第109話

 スパルタである。それは訓練の話。

 ガンドゥーリルのレプリカを作るとはいえ、斬撃などは本物じゃないと放てないので、もちろんガスランにはちゃんと本物を使わせて、当然しっかり使いこなせないと話にならないのでただひたすらに訓練である。

 それはニーナも同様。すぐに加重魔法は発動できる様になったが、発動までのスピード、対象の選択や加重の方向、範囲の指定などしっかり熟練度を上げていくべき。俺も闇魔法を習得したおかげで解析できるようになっているので、細かい指摘が出来る。


 スウェーガルニの外壁から外に出て、街道からも大きく外れているので滅多に人が来ない草原がある。たまにゴブリンやコボルトが現れるような場所。前に雷魔法の訓練で俺が夜な夜なうろついていた辺りだ。

 訓練用の矢じりを潰した矢を大量に準備したエリーゼが、少し離れた位置からガスランに向けて矢を射る。それをガスランは斬撃で迎撃していく訓練。たまに俺がガスランの傍に光球を出す。ガスランはそれも剣で切り裂きながらやって行かなければならない。エリーゼは直線的、曲線を描くようになどさまざまな射ちかたをする。必ずしもガスランに当たるばかりでもなく、傍に落ちたり頭上を抜けていくものだったり。矢の連撃も最初は二つ程度だったものがどんどん増えていく。

 ニーナには、俺が幾つか石を放り投げてそれを加重魔法で撃ち落とす訓練。最初から矢だと速すぎて対処できないと判ったから。口で言うのは簡単だが、飛んできている物のベクトルを急激に変えるのは結構難しい。そして範囲指定しての加重魔法。発動のスピードとその強さ、そしてそれを維持できること。


 連日、朝から夕方まで、いろいろゲーム的な要素も取り入れて飽きが来ないように工夫もしてずっと訓練を続けた。訓練用の矢は斬撃で弾くとすぐダメになってしまうのでかなりの量を頻繁に購入していたら、ベルディッシュさんの店の在庫が無くなった。仕方なく別の武器屋で購入したりフレイヤさんにも頼んで調達した。


 そのフレイヤさんは、気になるからと言って一度俺達の様子を見にやって来た。仕事を抜け出して来ていたので居た時間は僅かだったが、ガスランとニーナの成長ぶりにかなり驚いていた。

「シュン君とエリーゼだけじゃなくて、この二人も一騎当千になっていってるのね」



 そして、再びスウェーガルニダンジョンへ俺達はやって来た。ギルドの出張所で最新情報を、と入るといきなり大きな貼り紙。注意事項の通達である。

 ツアーという名で第6層を突破する例のゴーレム狩りの連中がいろいろ問題を起こしているようで、安全地帯でのマナーなど、子どもかと言いたくなるような話。

「あー、あの臭さを思い出してしまうわ」

 ニーナはそう言って苦笑い。それを聞いたガスランも顔を顰めている。


 現在の最深到達階層は第9階層。変わらず、である。

 ギルドの職員に尋ねてみると、現在Aランクパーティーが二組潜っていると言う。例の臭かった安全地帯、あそこを起点にしてゴーレム狩りをしているらしい。ツアーの連中とは違って自分達だけでゴーレム一体なら狩れるし、もちろんその前のミノタウロスが出る階層の突破も苦にはしていないので効率良くやれているようだ。でも第8層のゴーレムの団体は難しいと。


 俺達は一気に、その第6層ボス部屋前の臭い安全地帯を息を止めるようにして通り過ぎて、慣れ親しんだ感がある第7層のボス部屋前に辿り着いた。ここに来るまでに遭遇したゴーレムはほぼ瞬殺。ニーナが加重魔法で動きを止めてしまうとゴーレムは身動きできなくなって、エリーゼの雷撃かガスランの斬撃が切り裂いてしまって終わり。俺は歩みを止めなくても良いほどの瞬殺ぶりである。

 その第7層ボス部屋前、今日はそこには先客がいた。突然現れて少し驚いたのか最初は訝しげに見られたが、俺達全員の姿を認めるとニコッと笑った女性が一人に、後は男性五人のパーティーのようだ。全員20代半ばのように見える。

 外の時間で言うと既に夜になっているので今日の狩りは終わったのだろう。彼らはこの安全地帯の一つの隅にテントを二つ張っていて、今はその前で火を囲んで寛いでいたようだ。


「あっちの隅にお邪魔しますね」

 俺は彼らにそう声をかけて、別の隅に向かう。

「丁寧にどうも、こちらこそよろしくね」

 そう答えた女性に改めて軽く会釈して、俺達はキャンプの準備。


 もう遅い時刻になっていたので急いで食事を済ませて、すぐに休むことにする。ガスランとエリーゼに先にテントの中で眠らせる事にして、俺とニーナは長椅子と椅子に座って寛ぐ。俺は本を読みニーナは何か書き物をしているが、そうしながらも二人ともちゃんと周囲を警戒している。

 しばらくしてニーナは書き物を終えたのか、ペンなどを仕舞うと背伸びをして欠伸をする。

「ニーナ寝ててもいいぞ」

「うん、そうしよっかな」

「今日は結構疲れただろ」

「精神的にね。さすがに初実戦だったから」

 重力魔法をダンジョンの実戦で使ったのが初めてだったという意味。


 ニーナもテントの中に入ってしまって、俺は一人で長椅子に寝そべって読書。フレイヤさんが貸してくれた「時空の魔導書」翻訳版の第二弾だ。まだ全ての翻訳は完了していないが、また少しキリのいい所まで進んだと言って貸してくれたもの。

 先日出た闇の魔導書は俺達が使用済みだが、ギルドに、と言うかフレイヤさんに贈呈した。どうせ俺達が持っていても古代語は誰一人として読めないので。


 先客パーティーの女性がこちらに近付いてきた。妙に意識されてるというのは気配から判っていたが、よくあることなので気にしないようにしていた。

「ちょっと話をしてもいい?」

 その女性は、片手にギルドカードを持って見せている。

 Aランクのカードだ。

 俺も自分のギルドカードを見せる。


「ティリアよ。Aランク冒険者」

「シュンです。Bランクです」

「やっぱり、貴方達がアルヴィースなのね」


 ギルド公認のパーティーになると、ギルドカードにパーティー名も表示される。公認パーティーというのは、一定以上の貢献があったとギルドが認めた優秀パーティーを意味するもので、これがあるとどの支部に行ってもあらゆる面で優遇されると言われている。俺は実際にその恩恵に与かった覚えはまだ無いのだが。


 やっぱり、という言われ方はいろいろ思い当たることが多いので、俺は特に反応はしないことにした。

「はい。俺を含めたここの四人はアルヴィースのメンバーです」

「この下の第8階層も、アルヴィースが攻略したと見たから気になってたの」


 ギルドには、階層を攻略したパーティー名が公示されているのだ。止めて欲しいなと思ってそう言ったこともあるのだが、冒険者ギルドの長年の習慣だからと言われて終わりだった。

「はぁ…」

 何を話せばいいのか正直判らない。こんなことせずに本の続き読みたいな…。


 と、俺のそんな様子に気が付いたのか、彼女は本題に入ってきた。

「明日、一緒に狩りをしない?」

「あ、それはお断りします」

 即答である。この手の話はよくあることなので、俺の中では既に条件反射っぽくなっていたりする。


「そう…。それは残念。噂通りなのね」

 噂って何だろうと思いながらも、それもスルー。

「いえ。俺達、第9層に行きますから」

「第9層はガーゴイルも出ると、ギルドで見たけど…」

「ええ知ってます。それ報告したの俺達です」

「そっか、それはそうよね。9層到達者なんだから」


 その後、これ美味しいからと言ってお菓子を四つくれた。俺もお返しに双頭龍の宿で売っているお菓子を人数分渡す。そして、スウェーガルニで会う機会があったら食事でもしましょうと言われて、機会があればと答えたら、何故かウケてしまったようで笑われた。



 翌日、休養たっぷりなニーナに余裕が出てきた。加重魔法で抑えつけて動けなくするだけではなく、水平方向への加重でゴーレムを弾き飛ばしたりし始めた。もっともパーティーとしての使いどころというのは状況次第なのだが、そういう所はセンスの良さを垣間見せるニーナである。

「闇魔法がレベル3に上がったおかげか、かなり楽になったわ」

 ニーナはそう言っていた。

 レベルアップ早すぎじゃないだろうか。どんだけ訓練してたんだろうと思う。


 重力魔法は、難易度が高い魔法として知られている。闇魔法が発現している魔法師がいくら努力してもなかなか使えるものではないというのが定説。俺は女神の恩恵があるから特別だとしても、ニーナがあっさり使えたのは本人の適性もあるのだろうが、俺の発動を何度も見たからに他ならない。ベクトルについていろいろ図に表したりして説明したのも良かったのかもしれない。

 俺が最近考えているのは、重力魔法は実は二種類あるのではないかという事。重力子と呼ばれるものがこの世界に有るとして、それを操作する本当の意味での重力魔法が一つ。そして俺やニーナが使えているのは実はベクトル操作なのではないかと思っていて、それが二つめ。言い換えるなら、引く力と押す力の違い。この世界で人間が使えている重力魔法は俺の分け方で言うならベクトル操作の方で、厳密には重力とは別物じゃないかと、自分が使えるようになってからはそんな風に思っている。



 さて、現在俺達は第8層を攻めている。第9層に行く前に訓練の意味合いだ。マップをもう少し埋めておきたいという理由もある。

 第8層はすぐにゴーレムが集まって来るが、俺が一気に殲滅しては意味が無いので、一人一体ずつという感じでやっつけていくことにした。底上げされた二人の戦力のおかげでパーティーとしてはかなりの余裕が生まれてきている。

 エリーゼは雷撃の精度と速度、同時発動数を上げること、ガスランは斬撃で遠距離から切り飛ばし、時にはゴーレムの関節の接続を維持している魔法を切っていくこと。ニーナは加重魔法の強さや方向、そして発動速度の向上など。各自がテーマを決めて臨んでいる。

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