第106話

 スウェーガルニダンジョンの第7階層に降りてすぐ、最初の分岐を曲がった俺は、近くに人も魔物も居ないのを確認してからクリーンボックスを出して、皆に一旦休憩にしようと告げた。

「それにしても、さっきの所は臭かったわね」

 ニーナが言っているのは、つい今しがた見たたくさんテントが並んでいた安全地帯に充満していた悪臭のことだ。長い間あそこを起点にしてゴーレム狩りを続けているのだろう。魔道具は持ってはいるのだろうが、水は貴重なものになるから身体を清潔にするのも限度があるし、ゴミや排せつ物の処理もいい加減だというのが臭いですぐに判った。


 そしてしばしの休憩の後、俺達は先に進む。この階層のゴーレムは、やはり基本的には単独行動だ。エリーゼの雷撃のいい練習台になっている。そしてガスランも、ニーナと二人で驚くほど速くゴーレムの四肢を切断してしまう。そうしてもゴーレムは再生しようとあがくのだが、身動きが取れなくなったゴーレムの人間で言うと心臓の部分に在る魔石、そのすぐ横をガスランは実にうまく切り裂いてしまう。そうやってあっさり魔石を取り出して終了。

 四人でそうやって次々とゴーレムを狩り続けて進み、もう少しでボス部屋前広間という時に前方から人の反応。

「前から、人が五人とゴーレム三体が来るよ」

 エリーゼのその言葉で全員が一応警戒態勢をとる。


 その五人の冒険者は、俺達を見ると驚いた顔を見せるが、口々に逃げろと叫ぶ。

 停まりもせずに俺達の横を通り過ぎた彼らの後を追ってきているのはゴーレム三体。

「ガスラン、二番目の奴は任せた」

「分かった」


 俺は先頭のゴーレムの手足を電光石火の剣戟ですべて根元から切断。2匹目に剣を振り下ろしているガスランの横をすり抜けて3匹目にも同様に剣を振るった。ゴーレムの拳の一撃は食らうと重いが、その動きは極めて緩慢だ。身体能力がかなり上がっている俺達には、その動きは止まって見えると言っても良いほど。油断しなければ大丈夫。

 ニーナとエリーゼが1匹目の止めを刺している。俺も今切った奴の止めを刺す。剣で魔石を砕かない事だけは十分に注意して。そして、ガスランも止めを刺し終えた。


「すまなかった。擦り付けるつもりはなかったんだが…」

 そのまま逃げて行くのかと思ったら、五人が俺達の所へ戻って来た。後ろを振り返って俺達がゴーレム三体を切り裂いたのが見えたからだろう。


 ニーナが彼らに応じる。

「お互い無事で何よりね。仕方なかったのかもしれないけど、マナー違反であることには間違いないわ」


 沈黙してしまった彼らに別れを告げて、俺達は先に進む。

 その後は接敵は無く、第7階層ボス部屋前の広間、安全地帯に到着した。


 この安全地帯には人は居ない。野営をした跡はあるが最近の物ではないように思える。もちろん俺達が以前に野営した跡ではない。

「Aランクパーティーが挑戦したと言ってた、その人達のかも」

 ガスランがそう言った。

「多分、そうだろうね。シュン、ここで一泊するよね?」

 俺はそのエリーゼの言葉に頷いて言う。

「うん、そうしよう」

 俺とガスランはテントやクリーンボックスなどを出して、キャンプ地の設営。

 しっかりテーブルや椅子も出して。寝そべったりできる長椅子もある。


「じゃあ、ご馳走の準備を始めるね。ニーナ手伝って」

「はーい、了解」


 エリーゼが出す料理を手際良くニーナがテーブルに配膳していく。

 お茶だけはその場で淹れるというのがエリーゼの好みなので、火を起こしてお湯を沸かす。もちろん淹れたてのお茶も収納には在るんだけど、ひと手間かけてその場に香りが広がるのが楽しいと言う。

 食べ始めて少しして湯が沸いて、エリーゼが紅茶を淹れる。確かにいい香りがふわっと広がる。うん、落ち着くよね。

 相変わらず二人前は食べるガスランに、毎度呆れるようなことをニーナが言うが、そんなニーナも、いつもエリーゼの倍ぐらいは食べるのだ。


 剣の手入れをするガスランに最初の見張りは任せて、俺はひと眠りしておくことにして長椅子に横になる。エリーゼと俺のどちらかがなるべく起きておくパターンはいつもと同じ。ニーナはテントの中で毛布に包まった。そして、エリーゼは小さな声でフレイヤさんと電話。



 翌日からは第8階層。ドニテルベシュクと会った場所は通り過ぎて、俺とエリーゼにとっては初めての所になる。ニーナはもう少し先に進んだらしいのだが、ゴーレムが集まって来て奮闘虚しく撤退したらしい。

 そういう訳で、この階層からはしっかりマップを作成しながら進む。遭遇するゴーレムは最低でも三体。そして、近くに居るゴーレムが確かに集まってくる。でも、俺達がさっさと片付けていくので持て余すほどではない。

 半日進んでマップを作成。帰り道でもゴーレムが出てくるので、奴らは意外とウロウロ歩き回っているのだということがよく解る。そして、翌日もマップを充実させることを目標にして階層の中を進み続けた。

 そんな感じで過ごした二日間、ゴーレムをずっと狩り続けていて俺を除いた全員がレベルアップしている。以前に女神は、スキルのレベルアップの方が大事だと何度か俺に言ったが、それは身体能力が既に常人を遥かに凌いでいた俺の場合のことであり、エリーゼ達にとってはステータスが上がる恩恵はやはり大きい。


「レベルが上がった実感が凄い」

 と、2レベル上がったニーナは驚きと喜びを露わにした。しかも通常よりもステータスの上昇が大きかったという。


 夜に、キャンプ地にしている第7層ボス部屋前に戻ってからフレイヤさんに電話でレベルアップについて尋ねてみたら、こう答えてくれた。

「レベルアップの詳細はいまだに証明されていないから推測でしかないのよ。けれど古代からの言い伝えでは、経験値には二種類あるのだと言われてるわ。レベルが上がる為に必要な数値と各ステータスの上り幅を決める為の数値という二つね。単純に経験値と経験の質という風に捉えていてもいいわね」


 その経験の質というものは、レベルアップから次のレベルアップまでの間での話ではなく、もっと長い期間での経験の質、その累積のようなものだと言う。


「だから、ゴーレムは確かにレベルを上げる為の経験値を得る相手としては美味しいのでしょうけど、ステータスの上り幅が大きいのはゴーレムのおかげではないと思うの。ここ最近シュン君達が経験していること、そしてずっと続けている訓練。そういうものが良い結果として出ているのだと、私はそう思うわ」



 そしてまたその翌日もマップ作成に専念するように過ごしていた俺達は、遂に第8階層のボス部屋を発見した。このボス部屋前もこれまで同様に広間となっていてやはり安全地帯である。

 一旦そこで休むことにした俺達は、日々の日課のようになったキャンプ設営。

 そして、それが終わると、取り敢えずお茶を飲みながら作戦会議を始めた。

「すぐに攻めないの?」

 ニーナの疑問はもっともで、俺達全員疲れてなどいない。

「うん、ボスは何だろうって考えてた」

「ゴーレムキング?」

 ガスランがすぐにそう言った。


「多分そうなんだろうけど、7層のボスがキングだったからな…」

「キングが複数体というのが一番有りそうよね」

 エリーゼの意見は複数説。

 俺はもう一つの可能性を言う。

「それに加えてゴーレムの通常種が大量に居るってのが一番厄介だな」



 フラグを立ててしまったつもりはなかったんだけど、俺の予感は的中してしまう。


「魔石は気にしないで打ち砕いていいから。とにかくスピード重視で!」

「「「了解!」」」


 扉を開けて少し進んだところではっきり判ったのは、ゴーレムの大群だということ。図体の大きいキングは一番奥に三体居るが、とにかくゴーレムの数が多くて約100。扉がある俺達が入った所から縦に長いその部屋。部屋というよりも、雰囲気はかなり道幅が広い大通りなのだが、そこの半分から向こうを埋め尽くしそうな程にひしめき合っているゴーレム。


 エリーゼと俺の雷撃で前に居る近い方の奴らから撃ち続ける。


「多すぎる!」

 エリーゼは雷撃の発動が少し遅くなってき始めて、思わずそう口にした。

 身の丈3メートルで横幅もそれなりに有るゴーレムが目前に来ると、高さの利でもない限りそいつの背後は死角になって雷撃の照準がままならなくなるからだ。どうしても一体ずつになってしまう。しかも部屋の広さのせいでゴーレム達はどんどん回り込んで来ようとする。結果じり貧で後退していくしかない。

 ガスランとニーナが回り込んで来たゴーレムを切り飛ばしたのを見て、俺は決心がつく。

「全員、全速反転後退。扉の所まで」

 くるっと反転して全員が一斉に扉に向かって走る。殿に位置している俺は走りながら続けて言う。

「散弾を使う。皆はいざとなったら扉の外に退避で」


 散弾とは、ゴブリンの軍団討伐の時にあの群れを見ていて、もしあの中に飛び込んで戦うとしたらどうするか、また極力熱を発生させずMPを消費し過ぎずに効率よく倒すには、なんて考えていて、散弾銃のイメージで雷撃砲を小型化して改良し始めていたもの。


 三人が扉の所で立ち止まって振り返るが、俺は少し手前で立ち止まって振り返る。

 今走った分ゴーレム達との距離が開いた。


 雷撃散弾 ズバババッンッッ!


「続けて撃つから、もし抜けてきた奴いたらよろしく。エリーゼは遠くの奴を狙撃していく感じで!」

「「「了解!」」」


 雷撃散弾 ズバババッンッッ! ズバババッンッッ! ズバババッンッッ!


 雷撃砲の超小型版で連射可能な散弾銃バージョン。一つ一つはかなり威力は弱めだけど、一度に50発という手数で勝負。それが前方に扇形に広がるようにしている。厚み無くまさに扇のようにしたり立体的にメガホンみたいにしたり、それは加減できる。まさに近距離かつ範囲攻撃の感じ。ゴーレムには威力が弱いかもしれないと思ったが、意外に強力。3発も当たれば通常種のゴーレムは動けなくなるし、当たると後ろに吹き飛んでいくし、いい感じ。さすが小さくても一応雷撃砲。


 さて、どんどん押し寄せてくるゴーレムを散弾で撃ち弾き飛ばしていたら、探査で見えているゴーレムの残りは約30体。キングは三体全て残っている。


「そろそろ、いける」

 ガスランは剣を構えて突撃したそうな雰囲気。ニーナも同様。


「よし、行こう!」

 雑魚はエリーゼと二人で前に出ながら次々に雷撃と散弾で撃破してしまう。判りやすくするために俺の左手の先から散弾が撃ち出される形で発動しているので、エリーゼは俺が狙っている方向が判る。

 そうしているうちにガスランとニーナは二人で、最も近付いて来ていたゴーレムキングに切り掛かった。

 俺は残り二体のゴーレムキングの脚を散弾で撃ち抜いて転倒させる。そしてすぐにエリーゼと二人で、剣で魔石部分を切り裂いて二体とも沈黙させた。ガスラン達もほぼ同時に終わらせていた。



 静かになったボス部屋で座り込んで休んでいる俺達は、それぞれ飲み物で喉を潤している。

「飲み終わったら魔石回収していこうか」

「そうね…」


「え? シュン、宝箱は?」

「宝箱…」


 この温度差は、何度もこのダンジョンで宝箱を見ている俺とエリーゼが多分異常なのだろう。

 さあ! 早く開けるわよ! という雰囲気たっぷりのニーナと、同じように期待に満ちているガスランの二人は拍子抜けした顔。


 そう。今回も出ている宝箱。そして、以前の物よりその箱は大きいのだ。


 俺は二人にニッコリ微笑んで言う。

「まあ、魔石拾ってしまってからにしよう。楽しみは後にとっておくのだよ」

 俺の本音は、どうせまた悩まされるんだから、雑用は済ませておいてゆっくりじっくり悩みたい、ということ。


 そして、魔石を回収しながら俺とエリーゼが反省会を始めると、ニーナとガスランもやはり自分自身が最も気にしていることを口にする。

「大きいのがたくさん来るとやっぱり大変だよな。散弾は大正解だったけど、もっと何か考えとかないと駄目だ」

 俺はそう言いながら既にちょっと前から並列思考フル回転中。

 エリーゼは自身の雷撃の精度にへこんでいる様子で言う。

「死角が出来てつらかったけど、もっと速く正確に撃てるようにならないと…」


「遠距離攻撃、なんとかしなきゃ…」

「俺も…」

 ニーナはゴーレムへ通じる遠距離攻撃が欲しい。ガスランは遠距離攻撃そのものが、それほど得意とは言えない弓矢しかない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る