第88話
ニーナは、やっと事態が飲み込めてきたようだ。
姫様モードじゃない時のニーナって、案外ポンコツなのかも。
「ニーナ、パーティー内の細かいことは近いうちに説明するってことで良いよな」
「……えっと、嘘でした~とか言わないよね」
「そんな意地悪なことしないよ」
エリーゼが少しだけ吹き出しそうな顔をしてそう言うと、ニーナはよろよろと放心状態のような顔のままガスランの隣の椅子に座った。
「取り敢えず晩御飯食べよう」
俺がそう言った途端に、イリヤさんが料理を持ってやって来る。
「あ、手伝うよ。人数多いから」
エリーゼがそれを手伝いに行く。
ガスランと俺はテーブルを二つ付けて、護衛二人も一緒に座るよう促した。
料理が揃って皆が食べ始めてすぐに。
「あの…、なんか変なタイミングで申し訳ないけど。よろしくお願いします」
少し時間をおき自分を取り戻したのか、ニーナはそう言って俺達に頭を下げた。
「よろしくな、ニーナ」
「よろしくね、ニーナ」
「よろしく、ニーナ」
護衛の二人は静かにしているが、ニコニコして安心したような表情。
これで領都に帰れると思ってるのか、いや違うか。
姫様のことを本当に心配してたんだろうな。
そして俺は、4人でのフォーメーションなど、そっちを考え始める。
俺達三人で言うと、エリーゼも前に立てるので純粋な後衛職というのは居ない。ニーナの弓の腕はヴィシャルテンで間近で見て解っているが、魔法は少ししか見ていないのでそれは確認が必要。いずれにしても、エリーゼと同タイプだろうなというイメージ。
「明後日の朝には出発だから、明日はニーナと戦闘時の役割について確認しよう。ギルドの演習場かな」
「最初はその方がいいかもね」
エリーゼは同意。ガスランも頷いている。
ニーナも頷いて
「朝の訓練は明日もやるの?」
それを尋ねてきた。
もちろんよ、とエリーゼに言われて少し顔を引き攣らせているニーナ。
「この前ニーナが見てた時の、あれは普段よりきつめのパターンだから安心していいよ。と言っても、そのうちやれるようになって貰わないと困るけどな」
ま、ガスランは最初から平気だったんだけどね。
翌日、朝訓練に割と付いて来れてたニーナ。場所をギルドの演習場に移して剣の訓練を始めると目の色を変えた。俺とガスランが撃ち合うのを間近で見たせいだ。
そして、剣にはかなり自信はあったのだろうが、エリーゼと剣を合わせ始めてまた目の色を変えた。エリーゼが少し手加減していることが判ったからだ。ニーナは悔しさを滲ませながらも、もっと速くもっと臨機応変にと自分に言い聞かせているようだった。
相手を替わって1対1を続け、その後は2対2で模擬戦をする。これは新鮮だった。もちろん俺がいるチームが常に強いのだが、エリーゼとニーナのコンビもガスランとニーナのコンビも、初めてにしては出来過ぎなくらい良かった。最強コンビは俺とエリーゼだけどね。
時間を忘れてやっていたのでいつの間にか昼を過ぎてしまっていた。ニーナの護衛二人が気を利かせて手軽に食べられる物を買ってきてくれたのを見て、剣の訓練は終わりにする。
「あー、きつかったけど楽しい!」
「そこは俺も同感」
ニーナの言葉に俺も笑顔で同意した。
ガスランの時もそうだったのだが、メンバーが一人増えるとパーティーとしての幅が広がる。それが実感できるのは本当に楽しいことだ。
今日は早めに切り上げて明日からの準備をしたいので、食事後すぐに訓練を続ける。魔法などの遠距離だ。
ニーナの水と火はなかなかいい。風はあまり得意ではないと言うが、それは取得済みの適性の中でも得手不得手は有って当たり前。
ただ、水魔法というのは実際には使いどころが難しい。水が残るからだ。足場の悪さというのは自分達にも影響する。それがあるからエリーゼも狩りの時には風魔法しか使わない。そして火魔法も、その熱さの影響が自分達にはなるべく及ばないということが必要になる。フレイヤさんが常に風魔法と併用するのはそれが理由だ。
俺の頭の中に、今後に向けたこともいくつか浮かんできた。エリーゼとニーナとガスランは何か話し合っている。三人とも真剣な表情。いいことだ。
訓練が終わってギルドから出る前にニーナのパーティー登録をした。そしてフレイヤさんに明日からの護衛は4人で行くと言うと、すぐに了承して貰えた。報酬は元々一人あたりというものではなくてパーティーに対してなので、それは変更なし。
用意されている馬車も一人増えたぐらいは問題なし。今回は御者が付かないので操車もこちらで担当する。御者席に誰か一人は座っているということ。
そして翌日、レッテガルニまでを往復する護衛任務開始。
馬車を御するのが初めてのガスランを御者席に座らせて指導するのは、主にエリーゼとニーナの役目。
俺は馬車の中で読書。今回の旅の供にとフレイヤさんが貸してくれた本は、時空の魔導書の翻訳版。まだすべての翻訳は終わっていないが、キリが良い所までは出来たということで。
そう、アルネさんが残していた古代エルフ語版を更に俺達が読めるようにフレイヤさんが翻訳してくれている物だ。
ミレディさんが、本に没頭していた俺がひと息ついて顔を上げた時に言う。
「シュンさん、時空魔法は難しそうですね」
「そうですね…。概念というかイメージするのが難しいですね」
「でも、魔法付与が出来るというのはすごく便利です」
「一歩間違うと呪いの類ですけどね」
俺とミレディさんがそんな話をして笑っていると、ニーナがギョッとした顔で俺を見る。ガスランとエリーゼが御者台に居るので、馬車の中は俺とミレディさんとニーナの三人。
「シュンは、魔法付与ができるの?」
ああ、そうだった。と俺は収納から首飾りを取り出す。
「今日渡そうと思ってたんだ。これニーナの首飾り」
予備として持っていた清浄の首飾りだ。
ミレディさんは、ニーナに向けて自分が身に着けている首飾りを指で触ってみせながら言う。
「凄くいいですよ。このシュンさんの首飾りは」
キョトンとしながら、ニーナは俺から首飾りを受け取る。
そんなニーナにミレディさんが俺に代わって説明してくれる。女性同士だけの話の部分は小さな声で。
その後の首飾りに関するニーナの質問攻めは、ことごとくミレディさんが対処してくれたので、俺は楽チン。
「魔力を込めなくてもいい魔道具で察知系には一切引っ掛からない、おまけにそんな効果だなんて…。もう秘密だらけで私はパンクしそうよ」
「俺達は秘密が多いって言っただろ」
「そりゃ聞いてたけど、こんなの予想外もいいとこよ」
「そういうけどさ。そのクリーン魔法の原型はミレディさんだぞ」
「え?」
ニーナは、ミレディさんを凝視する。
「お恥ずかしながら、私の魔法をシュンさんが改造した物ですよ」
「……」
こいつらは一体何なんだ。という台詞がニーナの顔にはっきりと書かれている。
俺はそれは無視してニーナに言う。
「もう一つ渡しとくものがある」
俺が取り出したのはマジックバッグ。俺のメインのと同じ戦闘時用の密着ポーチ型の物。これも予備として作っておいた物だ。
そして自作であること、ほぼ無限な容量、時間停止のものであることを説明。
「エリーゼが右手に手甲着けてるだろ。あれもマジックバッグだよ。他人の目があるとこでは使って無いと思うけど」
「……」
ミレディさんは俺達を、主に開いた口が塞がらないニーナを見て微笑んでいる。
以前にミレディさんから二種類の避妊魔法を教えて貰った際、これもと言われて最新版キュアを習った。緊急避妊魔法を使うような状況の時には必要になることもあるだろうということで。
そのお礼の意味でミレディさんにはマジックバッグを進呈していて、それは敢えて市販品と同じようなデザインの物にしている。但し、容量や時間停止は俺の他の自作の物と同じ仕様。
固まっていたニーナはしばらく放置していたら自然解凍されていた。そして、エリーゼをつかまえて随分長いこと話をしていたようだが、気にしないことにした。
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