第102話 ゴブリンの軍団

 準備を整えてスウェーガルニを出立した俺達は、ヴィシャルテンに着いてすぐ、情報収集の為にギルドのヴィシャルテン支部へ向かった。

 先日のゴブリン襲来の時の活躍で姫殿下であるニーナのことは知れ渡っているし、俺とエリーゼとガスランは顔こそそれほど知られていないものの、やはりアルヴィースという名前は有名になって独り歩きしているので、

「バステフマークとアルヴィースの7名が来たと、支部長に伝えて」

 ニーナが受付でこんなことを言うと、案の定大騒ぎになって超VIP待遇。


 ちなみに、少し前にウィルさんとセイシェリスさんの二人は、Aランク冒険者にランクアップしている。シャーリーさんについては、あともう少しだろうとフレイヤさんは言っていた。そして、ガスランはレッテガルニから帰った時にCランクへ上がっている。

 なので7名の内訳は、Aランクが2名、Bランク4名、そしてCランクが1名ということになる。2パーティーの合同チームで、チームリーダーはいつものようにセイシェリスさん。

 ただ、ニーナを前面に出すと楽な場合が多いので、その辺は遠慮なく利用させてもらう。本人も仲間からは冒険者扱いされることにこだわる癖に、対外的な事になると使える物はコネでも貴族の立場でも何でも使うのが冒険者の流儀よ。なんて感じで勝手理論を言ってたので俺達も気にしない事にしている。


 という訳で、ギルドでは調査チームの生存者から直接話を聞くことが出来た。気になっていたゴブリンどもの装備のことや、地図で彼らが辿った経路を確認できたのは収穫。

 領軍の生還者からの話も聞けた。そして、同じように領軍が進んだ経路や敵の装備に関して確認をした。調査チームが見た魔法陣の話については、転移魔法陣の可能性までは当然ながら考えは及んでおらず、とは言え隠蔽魔法の類かと半信半疑ながらも警戒はしていたらしい。



「シュン、私が」

 エリーゼがそう言って矢を放つ。

 瞬く間の4連撃。エリーゼの連撃は最近一層速くなっている。

 グエッという声がしただけでゴブリン4体が倒れ伏す。


 ゴブリン出現地への進行を始めて3日目。

 この日からは通常種のゴブリンが4~6体の団体で現れるようになった。

 この程度の敵なら、なるべく音を立てないようにと俺達は魔法を使用せず弓矢か剣で倒すようにしている。そして、そういう話になると女性陣の弓が大活躍である。

 進行速度が速い俺達は、この分なら明日には問題の箇所へ着きそうな所まで近づいているが、これでは今夜の野営は気が抜けそうにないなと俺は思っている。


 ガスランがエリーゼが倒したゴブリン4体を収納して戻ってくると、セイシェリスさんが言う。

「少し休憩しておこう。この分だと夜休めるか判らない」

「「「了解」」」

「うっす」

「シュン、あの岩の所に行こう」

「はい、見てきます」

 シャーリーさんが、少し前方にある人の背丈より少し大きな岩を指差した。


 今、俺達が居る辺りは草原に木々の茂みが点在し、所々にはむき出しの岩地が在る。密林を進むような困難は無いし身を隠すところには困らない。それは敵にも同じ恩恵があることを意味するが、幸いなのは俺達には探査がある事。

 その探査で反応を探りながらシャーリーさんが示した岩の所に来ると、俺は念の為に目視でも周囲を窺う。今のところ周囲は安全。探査で判る反応はかなり遠い所。近付いてきたエリーゼにその方角を指差すと、エリーゼは頷いた。

「うん、判ってる」


 探査の結果を話すと、少し早いが昼食にしようとセイシェリスさんが言う。

 俺はクリーンボックスを出しておく。



 昼食はゆっくり取って休憩に当てた俺達は、移動を再開する。

 問題の地点は、東西に走る幅が広めの谷間のその西の奥まった辺り。俺達はその谷へ南から近付いている。

 調査チームも領軍も、この谷の始まる辺りから谷の中を通って東から近付いたが、俺達は敢えて別ルートを選択した。


 探査で、常にゴブリンの小集団の反応が幾つか見えている状態になってきた。

 立ち止まって水を飲んでいた時に、地図を見ながらセイシェリスさんが言う。

「このまま行くと少し東側に出てしまいそうだ。少し進路を変えて目的地点の真南か少し西寄りでもいい。高い位置から近付きたい。そういうルートで進もう」

「はい、一旦西へ行って地図のこの辺から真北へ行きましょう。前方に居るゴブリンからも少し遠ざかるので丁度いいかと」

 セイシェリスさんと俺のその話を聞いていたシャーリーさんが俺を見て言う。

「シュン、今見えているゴブリン達の位置を地図で示してくれ」

「分りました。皆にも見せましょう」


 他のメンバーにも地図を見せてルートの説明をし、反応が見えているゴブリンの位置を地図上で示す。地図は、俺が俯瞰視点スキルで得た地理情報で描き直しながら進んでいる。



 そういう理由で俺達が西寄りにルートを変更して谷に並行するように進んだ結果、谷からまだかなり距離がある地点で野営をすることになった。目標地点への接近は翌朝からにすべきだと判断したからだ。

 そして、その深夜になって探査で見えるゴブリン達の様子が変わる。昼の間とは違い、明らかに何か目的がある行動のように思える。

「偵察? そんな感じがする」

 エリーゼのこの言葉に俺は頷く。

 昼の間、ゴブリンは小グループで無秩序にうろついたり留まっていただけだったのだが、今は奴ら全てがグループごとに距離を保ちながらゆっくり移動していて、それは東の方向。


「あっ!」

 エリーゼが小さく声を上げた。

「うん、出て来たね」

 俺も気が付いている。突然現れ始めた複数の反応。上位種だ。

「……20体は居るな」

「今現れた所に魔法陣があるのね」


 俺達は交代で休むようにしているが、俺とエリーゼ両方が起きているのは交代の為に俺がエリーゼを起こしたそのタイミングだったから。

 地図を出して、俺は出現ポイントに印を付ける。


 今回用意した野営用テントは認識疎外など盛りだくさんの機能が付いている物。防御力もかなり高いので、ある程度ならテントに籠城できるほどの物だ。もちろんそんな事をする気はさらさらないけど。

 テントの中で弱いライトを点けて地図を見て探査を続けていると、ガスランが起きだしてきた。というか、勘が鋭いガスランは結構前から目は覚めていたと思う。そしてエリーゼがガスランに状況を説明。


 上位種が20体ほど出てきた後から、通常種がどんどん出てきている。夜明けまでまだ時間はあるが、これは皆を起こした方がいいのかもしれないと思い始める。



「シュン、どうなってる」

 セイシェリスさんの問いかけに、俺は地図を広げて示しながら説明する。

「ここに転移魔法陣があるのはおそらく間違いないと思います。そこからゴブリンが出てきました。最初に上位種20体、その後は通常種が約500です。上位種はどうやら全てがキング級です」

「500…。キングが20」

 ニーナはそう言うだけで黙り込む。

 他も全員ただ黙っている。


「今は、先に進んでいた通常種30体も停まっていて、出てきた奴らも整列しているような状態ですね。進軍の合図を待っているような、そんな感じにも思えます」

「もしかして、夜明けを待ってるのかもしれない」

 ガスランのその言葉に、俺とウィルさんは頷いた。


 ゴブリンの通常種は、出て来てから東側に少し進んだ辺りを先頭に並んでいる。上位種はその最後方の位置のまま。


 セイシェリスさんが地図を見ながら呟く。

「夜明けまでに行けるか…」

「すぐ出発すればこの西側、奴らの背後まで回り込めると思います」

 皆を起こした時にテントは畳んですぐに移動できるようにはしていた。片手で食べられる簡単な食事をエリーゼが全員に配り始めた。

 セイシェリスさんはそれを受け取りながら言う。

「よし、5分後に出発。魔法陣はいざとなったら破壊してかまわない。調査よりも、奴らの殲滅を優先する」


 俺は、時間の見通しを考えてペースを決める。夜明け前には奴らの背後、魔法陣の西側に辿り着けるように。先行は俺とシャーリーさん、その後ろにウィルさんとガスラン、少し下がり目にセイシェリスさん。最後尾はエリーゼとニーナ。



 進もうとしている経路の半ばを過ぎた時、またゴブリンどもに動きがある。

「上位種が増えました。今度はジェネラル49とメイジ24」

 俺が移動を停止するとすぐに、エリーゼが皆に向けてそう言った。


 俺はセイシェリスさんに言う。

「もう出発するつもりかもしれませんね」

「よし、ここで一旦休もう。この先は休憩なしだから全員そのつもりで」

 女性陣の為にクリーンボックスを出してから、俺は地面に座り込んで足を伸ばす。


 セイシェリスさんは俺の隣にやはり座り込むと、小さな声で尋ねる。

「シュン、射程に入ったとしてどの程度一撃でやれる?」

「どのくらいバラけているかに依りますが、今の感じだと上位種のほとんどは最後尾に固まってるでしょうから、そこは全部やれると思います。出来たら少し明るくなってからの方が確実ですけど」

「その後の乱戦の可能性を考えると、どちらにしても夜が明けてからだな」

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