第7章 若き冒険者の悩み

第70話 冬の気配

 日が短くなって、最近は夜は寒くなってきた。秋が深まってきたという事。そろそろ普段着も冬物考えないとな、なんてことを思いながら商店街に並ぶ商品を眺めながら通りを歩いた。

 冒険者モードの時は、以前誂えたミスリルを織り込んだシャツが万能なのでそんなに気にしなくてもいいのだが、普段着る物はまた別である。


 そんな事を取り留めなく考えているうちに、ベルディッシュさんの店に着いた。


「ん? シュンか。出来てるぞ、例の…」

「矢筒と腹巻き、ですね」

 俺はそう言って苦笑い。


 もうちょっと、ましなネーミングできないのか。というベルディッシュさんの言葉はスルーして、出来上がっているという物を見せて貰う。腹巻きと言ってるが実際には幅広のベルト。


「いい感じですね。これならずっと締めててもそんなに気にならないです」

「一番苦労したのは、やっぱり耐久性みたいだぞ」

「そこは無視できないとこなので、もしダメだったら快適さを犠牲にしたと思いますよ」


 ま、そうだろうな。という感じでベルディッシュさんは頷いた。支払いは済ませているので、そのまま受け取る。そして、エリーゼが大量注文していた矢が届いているというので、ついでに持って帰ることに。収納するから全然苦にはならないし。


 オークの横穴ダンジョンは、正式に「スウェーガルニ・ダンジョン」という名前が付けられて一般に開放された。入場制限はドリスティークダンジョンと同様に、Dランクパーティー以上、ソロはCランク以上とされた。

 元々、ドリスダンジョンを攻めている冒険者でもスウェーガルニを生活拠点としている者が多く、それは物価や治安など生活する場所という事も含めたいろんな理由からだが、そういう者にとってはとても都合が良い話となった。

 更には、新しいダンジョンへの期待やレアアイテムが出るという噂のせいか、多くの人がやって来てスウェーガルニは今とても人が多くなってきている。

 宿はどこも満室続きで、街は緊急対策として空き地などに仮設のバンガローのようなものを建設していたりもする。


 そしてダンジョン前のテント村だった場所は、既に当初の面影は全く無くなっていて、すぐ前に在った仮設の建物はすべて撤去されて、広場が大きくなっている。その周囲にどんどん建物が増えている状況だ。ダンジョンを囲う塀も建てなおされているが、更にすぐ建て直しというか本格的なものを作ることになっている。

 広場とした所が、防衛の為の壁や施設を作る場所という事。直轄地としての第一弾の線引きが行われた結果だ。今後その範囲が広がる可能性はもちろんある。

 そして街からダンジョンに至る経路も、近いうちに広げられて再整備が行われるらしい。この辺りは雪がそれほど降らない地域なので、冬になっても工事を続けられるとかなんとか。


 そういう訳で、ダンジョン内も今はとても冒険者が多い。なので、逆に俺達はダンジョンを敬遠するようになってきた。いろいろ気になっていることは有るので、時々は見に行ってみたいとは思っているんだけどね。


 ギルドもダンジョン関連で専用カウンターを作ったり、人も急遽王都から派遣して貰ったりしているが、フレイヤさんが言うには、近いうちにダンジョン近くにちゃんとした出張所を作るらしくて、そうしたら街の方はまた以前の状態に戻すと。


 スウェーガルニダンジョンの現在の到達階層は第7階層。3層までは調査段階で進んでいた。開放直後にバステフマークの3人が攻めて6層まで進んだ。第4階層からはトロールが出現して一気に難易度が上がったのだが、聞いたところによるとウィルさんが無双しまくったらしい。


 俺達アルヴィースも誘われたのだが、俺とエリーゼはガスランの所に行く予定にしていたのでそれは断った。



 以前会った所を中心にエリーゼと二人で探査しまくって、やっと探し当てて久しぶりに会ったガスランは、俺達を見て嬉しそうだった。

「嬉しい、そして泣きたい思い…そんな色」

 エリーゼは魔眼で見えたガスランのこの時の色についてそう言った。


 俺達は三日間、ガスランと一緒に過ごした。奴が着いて来いというので行ったら、家があった。ガスランと初めて会った所から更にかなり進んだ山の奥深くに、どうしてこんな所に家があるのかと不思議で仕方なかったが、ガスランは長い間この家に住んでいるんだと。


「コ・コ・ア・ル・ネ・ノイ・エ」

 ガスランがアルネと言った、その人が育ての親。今は亡くなっているが、ずっとこの家で二人で暮らしていたそうだ。


 ガスランに断って、家の中を見せて貰ったらいろいろと判ってきた。

 家の中は、ふんだんに魔道具が使われているのだが、壊れているのか動かなくなっている物も多い。ガスラン自身も何の為の道具だったか説明できない物もあって、いろいろ推測しながら、次回来る時に補うべき物を考えた。俺もエリーゼも見たことが無いような道具が多いが、判る範囲でやっていくしかない。


 落ち着いてから、エリーゼが料理をしてガスランに食べさせたところ、ガスランは涙を流した。

 魔物が涙を流した。しかも半分は嬉し涙で、残り半分は育ての親の女性を思い出した涙だ。


 エリーゼは、すぐに貰い泣き。俺も我慢できなかった。

 三人のそれがやっと治まった時、ガスランは少し恥ずかしそうな顔をした。


 ガスランへの土産として食べ物や着る物などはもちろんだが、俺は剣も3本ほど持って行っていた。それを渡すとガスランは、自分が今使ってる剣を大事そうに家の戸棚の中に仕舞いこんだ。大切なものだというのはすぐに理解できた。

 本当なら使いたくない、思い出がある物なのかもしれない。でも、生きる為には武器が必要で使っていたのだろう。


 俺とエリーゼが街に帰る日に、ガスランはアルネを埋葬したという場所に連れて行ってくれた。ガスランは、場所が判るように大きめの石を置いていると言う。

 その周りにはたくさんの花が咲いていた。


「ア・ル・ネ・コ・コ・スキ・ダッ・タ」

「いい所だな、ガスラン」


「コ・コ・シュ・ン・エリ・イゼ・ミセ・タ・カッ・タ」

 ガスランはそう言って頷いた。



 そして、しばしの別れの時が来る。次回はもっと早く来る予定。

「また来るよ。お土産いっぱい持って」

「またね、ガスラン」


「マッ・テ・ル・マタ・アウ」

 ガスランはそう言って、いつまでも俺達を見送り続けた。

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