第132話

 メアジェスタに戻って、ドレマラークの死体を軍の練兵場で出した。他に適当な広い場所が無いらしく仕方ない。しかしその大きな体は目立つ。すぐに人が集まってしまい兵達がその人だかりの整理に忙しくしていた。

 査定は意外に早くて翌日には終わると言う。そしてオルディスさんに依頼完了のサインを貰った俺達はギルドへ。

 メアジェスタ支部のギルドマスターからドレマラークの買取はギルドがしたかったと恨み節を言われたが、依頼人の意向が優先ですからと言ってその話は終わりにした。


 翌日は図書館で最後の調査。朝から行って、昼食を司書さんと一緒に済ませた俺達は、彼女のこれまでの協力にお礼を言った。

「また一つ秘密にしてもらうことを増やしてしまうんですけど、お礼の気持ちです」

 そう言って俺は清浄の首飾りを彼女に渡した。

 キョトンとしている司書さんに、ニーナとエリーゼがコソコソと説明を始める。

 そう。こういうのは女性同士じゃないとね。


 思惑とは逆に司書さんに大感謝をされてしまったが、門の所まで見送りに出てきてくれた館長と司書さんに何度も振り向いて手を振りながら、長い間通い詰めたオプレディア図書館に別れを告げた。


「いい図書館だったな」

 宿の方に歩き始めてから俺がそう言うと、ニーナがしみじみと。

「こんな図書館は他にはないわよ。大体どこも閉鎖的なんだから」

「来て良かったね」

「うん、来てよかった」

 エリーゼとガスランの言う通りだ。切っ掛けはニーナの思い付きだったんだけど、ホントに来て良かった。ティリアとジュリアレーヌさんにも感謝しないとね。



 宿に着いて夕食まではまだ時間があるので、それまで自由にノンビリ過ごすことにした。ドレマラーク買取の件は夕方にオルディスさんが宿に来てくれると伝言が有ったので、それを待ってから夕食にしようと思っている。一緒に食べることになるかもしれないし。

 エリーゼとニーナは買い物に行くと言って二人で出掛けた。おそらく服とかそういう類だろう。ガスランは宿の裏に行って自主訓練。


 俺は一人でゆっくりするのは久しぶりなので、新しく作ろうとしている武器についてこの際とばかりにじっくり考えていたら、オルディスさんが思っていたよりも早く宿にやって来た。エリーゼ達はまだ帰って来ていない。

 今回はドレマラークの鱗の現物も貰うことにしていた。傷が無いものと傷がある物も。それぞれ結構な枚数だが、オルディスさんはそれでも全体の2割程度だと言う。

 対戦してみて驚いたのは、ドレマラークの防御力の高さだった。特に魔法防御には目を見張るものが有った。雷撃があんなに効かない相手というのは初めてだったので、その高い防御を実現していた鱗を俺たちの防具の強化に使うつもりだ。スウェーガルニに帰ったらベルディッシュさんにお願いしようと思っている。

 その現物を差し引いても、買取額は冒険者四人が手にするにしては有り得ないほどの額である。


「記録を調べてみたんだが、ドレマラークの討伐は70年ぶりだったよ。ドレイク種としても最後の討伐は50年前だ」

「そんなに前なんですか…。なにか長い周期的なものでもあるんでしょうか」

「うん、あるだろうね。ドラゴンもそうだが、竜種の卵の孵化にはとても時間が掛かると言われている。今回討伐した個体は70年前の奴の子どもかもしれないよね」


「……まあ、今後70年出てこないなら、それは良いことかもしれません」

「そうだね。あっ、それと。まだ確定ではないんだけど、魔物の状況が落ち着いてきている感じだよ。最近頻繁に森から出てきていた魔物が激減している。生息域が元の状態に戻ってきているようだ」


 俺の部屋で鱗と金を受け取ってそんな話をしていたら、エリーゼとニーナが宿に戻ってきた。ガスランもそれに合わせて訓練は終了したようだ。

 そして、やはりと言うか案の定、レゴラスさんが来るのでまた食事を一緒にしようとオルディスさんが言った。俺達に異存はなく、オルディスさんはその準備の為に宿の主人と打ち合わせをしたり忙しくし始める。


 その夜の夕食は前回同様、6人でいろんな話をしながらの楽しい食事会になった。


 俺達のメアジェスタでの最後の夜はそうして過ぎて行った。



 ◇◇◇



 翌朝、俺達四人が乗合馬車を待つ列に並んでいたら、軍の一隊が近付いてきた。その兵の中にはドレマラーク討伐の時に一緒だった人が何人も居た。俺達の視線に気が付くと頭を下げてニコニコと微笑んでいる。


 その後、待合所にやって来た乗合馬車に乗り込もうとしたら、整列していた隊の隊長らしき人が前に出て来て言う。

「アルヴィースの方々に、ベスタグレイフ辺境伯領軍から最大限の謝意を!」

 ジャキンッと抜剣した兵達全員が示したのは、帝国軍式の敬礼。そして納剣すると右手の握り拳を左肩に当てた。


 四人で深々とお辞儀をした。


 俺達が乗った馬車にずっと手を振って見送ってくれる兵達に、俺達も手を振った。

 そして馬車が進み、いよいよメアジェスタが見えなくなってしまった時は少し寂しさを感じた。

「次に来た時は、帝都まで行ってみるかな」

 俺がそう呟くと、ニーナが応じる。

「そうね。賛成よ」

 ガスランもエリーゼも頷いている。



 来た時と同様にメアジェスタ・ロフキュール間の乗合馬車の行程は問題なく進んだ。今回は乗客の数が多かったせいか五台編成となっていて、貴族っぽい身なりの良い人や、かと思うと冒険者らしき人の姿も多い。二日目の野営の時に俺達の隣にテントを張ったそんな冒険者らしき一人の女性からニーナが話しかけられる。

「あんた達も大会を見に行くんでしょ? 泊まるところの当ては有るの? 今年は人が多くてどの宿もそろそろいっぱいになるらしいわよ」

「大会?」

「大会って?」

 ニーナとエリーゼは頭の上に疑問符が浮かんでいる。


「あっ、そう言えばレゴラスさんが言ってた。ロフキュールの祭りだ」

 俺はそう言った。


 メアジェスタ最後の夜の食事をした時に今後の予定を尋ねられて、ロフキュールで少し休んでから王国に戻ることを説明したら、レゴラスさんに、あと一週間ほどでロフキュールは祭りが始まるからそれを楽しんで帰るといいと言われたのだ。

 そして、帝国軍主催の武術大会があるということも言っていた。その時は軍人の大会なんだろうと思って特に気には留めなかったし、俺達がロフキュールに戻って楽しみにしているのは海の幸をまたたくさん食べることと、まだ行ってない温泉なのだ。


 知らずにロフキュールに行こうとしている俺達に呆れた様子のその冒険者の女性が言うには、軍人でも冒険者でも一般人でも参加可能な帝国でも歴史がある武術大会なんだと。大会でいい成績を収めると賞金が貰える。更には軍にスカウトされたり、万が一でも大貴族の目に留まればそこへの仕官の道の可能性もあるらしい。

 そして、そもそも武術大会を見に来るたくさんの人をもてなす為に祭りが始まったと言う。まさかの順序が逆な話。


 その女性も武術大会に出場するらしい。一度も予選通過したことが無く今年もそうだろうと笑っていて、自分の出場よりもやはり本選の試合を見るのが楽しみだと言う。期間中は軍によって野営場所も設営されるので、宿が取れなかったら彼女達はそこでテント生活をするそうだ。


 テントの横に出したシートに座って四人で輪になって食事を摂り始める。

 話題は当たり前のように今聞いた祭りと武術大会のことになる。


「シュン、武術大会出てみたら?」

 ニーナがニヤニヤ笑いながらそう言った。

 俺はそれに少し睨み返しながら言う。

「よそ者が出たら迷惑だろうし、俺はそういうのは好きじゃないんだよ」

「そっか、シュンはそうだったね。ゴメン…」


「あっ、まあ…。けど、そういうのってウィルさんとか出そうだな」

「ウィルさんなら絶対出ると思うよ」

 エリーゼがそう言ってニーナの肩を抱いた。

 その時、ガスランがボソッと言う。

「俺、出てみたいかも…」

「「マジ?」」

 俺とニーナはそう言った後すぐに顔を見合わせてびっくりである。

 エリーゼはちょっと心配そうな顔。

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