第72話 エルフの大魔導士

 エルフの大魔導士アルネフロムは、もし今生きていたならば400歳近い年齢だとフレイヤさんは言う。行方不明になったのが今から約100年前の事。エルフは自然死する人は少ないが、およその寿命としては350年から400年と言われている。

 ちなみにフレイヤさんは今、150歳ぐらいなんだと。これまで尋ねることを避けてきたので、ちょっと俺としてはすっきりした気持ちもある。


「私が子どもの頃、行方不明になったと騒がれたの。私が生まれる前から魔導士としてずっと活躍していて、一部ではエルフの英雄のように語られていた人よ。行方不明になる前に、あるエルフの都市国家と派手に揉めたせいか、その後はあまり言い伝えられることが無くなったように思うわ」


 そうなのか…、と思って聞いていたが、フレイヤさんが自分が50歳の頃を子どもの頃だとサラリと言ってたのは少し納得がいかない。


 そのエルフの都市国家と揉めた理由は、禁忌の魔法についての扱いでの意見の相違とのことだったがフレイヤさんも確証を持てるほどには知らないそうだ。

「その国の当時の噂からの想像なんだけど、おそらく死者の復活。蘇生魔法の事だろうと思うわ。古代エルフの伝承では、死んで肉体を離れたエルフの魂は精霊に変化して、ユグドラシルに具現されているような大いなる精霊の集合体の一つに組み込まれると伝えられているの。だから死者の魂を呼び戻すという行為は、精霊としての輪廻に逆らって肉体を持たせる悪魔の所業として禁じられているわ」


「その国、都市はどうなったんですか?」

 エリーゼのこの問いにフレイヤさんは溜息交じりで答える。

「滅んだわ。あっという間のスタンピードで生存者はほとんどいなかった」


 俺は今の話で気になった事を尋ねる。

「その蘇生というのは、もしかして元の肉体ではなくという意味でのことですか?」

「健康な状態にまで修復できるならば同じ肉体という事もあるのだろうけど、それは出来ないのが普通よね。だから別の肉体という事ね。その国が研究していたのはホムンクルスよ」


 ホムンクルスか…。俺は意図的に並列思考をオーバークロック気味に稼働させる。


 ふむ…。錬金術なんだな。げっ、人の精液使うのかよ。って、それとは別の方法もあるのか、なぜかちょっと安心。


「アルネさんは、もしかして錬金術師でもあったんですか?」

 俺のこの問いにフレイヤさんは首をかしげる。

「魔導士というレベルになると、そうであってもおかしくないかしら。ただ、錬金術師だったという話は、少なくとも私は知らないわ」


 フレイヤさんは、ガスランに関する情報を以前に俺がお願いした時に集められなかったこともあり、エルフという線からのアプローチは意識してなかったとしきりに悔やんでいた。

 なので、フレイヤさんは名誉挽回とばかりに張り切って情報を集めてみると言った。


 俺とエリーゼは、ギルドを出て宿に向かう。

 人通りが少し減ってきた辺りまで来ると、エリーゼは俺の方を見た。

「ねえ、シュン…。自分がホムンクルスじゃないかと思ってる?」

「うん。と言うか、生命体って何なんだろうって思ってた。まあ、俺の事を言うなら女神が造ったのは間違いないから、ある意味では人間が造るホムンクルスに近いと言えなくもないけどさ」


「違うよ。シュンは造られたんじゃない」

「ん? でも…」

「違う。神様の物まねをして造ったホムンクルスとは違うよ。女神様は造るんじゃなくて産み出すの。慈しみの結果なの。造られたとかそんな風に思っちゃ駄目」

「…うん。そうだな」


 それから、エリーゼと一緒に宿で晩飯を食べた。エリーゼは少しその日はいつもより多くエールを飲んでいた。


 双頭龍の宿は、風呂場を作った当初は男女共用で時間帯を分けて使っていたそうだが、俺達が泊まり始めた頃は既に増築されて男女別になっていた。だから、特に待つ必要もなく、その夜も俺とエリーゼはそれぞれさっさと風呂に入ってしまうことに。


「お風呂から上がったらシュンのとこに行くから、あまり長風呂しないでね」

 エリーゼは、早口でそう言うと女性用の脱衣所の中に入って行った。


 何だろうと思いながら深く気にせずに、俺は最近買って来た洗髪用の石鹸を試してみたりする。ほとんど匂いが無い物なので、冒険の時に使ってもいいかもと思ったりしている。ま、クリーンが有るので気分的なものではあるんだけど。

 魔法でいきなり結果を得るのと、自分が手を動かしてその結果を得ることの違い。どちらもアリだと俺は思っている。過程を経た感情や気分というものは、魔法では補えない。


 風呂から上がって、そろそろ構想も練りあがってきたので先日ベルディッシュさんから受け取っているエリーゼの新しい矢筒への魔法付与をしようかと考えていたら、部屋のドアがノックされる。

 エリーゼが来ると言ってたなと思ってドアを開けた。


 エリーゼがそこに立っていて、少しそっぽを向いている。

 ん? と思いながら俺は言う。

「寒いから、中に」

「うん…」

 宿の部屋の中は各部屋の魔道具のおかげで冷暖房完備と言っていいが、廊下など共用スペースは少し効果は弱めである。


 どうやら、エリーゼの様子がまた昨日のように変だなと思い始めた俺は、少し心配になる。

「エリーゼ? 大丈夫か?」


 エリーゼはいきなり俺に抱き着いてきた。そして、唇が塞がれる。


 急な展開で驚かなかったかと言えばそれは違う。ただ、いつかはこうなるんじゃないかと俺は思っていた。ずっと前からのエリーゼの気持ちに気が付かないほど鈍感じゃない。


 唇を離して、でも抱き締め合ったままでエリーゼが俺に言う。

「昨日ね。初めてシュンの色が見えてしまったの」

「魔眼が俺に利いたってこと?」

「うん。綺麗な色だったよ…私ドキドキしちゃって」


 喜んでいいのかどっちなのか判らない話だが、エリーゼはいつも見える訳じゃないと言う。

「シュンの私への強い感情が出ている時だけみたい」

「昨日って、俺…。俺のエリーゼに指一本触れるんじゃねえ、とか思ったんだ」

「知ってる。そして、シュンが私の事凄く愛してくれてることも改めて判ったの」

「なんか、割と恥ずかしいな」

「私の気持なんかとっくに知ってたでしょ、おあいこよ」

 二人でクスクスと笑う。


「エリーゼに言わせて、ごめんな。男の俺の方から正々堂々と言うべきことなのに」

「だって、シュンはこうならない方がいいとか、そんなことも思ってたでしょ」


 それは、そうなのだ。

 エルフのエリーゼとヒューマンの俺は寿命が違いすぎる。状況が特殊な俺の身体はもしかしたら少し違うのかもしれないが、それにしても、と思っているのは事実だ。


 そして、エリーゼがまた唇を重ねてくる。

 ああ、やっと…。俺は、ずっとこうしたかった自分の気持ちを、いつしか抑え込んでいたことを思い知る。


 俺はエリーゼを強く抱きしめた。エリーゼも同じように俺を抱きしめる。

 何度もキスをして、何度も見つめ合って

「愛してる」

 そう囁き合った。

 そしてまた抱き締め合ってキスを続けた。

 舌を絡めると、エリーゼはびくりと反応して、そのすぐ後には吐息を漏らす。


 そして少し体を離したエリーゼは、俺をじっと見つめながら言う。

「シュンが欲しいものを上げる。それは私もとても欲しいものだから…」


 灯りを落として服を脱いだエリーゼは、薄暗い中でも輝いていてとても美しい。


 俺とエリーゼは結ばれた。朝まで何度も求め合った。



 ◇◇◇



 翌朝、二人して朝寝坊。

 イリヤさんが何かニコニコしてるけど、特に何かを言われる訳ではない。


 エリーゼは、流石に今日の朝訓練はパスだと。


 そして、俺はエリーゼを見ているとまた欲しくなってくる。なんと言うか、この若い身体が恨めしい。


 遅い朝食、いや早めの昼食を二人で食べながら、エリーゼが小さな声で言う。

「シュン? 私はいつかシュンの子どもを産むつもりだからね」

 エリーゼは昨夜服を脱いだ時に、ミレディさんから避妊魔法をかけて貰ったと言った。朝、珍しく先に行くと言って早く出たのはそういう事だったのかと俺は知った。


「そうだな。俺もそうして欲しいと思ってる」

「でも、まだ今はシュンと二人で居たいけど」

「それも同感」


 そんな事を話していたら、イリヤさんがサービスだと言ってデザートを持ってきてくれた。


 解るよね。もう一目瞭然で。


 今日のエリーゼは表情全てがキラキラしていて、これまで見たことが無いほどに綺麗で可愛くて色っぽくて輝いている。

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