第25話 バステフマーク
結局、俺の願いは聞き入れて貰えた。
「自作なのを隠すことに協力してもらうお礼に、多めに支払うというのでもいいですから」
俺はそう言ったんだけど、ベルディッシュさんは首を振った。
「儲けは、普通にバッグ作る分だけでいいぞ。心配しなくてもいろいろ協力してやる。面白そうだしな。だから一度だけでいい、その時間停止のマジックバッグとして作るところ。それを見せてくれ」
それは別に構わないので了承した。
けれど。うーん、見てて面白いとは思えないんだけどね。なんか魔法発動したな、光ったな、消えたな、程度だと思うので。
と言うか、親父さんに一つ作ってあげればいいかもね。
さて、護衛の依頼と聞いて俺はあまり乗り気ではなかったのだが、俺達のことをウィルさんが推薦して、フレイヤさんがギルドからの指名にしようかなどと言い始めたその状況では断れない。
嫌な予感しかしないけど。
なんやかんや、そんな周囲に流されて依頼を受けることになり、フレイヤさんが今回の案件のメンバー全員を招集して依頼の内容説明と顔合わせの場となる。メンバーはウィルさん達のパーティー3人と、俺とエリーゼの計5名。
ギルドの会議室に入ると、フレイヤさんとやたら姿勢の良い…、これってこの世界のスーツと言うのかな、地味なのに高そうな服を着た白髪のおじいさんの二人が上座に座っている。
フレイヤさんから開始の声。
「では、バステフマークのお三方とアルヴィースのお二人、計5名の方への説明を始めます」
今回の依頼は、このスウェーガルニから隣街のヴィシャルテンまで馬車2台での小旅行の往復の護衛。片道二日程度だが、ヴィシャルテンでの滞在が予定では二日間なので、約1週間拘束されることになる。滞在の間はヴィシャルテンで自由にしていいらしい。宿は手配してくれるし宿代も持ってくれる。
但しこの二つの街の間には、街道沿いの集落というものがほとんど無い。なので道中は往復それぞれ野営で1泊となる。
そして護衛対象は、今日会議室に来ているおじいさんとその孫娘とメイドの3人。
ほほぅ、この世界のメイドは見たことないぞ。ムフフッ、なんかやる気出てきた。
そんな風に内心にま~っとしてたら、久しぶりに指輪がピクッと反応した。
女神は、なんか最近は音沙汰ないし指輪も静かだから、俺には飽きてしまったんだろうな~、なんて思ってたんだけどね。
ちなみにおじいさんはエルンストさんという名のヒューマン。引退してるが、元男爵。なんとなく貴族かそれに関係してるっぽい雰囲気だったので、礼は失しないよう最初から気を付けてましたよ。
そして出発は1週間後を予定しているとのこと。日程が確定したらギルドを通じて連絡してくれることに。護衛チームのリーダーはセイシェリスさんなので、俺達への連絡はセイシェリスさんからということになる。
そんな打ち合わせが終わり、護衛チームは会議室に残ったままで護衛サイドだけの打ち合わせという名の駄弁りタイム。
「アルヴィース、っていい名前だね」
セイシェリスさんが、相変わらずの美貌で俺のHPを着々と削りながら言った。
俺がアルヴィースという名前の由来や意味合いを説明すると、
「油断するなという戒めの言い伝えか、いいな。うちは適当だった」
ウィルさんがそう言って笑った。
セイシェリスさんは、笑っているウィルさんの頭を思いっきり引っ叩く。
「あんたが名前の意味を探すんだって言い張って決めたんでしょうが」
ウィルさん達のパーティーのもう一人のメンバー、シャーリーさんも一緒になってウィルさんをどついている。
「あら、打ち合わせは終わったみたいね」
そこに、エルンストさんの見送りに行っていたフレイヤさんが戻ってくる。
ウィルさんが頷いて答える。
「ああ、馬車に一緒に乗り込む形の護衛だからな。お客さん達とはセイシェとシャーリー、前の護衛馬車には俺とシュンとエリーゼ。あとは臨機応変にって感じだ。夜の見張りについてはシュンも居るし、ま、野営場所の状況見てからだな。
今は、シュン達のアルヴィースという名前の由来を聞いてたとこだ」
そして、パーティー名を適当に決めたウィルさんをセイシェリスさん達が締めていたところだと聞くと、フレイヤさんは笑う。
「パーティー名なんて、みんな適当よ。ドラゴンスレイヤーとか、そんな感じの名前のパーティーなんか数えきれないわよ」
「でも、名前の意味を探す為って、なんとなくいいな…」
エリーゼがぽつりとそう言うと、
「ろくでもない意味だったら、すっごく恥ずかしいぞ」
シャーリーさんがそう応じて、皆が笑う。
「バステフマークか…。ウィルは、家に在った本の中でその名前を見たんだったかしら」
フレイヤさんがそう言うと、代わりにセイシェリスさんが話し始める。
「そう。ウィルと私の曾祖父の旅紀行、そう言われてたけど日記みたいな書き残した物があってね。その最後に書かれていたのが『バステフマークを探せ』という言葉だったの。もう、それ見つけた時のウィルは大騒ぎして、探しに行くぞセイシェって…。そんなのがあったから、まあその名前でいいかなってね」
フレイヤさんは腕組みをすると、思案気に言う。
「ふーん、日記だったのね。それは初耳。お店で売ってるような本かと思ってたわ。それで、その最後の言葉の直前はどういう内容だったの? その感じだと関連があるんじゃない?」
「エルフの国に行ってたみたいなんだけどな。国の名前はどこにも書かれてないし街の事とかも、ほとんど書かれてなかった。でもその前が、帝国西方に辿り着いてたみたいだから、遠い所なのは間違いない」
ウィルさんがそう答えた。
「エルフの国はどこかは解らないのね…。結構あるわよ。数と言う意味では、あちこちにかなりたくさん」
エルフの生き字引じゃないかと思える博識なフレイヤ先生が、ため息をつきながらそう言った。
そして、フレイヤさんは俺の方を見ると言う。
「ねえ、シュン君は何か心当たりはないかしら? シュン君の国には、遠い国の言い伝えも伝わってるんでしょ」
ふむ…、そうか…。
「ちょっと、待ってくださいね。バステフマーク、ですよね」
フレイヤさんとエリーゼが頷いている。
俺はそう言って、並列思考フル稼働にすべく目を瞑る。
俺には、日本人だった時の記憶・経験・知識がある。あの日、異世界に転移すべく作り変えられた際に、日本人だった時の記憶や経験、知識は、女神から異世界仕様にコンバージョンされて保存されている。それは間違い無い。現に俺の中には、それがあるから。
もしそれが、俺の日本での全てがアーカイブされているようなものだとしたら、俺が表面上は忘れてしまっているような情報だって、引っ張り出せるかもしれない。
探す。全文検索のイメージでいいのかな。頭の奥の方、並列思考もフル稼働…。
…ん? あ、俺はこれを本で読んだのか。いや違う、話に聞いただけか…。
目を開けて、ずっと俺を覗き込んでたのかな。
間近で俺の顔を覗き込んでいるエリーゼに微笑んだ。
「世界樹。あらゆるものへの治癒を可能とする、世界樹バストフマーク」
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