第87話

 治癒室に居たミレディさんは、俺達の姿を見るとニッコリ微笑んだ。

 そして、ミレディさんから部屋にある椅子を勧められて皆が座ってしまうとフレイヤさんが言う。

「今回の依頼はギルドからの指名だけど、ミレディの希望なの」


 という訳で詳しい話を聞くと、依頼の内容はミレディさんを護衛することだった。

 スウェーガルニの南、馬車で4日ほどの所にレッテガルニという街がある。そこへ出張するミレディさんの護衛をして欲しいという話。


 同じ公爵領に属する街レッテガルニはスウェーガルニより少し小さな街だがその歴史は古く、鉄、銅などの鉱山を中心に栄えた街である。アリステリア王国が建国されてからは、付近に更に銀やミスリルの鉱脈も見つかり発展を遂げた。

 しかしレッテガルニ周辺の土地は痩せていて農業には不向きなことから、食料などはスウェーガルニを初めとした周辺に頼っている状況だ。農業従事者は少ないが、鉱山関係に従事している者や鉱産物に因んだ商売を手掛ける者が多い。


 今回は、冒険者ギルドのレッテガルニ支部からスウェーガルニ支部へミレディさんの派遣依頼が来て、それに応じることにしたという。

 レッテガルニは公営の治癒院にもギルドにも治癒師の数が少なく、以前から慢性的な治癒師不足である。現状、教会にかなり依存している状態でその度合いは少しずつ高まっている。

 この教会への依存度を下げる目的で改めて公爵領が出した方針は、公営、ギルドともに治癒師の増員とその技術の向上。教会の影響力を抑えたいアリステリア王国中央の意向に沿うものだ。


「そういう訳で、ミレディは治癒師たちへの技術指導という形で赴くことになったのよ。指導そのものはレッテガルニのギルドで3日間ね」

 とフレイヤさんは言った。


「じゃあ、往復の日数を合わせると2週間ぐらいと考えていればいいですか」

 エリーゼのその言葉にミレディさんは頷くが、あっ、と俺を見て言う。

「シュンさん、少し寄り道しませんか。寄り道というより足を延ばすと言った方がいいんですけど」

「はあ…」

「レッテガルニの先にベレヌ神殿遺跡と呼ばれる遺跡があるんです。そこに行ってみませんか。世界最初の光魔導士ベレヌスが光魔法を学んだのがこの神殿だったと言い伝えられています。ベレヌ神殿は元々は光の神殿と呼ばれていたそうですよ」

「なっ、光の神殿ですか!?」


 この世界の宗教は大きく分けて二つだと言える。一つはよく話題にも出る教会勢力。正式には聖ルシエル教、教皇国に本部聖殿を持ち主神ルシエルを崇めるもの。そしてもう一つは神殿勢力と呼ばれている、創造神とそれに付き従った神々を奉るもの。古い伝承ではルシエルも創造神に従った神の一人であったとも言われているが、教会勢力は別の意見を持っているようだ。

 歴史は神殿の方が圧倒的に古い。有史以来ずっと人々の身近にあったものだと言える。反して教会は新興宗教と言っても良いほど歴史は浅いが、政治と支配を好む一派が主流であり、教皇を君主と崇めた教皇国を作ったばかりでなくその権勢を広げることに執心していると言われている。

 神殿そのものは実際には既に勢力と呼べるほどの存在ではない。細々と一子相伝のような形でその教えが伝えられて密かに神事が行われている状態だが、伝承という形で創造神による世界創世とそこに込められた思いを伝え続けてきたことは、彼らがその存在意義を失わない拠り所となっている。


「そうね。光魔法師が三人も居るんだし、この際だから行ってらっしゃい」

 フレイヤさんもそう言ってくれてるし、俺にも異存はない。

「行きましょう。是非見てみたいです」

 俺がそう言うとエリーゼも、うんうんと頷いている。


 その後、ミレディさんを交えてレッテガルニまでの地図を見ながら行程を考える。ミレディさん自身も俺達も誰も行ったことが無い土地なので、フレイヤさんの意見がありがたい。街道そのものは整備されているのだが途中の村や街は少ない。どうしても途中一泊は野営になりそうだ。

 俺が地図の街道駅の一つを指差して、ここかなと考えていると。

「その辺りから先はね、街道沿いにしては魔物も多いし野盗もたまに出てくる所ね」


 フレイヤさんがフラグ的な発言をしてくれる。


 レッテガルニの冒険者には、この街道を行き来する隊商の護衛を行う事を専門にしている者もいるらしい。専門としていることでノウハウが蓄積されているんだろう。案外冒険者としては賢いやり方なのかもしれないなと俺は思った。


 さて、護衛任務の打ち合わせのようになった場を後にして、カードを受け取る。ランクの更新というがカードそのものは新しい物。Bランクからはまた材質も違っていて、ひと目で判るような感じである。

 だけどウィルさん達のを見慣れているので、とくに感慨のようなものは無い。



 護衛任務に出発する前に、宿でひと悶着あった。そう、ニーナである。

 最近のニーナは護衛二人と訓練ばかりしているらしい。俺達の訓練を見て触発されたんだろう。良いことだと思う。俺達の影響でウィルさん達バステフマークも、結構厳しい訓練をするようになってたし。

 ちなみに、ニーナも今回Bランクに上がっている。ヴィシャルテンの一件と、それ以前の実績もあるので、加味されてランクアップに至ったということ。


 という訳で、ニーナ。

 俺達が食堂に入ったら、いきなり。

「どうして、護衛の依頼でレッテガルニへ行くってこと言ってくれないのよ」

 あれ、言ってなかったか。というボケは、この状況では禁句でありそもそも相応しくない。

「要人の護衛任務だぞ。関係者以外にペラペラ喋ったりしないぞ、普通」

 ミレディさんは、ギルドにとってもスウェーガルニにとっても要人だ。


 しかしニーナは速攻で涙目。あの凛とした姫様モードの時とのギャップが激しい。

 だけど、こっちが素なんだろうな…。


 そう言えば、最近はガスランが篭絡されつつある。護衛の二人と仲が良い。

 レッテガルニ行きの話も、おそらくそこから漏れている。


 ガスランをチラッと見ると、失敗したという顔をしているので説教は取り敢えず保留にしておいてやろうと思う。


 黙って涙目のまま俺を見ているニーナはほっといて、俺は食堂のテーブルに着く。

 ガスランもそれに倣う。


 エリーゼはニーナの方へ近づいて言う。

「ニーナ。私達と一緒にやっていける? 訓練見てたでしょ。私が出来ていることが最低ラインなのよ」

「……頑張る」


 エリーゼは少しだけ溜息をついて、俺を見た。

「シュン、ニーナをパーティーに入れて上げましょう」


 ガスランが、えっ? という顔でエリーゼを振り返って見る。

 ニーナは、エリーゼが言ったことが理解できていないように無表情。


「解った。ガスランの意見は?」

 ガスランは少し考えて、そして俺を見た。

「……エリーゼに賛成。ニーナは心が強いから大丈夫だと思う」


 うん。エリーゼはずっと見てたんだ。

 ニーナがこれまで口にしたことは嘘じゃないこと、ある意味では純粋過ぎる所も。

 俺達に対して二心など無いことも。


「解った。俺もエリーゼに賛成」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る