第41話 修羅

「全速撤退! 殿はウィルとシュン。エリーゼ止まるな!」

 セイシェリスさんの声が聞こえた。


 雷撃を止めて、姿をさらけ出して自分に全てのオークの意識を向けさせる。

 俺は、わざと魔力を全開で放出している。隠蔽なしの魔力探査もフル稼働。


 オーク達の増援は、そろそろ終わりかな。どこに隠れてたんだよお前ら。

 フガフガ、ガーガーうるさいよ。


 ふっと訪れた空白のような、互いに動かない刹那の時間。

 騒がしいのに、なぜか音がしないような。

 相手を確かめるような。

 

 まだ上位種が居るのか。一体、どんだけ大所帯なんだ。


「シュン、回り込む奴は俺が片付ける。背中は任せろ」

「お願いします」


 ちょっとだけ振り返って見た。ウィルさんがニヤリ。

 ウィルさん、カッコ良すぎませんか。


「今出てきたの魔法職です。それになんとか雷撃し、切り込みます」

「ああ、さっさと、片付けようぜ!」


 雷撃連発。飛び込む。両手の剣で獅子奮迅。電光石火。雷撃の轟が続く。


 近接に雷撃が使えないのは問題ない。切ればいいだけ。

 それよりも、近くの奴が邪魔で、その先への雷の照準がむずい。


 オークの唸り声、悲鳴、苦悶の声、剣を振るう音。

 近い奴は切る。逃げそうなやつは見えれば雷撃。

 一匹としてエリーゼの方には行かせない、俺の剣から目が離せなくしてやる。

 ウィルさんが居るのは、横穴にまっすぐ向かう俺の背中側。

 それ以外に向けてただ切る。

 お前らの下手くそな剣で、俺に当てられるわけないだろうが。

 二匹同時に突っ込んでくる。見切って蹴飛ばして斬る。

 次々に躱して切る。切っていなして、切る。


 やはり両手に剣を持っていた、ウィルさんの片方の剣がオークの斧で嫌な音。

 俺は左手に持っていた剣を投げる。

 オークが使っている剣は、質が悪すぎるから。そんなの拾うよりこの剣。


「悪い、借りるぞ」


 オークの剣と俺の剣が撃ち合う音はほとんどしない。剣が防具に当たる鈍い音。

 ただ肉を切る音、剣が骨に当たる音。打撃の音。

 雷撃で焦げる音、匂い。血の臭い。

 後ずさりし始める奴が増えてきた。

 ガウガウガシュ、ガーー、グガヴィーガウ…

 うるさい。


 荒い息遣い。ただ剣を振るう音。荒ぶるオークの吠え声。

 オークの断末魔の声がいくつも聞こえる。


 俺も、ウィルさんも息が上がっている。

 さっさと、片づけたいですよ、俺も…

 切る、斬る。


 吠えている一番奥に居る上位種が見えた。雷撃。ほう、躱すのか…。

 魔法防御持ってるのか。

 いや、違う。あの場所は…

 雷撃の威力を上げて試したくなるが、考え直す。


 もう雑魚オークの残りは僅か。

 結構逃がしたのかもしれない。


 この上位種、鑑定結果では『オークキング』

 (噂のキングさんですか…)


 (残りの雑魚は、ウィルさんお願いしますよ、っと)


 キングの懐に飛び込む。

 こいつ良い反応してるな。

 撃ち合う。

 ギンッと剣がぶつかる。力の強さとんでもないな。

 ほう、剣術スキルまで持ってる。


 だが「甘い」

 ジャキーン という甲高い音。

 キングの剣を弾き飛ばし、その煽りでよろめき膝をついた奴の顔を見る。


 (お前、もしかして人の言葉を理解してるのか)


 しかし、奴はただ俺を睨んでいるだけ。


 ザシュッ


 キングの首を、俺は、輝きが増した女神の剣で断ち切った。



 ◇◇◇



 ウィルさんと、予備の水筒も出して、二人で水筒の水を分け合って飲みながら、座り込んでいる。


 ずっと二人とも黙ったまま。

 返り血で二人とも凄い。

 水を飲みながら、水を体中に掛ける。

 ウィルさんにタオルを渡す。

 タオルがすぐに真っ赤。

 二人とも、防具と服もボロボロ。


 横穴にすぐの所なのだが、また新手が出てくることを警戒しつつも、この距離なら対処できるという位置。


 ウィルさんは、俺に水筒を返して言う。

「ふう、そろそろ動くか。取り敢えず中を覗いとかないとな」

「そうですね。心配かけてるでしょうし、急ぎましょう」


 ま、エリーゼには、この距離なら探査で見えてるはずなんだけどね。


「だな」

 笑った。二人で静かに笑った。



 ◇◇◇



 俺とウィルさんが崖の始まりの待機地点に戻ると、そこには、セイシェリスさんとエリーゼ。

 シャーリーさんは、キャンプへ伝達に向かったと。


 俺の傍に駆け寄ってきたエリーゼが、俺の手をつかんで離さない。


「ごめんな、エリーゼ。心配かけた」

「いい…。シュンが、今ここに居る。それでいい…」


 セイシェリスさんも、ウィルさんの肩を何度も叩いている。

 なんか小言を言われているのだろう、ウィルさんは苦笑い。


 そんなウィルさんが思い出したように、

「シュン、この剣もうしばらく貸しててくれ」

「もちろん、そのつもりですよ~」


 エリーゼに、あちこち破れている服を脱がされ、体中を拭いてもらいながら、俺はウィルさんに答えた。


 セイシェリスさんが、気を取り直すように言う。

「一度、キャンプに戻ろう。そして、全員で横穴の徹底調査だ」

「「了解」」

「おう」


 セイシェリスさんの言葉で俺達はキャンプへ戻り始めた。



「良かった、良かった…」

 シャーリーさんには泣かれた。

 ウィルさんと俺は、心の中で土下座状態。


 すぐ、キャンプに居た、残りのチームメンバー全員に経緯と結果の報告。

 そして、シャーリーさんとエリーゼが先行する形で、全員で横穴へ向かった。



 横穴の調査は、俺達はちょっと休ませてもらうことにした。まだ、オークが出てくる可能性は、もちろんあるだろう。だが、同行していたギルド職員の、

「その姿を見て、まだ働けとは言えません。人数揃えて洞窟と周辺の警戒はしますから、少し休んでいてください」

 その言葉に甘えさせてもらう。


 結局、倒した上位種はキングを入れて6体。魔法職はオークメイジだった。そして、倒したオークの総数は、なんと150体ほど。周辺に逃げたのも相当数いるだろう。まさか、わざわざ人が多いこの場所に戻ってくるとは思えないが、一応周辺への警戒も続ける。




 話は少し遡る。


 殲滅の後、少し休憩した俺とウィルさんは二人でダルい身体に鞭打って横穴の中へ入った。入口辺りの狭さと暗さに隠されて外からは見えないが、横穴を少し入ると、いきなり大きな空間が広がっていた。

 それはフットサルのピッチぐらいか。

 天井は割と高く、壁やその天井からもにじみ出ているような光源がうまく認識できない不自然な明るさだ。

 中には伐採した木を更に製材していたような痕跡と、奥の方には小屋のようなものが幾つか建てられている。あのキング達上位種が居たからなのだろうか。意外としか思えない知能の高さと技術を感じる。

 ゴブリンもそうだがオークも、どうして人間の集落と同じようなものを作ろうとするんだろう。真似をしているのではなく、人間の暮らしぶりに何か特別な思いがあるのだろうか。


 オークキングは俺の言葉を理解しているように見えた。

 奴は喋ることは出来ないが、言葉を知っていた?

 その知識は、誰かが与えたのだろうか?



 思索にふけってしまいそうな頭を振り払って、このオークの大広間を見渡す。

 広い空間の突き当りには更に奥へと続く新たな洞窟。いや、通路。


 そう。さっきから解っている。

 ここは、ダンジョンだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る