第13話

「次はシュンとエリーゼ、行けるな」

 ウィルさんから背中を叩かれて、前に出る。



 馬車で揺られた街道から離れて、1時間ほど林道のような道を歩いた。林が点在するこの辺りが講習会という名の今回の狩りの最初の目的地。

 コボルトやゴブリンの小集団が複数現れるらしい。採取をする人や木こりに被害が出ているのでギルドに討伐依頼は出ているものの撲滅には至っていない。まだ被害が出続けている状況だという。

 最近ではその被害発生の頻度が増えて来たので、採取者や木こりは現在は別の地域に移って仕事をしているらしい。


 フレイヤさん曰く、依頼の報酬が安いから受注する冒険者がほとんど居ないと。


 最初の遭遇時は基本的にフレイヤさんとウィルさんが対処するということだったので、俺とエリーゼさんは戦いの様子見と周囲の警戒。


 コボルトが4匹。


 まあ、簡単に済ませてた。

 万が一の為に俺も剣を抜いては居たもののその必要はなく、万全だった。


 先生二人とも剣で倒していたけど、フレイヤさんの本来のスタイルは違うんじゃないかと思って二人の戦いぶりを思い返しながら考えていたら、ニッコリ微笑むフレイヤさん。

「どうしたのシュン君。何か疑問とか出てきた?」


「いえ、なんて言うか…。いや、もうちょっと自分で考えてみます。すみません」

 俺はそう言って笑ってごまかした。


 フレイヤさんにはもっと強い、別の方法、戦い方があるような気がする。

 何となくそう思ってしまうだけで、うまく言えないんだけど…。



 そして冒頭の、次は生徒二人でやれと背中を叩かれた次第。


 エリーゼさんは弓使い。剣も使うスタイルだけど、前衛専門みたいな俺が居るんだから後衛職として扱った方がいいよね。なので俺が当然のように前衛で索敵もする。

 そんな考えをエリーゼさんに言ったら、言葉少ない返事が返って来る。

「…それでいい」


 せっかくの機会だから、なるべく戦闘が多い方がいいだろうと気配を探してみる。



 あ、居た…。


「フレイヤさんウィルさん。あっちに多分ゴブリンが居る気がするんで向かってもいいですか?」


「シュン君がそう言うなら構わないよ。フォローはするから気にせずやって」

 フレイヤさんはニコニコしながら即答。


 ウィルさんも、いいぞと頷いてる。そしてエリーゼさんは無表情。ぶれない。



 魔物の気配が判る。先日のゴブリンに待ち伏せされていた時とは異なり、魔物という存在そのものの邪悪さを感じている気がする。前回は俺への直接的な害意や悪意だったが、俺をまだ認識していない魔物の存在自体から感じるのはまた別のものだ。この違いは実際にこうしてフィールドで経験しないと解らない。


「ウィルさん、ゴブリンが多分6匹です。後衛職が居るかもしれないので…」

「ああ、エリーゼの守りは任せろ」

「お願いします。一応全部に一撃ずつぐらいは当てられるとは思うんですけど」


「……」

 ウィルさんとフレイヤさんが、こいつ何言ってんだという顔で俺を見る。


 こっちが風下なので20メートルぐらいまで近づいてみると、ゴブリン6匹は何か食べてる最中。その口に運んでるのは人じゃ無いよな…と少し嫌な想像をしてしまうが、奴らの中に後衛職は…? あ、やっぱり居る。弓持ちか。


 振り返って、まずはエリーゼさんに頷く。頷きを返してくれた。良かったコミュニケーション取れてる!


 そして先生二人にも合図して、俺は6匹の中心辺りに飛び込んだ。


 最初の1匹の首を斬り飛ばす。返す剣で2匹目の首も綺麗に斬れた。

 お、いい感じ。


 なんとなく飛び込んどいてあれだけど、俺はなるべくエリーゼさん達に近い方から片付けてる。これって間違って無いよね。

 だけど…。あれ? 弓のエリーゼさんの方に背中向けさせるのもいいのか?

 うーん…。ウィルさんに後で聞いてみよう。


 3匹目もまだ反応できずに茫然としてるっぽいので、取り敢えず最低限の剣の取り回しで済む突きを選択して喉を突き貫いた。


 残りのゴブリンがギャギャと騒ぎ始めた。でもすぐに更に一歩踏み込んだ俺は4匹目が手にしている槍ごと身体まで切りつける。槍を綺麗に分割して、そのまま奴の腹まで切り裂いて剣を振り抜けた。うん、思った通り。そして5匹目の傍に寄って、そいつが突きだしてきた剣を持つ右手を斬り飛ばした。丁度いい高さで一歩で届く距離だったので。


 ここまで時間が掛かると、さすがに6匹目は逃げようとしている。

 そこにエリーゼさんからの矢が奴の目に突き刺さる。いい腕。けれど傷は浅いな多分。あ、こいつやっぱり逃げようとしてる。

 うーん、今回は良さげだけど、普通は遠距離職の敵を先に潰した方が団体戦の場合良いのかな。こういうのもウィルさんに確認だな。


 踏み出す足のついでに転げ回っていた5匹目の奴の頭を蹴る。この感触は首の骨が折れてると思うので致命傷のはず。そして矢が刺さったまま逃げ始めた奴を追い掛けて数歩、後ろからその首を斬り飛ばした。


 腹を切り裂いたゴブリンはまだ息があったようで、エリーゼさんが短剣でとどめを刺していた。


 何か言いたそうなエリーゼさんに、しっ、と指を唇の前に立てるしぐさを見せてから、もう一度周囲を見回しながら気配を探してみる。


 エリーゼさんも俺の背中側を守るようにしてやはり周囲を見渡し始める。


 うん。大丈夫っぽい。

「いいみたいですね。もうここらには居ないと思います」


 エリーゼさんは頷いて、ふぅっ、と静かに息を吐く。

 先生二人を見るとフレイヤさんは固まっている。

 ウィルさんはニヤニヤが止まらない。



 ゴブリンは魔石を抜くだけで解体しない。討伐部位の耳は切るけど。


 それも4人で手分けしたのであっという間に終わる。フレイヤさんとウィルさん、魔石抜き取るのめちゃくちゃ早いな。これが経験っていうものなんだろう。


 山火事の恐れもあるし、魔物を呼び寄せてしまうかもしれないので死体は焼かずに穴を掘って埋める。

「本当は焼いた方がいいんだけどね。どうせ獣か魔物が掘り返してしまうから」

 とフレイヤさん。


 装備品は一応全て回収することになっているので、剥ぎ取りだけはした。それらは全てフレイヤさんが持っているマジックバッグに収納。


「さっきの林道に戻って先に進むと木こり用の山小屋があるらしいから、そこの様子を見て問題が有れば対処、無ければそこで休憩しましょう」

 今回のパーティーリーダーのフレイヤさんがそう言った。


「了解」

「了解です」

「……はい」


 フレイヤさんが

「シュン君、今日と明日はとことん話聞かせてもらうからね」

 と、獲物を狙う猫のような目つきでニヤニヤしながら怖いことを言い出す。


「俺も聞きたいが、シュンをビビらせちゃだめだフレイヤ」

 ウィルさんがそう言って笑う。


「……私も聞きたいです」


 おーい、エリーゼさんもか!



 その後、山小屋の随分手前でゴブリンと遭遇。


 ゴブリンが居るのは相手よりも先に判ってたし、どうせ道を進めば顔を合わすのでエリーゼさんと話してどんどん進むことにした。おそらくはゴブリンもそろそろこちらに気が付くだろう。


「エリーゼと私が先手ね」

 フレイヤさんから後衛職先手というそんな指示が出たので、俺は手頃な石を幾つか拾っておくことにして、万が一に備える。


 今度のゴブリンは3匹。弓持ちは居ない感じ。エリーゼさんの連続攻撃で2匹に命中。そしてフレイヤさんの魔法が炸裂。風魔法かな。鎌鼬っぽい感じなのか、ただ勢いが強いだけの風なのか。とにかく1匹は風に胸を切られて終わる。威力が割とすごい。それに風は目で見えないからいいよね。


 フレイヤさんの本領は、これなんだと。さっきの疑問が解消した。

 すごいよ風魔法。覚えたいなぁ…。


 エリーゼさんから矢を射られた2匹が向かってくる。こっちは4人居るのに逃げないんだな。逃げても無駄だと感じているってことか。


 エリーゼさんの追加の矢がそれぞれに命中して1匹は倒れる。残り1匹は構わずにまだ近づいてくる。こいつ捨て身だ。フレイヤさんが俺に合図するので、さっさと切ってしまう。

 あ、石使わなかった。折角拾っておいたのに。



 到着した山小屋は建物自体はかなり頑丈なつくり。ここを住処にしている魔物が居るんじゃないか、居れば殲滅というのが今回の目的の一つでもある。


 小屋の中は魔物に荒らされた様子はない。扉や窓に頑丈な鍵がかかっている訳でも無いので俺が不思議に思っているとフレイヤさんが言う。

「外の警戒はウィルお願いね。シュン君不思議に思ってる? シュン君は気が付けるかな…。ここはね。一応、弱いけど魔法結界が張られてるみたいよ。この魔道具が結界を維持してるのね」


 そう言ってフレイヤさんは小屋の入口の上に張り付けられるように設置された箱を指し示した。


 あぁ、そう言われてみれば確かに。魔力が…少し揺れてる? 小さな振動? そんな感じがする。


「えっとね…。じゃあシュン君、自分の身体から意識して少し魔力を出してみて。魔力をそっと放つけど、手放さず。これは自分のもの…。ずっと繋がってるんだよって意識しながら優しく放つの」


 ふむ、そういうことならば。


「それを、広げるの。イメージして…。シュン君を中心に広がるシュン君の魔力。

 水平方向だけでいい…。薄くていいのよ。大切なのは広げること」


 魔力を薄く周囲に?

 えっと、こんな感じでいいのかな…


「高さとか厚みは気にしなくていいよ。ただゆっくりと、広がるように…」


 広げる…静かにゆっくり…。


「シュン君、できてる。いい感じ…。もう少し広げてみようか」


「はい…」


 おおぅ、なんか感じる。柔らかい壁に当たる感じ、抵抗感。そこまではとにかく静かな波一つない湖って感じ。


 フレイヤさんを見るとニッコリ微笑んで頷いている。


「エリーゼも確か出来たよね。おさらいとしてやってみようか。シュン君は今度は小屋の外、10メートルぐらい離れた所からこの小屋に向けて、今のと同じ感じでやってみて」


「……はい」

「はい」


 外からだとまた違う感触だったが、どちらも有意義な経験だった。


 うーん、凄い…。これですよ、これ。先生が居てくれて良かった。



 山小屋と周囲の安全が確認できたので、今日はここを拠点とすることになった。

 張られている結界はかなり効果が残ってるというのがフレイヤ先生の見立て。


 ここの結界は、小屋自体が認識されにくくなるのと魔物にとっては近付くと不快感を感じる二つの効果を合わせているらしい。


 うん、奥深いね魔法の世界は。

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