第110話 ティリアの受難
スウェーガルニダンジョン第8階層の最奥、階層ボス部屋前の安全地帯でキャンプを張っている。8層のボス部屋は攻略済みなので扉は常に開放状態。ここを起点としてすぐ下の第9階層を攻めている。
第9階層からゴーレムの団体に加えて出てくるガーゴイルは、ゴーレムよりも動きがかなり速い。おまけに空を飛ぶので立体的な対処が必要になって来る。非常に良い訓練相手である。と、そんな余裕な事が言えるのは全員の戦力が上がってきているからだ。少し油断したニーナがちょっとした怪我をしたりという事もあったが、逆にそれで気を引き締めて、集中して臨む気持ちがより一層強くなっていた。
「ここまでのマップの感じからして、この階層ってすごく広い気がする」
「確かに。これまでで一番広い階層かも知れないな」
エリーゼのその感想は俺も漠然とだが感じていたこと。
それと言うのも、初めて階層ボス部屋前広間以外の安全地帯を発見したからだ。マップの充実を進めて行くならば、いずれはその中間安全地帯にベースキャンプを移すことも必要になるのかもしれない。
第9層を攻め始めて既に四日。俺以外の三人はまたレベルが幾つか上がっていて、やはり毎回ステータスの上り幅が大きいと言う。意図してはいなかったが、前回といい今回もダンジョン攻略がレベリングのようになっている状況である。
そして、その日の夕食を食べ終えてから、カードゲームで皆でワイワイと騒いでいた時。
「シュン、そろそろ一旦外に出ない?」
「うん、俺もさっきそれ考えてた」
エリーゼの言葉に俺はそう答えた。
物資は全く心配ない。マジックバッグ、亜空間収納のおかげで2か月間ぐらいならこのままやれるほど物資は蓄えられている。
「そうね、やっぱりお風呂に入りたくなるわ」
このニーナの意見には皆が大いに賛同する。
更にガスランが言う。
「そろそろ剣が出来てるかもしれない」
「あー、確かに。親父さんが言ってた予定だともう出来てるはずだな」
という訳で、一旦街に戻ることが決定。
翌日は朝早く起きて準備運動で身体をほぐす。そして一日で外に戻る為に全力で行くことを全員で確認。
第8層を戻り始めてすぐに散弾をガンガンに撃ちまくり、ガスランは斬撃を飛ばしまくる。ステータスの大幅なアップでMPにかなりの余裕が出来ているニーナも遠慮しない。エリーゼも雷撃を連発する。
相当早いペースで進んで、これは予想以上に早く戻れそうだと思った矢先。7層への階段が近づいたところで、ゴーレムの不自然な群れに遭遇。探査には、やっぱりという反応。そのゴーレムの群れの向こう側には人が居る。
待機の合図を出して、俺は言う。
「この先にパーティーが居る。狩ってる最中だと思う」
「6人。この前この上の安全地帯で会った人達かな」
と、エリーゼ。
間違いない。ティリアという女性が居たパーティーだ。
俺達は、そのゴーレムの群れの関心を惹く距離までは近付いていないので呑気に会話しているが、ゴーレムの数はまた少し増えて12体になっている。
すり抜けて通りたいのだが、道いっぱいになっているゴーレムの間をすり抜けられたとしても狩りの邪魔をしてしまう事になるだろう。ヘイトコントロールが乱れるだろうし。
仕方ないので、その場で皆で座ってひと休みすることにした。
「あ、また増えた。15体になってる。1体倒してたから4体増えたんだね」
エリーゼがゴーレムが増えたことを伝える。
俺達が居る所を通って集まろうとするゴーレムは今のところ居ない。
俺はふと思い出した疑問を口にする。
「そう言えば、ロフキュール支部ってどこにあるの?」
ニーナとエリーゼが即答してくれる。
「帝国ね」
「うん、帝国」
「帝国…?」
最後のガスランのは疑問符付きだった。ガスランも知らないってことだ。
俺は世界地図じゃないけど、アリステリア王国とその周辺の国が載った地図があったなと、引っ張り出して見始める。大ざっぱに大きな都市や町が載っている程度のもの。
「ロフキュール、ロフキュール…」
「シュン、ここよ」
エリーゼが地図を覗き込んで指で示してくれる。
ロフキュールは帝国の南東端の都市だった。王国に一番近い都市だと言っていい。王国と帝国の間には広大な未開の地、強大な魔物の巣窟と化しているいわゆる辺境とジュツウォール山脈があるので、行き来するにはかなりの遠回りが必要。その遠回りする交易ルートの途中、王国から行った場合は帝国の入り口に該当する都市である。
「ふーん、ここなのか。海が近いんだな…」
「ロフキュールがどうかしたの?」
ニーナのその問いに俺は答える。
「いや、そこの安全地帯で会った女の人がAランクだったって言ったろ。あの人がカード見せてくれたんだけど、所属がロフキュール支部だったんだよ」
「帝国から来てたんだ」
「帝国出身ってシャーリーさんしか知らないけど、あんま見ないよな」
俺がそう言うと、ニーナが応じる。
「珍しいわね。帝国の冒険者は辺境か帝都近くのダンジョンにしか興味が無いと聞いたことが有るわ」
「スウェーダンジョンには興味を持ったってことか」
その時、エリーゼが顔をゴーレムの群れの方に向けて言う。
「あ、逃げ始めた」
ゴーレムの群れは20体になっている。そろそろ逃げるんじゃないかと俺は思っていたところ。と言うか、逃げた方がいいんじゃないかと思ってた。死んだ人は居ないようだがおそらく何人かは怪我もしているだろう。
冷たいようだが、冒険者同士では要請されなければ助けることはしないのが共通の認識であり常識。獲物の横取りだのなんだのと揉めることの方が多いからだ。
とは言ったものの、一人逃げ足が遅い。
「介入しよう。一人逃げ遅れてる」
「「「了解」」」
散弾と雷撃、そして斬撃。ニーナが加重魔法で残骸を弾き飛ばして道を空けていく。その先に一人倒れているのが判る。ニーナがすかさずその近くに居るゴーレム二体を弾き飛ばした。
ニーナ、お前は加重魔法、ベクトル操作の天才か。既に熟練を感じるほどだ。闇魔法のレベルがまた上がったと言っていたが、天性のものと発現適性が合致するとこんなに凄いんだなと実感する。
そのニーナに飛ばされた二体と、まだ残っていた数体をガスランとエリーゼが撃破していく。俺とニーナは倒れている人の元へ。女性だ。
「しっかりして。もう大丈夫よ」
ニーナが声をかけると、ティリアはうっすらと目を開けた。
何か言いかけているが、俺はそれを止める。
「喋るな。すぐ手当てするからじっとしてろ」
脚が2本とも折れている。これは荒療治が必要。レッテガルニの坑道での救出作業を思い出す。
「この場で手当てするから、警戒よろしく。ニーナは手伝って」
「分かった!」
「「了解」」
ひとまずは電撃で眠ってもらうことにして、軽く一撃。
毛布を敷いてティリアをそこにゆっくりと移して横たえる。
ニーナにティリアの下半身の防具と靴を脱がせて貰い、そして脚の部分の衣服を切り裂いて脚を剥き出しにする。下着の辺りはニーナがタオルを出して隠した。
そして脚を片方ずつ綺麗に伸ばして、骨の位置の矯正。
ニーナは見てるだけで痛そうな顔をする。レッテガルニでもそうだったなと思い出して俺はおかしくなる。
「なにニヤついてるのよ」
「いや、ニーナ苦手だったなと今思い出したから」
「仕方ないでしょ、まだ慣れてないんだから」
「こんなこと慣れたくはないけど、でも誰かがやらなくちゃいけない事だからな」
「そうよ、だから私も頑張るの」
「ニーナ。お前が公爵の跡を継いだら、この公爵領はもっといいとこになるな」
「なっ、何バカ言ってんの。私は冒険者のニーナよ!」
「はいはい。そうでした」
添え木の類はレッテガルニの時の余りが収納に大量に残っていたので、それを使う。包帯なども同様。クリーンとキュアは俺。ヒールはニーナ。
「脚はこれでいいと思う。もう少ししたらもう一度キュア掛けるけど」
「ここ、キュア掛けてあげて」
ニーナは、ティリアの頬の小さな傷を指差した。
「あ、そうだな。気になるとこは全部言ってくれ」
クリーンとキュアと、念の為にアンチポイズンも掛ける。
顔の部分のキュアでティリアは意識を取り戻した。まだ朦朧としているが、俺達の顔を見ている。
「もう大丈夫だ。歩くのはまだ無理だが、命には別条ないと思う」
俺がそう言うと、ティリアは少しだけ頷いた。
担架にティリアを横たえて、俺とガスランで担架を持ち上げる。エリーゼが殿で後方警戒しながら全員で7層へ上がる階段へ。
階段を上がった第7層最奥の安全地帯。そこには誰も居なかった。さっきゴーレムから逃げて行った5人はどこに行ったんだろう。ティリア達はここをベースキャンプにしていたはず。
一旦休憩をとることにして、ガスランはその準備。ティリアは担架に乗せたままにしているが、エリーゼが鎮痛作用があるポーションを出して飲ませようとする。見ていると意識は随分はっきりしてきたようで、ちゃんとポーションを飲めている様子。
「うーん、想定外」
てっきり5人がここに居ると思っていたので、困った。
俺は、歩いて戻った場合の移動のペースをイメージして所要時間を考えている。
エリーゼが俺をじっと見ていて、同じことを考えているのが解る。
俺は小さな声でエリーゼと話す。
「第4層で泊まるか…。そのまま徹夜覚悟で強行軍か」
「強行軍の方がいいかも。ティリアさんだっけ、早めに入院させないと」
「だよな」
「うん、安静が必要」
早いが、ここで食事を摂る事にして、食べながら皆に相談することに。
あっという間に満場一致で徹夜覚悟の強行軍に決定。
ニーナは果物のジュースを出してティリアに飲ませる。まだ食欲は無いみたい。
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