第101話

 この世界で毒に対抗する為に人間が行ってきたことは、その全てが長い時間をかけて積み重ねられた叡智の結集となっている。専用・汎用、それぞれの薬の開発と魔法の開発、毒を受けない防御の工夫などもそうだ。現在では、毒耐性Lv3程度のことがそれらで可能となっていると言っていい。

 しかし、そのレベルを超える毒性への対処となると、専用の薬に頼る以外に方法が無いのが実状である。レッテガルニで見つけたコカトリスの血は、Lv6相当。薄められていたせいで即死性はないものの、除去しない限り命を縮め死に至るのは必定。


「シュン、何を付与するんだ?」

 シャーリーさんのその質問に俺はすぐに答える。

「まずはアンチ・ポイズンです。レッテガルニでミレディさんとコカトリスの血の解毒魔法を作っていて、その流れで作った汎用的な解毒、防毒魔法ですよ」

 その魔法は今回のレッテガルニで得たノウハウもふんだんに詰め込まれていて、Lv5相当までなら汎用性もあり対処できる。但し、高レベルの毒が体内に蓄積してしまうと効果は薄い。体表に近い部分で除去してしまうものだからだ。


 俺は、その会議室に居た全員の清浄の首飾りを一旦回収している。目的は追加で魔法付与する為。早い話がバージョンアップである。それについての疑問が先のシャーリーさんの言葉ということ。

 ちなみに、ウィルさんとガスランとニーナは早速ギルドの演習場で模擬戦をしている。ウィルさんとの戦闘訓練は得るものが多いだろう。いつも対峙しない相手だから、尚更に。ミレディさんとセイシェリスさんとエリーゼは、準備しておくべき物のリストを俺が作業している横で作成中。


「まずは、ってことは他にもあるの?」

 これはフレイヤさんからの質問。

「はい、防眩魔法を作りました。眩しさ対策ですね」

「あー、雷は結構眩しいからね」

 と、セイシェリスさんが笑う。

「そうなんです。自分はタイミングが判ってるからまだいいんですが、仲間の視界を奪ってる時があるので、なんとかすべきだなと痛感したんで」

「確かに、雷でも火でもそれは気を遣う事が多いわ」

「はい。あと、防眩魔法と言ってますが実は副次的な効果もあって、逆に暗視に少し効果があります」

 セイシェリスさんは、少し驚いた顔をして言う。

「いいわね。眩しすぎるのは抑えて、暗いのは明るくするってことね」

「暗視に関しては少しという程度ですが、そういうことです」

「シュンにしては珍しく解り易い魔法だ」

 と言ったのはシャーリーさん。サムズアップでニヤリ。


「あっ、それとですね」

「まだあるのかシュン」

 シャーリーさんは、そう言って期待に満ちている顔。

「これ、作りましたから。使ってください」

 そう言って俺が取り出したのはマジックバッグ3個。戦闘時を意識した、密着して装備出来て小さく耐久性の高い例のウエストポーチタイプの奴。

 バステフマークの三人では、セイシェリスさんだけは時間遅延タイプの容量も大きめの物を持っているが、ウィルさんもシャーリーさんも時間遅延は無く、容量は中級品という感じのものだったので、この際俺達と同じものを贈呈する事にしていた。


「……」

 シャーリーさんが、俺が出したそれが何なのか理解して固まった。

「シャーリーさん、貸すんじゃなくてプレゼントですからずっと使ってくださいね」

「シュン!!」

 俺はシャーリーさんに抱き着かれる。結構、力が強い。鍛えているというのは本当のようだ。


 俺はシャーリーさんを大きな犬を抱えるように抱きかかえて、その肩越しにセイシェリスさんを見ながら言う。

「持っていく物の選定も数も、これが前提になると全然違ってくると思います。特に今回のような場合は、物量戦の可能性もあるのかなとか想像してしまったんですよ」

 セイシェリスさんはコクリと頷き、ありがとうシュン。そう言って微笑んだ。

 と、そんなことを話している間に、全ての首飾りのバージョンアップが完了。


「さて、次はこれですね」

 俺はそう言って二つ、物を取り出す。どちらも同じ形。ストレートタイプの携帯電話のような物。シャーリーさんはそろそろ目が死んできそうな顔。期待もあるが、バッグで喜びすぎて疲れている感じ。

「これは、全員分は残念ながらありません。いつかはと思ってますが、結構、調整に時間かかるんですよ」

「うん、何なんだい? それは」

 セイシェリスさんは興味津々。フレイヤさんも同じような感じだが、少し大人の余裕が見える。ミレディさんはずっと一緒だった間にアイディア段階から話しているし既に知ってるのでニコニコ微笑んでいる。


「テストしてみましょう。エリーゼ、頼む」

「了解。演習場に行ってくるね」

「騒ぎにならないよう注意してくれればどこでも」

「大丈夫」


 一つを手にしたエリーゼが部屋から出ていく。

 そう。トランシーバーのようなものだ。但し送受信を切り替える必要はなく話すことも聞くことも同時に可能である。そういう意味では電話と言っていいが、今回の物は相手を固定的に設定している。交換機みたいな発想は有るんだけど間に合わない。

 そして、いろいろと細かい機能も思い付く限り付けているが、完成したばかりで調整中の機能も多く、取り敢えずは使えるというもの。要するにまだ試作機の段階。ベルディッシュさんも筐体の改良をまだ続けてくれているからね。


 フレイヤさんの耳にスピーカーに相当する部分を当てて、エリーゼの声を聞かせる。そしてそのまま自分との会話になっていることを理解すると、さすがのフレイヤさんも驚きの表情。


「シュン君、これはいったい…」

「俺は、電話と呼んでます。俺の故郷では電気を使ってこういうものを実現しているんですが、呼び名だけは同じにしてます」


 フレイヤさんに代わって耳に当ててエリーゼと話をしていたセイシェリスさんが、一旦耳から離してしげしげと見詰めながら言う。

「いったいどうやって声が聞こえているの?」

「時空魔法です。この道具の、この部分に埋め込んだ空間ともう一台のやはり埋め込んだ空間を接続しています」

 と言って、耳に当てる箇所とマイクに該当する箇所を手を伸ばして指し示した。


「その部分だけは距離がとても近いという事なのね」

「その理解であってます。通常は空気が存在しない亜空間に空気を入れているような形ですね。敢えて時間停止も時間遅延も無しにして空気があるので音は伝わりますし、その亜空間自体がとても小さい上に二つがぴったりと密着しているので接続されたもう一つの亜空間にも音が伝わります」


 空気が入った小さなボールが、それと全く同じ大きさの亜空間に収納されているという、そんな考え方になる。難しいのはその二つを常に接続しておく方法なのだが、亜空間共有に挑戦していた時に発見した方法でそれは可能になっていた。女神が繋いだままにすればいいと言ってたあの話が切っ掛け。

 効率の面で言うなら空気よりも液体か固体の方がいい。しかし音質という意味では普段聞いている音と変わってしまい、これじゃない感が出てしまったので、結局空気にしている。


「シュン君。念のために聞くけど、持っている人間同士の距離は関係ないのね」

「はい、別の大陸に居ても通じます。おそらくはダンジョンの中に居ても問題なく使えますね」


「そう…。これは極秘にしないと駄目よ」

「はい、解ってます」


 その一対の試作機は、エリーゼとフレイヤさんに渡した。二人の間のホットライン開設である。任務遂行中にリアルタイムで報告や相談したり、そんな状況を想定しているからね。


 さて、その翌日はいろんな物資の調達などに駆け回る。ウィルさんは武器の予備をたくさん持てることをすごく喜んでいた。ニーナとガスランはセイシェリスさんと一緒にミレディさんが準備してくれているはずのポーションなどの受け取りに。残りの面々は食料やアイテムの買い出しと自分の武器と防具のメンテや予備の購入など。


 そんな俺達が真っ先に訪れたのはベルディッシュさんの店。

「エリーゼ最近は、矢は何本ぐらい持ってる?」

 シャーリーさんのその問いかけにエリーゼが

「普通のは今は五千本ぐらい…、かな。もう少し多いかも」

 と答えるとシャーリーさんがギョッとした顔になって言う。

「け、桁が違った…」


 実は、ヴィシャルテンのゴブリン襲来の後から、エリーゼの矢のストックは格段に増えた。あの時、矢が尽きてしまうのではないかという危機感を感じたと言ってた。

 その話をエリーゼがシャーリーさんにしている。ベルディッシュさんの店の矢の在庫はいつもかなり多いので多分大丈夫だろう。いざとなったらギルドにも大量に蓄えは有ったはずだし。

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