第115話 スウェーガルニ防衛戦②

 領兵からの歓声に送られながら門をくぐった時、ふと強い視線を感じて振り返って見たら、フレイヤさんが俺を見詰めていた。エリーゼに教えて、一緒に手を振る。

(気を付けなさい)

 フレイヤさんの口がそう動いているのが分かった。フレイヤさんも壁上からの迎撃に参加するらしい。あの火力を温存する余裕は無いのだ。


 急遽、先陣に加わることになった領軍の精鋭部隊も全員がセイシェリスさんの指揮下に入ることになった。副官は何故か俺とエリーゼ。

 全員が門を出て歩き始めてしばらくしてから、セイシェリスさんが皆に聞こえるように大きな声で言う。


「打ち合わせ通り、この平原で迎え撃とうと考えているが、最新情報だと敵の先鋒は既にガレーツ村に辿り着いたようだ。群れは少しバラけてきているらしい。足の速いウルフ系が先行して来ていると思われる」


 ガレーツ村はスウェーガルニから乗合馬車で6時間の距離である。偵察の伝令が戻る為に要した時間を差し引いても、あと2時間程度で本格的な戦闘が始まると思われる。丁度夜が明ける頃になりそうだ。

 俺達が歩いて来たのはスウェーガルニの北門から1キロほどの場所。見通しが良いので、後ろを振り返ると北門の灯りと北門のすぐ外に待機している領軍と冒険者の灯りが見えている。


 セイシェリスさんは、同行している領軍精鋭部隊の隊長と陣形などについて確認を始めた。隊長の横にはティリアが居る。疑問に思って見ている俺に気が付いたティリアが近づいてきて言う。

「さっきフレイヤに無理やりお願いしたの。領兵と共に行動するならばと許して貰えたのよ。私だってAランク冒険者。黙って見ている訳にはいかないわ」

「怪我は良いの?」

「おかげさまで。シュンの応急処置が良かったおかげだとミレディにも言われたわ」

「あ、ミレディさんにも診てもらえたんだ」

「代官からお願いされたとミレディはそう言ってた」


 これは政治的な思惑である。代官にしてみれば、帝国貴族の姫を保護している形だからね。怪我の治療にも万全を期したという事なのだろう。まあ、それなのにこんな危ない戦いに参加してしまっているのだから、なんだそれという感じではあるが。

 ちなみに、ティリアは同い年だった。見た感じ成熟した大人びた美人女性という感じで、出るとこ出てるし色っぽい。Aランクだし、てっきり結構年上かと思ってたら、同い年でした。女の年齢なんて全く分からない。


 ところで、こんな風に喋っているが、俺とエリーゼの探査はフル稼働中。



 エリーゼがスッと顔を上げて声を上げる。

「あ…、来たね」

「うん、来た」

 俺はエリーゼに頷いた。


「セイシェリスさん、来ました。綺麗に街道沿いに来てます」

「グレイウルフとレッドウルフの混成、約200です」


 どうしてそんな話が飛び交っているのか理解できていない様子の隊長とティリアはひとまず置いといて、セイシェリスさんと情報交換する。


 セイシェリスさんがエリーゼに指示。

「エリーゼ、フレイヤにも連絡してくれ。そろそろ始まると」

「分かりました」


 セイシェリスさんがその場に居る全員に向き直って言う。

「全員、決めた通りの配置に着け。もうすぐ夜は明ける。接敵は約15分後!」

「「「「「「了解!」」」」」」


 配置は俺が先頭。少し下がってガスランとニーナとエリーゼ。その後ろにウィルさんが居て、セイシェリスさんとシャーリーさん。

 ティリアは、その少し後方に隊長と並んでいる。領兵達の両端には斜めに、簡易だが馬防柵のようなものも置かれた。魔物の群れには然程意味は無いかもしれないが、多少でも魔物の流れを制御できるならばという事だろう。


 エリーゼがフレイヤさんに電話。

「もしもし、そろそろです…。はい。ウルフ系が200先行して来ています。…はい。はい…、解りました。…はい、フレイヤさんこそ」


 少し変な気配を感じたので見てみると、ティリアが異様なほどに目を見開いてエリーゼを凝視している。

 エリーゼもそれに気が付いてチラッと見るが、少し顔を顰めるだけ。

 俺はティリアに声をかける。

「ティリア。俺達は秘密が多い。いろいろ疑問はあるだろうが、話はこれが全部終わってからだ。今は敵をやる事だけに集中してくれ」

「…え? あ、ああ。…そうだね」


 なんか以前も同じような事あったなと思ってると、ニーナがニヤニヤしている。

 そうだ。こいつだ。ヴィシャルテンのゴブリン襲来の時だった。


 セイシェリスさんの声が響く。

「アルヴィース四人の攻撃を抜けてきた奴を対処だ。決して前に出るな!」

「「「「「「「了解!」」」」」」」



 そして、遂に戦闘が始まった。


 ライトで照らして散弾と斬撃、そして雷撃。横に逃げようとする奴は加重魔法でニーナが拘束して、ガスランが斬撃を、エリーゼが矢と雷撃を連発してそれらをまとめて処理した。

 俺達四人だけで200体を次々と葬る。

 後ろに抜けたのはニーナの加重から逃れた10匹程度。

 そいつらはセイシェリスさんの雷とウィルさんがあっさりと処理した。


「続けて来ます。ウルフ系です。約500」

 エリーゼが大きな声でそう言った。


 街道にたくさん横たわる死骸をニーナがまとめて横に押しやって道を空ける。


 エリーゼがライトを高い位置に出してから矢を射始める。矢の軌道をライトの光で確認しながら探査で見えている辺りに乱射。その射線を見てニーナも一緒に放つ。

「いい感じよ、ニーナ」

 シュッ、シュッ、シュッと鋭い音が響く。

「合わせて射ってるだけだから適当だけど、少しは当たってるっぽいね」

「うん、続けるよ」

 二人は話しながらも手は止めていない。


 そうしているうちに、やっと夜が明けてきて周囲がよく見え始めた。これで楽になりそう。

「よし、撃つよ」

 俺が声をかけてからは最初のように散弾と斬撃、雷撃と加重魔法。明るくなったおかげで抜けた奴は一匹も居なかった。


「凄いな、シュン達は…」

「ああ、頼もしい」

 ウィルさんの呟きに応じたのはセイシェリスさん。


 俺は振り返って言う。

「問題は次です。かなり多いです」

 セイシェリスさんは頷いて表情を引き締めた。

 そこにエリーゼからの探査結果が告げられる。

「ウルフ系2700、ゴブリン3200、オーク3900。街道を来ています」


「全員、聞いたな。気を引き締めろ!」

 領兵の隊長が、エリーゼが言った数字で青ざめてそう叫んだ。


「おそらく両脇を抜けられる。やり過ごしてもいい、但し背後からは気を付けろ!」


 セイシェリスさんの指示は的確だ。今の感じだと俺達を避けて街に向かう奴が出てくるだろう。でも、街の防衛陣の事を考えるとなるべく多く削っておきたい。


 その時、探査に強い反応。

「お、これは…」

「シュンこれって…」

「うん、初めて見る反応。これがサイクロプスか…」


 大きな群れの後を追うようにして反応が見えてきたのは、おそらくはサイクロプス。数体で、エルフの都市国家一つを壊滅させたと言われるような化け物だ。


「セイシェリスさん、多分サイクロプスがすぐ後に来ています。約50体」

「……」

 セイシェリスさんは絶句。しかしすぐに持ち直す。

「シュン、敵を引きつけて新雷撃砲だ。その数の乱戦でサイクロプスもは厳しい」

「了解です」


「シュンが中央、ガスランとウィルで前方4分割。エリーゼとニーナは内側、他はその後方からだ。シャーリーはウィルの援護」

「「「「「「了解!(うっす)」」」」」」



 俺達を認識するまではゆっくり走っている程度の速度だった魔物達は、近付いて俺達を見つけるなり先を争うように押し寄せて来る。

 そんな奴らをニーナが範囲加重魔法で一斉に抑えつけると、後ろから来ている奴らがそれにぶつかって転倒する。転倒した奴らも範囲内に入って動けなくなる。

 そこに、ガスランの広めの複数の斬撃が群れを往復で薙ぎ続ける。俺はニーナの加重魔法の範囲から外れている奴らの、近い所から片っ端に散弾の連射。

 その時には、奴らが当初突進してきた勢いは完全に削がれて、群れの勢いは止まってしまっている。


 俺はエリーゼに言う。

「エリーゼ、雷撃雨だ」

「オッケー」

 大きめの円盤四つが、群れの先頭一帯に出来た横に広がり始めている密集の両翼の上に二つずつ浮かんで、そこから雷撃が無秩序に下へ放たれる。

 エリーゼが編み出した範囲攻撃の雷撃雨。雷発生の円盤を下向きに宙に浮かべて、そこから雷撃が迸る。強烈な雷がすぐ頭の上から幾つも、激しく地面を叩く豪雨のように落ちてくるイメージ。

 そうしている間も、エリーゼとニーナは矢を射続けている。


 セイシェリスさんとシャーリーさんも矢を射続けている。セイシェリスさんは雷魔法も。魔物の群れを見たティリアは領兵の援護に回って自身も矢を放ちながら領兵達に指示して矢を射させ魔法を撃たせている。


 文字通り、同類たちの屍を乗り越えて押し寄せてくる魔物が多く、突進してくるような速さは既に無いが倒してもどんどん距離が縮まってきている。

 敵の多くが迂回しようとせず、ただ俺達に向かってきている。ヘイト稼ぎは十分、距離もいいだろう。


 俺は雷撃と散弾を連発し続けながら叫ぶ。

「ニーナ! 合図で3秒だけ時間を作れ!」

「了解! いつでもいいよ」


「今だ!」

 ニーナの再びの全力の範囲加重魔法が敵の前列一帯を広く押し潰す。ガスランはそこから外れた奴らに当たるように斬撃を連発。エリーゼも雷撃と矢を連射。


 雷撃砲(改)30連装

「新レールガンだ、喰らえ!」


 ズギュズギュズンッッンッッッッッッッッ!!!


 横一列に並んだ円盤30個から一斉に雷撃砲が放たれた。今回のは射程は短い。

 そして熱発生を極力抑えた省エネバージョンだ。消費MPも少なめ。でも威力は遜色ないよ。日々、なんちゃってレールガンも進歩しているのだ。

 ただ、少しだけ漏れる電気で近くに居るとちょっとだけビリッとするんだけどね。


 射線上に居たものだけではなく、射線の近くに居たものも。その殆どが消失した。

 数を多くして幅を広く、でも射程は長すぎず、少し扇状に開き気味に撃つ角度を調整している。中距離の範囲攻撃として改良したものなので想定通りである。


「全員、深追いせず残りを攻撃しろ!」

 セイシェリスさんの指示が飛ぶと、雷撃砲を見て呆気に取られていた領兵達もまた矢と魔法を放ち始めた。俺も単発の雷撃に切り替えて狙撃。

 さすがに俺達を避ける魔物が多くなって、近付いてくるのは少なくなっているが届く所には皆で攻撃を続ける。群れの残りは約二千。大半は散開して俺達が居る所は避けながらも街の方へ向かい始めている。

 エリーゼがその状況をフレイヤさんに電話で連絡する。街の防衛陣に頑張ってもらうしかないだろう。


 俺は後ろを振り向いて言う。

「セイシェリスさん、俺達は前に出ますね」

「サイクロプスだな」

「はい、今の雷撃砲で戸惑っている感じです。逃げてしまう前に…」

「よし、一緒に行こう」


 セイシェリスさんは、その場に居る全員に向かって言う。

「全員でサイクロプスを仕留める。今のうちにMPを回復しておけ」

「「「「「「了解!」」」」」」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る