第84話 襲来
ニーナ達の部屋は広かった。この部屋高そう、と思いながら俺は勧められたソファに腰を下ろした。広いソファの俺の左右にエリーゼとガスラン、正面にはニーナ。こういう時って横の椅子、相手から見ると斜め前に座ると交渉事が進みやすいとか、以前石川先輩が言ってたなと思い出す。真正面だと、人間は対決している心理にどうしてもなってしまうんだとかなんとか。
護衛の女性二人と俺達も改めて自己紹介をする。そしてその一人リズがお茶を淹れて全員に配り終えたのが合図となり、ニーナが口を開く。
「私は、ユリスニーナ・ルツェイン・ウェルハイゼス。ウェルハイゼス公爵の次女なの。護衛が付いているのはそれが理由で、だけど私自身は今は冒険者ニーナでしかないと思ってる。だから普通に接してくれると嬉しい」
俺は鑑定でフルネームが判っていたし、公爵の苗字と同じだからその縁者の可能性が高いとも思っていた。
「分かった。ニーナ」
貴族への敬意を払う事もない、今まで同様の態度の俺に少し安心したのかニーナは表情を和らげる。
しかし、すぐに表情を引き締めてニーナは言う。
「シュン達がオークの大群を殲滅した話を聞いた時から、一度話をしたいと思っていたの。同じCランク冒険者なのに、私には到底真似できない事だと思ったからよ。そしてスウェーガルニに行った時にギルドの演習場で偶々、アルヴィースとバステフマークの訓練を見て衝撃を受けて…。そして思ったの。ここからなら、私がなりたいものに手が届くかもしれないと」
話を聞いていて、大人しく姫様してればいいのにと俺は思ったんだけど、どうやらニーナはそんな気は一切無さげである。
それはともかく、ニーナの話が途切れた所で、じゃあ今日聞いた話は誰にも言わないし俺達も忘れることにするからと、そう言って席を立とうとしたら、もう泣き出さんばかりの勢いで懇願してくるニーナである。護衛の二人も一緒に跪いて頭を下げてくる始末。
しまった。場所を変えたのは失敗だった。よく考えたら敵本陣の真っただ中だ。エリーゼはずっと黙っているが、シュン何とかしなさいよと言ってるのが聞こえてきそうな感じだし、ガスランも多分、俺が何とかするんだろうぐらいにしか思っていない様子。
「仮に、ニーナがパーティーに入ったとしたら、護衛の二人はどうするの?」
俺は変化球で攻めることにしてリズに向かってそう言った。
すると、リズはニッコリ微笑んで
「私達は領都へ戻ります」
と、嬉しそうにそう言った。
あれ? なんか厄介な任務から解放されるって感じ満載じゃね?
ニーナ、どんだけ迷惑かけてんだよ。
もしかして公爵にとって要らない子なのかニーナは。
「いやいや、姫様を独りには出来ないでしょ」
「シュン殿が一緒ですから独りではありませんね」
「そうじゃなくて、俺らみたいなのを信用できないでしょって意味だよ」
俺のその言葉にリズが首を大きく横に振ってから言う。
「シュン殿、公爵家はアルヴィースの方々は信頼できると判っておりますから」
「え? なにそれ…」
もう一人の護衛とニーナまでが、うんうんと頷いている。
公爵家って…。
エリーゼもガスランも同じく、なにそれ? という顔をしているので、取り敢えずリズに説明を求めた。
冒険者を続けていきたいニーナに対して、ニーナの父、公爵が示した条件が二つある。一つは1年以内にCランク以上の中級冒険者となること。二つ目は、やはり1年以内に信頼できるCランク以上のパーティーに所属すること。この条件を満たさなければ冒険者は諦めるとニーナは約束させられた。リズ達二人は公爵から命じられた護衛兼見届け役でもあるのだ。
条件の一つ目は、ニーナが優秀な遺伝子を持っていることと武門の家柄らしく騎士になる為の訓練を小さな頃からしていたおかげで、身体能力、剣の技術など十分なもので容易く達成できた。
問題は二つ目の条件で、信頼できるパーティーという漠然としたものは主観的なものでもあり、あらかじめ公爵領内で活動している冒険者パーティーが幾つかリストアップされている。なるべく同年代とかそういう基準もあるみたい。
「アルヴィースは、そのリストの中で最上位です。次点がバステフマークですね」
「誰がそんなことを…」
誰がそんなことを決めたんだと俺は言おうとしたんだが、なんかフレイヤさんの顔が脳裏にチラついてきた。公爵領内で冒険者が多いのはスウェーガルニとドリスティア、そして領都なので、フレイヤさんに意見を求めるのは有りそうな気がする。
俺のそんな考えを見透かしたかのように、リズはニッコリ微笑んでいるだけ。
俺達に固執している理由は一応は理解できた。納得できるかは置いといて。
……と、その時。
エリーゼが顔を顰める。
俺にも解っている。ビシビシと感じられる探査への反応。
ガスランも部屋の中から外を見透かすように凝視している。
俺は立ち上がって、探査を目いっぱいに広げながら言う。
「ガスラン、エリーゼ、すぐフル装備。西門へ行くぞ、昨日入ってきた時の門だ。ガスランはエリーゼの傍を離れるな」
「「了解」」
俺達は、それぞれが防具などの装備を次々に収納から取り出して着け始めた。
ニーナ達は最初こそ唖然としてそんな俺達を見ていたが、ただ事ではないと感じたのか俺に言う。
「シュン、どうしたの? 何があるの?」
「襲撃。ゴブリンだな。おそらくは300体以上」
「「「えっ(なっ)!?」」」
「どうしてそんなことが判るの?」
「説明している暇はない。既に人が襲われている。ニーナ達は街の人への呼びかけと、出来れば領兵を西門方面へ出動させてくれ」
宿の前の通りに出て西門を目指す。通りの人はまだ異変を知らないせいだろう、のんびりした空気が流れている。
街の中心から西門へと続く大きな道がある。その道に出てさらに西門を目指すと、門の向こう側の様子が少しずつ肉眼でも見えてきた。
「中に入ってきている。急ぐぞ」
近付くほどに、人とゴブリンが争っている様子が判って来る。一人に数体ものゴブリンが集っているような状況。悲鳴も聞こえてくる。悲鳴のほとんどは門の外からのように思える。
走りながら、なぜか俺達に付いてきているニーナに俺は言う。
ニーナもしっかり装備は整えている。
俺の話を聞いてすぐ、護衛二人とともに防具などを身に着けていた。
「ニーナ、街への呼びかけは?」
「さっきリズ達に行かせたわ。公爵家の紋章があるから大丈夫よ」
まあ、そう言うならいいか。
取り敢えずはここを何とかしないと。
「エリーゼ、ガスラン。門の所で襲われている人を最優先で救助。俺は門の外に討って出る」
「「了解!」」
門の所に来ると、衛兵たちが倒れている姿が目に入る。そして街の中に入り始めている群れ。
雷撃 ズガガガガガッーン
近くの建物にも影響は出ているだろうが、気にして居られない。
俺は慎重に雷撃を放ちながら、門の真下まで辿り着く。
人に当たらないように確認する時間が惜しいが仕方ない。
大きな隊商が出発していたのだろうか、馬車が門から100メートルほど離れた所を先頭にして何台も停まっている。隊列と呼べる状態ではなく、横転している馬車もある。馬は暴れているか既にゴブリンにやられているか、手綱を切って走って逃げているのも。そしてそんな馬車全てに群がっているゴブリン。窓や扉を破られて中に侵入を許している馬車も多い。そして、まだ抵抗している人の声が聞こえる。
俺は一番手前の馬車から電撃(スタン)を強めに浴びせていく。万が一、人に当たっても気を失う程度で済ませる為。
スタンを当てきれなかった一体がこちらに目を向ける。
シュッ
ニーナが放った矢が当たって、その一体は後ろへひっくり返った。
「今のはゴブリンの気を失わせているだけ?」
「人が傍に居るからな」
ニーナの質問に簡単に答えた。
探査で、街の中心部から人が団体で近付いて来ているのが判る。やっと応援が来るようだ。
道から外れて逃げている人を追うゴブリンは雷撃で倒しながら、馬車にやはりたくさん群がっているので、それの処置を続ける。そうしている間にも俺達に向かってくるゴブリンが後を絶たない。ニーナも矢を撃ち続けている。
馬車への処置が済んだところで、ガスランとエリーゼが門から出てきた。エリーゼは俺の方へ走って来ながら、周囲から迫るゴブリンへ矢を次々と放ち続けている。
そして衛兵も何人かその後ろに続くようにやって来ている。
エリーゼが俺の隣に来て、まだ矢を撃ちながら言う。
「中は片付いたよ。冒険者の応援も10人ぐらい来た。手当を優先してる」
「了解」
俺はゴブリンにスタンを撃ちながら、近付いてきた衛兵に向かって
「馬車の人達を街に運んでくれ。そして門を閉める準備を。俺達の事は気にせず門は閉めて構わない。あと、念のため他の門にも連絡してほしい」
そう大声で言った。
「分かった!」
衛兵は目の前の馬車の中を覗き込んで、人を引っ張り出し始める。
返事をしてくれた衛兵が、あとからやって来ている衛兵たちに大声で指示をする。
ゴブリンが群がっていた停まっていた馬車の更に先に進む。探査ではまだまだ多くの反応が見えている。散発的に近付く奴を片付けながら進む。
西門から出ると、真っすぐ西のスウェーガルニ方面へ行く街道と北へ向かう街道の分岐がある。その分岐の角の所からは木立が始まっていて、それは北西方向の林に繋がる。ゴブリンはこの林の奥から出てきている。
「シュン、人が連れていかれてる」
エリーゼがそう言ってその林を指差す。
ゴブリンに担がれているのか引き摺られているのか、ゆっくり進むその拉致されている人の反応が俺にも判った。
しかし、更に先にはまた別の反応。上位種とその取り巻きが多数。少しずつこちらに近付いて来ていたようだ。
「ちっ、やっと見えたと思ったら遠くから指示してるな」
俺が思わずそう呟くと、エリーゼが言う。
「シュン、レールガンは撃てる?」
「うん。あの人の救助はガスランとエリーゼ頼む。助けたら南寄りに進んで門まで戻ってくれ。俺は北寄りに回り込んで射線開いたら撃つよ」
「「分かった(了解!)」」
ニーナがどっちに付いて行こうか迷ってるようだったので、
「付いてくるなら俺の方に」
そう言って俺は走り始めた。
ガスランとエリーゼが木立の中を進むスピードはとんでもなく速い。森の種族と呼ばれるエルフの本領発揮だ。俺も速度を上げて北寄りに進む。ニーナは息を荒げて何とか付いて来れている状態だが構っている暇はない。
少しだけ小高い場所に来て停まる。俺はそこに留まりもう一度探査で確認する。パッシブではない能動的探査の方だ。エリーゼとガスランが人を一人連れて街へ戻り始めているのが判った。
「よし。救出完了してる」
俺のその独り言に、ニーナは何か言いたそうだが言葉は飲み込んだようだ。
俺はニーナのその雰囲気に応じる。
「ニーナ、いろいろ聞きたいことは有るだろうが全部終わってからな」
「…うん」
「俺達には秘密が多い。他言無用で頼むよ」
「解ってる」
俯瞰視点と探査をフル稼働。
以前組み込まれた俯瞰視点スキルも、最近はかなり範囲が広くなってきている。
お、ギリギリいけるな。
射角と距離は俯瞰視点でバッチリだ。いつもこれだと楽なんだがなと俺は思う。
「ニーナ、光を直接見るな。出来たら目を瞑っててくれ」
10連装雷撃砲…(なんちゃってレールガン、但し10連装)
10個の円盤が地面に垂直になった状態で浮かぶ。
なかなか壮観な眺めだと自分でも思った。
今回は一つ一つも大きめ。全て直径1メートルぐらい。
よし、照準はこのまま。
「撃つ」
ズズギュンンンッッッッッッッ
射線上の林の木々が一瞬で消失する。地面が揺れる。熱風が起きる。
そして遥か彼方まで超雷撃の光が到達。
発射の轟音のすぐ後に、光から少し離れた所の木々が引きちぎられるようなバリバリッという音が響く。
少しして射線の後を歩きながら、周囲の探査も続ける。ポツポツと、群れから離れていたおかげかまだ残っているゴブリンの存在も判るが、そいつらはどうやら逃げて行っているようだ。それを追うことはしないが、視界に入ってきた奴は片付ける。
「ニーナ、水魔法は使えるか?」
「ええ、大丈夫よ」
俺は、相変わらず後を付いてきているニーナにそう言って確認を取った。
「悪いんだけど、煙が出ている所の消火していってくれるか」
「え? あ、ああ、そうね。任せて」
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