第12話 初心者講習

 Fランク冒険者の朝は早い。低ランク向けの依頼は激戦区なのだ。


 ランク別の人数分布は、Dランクが断トツの1位で、それからEランク、Fランクと続く。以下、C、B、A、S と、どんどん少なくなりながら続き、噂でしか存在を聞かないSSランクもごく少数居るとか居ないとか。

 D、E、Fの3ランクで全体の約7割の人数を占める。

 Eランク以下には厳しめの失効要件があるものの、証明書としてのギルドカードが目的の幽霊ギルド員みたいな人も居る。

 最低のFランクが意外と少ないのは、Eランクへの昇格が容易であることが理由らしい。幽霊ギルド員でさえEランクまで上げている人がそれなりに居る。


 そして低ランクと言われるD、E、Fランク向けの依頼は件数だけ見れば多いが、いわゆる美味しい、報酬が高いとか効率が良い。そんな依頼は当然ながら少ない。


 と、いろいろ言ってるが、要するに早起きしなかったから今頃ギルドに行ってもいい依頼は無いということだ。これじゃダメだろという自責の念に駆られている。


 はぁ…。まあ、経済的に今すぐ困る状況ではないのが救い。


 さて、朝食可能な時刻にはなっていたが宿の庭で身体を動かす。

 昨日はほとんど身体を使ったとはいえない状況だったので、今のステータスに慣れておくべきだという思いがそうさせている。

 ストレッチをして、その後は基本の型を繰り返す。何度も、何度も。

 気が付いたら1時間ほど身体を動かしていた。そして少し前から宿のマスターが見ているのには気が付いていた。


 汗をぬぐい始めた俺にマスターが言う。

「シュンさんおはよう。綺麗な動きするんだね」


「おはようございます。いえ、基本の型を確認していただけですから…。あっ、朝食時間終わっちゃいますね。急いで行きます」



 朝食後、ギルドへ向かった。


 掲示板に貼られている依頼を眺めて、良さげなものは無いなぁと思ってるとフレイヤさんの声がカウンターの中から届く。


「シュン君、こっちこっち」

 と手招きされている。


「おはようございます。フレイヤさん」


「おはよう、シュン君。寝坊した?」

 と笑うフレイヤさんの顔を見ながら、美人はどんな表情しても美人なんだなと思う。


「はい。まあでも、特に依頼を受けることに焦ってるわけではないので」


「うん。だけど最初は早めに依頼受けて達成しとかないと、抹消処分は結構、規約通りにあっさり下されるのよ」


 Fランクの場合、最初の依頼受注と達成には厳しい期限があり、2週間以内に最低でも一件はこなさないと登録が抹消される。しかし薬草採取などでも構わないので、最悪それでいいと思っていた。とは言え、もっと身体を動かして剣を使って達成したいという気持ちがあるので悩んでいた次第。バトルジャンキーって訳ではないんだけど。


「ですよね…」


「さて、そんなシュン君に朗報よ。受講すれば1件の依頼達成扱いになるFランクEランク向け初心者講習会というのがあるの。ちなみに今回の講師の一人は私。詳しく聞きたいでしょ?」


「……」


 半ば強引な受講者集めである。日本であればブラック認定間違いなし。

 依頼達成扱いとは言うが、要するに受講料を払って達成扱いを買うようなもの。


 そもそもは真面目に初心者としての壁を越えたいと考えている人へ、何かしらの切っ掛けを与える目的だというのは理解した。あと依頼失敗が続いている人への救済措置っぽい側面もあるのかな。

 連続失敗は降格や失効に繋がるので、一旦連続という状態をクリアにできる意味合いは当事者には大きいかも。


 最初は面倒だなと思ったが、なんとなく面白そうな気もしてきた。

 フレイヤさんが居るなら、常識皆無の俺を笑い飛ばしつつもいろいろ教えてくれそうだと思うからだ。それに何より、いい経験になるような気がする。


 講習は随時行われていて、最低2名の受講者が集まれば行うらしい。

 今回は一人の受講希望者が待ち状態であったために、開催条件を満たす為に手っ取り早いもう一人の受講者として俺が狙われたと。講師は受講者と同数が原則なので今回は2名が付く。それは中ランク冒険者に依頼として任せる場合もあるが、原則ギルド職員が最低一人は居ないと駄目なんだそうだ。


 俺はすぐに受講料銀貨7枚を払って、受講申込書にサインをした。

 フレイヤさんはかなりご機嫌な様子だ。

 ちなみに講習は明日の朝から始まり、野営1泊を経て明後日の夕方まで。


 と、そんな羽目に陥ってしまったので、野営セットなるものを購入しに行かなければならない。


「私の予備のを貸してあげるよ」

 そう言ってくれたフレイヤさんには丁重に断りを入れて、どうせ必要になるだろうし丁度いい機会だと前向きに考えた。



 ◇◇◇



 そして翌日。


 共に講習を受けるのは、エリーゼという名のEランク冒険者。

 エルフですよ。

 この世界というかアリステリア王国がそうなのか、エルフ率高くない? いや異世界初心者にとっては嬉しいんで問題は無いんだけど。

 数日間しっかりフレイヤさんで美人に免疫が付いている俺だから、不躾にじろじろ見たりしない。だけど、やっぱり美人には目が吸い寄せられる。

 エリーゼさんは長い銀髪を後ろでまとめて背中にはショートボウと矢筒という、俺が持つエルフのイメージをしっかり具現化してくれている感じで、控えめに言っても眼福。

 背丈は俺より少し小さいスリム美人。胸はフレイヤさんには負けてるかな…。


 講習会参加者の集合場所になっている談話室で、フレイヤさんに紹介されながらつい眼福だと思う勢いのままエリーゼさんを見てしまっていた。

 エルフ同士は元々面識あるというか、かなり仲が良いみたい。


 握手の右手を差し出しながら

「初めましてシュンです。今回はよろしくお願いします」

 と、そう言ったら目礼を返されただけだった。

 こっちって、握手の習慣無いんだっけ?


 3人でもう一人の講師を待っていると、なんと現れたのはウィルさんだった。

 フレイヤさんが、Bランク冒険者のウィルだと紹介してくれる。


 エリーゼさんがウィルさんに丁寧な挨拶をしている。ウィルさんはエリーゼさんに何か声をかけてから、俺の方を向いた。


「意外と早く再会できたな」

 と、ウィルさんがニヤッと笑う。


「すみません、びっくりしました…。あっ、先日はありがとうございました」


 ウィルさんは大笑いしながら言う。

「特に何もしなかった気がするが。取り敢えず会えて嬉しいよシュン。今回はよろしくな」



 フレイヤさんとウィルさんから装備や荷物のチェックを受ける。

 一つ一つのアドバイスに含蓄がある。

 ウィルさんが俺の剣を見て、抜いていいか? と聞いてきたので頷いて剣を渡すと、ウィルさんはすぐに鞘から抜いて刃をじっと見つめた。

「いい剣だな…。これは凄い。打ち合ったら俺の剣だと刃こぼれどころじゃ済まなそうだ」

 そしてウィルさんは、大切にしろよと言って剣を納め俺に返した。


 その後、フレイヤさんから2日間の行動予定や討伐に関する注意事項などなど…。



 さて、そんな感じでいよいよ初心者講習が始まった。


 講師はAランクのフレイヤさんとBランクのウィルさん。

 生徒はEランクのエリーゼさんとFランの俺。

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