第116話 スウェーガルニ防衛戦③

 前進を再開してから間もなく、探査で得られる特別な反応に気が付いた。

「シュン…」

「ああ、間違いないな」

 俺とエリーゼの会話に、速足で歩いている全員が意識を向けている。


「セイシェリスさん、おそらくですが魔族が居ます」

「「「なっ!(えっ?!)」」」

「「「……」」」


 ティリアも領兵達も、少し前から俺達の言動には反応しなくなっている。頭が追い付いていないのが見ていて理解できる。俺達の言動、戦闘の様子。膨大ないろんな情報が目や耳から入って溢れてしまい、完全に思考のキャパオーバーになっている。


 セイシェリスさんは俺が考えていることをすぐに察している。全員の行軍を止め、立ち止まって俺に言う。

「シュン。捕らえることを考えるには、サイクロプスや魔物の数が多すぎるぞ」

「解ってます。もちろん魔物は削りますが、魔族とは対話をしてみるべきかと…」

「……解った。しかし、知性ある者であっても…」

「はい、その時は躊躇わずに撃ちます」


 サイクロプスの周囲には、オークやゴブリン達がまだ大量に居る。直接統率されているのだろう、陣形を組んでいるような配置だ。俺の雷撃砲は目にしていないかもしれないが、自分達の同類が大量に死んだことは解っていて警戒しているように思う。


 一つはっきりしていることは、この魔族はドニテルベシュクではないということ。

 奴がビシビシと発していた強さは、こんな矮小な物じゃなかった。


 そして、前進を再開して近付いてきた俺達の存在に勘付いたのだろう。魔物の群れが、その陣形のようなものを崩して俺達に急速に接近し始める。

「正面から来ます。最初から全力でいきましょう。まずは俺が撃ちます」

 セイシェリスさんは俺の言葉に強く頷き、皆を振り返って言う。

「総員攻撃用意、後ろに回り込まれるな!」


 雷撃砲5連装 ズギュギュンッッンッッッ!!


 丁度、こちらに突進してくる魔物の大群とサイクロプス数体が射線上に居た。

 少し角度を変えてもう一度。


 雷撃砲5連装 ズギュギュンッッンッッッ!!


 射線上の魔物の群れとサイクロプス10体はやっつけた。しかし、漏れた魔物達がもうすぐ目の前だ。

 エリーゼとニーナの矢と魔法攻撃、ガスランの斬撃も連発。セイシェリスさんも矢と雷を続けざまに放ち続ける。ティリアの風と火魔法はなかなか強力だ。領兵達の矢と魔法もどんどん魔物どもを削っていく。

 それでも抜けてきた奴にウィルさんがシャーリーさんと共に斬りかかる。ガスランも俺も剣を振るっている。エリーゼとニーナは魔法を撃ちながらの矢の速射スピードがもうひと段階上がった。

 俺は一瞬目が合ったガスランに目だけで合図してニーナへ叫ぶ。

「ニーナ抑えろ!」

 ガスランがニーナを守るように位置する。

「いくわよ! せーの!」

 バサッと俺達を中心とした周囲の魔物の動きが全て止まる。地に伏す物も多い。


 雷撃砲(改)20連装 ズギュギュグギュンッッンッッッッッッ!!


 既に俺達と接敵している多くの魔物の、その後ろにおびただしく接近していた奴らを一網打尽。

 俺は散弾に切り替えて、雷撃砲の射程外に居た奴らを粉砕していく。エリーゼの矢がマシンガンのように周囲に放たれていく。すぐにまた押し寄せてきた群れに対峙して、ウィルさんも次々とオークやゴブリンを切り捨てている。


 雷撃砲20連装で均衡はこちらに有利に傾いた。

「一気に押し返せ! 手を緩めるな!」

 セイシェリスさんの声に領兵達も応える。


 雷撃砲5連装 ズギュギュンッッンッッッ!!

 雷撃砲5連装 ズギュギュンッッンッッッ!!


 俺はまた雷撃砲に切り替えて、散開し始めたサイクロプスを敢えて遠い奴から撃っていく。

 しかし、抜け出したうちの数体は俺達の背後を取ろうとはせずに街に向かおうとしているようだ。

「シュン、抜けたサイクロプスの事は後回しだ。首魁を倒すぞ」

 セイシェリスさんの言う事はもっとも。狙うべきは魔族。こいつを止めればおそらく魔物は指揮官を失うはず。


「シュン、こいつは俺たちでやる。他を潰せ」

 近付いてきたサイクロプス一体に、そう言ったウィルさんとガスランが対峙。ニーナとシャーリーさんが援護に近付く。領兵達は、まだ残っているオークを相手にしている。

「サイクロプスは顔面が弱点よ! 目を狙って」

 ニーナがシャーリーさんにそう指示している。

 身長5メートルを超えるサイクロプスは、自分の目を庇うように片手を顔の所に上げているが、残った一本の長い手で繰り出す攻撃は強力だ。ガスランとウィルさんも躱すことに留意している様子。斬撃は効いてはいるものの、想像以上に硬くタフだ。

 ニーナの加重魔法はかかっている。しかしサイクロプスには対抗手段があるようだ。効果が無くは無いが薄い。


 雷撃砲5連装 ズギュギュンッッンッッッ!!

 雷撃砲5連装 ズギュギュンッッンッッッ!!


 俺は近くのオーク数体を二つに切り裂き、次に近付きそうなサイクロプスを撃ち続けながらニーナに言う。

「ニーナ! そいつの足元の地面を下げてしまえ! 落とし穴だ!」

「あっ、そのアイディアいただき!」


 ズンッと地響きがするような音がして、サイクロプスの体が真っすぐ地に沈んでいく。戦いの最中にニーナの加重魔法は威力が上がって行ってるような気がする。

 次の瞬間、ウィルさんとガスランの剣がサイクロプスの両手を切り飛ばした。

 そしてシャーリーさんの矢がそいつの単眼に突き刺さると動きが完全に止まる。


 返す剣でガスランがサイクロプスの首を胴体から切り離した。


 そこに、領兵の援護をしていたエリーゼとセイシェリスさんが戻って来る。


「サイクロプス残り8体。そのうち2体は街に向かってる」

 エリーゼが皆に伝えるべくそう告げた。

 セイシェリスさんは、コクリと頷いた。

「方針は変わらず、敵の親玉を倒す。街の事はその後だ」

「「「「「「了解!(うっす)」」」」」」



 速足で進みながら、サイクロプスの残りを雷撃砲で撃破していく。まだ残っているオークも領兵達と俺達の魔法と矢で次々と倒す。ゴブリンの残りは早々に逃げてしまったようだ。統率に緩みが出ている証なんだろうと俺は思っている。


「見えてきた」

 シャーリーさんがそう言った。少し波打つようにこの辺りの草原には起伏があり、その少しの高みの頂点に来た時、見えてきた。


 近付くにつれその巨大さが実感できる、ひと際大きなサイクロプスが一体。その前には通常種が2体。

 その大きなサイクロプスは、鑑定ではギガントサイクロプスとある。

「ギガントサイクロプス、上位種ですね。肩に乗っているのが魔族です」

 俺がそう言った言葉通りに、ギガントの肩には一人の魔族。女型だ。

 魔法使いが着るような長い漆黒のローブを羽織っているが、前が開いたローブから見える体つきや顔はどう見ても人間の女性と同じ。

 そして、鑑定で見えているその名は…。


「レイティアンベシュク、見つけたぞ」


 ニーナとガスランがハッとした顔で俺を見る。エリーゼはじっとレイティアを見詰めたまま。


 サイクロプス二体がこちらに突進し始める。

「ガスランとウィルは左の一体を。他は全員で右の頭を撃て」

 セイシェリスさんの指示が飛ぶ。

 領兵達とティリアは魔法と矢で攻撃。指示は、サイクロプスの頭部を狙え。


 その時、エリーゼのライトがサイクロプスの一体の単眼のまさに目の前で発動。視界を奪われたサイクロプスは悶絶。そこへニーナとシャーリーさん、ティリア、領兵達が頭部への集中砲火。火力は十分、手で庇っていてもこれでやってしまえるだろう。


 残り一体はウィルさんとガスランが斬りかかろうとしている。任せることにして俺とエリーゼとセイシェリスさんはレイティアの方へ。

 呆気にとられたような顔で、レイティアはじっと俺達を見ている。ギガントもじっとしている。彼我の距離は100メートルも無い。


「人間風情が…、何故そんな力を持っている!」

 レイティアが俺達にそう言ってきた。目の赤さが異様に輝いている。

 ガスランとウィルさんもサイクロプスを始末してしまって、走って来た。ニーナとシャーリーさん、領兵達も一緒だ。皆がサイクロプスとの戦いに慣れてきている。


「もう魔物は殆ど居なくなったぞ、降伏しろ」

 セイシェリスさんがそう言うと、ギガントサイクロプスが口を大きく開いた。

 これは、何か来るな。

 俺は感じたまま、ガスランに言う。

「ガスラン、斬り裂け!」

 ガスランは一歩前に出ると、そこで前方の空間を十文字に切り裂く。


 バリンッ バリバリンッ


「な、なんだと!?」

「今のは超音波みたいな魔法攻撃か。ギカントならではって奴かな」

 驚いているレイティアに、俺はそう言った。


「降伏しろ。そうしなければ命は無い」

 セイシェリスさんが二度目の降伏勧告。

 レイティアはセイシェリスさんを睨みつける。

 と、次の瞬間、レイティアは後ろに飛び降りた。


 雷撃砲 ズギュンッ!!


 すかさず撃った俺の雷撃砲でギガントサイクロプスの頭だけが綺麗に消失。ドーンという音を立てて巨体が倒れる。


「動くな。次は無い」

 そう言って近づいた俺を、レイティアはまた睨みつけてくる。こうして見ると目の色を除いて人間と外見は違わない。30歳手前ぐらいの妙齢の女性としか見えない。


 俺を睨みつけながらも、わなわなと震えて悔しがっている様子のレイティア。

「レッテガルニの廃坑に転移させたゴーレム。ヴィシャルテンを襲撃しようとしたゴブリン。いろいろ聞きたい事は多い」

 レイティアは、俺のその言葉には何も答えなかった。


 すると突然、レイティアの足元に魔法陣が浮かび上がる。

「転移だ、ガスラン魔法陣ごと斬れ!」


 バリーンッッ!


 その直後、思わぬ素早さで動いたレイティアは剣を抜いてガスランに切り掛かって来た。

 それをスッと躱したガスランは、レイティアの持っている剣を叩き落し、その首筋に剣を突きつける。

 またすぐに、今度は短剣を抜いたレイティアに、俺はスタンを撃つ。


 電撃 ビビッ!


 一瞬だけ、俺を見て何か言いたげな表情を見せるが、レイティアはその場に崩れ落ちた。


「ふう…、全く。こいつ、話しする気が無さすぎだよな」

 俺のその言葉にガスランが大きく頷いた。



 俺達は周辺にまだ見えているオークなどの魔物を狙撃していく。残っていた大半はいち早く逃げて行ってしまっていたが。

 そして、セイシェリスさんの指示で領兵がレイティアを拘束し始めた時。


 ビシビシと、刺すような痛みでも伴っていそうな程に感じる。


「うっ! こいつは」

「シュン!」

 いきなり現れて、俺とエリーゼが探査で感じている強烈な反応。


 俺は北の空を指差して言う。

「セイシェリスさん! 強力な奴が来ます。魔族です」

「総員警戒態勢!」


 それは俺達の所に、あっという間に空から近付いてくる。


「セイシェリスさん、攻撃は厳禁です。あいつがその気になったら、ここに居る全員瞬殺されます」

 俺の声は皆にも届いていたが、セイシェリスさんは身振りで指示する。


 俺は数歩前に出て、それを迎えるように、奴が空から降りてくる姿を見上げた。

「ドニテルベシュク、やっぱりお前か」


 黒系統の貴族のような服を着ていて、特に武器の類は持っていない。長い黒髪、青みが掛かった肌に赤い目と唇。


 ドニテルベシュクは地上に降り立つと、ひと通り俺達を見渡してから俺に向き直って、以前同様ニッコリ笑いながら言う。

「シュン、また会えて嬉しいよ。おお、エリーゼも居るのか」

 エリーゼにもその笑顔を向けた。

「久しぶりね、ドニテルベシュク」

 エリーゼは気丈にも俺の横に並び立ってそう言った。


 俺とエリーゼ以外、ウィルさん達も領兵達もその場に居る全員が身動きできず、言葉を発することも出来ない。ドニテルベシュクが発する圧倒的なまでの存在感に呑まれてしまっている。


 ふむ…。と少し考えるような素振りを見せたドニテルベシュクはエリーゼに言う。

「あー…、人間には言いにくいだろう? 私の事はドニーと呼んでくれないか」

「そう。ドニーね」


 おお、いいね。と奴は嬉しそうに笑った。


 俺はそんなドニテルベシュクを睨みつけながら言う。

「それで? 今日はたまたま俺を見つけたから会いに来たって訳じゃないんだろ」

「いや、シュンを見つけたのは偶然だよ。と言っても少し前から判ってはいたんだが、魔物がたくさんいて近づけなかったんだ。シュン達が片付けてくれたからこうやって会いに来れたという事だよ」


 俺は思わず失笑してしまいそうになる。

「嘘つけ。お前だったら、この程度の魔物簡単だろうに」

「いやいや、サイクロプスは私でも手を焼く相手だ」


「……まあいい。で? 本題に入ろうか、俺達も忙しいんだ」


 ドニテルベシュクは頷いた。

「そうだな。私も自分の仕事があるからね。

 ここに来たのは他でもない、その女を渡してほしいんだよ」


 そうか…。やっぱり、こいつとはやり合わないといけないのか。

 俺は威圧を滲ませながら、ゆっくりと女神の剣に左手を置いた。


「待て待て、シュン。落ち着いてくれ、理由を説明する」

 しかしドニテルベシュクは、両手の掌を俺に向けて小さく揺らしながら慌ててそう言った。

「手短にな」

「そのレイティアは私達も追っていた犯罪者なんだ」


 ふーん。もしかしてと、そんな可能性も考えてはいたが魔族にも組織か国かは分からないが、人間と同様にルールや司法制度みたいなものがあるようだな。


「ほう、こいつのやってることはお前たち魔族の総意ではないということか」

「当たり前だよシュン。私達にだって理性が有るんだ。そんな悲しいことは言わないでくれ」


 ドニテルベシュクは困ったような顔で言った。俺は、笑顔以外のこいつの表情というものが少し解るようになってきた気がする。


 すかさずセイシェリスさんと目で会話。

 ……レイティアは渡して構わない。うん、俺もそう思う。


「解った。すまんな、変なこと言って」

「いや、シュンが解ってくれたならそれでいいよ。歴史を見れば人間がそう思うのは仕方ない面もある。

 レイティアについてはちゃんと取り調べをして、その結果をまたシュンには話すことを約束する」

「そうか…。解った、渡そう。結果を待ってるよ、ドニー」


 ドニテルベシュクは、少しほっとしたような、でもその日一番の真面目な顔で俺に頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る