めてみようと思ってる」

「どのくらい進んでみるの?」

 ニーナがそう問うとオルディスさんは

「最大でも4時間ぐらいにしようか。おそらく奴らが起点にしている場所がその方向に在るんじゃないかと思うんだ」

 と答えた。


 ヘルハウンドは火魔法が使えて、口から炎を吐き出すことが出来る。それ以外の火魔法の行使は知られていない。国境地帯で俺達が対峙した五体が使う様子は見れなかったが、それは俺達が早々にやっつけてしまったからだ。但し年を取った個体ほど熟練していると聞く。そして、今回の上位種はまず間違いなく容易に使ってくるだろうというのが今の時点での見立てである。



 朝早く砦を出立して昨日も行った第16野営地へ着く。

 そして案内人の兵士の先導で東へ向かう。


 この道に入ってからはトレントが多い。時間を取られたくないのでサクサクと俺達が片付けていく。ガスランは器用に麻痺毒の枝を見分けて切ってしまうと、すぐに火魔法でトレントの幹と大きな枝を焼いてしまう。

 ある程度表面が焼かれてしまうとトレントは身動きが出来なくなってしまうので、あとは魔石を取り出してしまえば終了。魔石を残しておくとまた再生してしまうそうだ。でもトレントの魔石はそれほど価値はなく価格もゴブリンより少し高い程度。


「ガスランの剣も凄いね。シュンの剣も相当な業物だと思ったけど」

「オルディス、詮索はなしよ」

 ニーナの目がキラリと光る。

 オルディスさんは笑みを浮かべながら頷いて言う。

「解ってるよ、ニーナ。あ、でもレゴラスの剣を一度見せて貰うといい。あいつのもかなりいい剣だよ。皇帝陛下から賜ったものなんだけどね」


 対外的には、俺達のいろいろな魔法や物は公爵家の秘密、秘蔵の品という言葉でニーナがまとめてしまっている。そう言っておけば楽だからというそれだけの理由で。ニーナの父親にしてみれば、知らないうちに自分の所の秘密とされた物がどんどん増えていってるのだが、ニーナはそんなことはお構いなしである。


「シュン達は帝都には行かないのかい?」

 休憩の時にオルディスさんがそう尋ねてきた。

「いえ、全然考えてません。そろそろスウェーガルニに帰ろうと思ってますし」

 そう答えた俺を見たオルディスさんは、視線を戻すと少し遠くを見るような何かを懐かしむような微笑を浮かべて話し始めた。

「そうか…。だけど、機会が在ったら行ってみるといいよ。今の皇帝陛下、女帝アミフェイリスと私とレゴラスは同じ時期に帝都の学校で学んだ、まあ同級生みたいなものなんだ。そして彼女は、昔で言うところの大魔導士だよ。光と闇の両方が使える」

「女帝は大魔導士なんですか…」

 大魔導士と聞いてすぐに頭に浮かんだのはアルネさんのこと。それはガスランも他の二人も同じだったようだ。

 オルディスさんは、俺達が興味を持ったことを悟ったのか

「もしその気になったら、アミフェイリスに会えるように書状を書いてもいいよ。いつでも言ってくれていいからね。彼女からはきっといい刺激が受けられることを保証する」

 そう言って話を締めくくった。



 トレントの道を蛇行しながらもほぼ東に進み続けてきて、時間的にそろそろ引き返す頃合いかと思い始めたその時、探査で見えてきたのはヘルハウンドの群れ。しかし様子がおかしい。別の強い反応を見せている魔物一体と絡みながら少しずつ移動している。


「これは、戦っているのか…」

「シュン、こっちに近付いて来てるよ」


 オルディスさんに状況をざっと説明する。特に説明はしていないが、一緒に行動していた間に俺達の探査スキルについてオルディスさんは理解してしまっている。


 そうしている間にもヘルハウンドは数を減らし続けている。

 俺達と奴らの間には少し開けた平原がある。以前は木々が生えていたのだろうが、火で大きく焼かれたか山火事か、そんな跡のような場所。

 その空き地の手前で俺達は身を隠しながら待機。


 残っている個体の逃走を最優先と判断したのだろう、ヘルハウンドの上位種が通常種を率いるようにして、俺達の方へ走り始めたのはそのすぐ後のことだった。

 空き地の向こう側から姿を現したのは、ヘルハウンドの上位種一体と通常種は8体のみ。

 そして、そのヘルハウンドの後を追って、木をなぎ倒しながら出てきたのは巨大なトカゲ。


「ドレマラーク…」


 兵の一人がそう呟いた。俺の鑑定でもその名が見えている。


 逃げきれないと判断したのかヘルハウンドの上位種が反転してドレマラークに対峙するそぶりを見せる。すぐに吐いた炎がドレマラークに向かう。

 しかし、ヘルハウンドの5倍はあろうかという巨体には効いていない。火への耐性も持っているようだ。


 残りのヘルハウンドも上位種の攻撃に倣うように炎を吐くがやはり効いていない。

 そしてドレマラークの動きはかなり俊敏だ。

 グイッとヘルハウンドの一匹に近付いてその大きな咢で噛みつくと、そのヘルハウンドの身体が千切れた。ドレマラークは、噛み千切ったヘルハウンドをそのまま咀嚼して飲み込んでしまうと吠えた。


 ヴァァァァァァッオオーー!!


 おっ、これって威圧が混じってるのか。

 兵達全員とオルディスさんが身体を強張らせてしまったのが分かる。動けなくなってしまって、ただドレマラークを見ているだけ。


 俺達四人は全く問題が無いことを確認した俺はすぐに指示を出す。

「ドレマラークをやる。ヘルハウンドは向かってこない限り無視だ。もし来たら消し飛ばしてしまっていい」

「「「了解」」」


 オルディスさんは俺達の声は聞こえているのだろう、何か言いたげな目で俺を見るが、それに俺は頷くだけで応えた。


「ドレマラークは土属性を持っているようだ。岩か何かを飛ばしてくるかもしれない。ガスランは斬撃で奴の足を削れ。ニーナは奴の頭と尻尾を抑えるんだ。エリーゼと俺でヘイトを集める。散開!」


 頭上にライトの光球を浮かべながら俺とエリーゼはドレマラークに接近。奴の視線が上がった所にエリーゼの矢が放たれる。最初から鉄の矢。喉に刺さるがあまり効いていないようだ。それでもこちらに気が付いたドレマラークが再び吠える。


 ライトを奴の顔に飛ばす。これが合図。

「エリーゼ、鉄の矢を突き立てまくってくれ」


 エリーゼが鉄の矢と氷の矢の両方を連射。氷の矢の狙いはドレマラークの頭から首まで。鉄の矢は、それよりも広い範囲に。

 俺はライトを奴の眼前に幾つも出して牽制しながら奴の横に回る。矢を嫌って首を振ろうとしたその動きがニーナによって抑えられる。同じ所を狙ったガスランの斬撃がいくつも足に食い込み始めた。

 俺に向かって長い尻尾を振ろうとしたタイミングに合わせて最大パワーの散弾。尻尾の根元を打ち砕いてその動きを封じると、またドレマラークは吠える。


「エリーゼ、雷撃を矢が刺さっている所に連射だ!」

 俺は、走り始めた俺の斜め後ろに付いてきているエリーゼにそう言った。

 ニーナはドレマラークの首の自由は奪っているが完全ではない。しかし尻尾は抑え込んでしまった。それを見たガスランは、俺が砕いた尻尾の根元辺りに飛び込むと尻尾を斬り飛ばしてしまう。

 エリーゼが雷撃を連発。魔法防御の高いドレマラークの鱗でかなり弾かれてしまう雷撃が、刺さっている鉄の矢を通って体内に入り込む。


 また吠えたドレマラークだが、苦しそうな調子に変わってきたような気がする。

 そして、その直後、奴の口の辺りに魔力の気配。

「魔法が来るぞ。口を集中砲火だ!」

 ガスランの斬撃とニーナの爆炎魔法が、ドレマラークが開いた口の中に突き刺さる。そしてエリーゼの矢の連射と雷撃も。俺の雷撃が奴の両目と鼻を直撃。鱗の部分は粉砕出来ないが目と鼻は剥き出しの箇所だ。

 しかしそれでも視界を奪うことは出来ず、また大きく吠えたドレマラークが渾身の力でニーナの束縛から逃れようと足に力を入れて首を動かし始める。魔法の発動は諦めたようだ。


「この、トカゲが! が、高いってのよ!」

 ニーナの一気呵成全力の加重魔法がドレマラークの頭を抑えつける。もう地面についてしまいそうだ。

「そのままだ、ニーナ!」


 ガスランと俺が同時に左右からドレマラークの首に飛び込んだ。

 そして二人で神速の一刀両断。

 ガスランは奴の後頭部のすぐ後ろを。俺は首を半分ほど断ち切った。



 ◇◇◇



 動かなくなったドレマラークの大きな背中に昇って、そこからニーナがドレマラークの体を眺めている。ガスランはドレマラークの体のあちこちを見て回って鱗を触ったりしている。毒の類は無いので手で触ったりしても問題ない。


 やっと動けるようになったオルディスさんと兵達だが、まだ顔色が悪くて座り込んでポーションを飲んだりしている。何人かの兵は漏らしてしまっていたので、戦いが終わって様子を見た時に俺はこっそりクリーン魔法をかけた。


 ヘルハウンドは、近くに居た奴らは戦いを始めてすぐ俺とエリーゼの雷撃でやってしまった。上位種と他数体は逃げてしまったけど。


「ギガントサイクロプスよりも随分大きいね」

「うん、今までやった魔物で最大だな」

 エリーゼと俺はドレマラークの見分をしながらそう話し合っている。


「シュン、皆もありがとう。あのままだったら、今頃私達は全員こいつの腹の中だった」

 オルディスさんがやっと再起動したようで、俺達の所に近付いてきてそう言った。



 兵達も歩けそうな程に回復して来たので、取り敢えず収納にヘルハウンドもドレマラークも仕舞いこんで、帰路に着くことにした。先頭は俺とニーナ、殿はエリーゼとガスラン。オルディスさんは俺のすぐ後ろに付いてきている。


 俺はチラッと後ろを振り返ってオルディスさんに言う。

「やっぱり、外縁の森の魔物の生息域が乱れていたのはドレマラークのせいだったんでしょうか」

「そういうことだろうね。しばらく様子を見る必要はあるだろうけど」


 ドレマラークは、分類としてはドレイクの一種。ドラゴンの下位種である。トカゲと表現したように翼を持たず、もちろん空は飛べない。ドレマラークのようにドレイクの翼を持たないものは地竜として分類されることもある。

 俺達がかなりボロボロにしてしまった気がするが、ドレマラークの死体はそれでもかなりの金額になるだろうとオルディスさんは言う。内臓や骨なども高級素材だからだ。辺境伯領として査定、買取りをしてくれることになった。

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