第111話
第6階層の臭い安全地帯は、相変わらずの悪臭だった。それもあるが、ティリアを担架に乗せた俺達は目立ちすぎる。なので足早にさっさと通り過ぎることに。
そのティリアは覚醒してくるにつれて痛みが増してきたようで、我慢している様子を見ているのも忍びなくて本人に断った上で眠らせている。
そして俺は三回目のキュアをかけた。
気を失っている時のように身体が弛緩してしまっている方がキュアの効きは良い。痛みを我慢して無意識にでも力が入ってしまっているような状態は良くない。
第6層のミノタウロスとトロールは前を歩くガスランとニーナのフレッシュコンビに任せて、俺とエリーゼがティリアを乗せた担架を持って後を付いて行っているところ。ルートの指示と探査の内容だけはマメに言うようにしている。
前で担架を持っているエリーゼが後ろの俺をチラッと見て声をかけてくる。
「逃げた五人はどうしてるんだろうね」
「うん…、さっきの安全地帯にも居なかったってことは、外に向かってるということなんだろうけどな」
するとニーナが、俺とエリーゼの話を受けての疑問を口にした。
「ティリアの荷物は彼らが持って行ったのかしら」
ゴーレムを粉砕してティリアを助けた時、落としていた武器などはすべて回収したんだけど、Aランク冒険者なら持っていて当然のはずのマジックバッグの類は一切なかった。残骸の下に埋もれているのかもと、発掘の天才のガスランがゴーレムの残骸をひっくり返して探してみたが無かった。
見捨てたのにちゃっかり荷物は確保していたなんて、なんとなく嫌な予想をしてしまいながらの
「本人が話せるようになったら少し状況を聞くことにしようか」
という俺のその言葉に、エリーゼとニーナは揃って頷いた。
続く第5層も俺達ならではの最短ルートを足早に歩いて、第4階層に上がって来た。担架を持つのは交代でやっているので、そんなに苦にはならない。俺は全く疲れて無いし、ステータス爆上がりの三人もおそらく俺と同じような状態だと思う。
ここでは少し長めの休憩をとることにした。クリーンボックスを出して、エリーゼは食事の準備も。既に外は日が暮れてしまっている頃だ。
丁度この場所に着いた時にティリアが目覚めたので、ニーナが話をしている。少しして、エリーゼと二人でティリアを抱えて三人でクリーンボックスへ入っていった。広めのクリーンボックスで良かったなと俺はそんなことを思っていた。
三人が出て来て、また担架にティリアを寝せてから皆で食事を始める。ティリアも少しだが食べた。身体を動かすと痛みがまだ辛いようなので、移動を再開して担架で揺られる前にまた眠ってもらった方がいいだろう。
「さあ、あともうひと頑張り」
「頑張っていこう」
「了解」
「行こう」
歩き始めてニーナが皆に話したことは、ティリアから聞き出した内容。その話を聞いて思うのは、どうやらティリアはハメられたっぽいということ。
この日を最終日と定めていたようで最後のひと稼ぎとばかりにゴーレムに対峙し始めて、当初は通路の角などをうまく使いながらなんとか対処していた。しかし、丁度俺達が離れた所から見守り始めて間もなくのことだろう。ゴーレムが増え過ぎたので後衛のティリアが後退を指示したら、いきなり後ろから突き飛ばされたらしい。
持っていたマジックバッグについては、どうして無いのか分からないそうだ。肩から掛けるショルダーポーチのタイプらしい。前衛職じゃなければこのタイプを使う冒険者は割と多い。
「ニーナ。今度起きたら、バッグに生体魔力波認証ついてたか聞いといて」
「あ、付いてるって言ってたよ」
「そうなんだ。じゃあ取り返さないとな。ティリアの私物も入っているだろうし」
ニーナはキョトンとしているようだが、エリーゼはフフッと笑う。
「でも、どういうパーティーだったんだろ。そんな感じだとすると、知り合いでも無かったのかな」
ティリア一人を生贄にするように置き去りにして逃げた五人の男の素性が気になっている様子のエリーゼはそう言った。
ニーナは、その事については少し不満げな口調に変わって答える。
「うん…。そこは、なんか言いたくないみたいなのよね。事情があるんだろうというのは雰囲気で分ったんだけど。ま、普通のパーティーじゃないのは確かね」
「そりゃまあ、確かに」
そうして、慣れている最短ルートをどんどん進んでダンジョンの外に出たのは、もう少ししたら夜が明けるような時間だった。
ギルド出張所に行って事情を話すと、すぐに治癒院へ掛け合ってくれたが、ダンジョンフロントの治癒院はまだ小さな診療所という程度の施設なので、入院の準備をしてもらうのに時間が掛かった。
そして、何とか治癒院の一室のベッドにティリアを寝かせることが出来た時にはもうすっかり夜が明けてしまっていた。
ニーナはギルドの隣の領兵の詰所に行って、ティリアの事を説明。その結果、領兵が治癒院のティリアの病室の前に立っていてくれることになる。さすが姫殿下。
さて、この時間に宿は無理なので、俺達はギルドの一室を借りて休むことにした。小さいが会議室のような半分倉庫のような部屋に、収納から野営の時に使うクッションを出して皆で雑魚寝だ。いつものテントと同じと思えば違和感はないし、それが冒険者というもの…。
昼前に起きた俺達を待っていたのはギルドの出張所の責任者ハイゼルさん。以前のこのダンジョンの初期調査の時にチームで一緒だった人。ティリアについて宿直の人から事情は伝わっていたが、冒険者パーティーの内輪の揉め事の扱いになるのでなかなかギルドとしては正面からの介入は難しいとのこと。
ニーナは見るからに不満たらたらの表情に変わっている。
気持ちは解るがギルドの都合も解る。
取り敢えず、もう一泊はダンジョンフロントで過ごすことにして俺達は宿の確保。
そして皆で昼飯をその宿の食堂で食べ始めたところで、俺はニーナに尋ねた。
「そうだニーナ。鑑定で見えているティリアの本名なんだけどな…」
「ん…? なんかおかしいの?」
ニーナがそうしているように、ギルドカードに表示される冒険者としての登録名は通称名でも愛称でも構わない。表には見えなくてもギルドにもギルドカードにも本名がちゃんと登録されているからだ。照合の魔道具に通せばその本名が表示される。俺もエリーゼもガスランもそうだし、ほとんどの冒険者が苗字は表示させないのもそういう仕組みがあるからこそ。
囁くような声で俺は言う。
「カルセティーリア・ベスタグレイフ。ニーナはこの名前に心当たりは有る?」
「…っ! ベスタグレイフ!!」
つい大きな声を出してしまってニーナは慌てて周囲を見渡すが、聞いていた人は居なかったようだ。
声を潜めて、テーブルの上に身を乗り出すようにして対面の俺に近付いてニーナは話し始める。俺達も合わせてニーナの方に身を乗り出して聞く。
「帝国のベスタグレイフ辺境伯ね。王国との国境から辺境の南側一帯がその領地よ」
「じゃあ、ロフキュールも」
「辺境伯領の街よ」
◇◇◇
夕方になって俺の探査に反応有り。宿でゴロゴロしていた俺達だが、ひと声かけてからガスランと二人でダンジョンの方へ。エリーゼとニーナは治癒院のティリアの所へ向かった。
「五人とも居るぞ。実力行使の可能性大だけど、殺さないように気を付けないと」
ガスランは俺のその言葉に頷いた。
俺とガスランが入ったのはギルド出張所の近くの食べ物屋。飲み屋と言った方がいいかもしれない店。彼らはここに居る。
店に入ると、開店間もない時間的なものか彼ら五人しか客は居なかった。
座って飲み物を飲みながら、黙って渋い表情なのは何を意味しているのだろう。
「お疲れさん。ダンジョンから出てくるの遅かったな」
俺は彼らの前に立ってそう声をかけた。
歩きだったとはいえ、最短ルートをほとんど足を停めることもなく進んだ俺達がいつしか彼らを追い越してしまっていたのだろうと思っていた。
初めて彼らに会った安全地帯でティリアが俺に話しかけてきた時点で、関わりが出来た人間として念のため全員にマーキングしていたのを解除していなかった。だから、この五人についてもダンジョンの外に出てくればその動向は俺の探査で簡単に分かったということ。
ギョッとした顔で俺を見た彼らは、何も言わない。
「ティリアは無事だよ」
ガタっと音を立てて彼らは椅子を蹴飛ばすようにして一斉に立ち上がった。
あれっ、意外と冷静だなこいつら。
俺はそんなことを思うが、既に彼らは俺に向かってきていた。
ガスランが俺の後ろから右側に回り込もうとしているのが判る。
じゃあ、俺はこっち側で。
近い方の一人のパンチを躱しながらカウンターで顎にヒット。
もう一人左側の奴にはスッと踏み込んで左手を突き出して掌で打つとそいつの胸に当たって吹き飛ぶ。
ガスランが一人を殴り飛ばすと、そいつはもう一人を巻き添えにしながら吹っ飛んた。ガスランも手加減はしているようだ。
残りはすぐに俺に向かってきてなかった一人。何となくこいつらのリーダー格のような雰囲気を感じていた。そしてこいつはすぐに剣を抜いた。
「止めた方がいいと思うよ」
俺がそう言うと、目に怒りの色を滲ませながら俺に斬りかかって来た。
結構やれる剣筋なのは分かったが、甘い。
俺は剣は抜かない。俺が二回剣を躱すと、彼は一層の怒りを漂わせてきた。
「もう正当防衛成立ってことで良いよね」
俺はそう言って電撃。
スタン 電撃 ビビッ!
残りの四人にもスタン。気を失っている奴ばかりだけど。
「ガスラン、領兵を呼んできてくれるか」
「分かった」
俺は呆気に取られている店主に詫びを言って、壊れている物が無いか確認して貰う。そして俺は最後の剣を抜いた奴が座っていた席の、そのテーブルの上に在ったマジックバッグを確認する。ティリアの生体魔力波でロックが掛かっているので間違いないようだ。
すぐにやってきた領兵のうちの一人は顔見知りだった。ニーナと俺達の事も知っている。事情を説明すると既に領兵達には伝わっていたようで、領兵達は早速五人を縛り上げ始めた。
「このバッグはティリアの物です。彼らが奪ったものですから調べが終わったら返してあげてくださいね」
と、俺は領兵にお願いして渡した。一応証拠物件だからね。
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