第105話

 双頭龍の宿のリフォームが始まった。

「騒がしくなってすみません」

 食事を始めた俺達に、マスターとイリヤさんがそう言って頭を下げる。


 リフォームは、既存部分の改修と増築だそうだ。ダンジョンが公開されて以来続いているスウェーガルニ全体的な宿不足はまだ継続中で、マスターは思い切って客室を増やすことを決心したようだ。

 この世界の建築は魔法を併用するのでとても短い期間でそれが可能だ。予定では全てが2週間程度で終わることになっているという。

 増築から先に始まって最後に各部屋の改修を行うらしく、俺達がずっと使っている部屋も改修対象なので、その時は一旦部屋を替わる必要があるとのこと。


 宿屋増築の費用は公的な補助金も出るらしい。そこには代官、公爵領としての思惑も絡んでいる。

 スウェーガルニの街区を囲う外壁を増強・拡張する工事が始まろうとしていて、これに関わる作業員や技術者が数多く駐留することになると今より更に宿不足となることは確実である。ダンジョンフロントと呼ばれるスウェーダンジョンのすぐ傍の商業地域の整備と並行して、街区内の宿屋事情についても一層の改善を期して公費が投入されているのだ。

 ニーナが言うには、元々スウェーガルニは公爵領の西の要衝であり、それは物流拠点、商業拠点、大穀倉地帯に隣接しているという位置付けのみならず軍事的な意味でも要衝と目されてきたんだと。

 教皇国にしても帝国にしても、もしウェルハイゼス公爵領を落とすとしたら領都アトランセルを陥落させなければならない。そこに至る経路で最大の難所、不落砦となり得るのがスウェーガルニだということ。


 食事を終えて紅茶を飲み始めていたニーナが言う。

「おそらく、領軍も大幅に増員されるんじゃないかしら」

「ふむ…、なんかキナ臭いな」

「教皇国への警戒度がそれだけ上がったという事よ」



 さて、その宿の部屋の改修に合わせるように俺達は泊りがけで仕事をすることに。仕事の日程を説明して、替わりの部屋は必要ないとイリヤさんに言ったらすごく恐縮された。


 丁度、そろそろダンジョンに潜ろうかという話になっていて、ダンジョンに潜れば当然のように何日かは潜りっぱなしだ。もちろんドニテルベシュクのことは気になるが、むしろ、もしまた奴に会えたら聞きたいことが山ほど在るし、どっちかと言うと会いたい心境でもある。

 レイティアが一連の事件に関わっているだろうというのは俺達の共通認識になっていて、その辺のことを問い質してみたい。エリーゼも魔族への怖さよりも怒りの気持ちの方が今では強いと言う。



 という訳でやって来た、久しぶりのスウェーガルニダンジョン。ダンジョン前は防壁がまた一新されて分厚いものになっていて、それを取り囲むように既に街並みと言っていいような建物が並んでいる。以前にエリーゼと二人で野営をした場所も宿屋が建っていて、オープンテラスのような食堂まで在る。

 何軒もの食べ物屋、武器防具屋、鍛冶屋と道具屋、そして治癒院の出張所が並び、領兵の詰所に隣接するひと際大きな建物は冒険者ギルドの出張所である。フレイヤさんから話だけは聞いていたのだが、既に本格的な業務も始まっているらしい。


「なんか全然見違えてしまうわね」

 ニーナも久しぶりなのは同じで、四人揃ってキョロキョロと辺りを見回すばかり。

 そうしながらも取り敢えずはギルドに。というのは冒険者の習性なのだろうか。

 四人でギルドの建物の中へ入る。


(おい、あれ…)

(アルヴィースだ)

(あれがアルヴィースか)

(若いとは聞いてたが…)

(イイ女だな、あれ)

(バカ野郎、公爵の姫だぞ。変なこと言うな)


 いや、あんた達さ。もう少し声の大きさ考えないと全部聞こえてますよ。


 ギルドに付きものの飲食スペース、通称ギルド酒場はこの出張所にもちゃんと併設されている。そこに何人か屯している状態なのはどこのギルドでも見られる光景で、ここでもそれに違いはない。

 そんな彼らの好奇の視線は全てスルーして、受付カウンターへ。そこに座っていたのは見知っている職員だったので、ダンジョンの最新情報を知りたいと言うと、すぐに別室に案内してくれる。

「まだ内容は乏しいですが、一応ここが資料室になっています」


 第5層までのマップは無料になっているようだ。第6層からはCランク以上のパーティーと推奨ランク設定されている。以前、ミノタウロスの集団に遭遇してそれを報告したことがあった。

 そして、現在の最深到達階層は第8層。

 俺とエリーゼがドニテルベシュクと出会った階層だ。


「あれ? あれから進んでないのか」

 俺が思わずそう言うと、ニーナが答えてくれる。

「8層はゴーレムが団体で来るのよ。一つの群れに時間取られていると次の群れもどんどん近付いてくるの」


「Aランクパーティーが何度か挑みましたが、あまり先には進めてないですね」

 案内してくれたまま俺達の傍に居た職員が、そう説明してくれる。

「そうなんですか…。もしかして階層にキングが居るのかな」

 俺のその呟きにエリーゼも同意するように頷いて言う。

「キングに攻撃対象を指示されてるのかも」



 翌朝、朝訓練は軽く準備運動だけに留めて早速ダンジョンに入る。ガスランは初ダンジョンである。

 しかし人が多い。行列を作ってゾロゾロと入っていくような状態。

「飛ばして行こうか」

「賛成」

「任せる」

「私もお任せ」


 ルートはよく解っているので、俺を先頭に、ガスラン、ニーナ、エリーゼという順で縦一列になってどんどん進む。ずっとジョギングしているような感じ。後ろから声をかけながら何人も冒険者を追い越して進んだ。

 あっという間に第2層へ到着。同じペースでまた走って第3層、第4層と降りて行く。途中で遭遇した魔物は全てガスランに処理させた。オークやゴブリンの数体程度の群れだったら、ガスランはサクサク狩ってしまう。



 ゴブリンの軍団を葬った時に、俺はレベルが上がっていた。驚いたのはMPとHPと知力の上昇がこれまで以上の上り幅だったこと。あの時一気に消費してしまった反動なのかとも思うが、その辺の仕組みはよく解らない。女神に訊いてみなければと思うが、最近全く姿を見せないのでいつになることやら。

 MPを完全に使い切ってしまうと魔法系のスキルに影響があるのだろう。どうやらそれを防ぐ為にHPでMPを補完していったのは実体験として理解した。それってかなり危険な状態なんだろうと思う。雷撃砲20連装を撃つ直前に指輪がググググッと揺れて、あたかも「止めなさい!」とでも言われているような気がしたからだ。



 それはさて置き、スウェーガルニダンジョン史上おそらく最速の移動で、俺達は第6層の最奥、ボス部屋前の安全地帯に到着した。第5層からのミノタウロスとトロールは全員で瞬殺しながらだったのでそれほど時間はかからなかった。


「うわぁ…、何これ」

 ニーナが思わずそう呟くのも当然で、その第6層ボス部屋前の安全地帯は大盛況である。テントが所狭しと並び、たくさんの冒険者が居る。ざっと数えてみてもテントの数は大小の違いはあるにせよ30以上だ。


 ギルドの職員から聞いていたのだが、ミノタウロス・トロールの群れがやっかいな第6層を抜ける為に第6層ツアーという名で参加を募り、複数パーティーが合同で殲滅して最奥のここまで来ている。

 問題は推奨ランクに満たない冒険者パーティーも居るという事だが、あくまでも推奨なのでギルドとしては自己責任として黙認するしかない。

 彼らは何故ここまで来ているのか、それはゴーレムの魔石の為。ミノタウロスも十分に金銭的に美味しい魔物だと言えるが、それは食材や各種素材としても価値があるミノタウロスの身体全体である。だから、容量の大きいマジックバッグを持っていないと大量に持ち帰ることは出来ない。食料など自分達に必要な物資を持ち、そのうえミノタウロスを何体も収納できるマジックバッグを持っている冒険者はそれほど多くは無い。


 予定ではこの安全地帯で休むことにしていたのだが、すぐ四人で相談して一気に第7層ボス部屋前まで進むことにする。全員、体力的な問題はない。その場でさっさと飲み物とエリーゼが出したクッキーを口にして、クリーンボックスは人目が多いので下に降りてからと小声で伝える。


 じろじろと不躾な視線を浴びるが、俺達はボス部屋を通って第7層へと降りて行った。ここもルートは判っている階層なので、先を急ぐことにする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る