第16話

 宿に戻って、ベッドに寝転がって改めてステータスウィンドウの確認。

 そして魔力操作訓練と気配察知の同時使用をして並列思考の効果を試しているうちに眠ってしまう。


「シュンさん、そろそろ夕食食べた方がいいですよ~!」

 という部屋のドアの向こうからのイリヤさんの声で目が覚める。


「はーい、すみませーん。すぐ行きます」


 いつも美味しい双頭龍の宿の食事を堪能して、毎回というほどには頼まないエールも注文する。宿のマスターが今日仕入れたのは美味しいですよ、と言ったので。


 これホント美味しいですね。

 そんなことをマスターと話しながらグラスを傾けていると、意外な人物が宿に。

 その人はイリヤさんと話をして、そして俺の方を見た。


 あれ? なんで?

 と思っているうちにその人物、エリーゼが目の前にやって来る。


 この宿のことは、フレイヤさんから教えてもらって俺を訪ねてきた。

 と、そう言ったエリーゼを俺はテーブルの向かいに座らせた。

 食事は済ませたらしいので、紅茶で良い? と改めて飲み物を注文する。


「シュン、突然ごめんね。どうしても話がしたくて…。昨日までの講習会でのこと本当にありがとう。あんなに楽しく冒険者の仕事が出来たのは初めてで、今後の私の救い励みに間違いなくなってくれる経験だったと思う」

 エリーゼはそう言って頭を下げた。


 エリーゼは慣れてくると意外とよく喋るんだよね。人見知りなんだろうなと思った。初対面の人に弱いっていうか警戒してしまう、みたいな。


「うん。それ俺も同感。楽しかった。俺も一生忘れないだろうなと思ってる。フレイヤさんとウィルさんに感謝だよね」



 しばらく雑談のように。と言っても講習会の時のことぐらいしか共通の話題はないんだけど二人で笑いながら話した。

 でも、エリーゼは何か他に言いたいことがあるんだろうと察してはいたが、彼女が話し始めるまで待つことにした。


 そして、

「実はね、シュン…」


 急に声を潜めたエリーゼが続ける。


「私、魔眼持ちなの」


 へ? 今なんとおっしゃいました?


 けれども並列思考の効果はこういう状況でも遺憾なく発揮される。

 クールに振る舞えるよ。


「それって…、どういうものなの?」



 エリーゼの魔眼は…、というか魔眼ってのは『本質を見抜く力を持つ眼』みたいな意味だと俺は理解してるんだけど、やっぱりそういう類。


 エリーゼには、その眼で見た人がエリーゼに対して悪意、害意、疑念などを抱いているか否か、そしてその人の今の感情や意識に近いものが見える。それぞれ少しずつ色合いが違うイメージなんだそうな。

 ここでポイントなのは、相手が今からすることは正義だ正しいという風に全く悪いと思っていないとしても、エリーゼの主観的に悪いことが為されようとしているならば、それはエリーゼに対しての悪意であるってとこ。


 そう。悪意や害意や俺にとっての邪悪な存在を感じている俺の気配察知と似てるんだよね。違いは、エリーゼは直接視認する必要があること。


 そして今回訪問してきた趣旨はその後の話になる。


 エリーゼはこの魔眼のせいで人と接するのが苦手。というか嫌いなんだと。

 あらゆる人、たとえ親兄弟であってもその人の本音みたいなものが全部見えてしまうということだから、そりゃ社会では生きづらい。

 そういうこともあって故郷のエルフの街から出てきたらしいんだけど、どこに行ってもそう状況が変わることはなく。唯一、フレイヤさんだけは憧れでもあり信頼できていたので、彼女の後を追うようにこの街に住み始めた。

 冒険者として生きていければ、最低限の人付き合いで暮らしていける。そんな思いもあったみたい。


 そして今回フレイヤさんから俺の話をされて講習会への参加を促された。

 いや半ば強制された。

 うん、フレイヤさん最初からすべて計画的ですよね。俺が参加することが前提だったってことだもん。


 シュン君に会ってみなさい。面白いから、だと。結構失礼だよね。

 この時のフレイヤさんは、エリーゼの魔眼にはどう見えてたんだろう。



「魔眼の力が効かない人はシュンが初めて」


「え? そうなの?」


 悪意や害意、感情が見える、しかもその有無とそれがどの程度の強さかが解るということなので、それは仮に全くの無意識・無感情の状態であっても何かしらのものは見えているということ。

 例えると、全くの透明で濁りなく波立ってもいない綺麗な水なんだけど、そこに水があるのは明確に見えている。魔眼というのはそういうものらしい。


 ところが俺を見た場合は、例えて言うなら水の存在をほとんど感じ取れない。そんな感じらしい。


 まあ、感覚的なものだけど、気配察知を使ってる俺にはかなり共感できる話。


 いや、俺に魔眼が通用しない理由ってあれしかないですよ。

 そ、女神が仕事してるんですわ。それしかない。


 エリーゼには失礼な言い方になってしまうが、なかなか興味深い話だった。

 異世界すげぇな…。

 女神、俺のこといったいどこまでどんな改造してるんだよ。



 そしてエリーゼからのこの日最後の話、俺へのお願いとはこういう事だった。

「こんな自分に都合の良いことばかり言ってはダメだと解ってる。だけど、シュンが暇な時だけでもいいから、私と一緒に依頼を受けたりしてくれないだろうか」

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