第108話

 聖剣ガンドゥーリルについては、エルフの伝承にその話が残されている。エルフ種の中から初めて産まれた勇者が手にした剣がガンドゥーリルだったと言われ、彼はその剣で魔族の王を撃ち滅ぼしたと伝えられている。ただ、その戦いは相打ちであり、勇者と魔族の王が共に倒れ奈落に沈んだ時に、ガンドゥーリルは勇者の死を嘆き悲しんで自らを封印したとされている。

 エルフと魔族の大戦への神の使徒による介入は、この魔族の王が滅んだからこそ可能になったのだと、勇者と聖剣ガンドゥーリルの功績はその意味でも大きなものであったと言い伝えられている。


 フレイヤさんは、ガンドゥーリルを見て何度も感嘆の溜息を洩らした。ずっと手が震えているのが判る。

 ダンジョンの中から電話でも先に伝えていたのだが、自分の目で見るまでは信じられないと内心思っていたそうだ。


 この剣については当然ながら極秘事項とした。ベルディッシュさんだけは例外にはなりそうだが、そのことも皆で申し合わせた。



 闇の魔導書の事も含めてひと通りの報告が終わり、いつもと順序が違うが今回のダンジョンでの成果の買取査定をして貰うことに。フレイヤさんに申し入れて別室を用意して貰う。そしてこちらもかなり量が多いのだが、ミノタウロスなどの解体が必要なものは、ガスランがギルドの冷蔵倉庫へ出してくると言って別行動。フレイヤさんに言われた職員が一人付いて行く。

 そして、本命のゴーレムの魔石である。次々と魔石を取り出す俺達をじっと見続けている職員が次第に青ざめてくる。三人で次々に取り出していく手が止まらないのを見て、フレイヤさんも呆れている。


 ゴーレムキングの魔石を最後に三つ取り出すと、フレイヤさんが笑い始めた。

「もう、シュン君達ってホントに面白いわ」

「あ、すみません。多すぎるようだったら別の処分方法考えますから」

 俺がそう言うと、フレイヤさんは首を横に振る。

「大丈夫よ。ただ、ね…。これだけの量だと市場にかなり影響するから、どう小出しにしていくか悩まないといけないけど。と言うか、一体幾つあるの? キングはその三つだけなのね」


「キングは三つよ。でも通常種のは数えてないの」

 ニーナが正直にそう答えた。

「多分、500個は超えてるんじゃないかと…」

 エリーゼは申し訳なさそうに言った。


 そこにガスランが戻って来る。

「早かったな。こっちは全部出し終わったよ」

 と俺が言うと、ガスランがゴーレムの魔石を出し始める。


 まだ有ったのかと、フレイヤさんと職員のあきれ果てた顔にはそう書いてあった。


 査定の結果は三日後という事になった。冷蔵庫に出した方は二日後にはという事だったので、まとめて三日後ということにして俺達はギルドを後にした。



 双頭龍の宿の改築増築は終わっていた。なんか面白くて、皆であちこち見て回る。イリヤさんが一つ一つ説明してくれた。食堂の雰囲気があまり変わっていないのは少し嬉しく思った。よく見ると結構手が入っているようだけど。

 遅くなっていたが夕食を出してくれると言うので皆で食べる。そしてその後は久しぶりのお風呂。風呂場は拡張されて中も綺麗になり湯舟も広くなっている。お湯の量が多いほど身体はよく温まるんだよね。5人ぐらいで入ってもまだ余裕な広さ。

 俺とエリーゼの部屋は元と同じ最上階の角部屋なのだが、内装がかなり変わっていた。前よりも落ち着いた雰囲気の色調でまとめられていて高級感が出ている。家具も新調されていてどうやらこれは、新しく増えた部屋以外では俺達の部屋だけらしい。

 俺とエリーゼの部屋の廊下を挟んで向かいの二部屋がニーナとガスランの部屋。ニーナの部屋が角部屋。以前は違う部屋だったのだが、イリヤさんがこの際だから替えようと言ってくれて実現している。ちょっと集まる時でも近い方が便利と言えば便利だからね。


 さて、そんななんやかんやで朝訓練である。ダンジョンから帰って来た翌日ぐらい休みに、とも思ったが誰もそんなことは望んでいない様子なのだ。今回のダンジョンでは結局ガスランとニーナが5レベル、エリーゼが2レベル上がっていた。そもそもエリーゼはレベルがかなり上がっているので、その上がり方の差は当然だとも言える。ちなみに俺は上がっていない。


「またすぐダンジョンに行きたいわ」

 ニーナは以前にも増して貪欲な姿勢。そしてガスランもそんな感じになっている。


 第8層のボスを倒して、第9層ももちろん少しは覗いてみた。迷路型と言えばまだそうなのだろうが、通路の幅、高さ共に格段に広く高くなっている。この階層からはそれまでのゴーレムに加えてガーゴイルが出現する。空を飛んでくるので遠距離系の攻撃が必須だ。そしてゴーレムと戦っていると他のゴーレムが集まるのと同じようにガーゴイルもそれを感じて飛んでくるようだ。めんどくさいと思って雷撃で撃ち落としたら魔石ごと粉々になってしまったが、ガーゴイルの魔石もそれなりの金額になる美味しい魔物である。弱点はゴーレムと同様光系の魔法。そしてガスランの斬撃はゴーレムに効果抜群だった。聖剣ガンドゥーリルは光系統なのかもしれない。


 朝訓練の後、ニーナに簡単な加重魔法を見せた。俺は何となくイメージして試してみたらあっさり使えたので、ニーナにやって見せたということ。とにかく実演とばかりに何度も、石を拾ってそれを地面に向けて強く弾き飛ばすようなイメージの魔法をかけたり、それを範囲指定でやって見せたり。地面に向かってだけではなく水平方向にも。そして、それとは別にベクトルについて説明した。


 その後、俺はガスランと二人でベルディッシュさんの店へ。ニーナは闇魔法の自主訓練。エリーゼは宿の手伝い、という名のイリヤさんとのお菓子作り。まあ、二人が作るお菓子は美味しいし、宿の食堂で出す商品にもなっているぐらいなので。

 少し前にエリーゼに、知識としてだけは知っているカスタードクリームの作り方を伝えたら、最近になって俺も懐かしさを感じるほど納得できる物が出来るようになっていた。但しこの世界デルネベウムでは酪農はそれほど盛んではなく、乳製品は総じて価格が高い。養鶏は割と盛んなので卵は安いんだけどね。


 ベルディッシュさんは、ガンドゥーリルを見て驚愕。ちゃんと人払いをして貰った店の奥で見せたのだが、ガスランが抜いた剣を見てしばらくずっと凝視して固まったまま、何か言いたそうに口をパクパクと開くだけだった。


「ああ…、こんな。こんな物が見れるとは…」

 ベルディッシュさんの第一声は、涙と同時だった。涙と鼻水を垂らしながら俺とガスランに向かって頭を下げた。

「ありがとう。俺に見せてくれてありがとう…」

「親父さん。泣かないで」

 ガスランはそう言ってタオルを出して渡す。


 なんとか気を取り直してくれたベルディッシュさんに、剣を入手した経緯と俺の鑑定結果、剣はガスランの物にしたことまで説明した。

「なるほどな。剣がお前たちを選んだんだろうな」

 まあ、俺は、女神が剣を説得して言い聞かせていた感じがしたんだけどね。


「親父さんにお願いがあるんです」

 俺がそう言うと、ベルディッシュさんの目がキラリと光る。うん、いつものベルディッシュさんに戻ってる。


 俺とガスランがベルディッシュさんにお願いしたことは、まずは定期的なメンテ。

「何が出来るのかは分らないが、やるぞ。俺が弄ったくらいでどうにかなるような代物でも無いし、綺麗に磨く程度しか出来んかもしれんが、やらせてくれ」

 ガスランから抜身の剣を手渡されると、両手で大切そうに持ってその刃をじっと見つめている。

 そしてもう一つ依頼したのは、ガンドゥーリルのレプリカの作製。長さなどサイズはもちろん重さ、バランス、握った感触なども極力同じになるような物が欲しいと言った。

「それは、普段使いの為ってことで良いのか」

「ええ、訓練の時の為の物ですね。俺も自分のこの剣は訓練の時は使いませんし」

 俺は女神の剣と似た感じの物を何本も買って持ってるので、訓練の時はそっちを使っていて女神の剣はあまり抜かないのだ。

 ベルディッシュさんは大きく頷いて言う。

「解った。だけど、かなりいい物になるのは間違いないぞ。訓練の為だけなんて勿体なさすぎるほどの」

「はい、もちろんいい剣を作ってください。お金は幾らかかっても構いません」


 ガンドゥーリルの大きさや重さなど、隅から隅まですべてをきっちりと測るからしばらく店の中で待っててくれとベルディッシュさん。

 それを了解した俺は、ふと思い出して言う。

「そうだ親父さん。新しい電話の筐体、出来てるんですよね」

「ああ、そうだな。丁度いい、そっちを確認しててくれ」

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