第130話 外縁の森
「これから向かう所は第13野営地と呼ばれていて…、地図ではここだ」
オルディスさんは地図を広げながら、集まった俺達に向かってそう言った。
ここはメアジェスタから東に位置する、外縁の森近くにある軍の駐屯地。平砦のような様式で建てられていて辺境への最前線という印象。頑丈な石造りの壁に囲まれている。通常一個中隊が駐留しているが、最近は活発化してきた魔物への対処に追われていて、ここ数日は最低限の守備要員が居るだけらしい。
オルディスさんは地図を確認している俺達に続けて言う。
「冒険者からの報告ではこの第13から北に少し行った、ここ。第16野営地なんだが、ここが襲撃されていたそうだ。逃げ帰る彼らが目撃したヘルハウンドの数は約20体。一回り大きな個体を見たという話もある」
「上位種ですか…」
エリーゼがそう呟いた。
ヘルハウンドの上位種は、それ自身の強さもあるが統率が非常に優れている。20体という数が群れているなら居て当然かもしれない。
先日の目撃情報はその第16野営地の近くでの話。ヘルハウンドを狩ることを目的とした冒険者達が、第16野営地とその近隣の他の野営地にかなりの数が集まっていたようだ。
第13野営地の近くまでは馬車で行った。しかし、森が始まる所から野営地までは馬車を降りて歩かなければならない。外縁の森は植生が雑多であり、小さな木や草が生い茂って足を踏み入れるのにも苦労するような箇所があるかと思えば、人が手入れした綺麗な林の中のように木々が一定間隔で真っすぐに生えそろって草もほとんど無く、人が数人並んで通れるほどの間隔が続いている箇所もある。その歩きやすい所を俺達は少し速足で進んでいる。
「皆気を付けて。この歩きやすい所はトレントが出現する所でもあるんだ」
案内の兵士の後ろに続いているオルディスさんが、俺達を振り返ってそう言った。
「あっ、トレントの通り道という事なのね」
「そういうこと。そして人も魔物も通りやすいからトレントの思うつぼって訳」
ニーナの反応にオルディスさんはニッコリ微笑んでそう返した。
そんな話をしたすぐ後に、そのトレントに初遭遇した。早くから探査で見えていたので、俺が隊列の先頭に立って案内の兵には後ろから方向を指示をしてもらう形に変わった。
ぱっと見、林道の横に生えている木の一本にしか見えないが、探査の反応では魔物である。
「あれはトレントですね」
と、俺はトレントの方を指差してその兵に話しかけた。
兵は目を細めて俺が指差した方向を見つめて言う。
「あー、ホントですね。この距離でよく判りましたね」
トレントは決して強い魔物ではない。木を隠すには森の中と言わんばかりのその隠密性こそが強さなのだが、探査がある俺とエリーゼにはそのことは何の意味もない。
火魔法に極端に弱いことがよく知られている。でも俺の予想では…。
「エリーゼ、氷撃ってみて」
「あ、そうだね」
エリーゼの氷の矢がトレントの幹の部分に10本ほど刺さると、ヴオォーと大きな呻き声のような音を発し始めた。そして枝を手のように振り回す。矢が刺さった所からは樹液のようなものが止めどなく滴り落ちていて、それが周囲に飛び散る。
ニーナが顔を顰めて言う。
「うわ、なんか気持ち悪いよ。エリーゼ」
「全体を凍らした方が良さそうね」
エリーゼはそう言ってすぐに凍結魔法。
あっという間に白く凍り付いたトレントは動かなくなった。兵に教えて貰いながら魔石を切り出して麻痺毒を射出する特殊な一本の枝の先を切り取った。この麻痺毒を射出する枝はトレント一体につき一つだけである。
「燃やさずに取れるというのは良いですね。普通は、トレントを燃やす前にうまく狙って切っておくしかないんですよ」
兵がそう言って凍結魔法に感嘆している。
その後はトレントに遭遇することもなく、第13野営地に着いた。もっとも、そこは元野営地という様相だ。
オルディスさんが誰に言うともなく呟く。
「やはりここも既に襲われてしまっていたか…」
野営地を囲む壁は東側の部分が大きく崩れ、そこから内部に大きなものが押し入ったような痕跡が付いている。少しは有ったはずの建物はことごとく壊され砕かれていて残骸だらけである。そして野営をしていた冒険者の持ち物だったであろう、武器や防具なども散乱している。
落ちている血の跡などを確認していた兵の一人が言う。
「襲撃はおそらく昨日の朝ですね」
「ヘルハウンド多数が近くに居て、どうしてここに留まったんだろう」
俺が素朴な疑問を口にすると、オルディスさんが悔しそうな表情を隠しもせずに言う。
「もっと数が少ないと思っていたのか、上位種が居ることを知らなかったのか。いずれにしても情報が伝わってなかったんだろうね」
そこからは近いという当初の目的地の第16野営地にも行ってみた。野営地内部の荒れ様は同じような状態だ。しかしこちらの方が冒険者の人数は多かったはずなのに、第13野営地と違って人の死体の一部、装備などが全くない。
兵の一人に尋ねてみたらこう答えた。
「森の掃除屋と呼ばれるトレントとゴブリンが全部持って行ってしまうんです。奴らは装備も骨も何一つ残しません」
取り敢えず来た道を引き返して第13野営地に戻ることにした。広げている探査の反応は実はうるさいぐらいにある。大半はトレントとゴブリンやワーグだが、今まで見たことが無い初めて見る反応も少しある。近づいてこない限りは敢えて追ってまで討伐はしない。それにしても、この魔物の多さが辺境の外縁の森の常なんだと思うと、本当に驚くばかりだ。
その野営地で泊まってもいいと俺は思っていたのだが、オルディスさんは砦まで戻って明日もう一度出直そう、手薄になっている砦の防衛が気になると言った。
砦に戻ったのはまだ夕暮れ前だった。兵から宿舎の部屋を用意すると言われるが、俺達はテントでいいと言って断った。その方が慣れてるからね。
そして、俺とエリーゼは砦の中の外縁の森に近い側にある物見やぐらに昇って周囲を眺めてみる。
「いい眺めだ」
「うん、いいね」
二人でボーっと景色を眺めて過ごした。
「遠くに来たなって感じる…」
エリーゼがポツリとそう言った。
俺は頷きながらそれに応える。
「世界は広いな。そして知らない事ばかりだ」
「世界の果てを見に行く?」
「うん、でもそれはもう少し先にしよう。転移が使えないと帰りがめんどくさい」
エリーゼが吹き出して、二人で笑った。
「おーい、シュン、エリーゼ!」
ニーナが下から手を振りながら呼んでいる。
ガスランと一緒にこっちを見上げている顔を見たら、ニーナが何を言いたいのか分かった。
「解ってる、食べよう」
「降りるよ、ご飯にしよう」
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