第26話

 ウィルさんから掴まれている肩が痛い。痛いっす、ウィルさん。


「シュン、もっと詳しく聞かせてくれ」


 解りました、と言ってウィルさんが座るのを待つ。


「ユグドラシルのことは…?」

 俺は皆を見渡す。


「知ってるわよ。伝説と言われてはいるけど、実在していた。いいえ、まだ実在しているとエルフなら信じているものよ」

 フレイヤさんはそう言った。


 それに頷いて、俺は続ける。

「俺が知っている話では、ユグドラシルは、生命の強さを維持し存続を保証する樹。

 バス・トフマークは、あらゆるものへの治癒、癒しの種子の全てを持つ、そして悲しみをうち破る樹。というものです」


「素敵…」

 エリーゼが呟いた。


「その樹を、ウィル達の曾お祖父さんは探していたのかもしれないわね。言い伝えの中で、バステフマーク、バストフマークと呼び方が変化したのでしょう」


 そう言ってから、バストフマーク、バストフマーク…。と、フレイヤさんはぶつぶつと呟いている。


 ウィルさんは部屋の中をうろうろ、セイシェリスさんは茫然。


 そんなセイシェリスさんは、はっと気が付いたように言う。

「曾お祖母さんは、病死だったと聞いてる。曾お祖父さんは、病気の曾お祖母さんをほったらかして旅をしていて、かなり非難されたとも」


 それからしばらく、皆で思い付くことをぽつぽつと話した。


「シュンのおかげで、パーティー名が誇らしくなってきたよ!」

 シャーリーさんのその言葉で、全員が気持ちを切り替えた。



 その夜、双頭龍の宿の食堂で向かい合わせの席で食事をしているエリーゼが言う。

「シュンの故郷って、いい所なんでしょうね。行ってみたいな」


 グリーンピースのような、そうとしか思えない豆をエリーゼの皿からスプーンで掬い取って自分の口に入れた俺は答える。

「うーん…、ここよりいいかと言われると、どうだろ。いい所があれば悪い所もあるからなぁ…。て言うか、豆残すな。好き嫌いしちゃ駄目だって」


「ははぁ~、申し訳ありません」

 エリーゼがニコニコ笑う。



 行ってみたいな、か…。


 俺ももう一度、帰ってみたいよ。



 ◇◇◇



 その夜フレイヤは、ベッドに入ってからも目がさえて眠れずにいた。

 どうしてもシュンから聞いた話を考え続けてしまう。


 雑談の中で出てきた、思いも寄らない世界樹の話。


 ウィル達の曽祖父はバステフマークを見つけられなかったのだろう。

 妻である女性の病を癒す為に、探したのだろうか。


 日記に書き残したのはどうしてだろう。


 それは報われなかった思い?

 書き残すことの意味とは…。


 ユグドラシルはあまりにも有名だ。

 ウィル達の曽祖父である、彼が知らなかったはずはない。

 でも、バステフマークと言う名を明記した。

 あらゆるものへの癒しを可能とする世界樹の存在と、その価値を知っていたからこそ、その名を持つものを探したのか?


 ユグドラシルとは違う、別の世界樹。


 エルフ族は、ユグドラシルはまだ在ると信じている。

 ユグドラシルそのものが、エルフにはその存在を実感させ、教えてくれている。

 バステフマークもユグドラシル同様、世界のどこかにまだ在るのだろうか。



 ◇◇◇



 セイシェリスとウィルは、なんとなく宿で酒を酌み交わしながらも、まだぼんやりしている。シャーリーは、どっかに行ってしまった。


 セイシェリスは、ぽつりと。

「シュンのあの知識って、なんか凄いよね」


「ニホンで学んだって言ってた。ニホンではどんな子も、最低でも12年ぐらいは学校に通うらしいからな」


「うん、私も聞いた。それって、とんでもない話よね。働かなくていいんだから。でも変なこと知ってる癖に、何それ、あんたバカ? って言いたくなるぐらい知らないことも多いのよね」

 セイシェリスは、そう言って笑った。



「ニホンに…、行ってみたいわ」


「ぷっ、俺も今そう思ってた」

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