第114話 スウェーガルニ防衛戦①

 領軍の偵察部隊は特に足の速い馬の乗り手だけで編成されているという。足の速い馬であっても、一歩間違えばスタンピードに飲み込まれる可能性が高い。それなのに彼らを奮い立たせる気概。それは一体どこから沸いてくるのだろう。

 公爵家への忠誠心、領民の為という使命感。その理由はそれぞれ少しずつ異なるのかもしれない。しかし、そうやって危険に飛び込む者全てが等しく、生きる為生かす為に足掻いている。明日があると信じて恐怖と戦っている。そう、もう戦いは始まっているのだ。



 スウェーガルニの街区へ入る門に着いた時、俺達のギルドカードをチェックしたのは、俺が初めてこの街に着いた時の仮滞在証を取得する手続きで、何も知らない俺の世話を親身に焼いてくれた、あの門番さんだった。

 彼は憔悴した顔にニッコリと笑顔を浮かべて、俺とエリーゼに言う。

「おかえり。元気そうだね。大変な時だから、気を付けて」

「はい、ありがとうございます。どうかお気を付けて」

 エリーゼもぺこりと頭を下げる。


 深夜でも街は騒然としている雰囲気だ。衛兵や領兵が行き交う姿、そして何人もの住民が眠れずに、街角に集まって不安を語り合っている様子が判る。

 俺達を乗せたギルドの馬車は直接ギルドの正面入り口へ着いた。そこで俺達を出迎えたのは数人の領兵と代官、レオベルフさんだ。

「殿下、お待ちしておりました。どうか私の願いをお聞き入れください」

「……」

「殿下」

「レオベルフ、言うな」

 ニーナの姫様モードが久しぶりに全開。


 今度はレオベルフさんが黙る。彼の本音はニーナをここから逃がして領都へ送り届けたいのだ。

「……」


 そこに、ギルドの入り口からミレディさんが顔を覗かせて、俺を見ると出てくる。

「アルヴィースの皆さん、フレイヤさんが待ってます。どうぞ会議室へ」

「はい、了解です」


 ニーナはレオベルフさんの耳に顔を寄せて何かを囁いている。そしてニッコリ微笑むとレオベルフさんの肩をポンと叩いた。


 会議室には見知った顔が多かった。Bランク以上のパーティーの面々。バステフマークの三人、そしてティリアも居る。ウィルさんと目が合ったので、怪我はもういいんですか? と目で言ってみたら、ウィルさんは頷いた。

 いや、あれは万全じゃないだろうな、と俺は何となく思う。

 ティリアは俺達に黙礼をしている。それにはチョコンと頭を下げて応えた。

「アルヴィースが来てくれたから、少し話を戻すわね」

 そう言ってフレイヤさんは状況の説明を始めた。


 ドリスティアは、外壁が二つ破られて半壊状態らしい。しかし住民の多くが内側に逃げ込んでいる為に魔物はまだかなりそこに留まっている。

 そして、魔物の群れがそこで二つに分かれてしまい、留まらずに次を求めて移動を始めた群れが街道沿いに南下し始めたとのこと。その数およそ2万。


「Cランク、Dランクの遠距離攻撃持ちは、領兵の弓・魔法部隊と共に北門の両側の壁上での迎撃に専念。近距離の人は同じく領兵衛兵と共に、各門と壁の改修工事中の箇所の守備。これには住民の一部も加わってくれる」

 フレイヤさんは役割の分担の話に入っている。続けて言う。

「だけどAランクBランクをここに加えても、おそらく壁は破られる。だから…」


「打って出るしかない…」

 思わず声に出てしまった俺のその言葉に、フレイヤさんは厳しい表情で頷いた。

 そして、改めて全員を見渡して言う。

「壁に近付かれる前に、可能な限り敵の数を削るしかないわ。領軍も同じ結論になるはずよ。そしてその先陣は…、シュン君。アルヴィースにお願いしたいの」


 チラッとセイシェリスさんを見ると、渋い表情。

 ウィルさんも同様。

 シャーリーさんは、俺をじっと見ている。

 それに微笑を返してから、俺は言う。

「二つ。条件と言うか、お願いを聞いてもらえますか」

「もちろんよ、何でも言ってちょうだい」


「ガスランはCランクですが、同行させたいです。そして、こっちの方が重要なんですけど、領軍より先に出撃させてください」

「当然ね。二つとも私は了解よ」


 ニーナがフレイヤさんをじっと見ながら言う。

「領軍には私が話してもいいわ」

「いざとなったらお願いするわね」

 フレイヤさんもニーナを見詰めてそう答えた。


「ちょっと待ってくれ」

 セイシェリスさんが立ち上がって言う。

「シュン達の背中を守りに私も一緒に行こう」

「俺も行くぞ」

 これはウィルさん。

 そしてシャーリーさんも。

「私もだ」


 俺はニッコリ微笑んで、フレイヤさんに頷く。

「了解よ。いつも貴女達ばかりを頼って申し訳ないわね」


 その時、ずっと何かを考え込んでいる様子だったティリアが立ち上がる。

「私も同行して構わないだろうか。足は引っ張らないと誓う」

 セイシェリスさんが俺をチラッと見る。小さく首を横に振った俺に口元だけで微笑んでセイシェリスさんが言う。

「申し出は嬉しいが、アルヴィースと私達バステフマークは互いのことをよく知っている。幾度も共に戦ってきた仲間だ。連携も問題ない。ティリア、今回は後方で皆を守っていてくれ」



 その後、細かな打ち合わせを続けて、夜が明ける直前にようやく俺達は休むことが出来た。


 スタンピードの襲来予想時刻まで、あと一日。



 ◇◇◇



 双頭龍の宿は、客が少なかった。宿泊客の大半は昨日のうちにスウェーガルニから脱出しているからだ。代官のレオベルフさんは、住民の年寄りや女性、子どもたちに避難を勧告している。

「イリヤさん達も、そろそろ…」

 エリーゼがそう言いかけると、マスターとイリヤさんは首を横に振った。


 かなり遅い朝食を摂るために食堂に居る俺達の、目の前にあるのはいつもと同じ美味しい食事。香り豊かなお茶。

 どれだけ俺達がこの当たり前に心が癒され、救われてきたか。それを実感する。


「シュンさん達は戦うんですよね」

 イリヤさんが、涙がいっぱい溜まった目で俺達を見ながらそう言った。

「私達は行くとこ無いですし、ここに居ます。皆さんの帰りを待ってますから」

 マスターのその言葉には、何かを覚悟した人が持つ不思議な重みが感じられた。



 ギルドに行く前にベルディッシュさんの店に寄って行く。店の中の棚は空っぽで、商品はほとんど残っていないようだ。

「店始まって以来の、最高の忙しさだった」

 ベルディッシュさんはそう言って笑った。

 どこの武器防具屋も同じような感じだろう。


「エリーゼの為に、これだけは残しておいたぞ」

 そう言ったベルディッシュさんが店の奥から出してきたのは大量の矢。

「助かります」

 エリーゼはそう言って、ニーナと半分ずつに分けて収納に仕舞った。



 ギルドでは、領軍との間で調整した配置に従って担当箇所が決められていた。壁に大きく貼られた街区の見取り図は、区分けされた箇所が分かるように色分けされている。最も多くの戦力が置かれるのは北門を中心とした区域。

 飲食スペースは物資の置き場所になっていて、そこでポーションや矢など消耗品を受け取ることが出来るようになっている。弓、剣や槍も大量に置かれていて幾人もの冒険者たちが手に取って見ている。


 夜までギルドの中で、ほとんど資料室で過ごした。途中一度だけ、ミレディさんがやって来たので皆でお茶を飲んだりしたが、ガスランとニーナはずっとウトウトしていたし、俺とエリーゼは読書をしたりやはり居眠りして過ごした。



 北門の内側、普段そこは多くの馬車や人が行き交う所で、広い通りになっている。大量の篝火が焚かれたそこに領軍の大隊が並んだ。北門付近の防衛を担当する冒険者も数多く居る。俺達の後から領軍と共に打って出る予定のAランクBランク冒険者のパーティーも居る。

 俺達がその場所に着くと、門を背にして大隊を見ていた代官のレオベルフさんが跪いた。それに倣って領軍の全員が跪く。冒険者たちは何が起きているのか戸惑いを隠せないが、見守る事にしたのか静かに様子を見ている。


「殿下、せめて領兵の精鋭をお連れ下さい」

「……」

 俺達が門の所に来ると、レオベルフさんはそう言った。ニーナは沈黙。

 しかし、やっと口を開く。勘弁してよという感じで、少し溜息をついていたのは内緒だ。


「解った。但し、私達の後方に居てセイシェリスの指示に従うことを命ずる」

「御意」


 俺達アルヴィースとバステフマークが先陣を切ることに難色を示したレオベルフさんだったが、最終的には納得して貰えていた。もちろんニーナがそう命じたからだ。


(ニーナ、皆お前の言葉を待ってるぞ)

 俺が小さな声でニーナにそう言うと、え? という顔でニーナは俺を見る。

 レオベルフさんも、フレイヤさんもセイシェリスさんも頷いている。


 ニーナは、切り替えが速い。すぐに表情から空気から全てが一変してしまう。こういう所ってのは、やっぱり貴族という血のなせる業なんだなと感心する。


「皆、楽にしてくれ」

 代官のレオベルフさんが最初に立っていた壇上に立ち、そう言って全ての兵を見渡したニーナは、兵の一人一人の顔をその記憶に刻み込んでいるようにも見えた。


「最初に皆に詫びたい…。父がこの場に居なくて申し訳ない」

 ニーナはそう言って深々と頭を下げた。


「夜が明ける頃には、ここは戦場になるだろう…。

 それがいつまで続いて、何が起きるのか私には解らない。

 明日を境に、スウェーガルニは違うものになってしまうかもしれない…」


 兵も冒険者も、見守っている住民も全員がニーナの言葉に耳を傾けている。


「だが、スウェーガルニは滅びない。それは、皆が居るからだ。

 誇り高きウェルハイゼス公爵領の兵達、そして誇り高き冒険者達…。

 愛する者を守れ。我々のこの街を守れ。

 矢が尽きたら石を投げろ! 剣が折れたら素手で殴れ! 決して諦めるな!」


 俺達の方に一瞬だけ視線を向けたニーナは続ける。

「先陣は私達アルヴィース、バステフマーク、そして領軍の精鋭達だ。

 必ず勝利をもたらしてみせよう」


 ニーナは剣を抜いて高く振り上げる。

「ユリスニーナ・ルツェイン・ウェルハイゼスの名において、全軍、全住民へ命ずる。全てをかけて守れ! 戦え!! 勝利を掴み取れ!!!」


「「「「「「おおーーーッ!!!!」」」」」」

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