第8話 女神降臨 (偽装の勧め)
「シュンさ~ん、起きて~。あ、違う。半分起きて~♡」
いや、そんな器用な起き方無理だろ。
なんか懐かしいような、会いたいようなやっぱり会いたくないような。そんな声の持ち主は一人しか居ない。
俺は目が覚める。
目の前には、昨日さんざん(心の中で)悪態吐いた相手。
「おはようございます。女神様」
「おはようシュンさ~ん。なんか他人行儀じゃないですか~?」
「いえ、これが普通です」
「もう、怒らないでくださいよ~必要なことだったんですから♡」
あれのどこが、どういう風に必要だったのか。是非とも原稿用紙100枚ぐらいの説明を聞かせて貰おうか。どんだけ痛かったと思ってんだ。
て言うか、結構気軽に降臨するんだな。この女神。
「今日のは元々予定していた訪問ですよ。あまり頻繁に降臨するといろいろ問題起きるので、そんなには降りてこられませ~ん」
あ、ほら。やっぱり心の声駄々洩れだわ。
「今日は、1日目を終えたシュンさんにアドバイスです♡ まずは自分のステータスの見た目を変更してください。単純な隠蔽は見せないと主張するだけで、なぜ見せないんだということになり兼ねませんので、偽の数字とかに変えちゃいましょう。称号やスキルも取得自体無いことに偽装可能な筈ですから、忘れないように。これ約束です。私との約束ですよ♡」
「えっと、そうすべきだというのはさすがに理解できてるんで、聞きながらやってみていい? 失敗したくないし」
「その方がいいですね~そうしましょう♡」
という訳で、マンツーマンでの指導を受けながら、俺は自分のステータスを常時普通人っぽく見せるために自分のスタータスに情報操作を行ったのだった。
シュン・アヤセ
レベル 15
種族 ヒューマン
性別 男
年齢 17
称号 なし
所属 なし
HP …… ……
・
・
一通り設定し終わって、この数字が中級冒険者程度だという女神が設定してくれた数字を眺める。俺の本当の数値の半分? いやもっと下か。数値は1000を超えれば常人を超える値だと言われ、2000超えで街の英雄、3000超えたら勇者扱いらしい。
スピード型という俺の基本的な戦闘スタイルを踏まえてみたと言う。見せかけの数値があまり低すぎると戦いぶり次第では見る人が見れば違和感しかない。
レベルは中級冒険者の平均が20程度なので少し低い気がしたが、17歳のど新人はこんなものかと。
「俺の実際のステータスってさ、どの程度なんだろう。例えば強い魔物と戦ったとしたら、どの程度いけるか。とか」
「シュンさんは、まだエンシェントドラゴンよりは弱いかな~」
「いやいや、いきなり古代龍と比べるなよ」
て言うか、エンシェントドラゴン居るんかい。もう絶対出会いたくない相手ナンバー1確定。
「最低限の数字があれば、あと大切なのは数字じゃなくて経験の方ですね~スキルレベルは大事ですけど、それらを補ったりもっと高みに至らせる経験とか狡猾さとか。強さの中身ってそういうのが意外と大きいんですよ~」
それは言われなくても解っているぞ。俺より全然非力な石川先輩に散々叩きのめされてたからな。あ、女神も俺がそんなこと知ってるのは解ってて言ってるのか?
安易に数字に振り回されず、奢らずにしっかり経験や鍛錬積んでいけってことか。
「よく出来ました~その通りです♡」
女神はニッコリ微笑むと、
「ではでは、本日はそろそろ戻りますね。も~し万が一何かあったら、その指輪に全身全霊で強く願ってみてください。どんなに忙しくても、必ず私が助けに行きますからね~♡ これホントのことですよ~ でもシュンさんは強がってしまうと思うので、駄目だと思った時は勝手に介入するかもしれません。そんな風に私に遠慮しすぎて自分を大切にしない時は、解ってますよね~。覚悟しててくださいね(謎の微笑」
やばい。これ、かなりの代償払うパターンやぞ。絶対に降臨させないようにしとかないと。うん、その為には、地道で安全な異世界スローライフだよね。
そして、女神は俺の頬にキスをすると光に包まれて消えていった。
なんか居なくなってみると寂しいんだよな。もっと話したかったかも…。
◇◇◇
「シュンさん、朝食出来てますよ~」
イリヤさんの声で目が覚めた。
朝食は、たくさんの厚切りベーコンに目玉焼き、そしてふかふかの白いパンとサラダ。ドレッシングはこの宿の主人の実家秘伝の品らしい。
でもコーヒーは無くて紅茶。昨日イリヤさんにもコーヒーのこと聞いてみたんだけど、そういう飲み物の話は聞いたことがないと。
うーん、これだけ地球と同じ物があふれてるのにな。地球からコピペする際に創造神が忘れたんじゃなかろうか。
朝食を終えて自室に戻った俺は、ステータスを確認してみる。女神と一緒に設定した通りの物が見える外向けモードと、本来の状態が全て見えるモードの二つが出来ている。俺が見るデフォルトは本来のもの。この偽設定のいい所は、レベルアップしたらそれなりに数字が上がるのだ。レベルアップする都度いちいち設定しなくていいという訳。さすが神様が提供するシステムだよね。
さあ今日は、いよいよ冒険者登録をする予定。無職の旅人から脱却だ。その後は武器と防具の店にも行ってみたいな。
という訳で行動開始です…。
◇◇◇
えーっと…。
テンプレ通りに進まないとちょっと寂しいかもと思った時期が俺にもありました。
けどさ、テンプレ通り過ぎるのも問題じゃね?
無事に冒険者登録を済ませた俺は、新品のギルドカードを手にして夢を膨らませていた。盗賊に襲われて絶体絶命ピンチの王女様を助けたりとか、超特大戦略級範囲魔法でモンスターの大群を消滅させるとか、ほら、いろいろあるからね。
地味なスローライフ? いや、それは言ってみただけっす。
そもそも、あの女神と関わっている時点で俺には実現の可能性ゼロでしょ。
さて、そして今、何が起きようとしているかというと…
どしん、と背中にぶつかってきた男が
「痛えな、おい新人。ぶつかっといて挨拶も出来ねえのか?」
はぁ…、もう嫌。テンション下がるわ~。
近付いてきたのは判ってたし、悪意を持っているのも知ってた。
さっき俺の登録の手続きをしてくれたギルドのお姉さんが、心配そうにこっちを見てる。なので、ぶつかってきたお兄さんはほったらかして、お姉さんの居るカウンターに向かう。
「こら、逃げるのかお前」
その声は無視してお姉さんに尋ねる。
「こういう場合、どうすれば良いんでしょうか。俺にもギルドにも損がない方法があれば、それで対処したいんですけど」
びっくりした顔は一瞬だけで引っ込めて、ニッコリ笑ってお姉さんは言う。
「武器や魔法を使用したり、集団で一人を。などの見過ごせない状況でなければ、個人の責任範疇、いわゆる正当なケンカという扱いになるわ。物を壊したりした場合は、その当事者交えて相談という感じね」
「こら話聞け、女みたいな顔しやがって、このクソ新人が!」
とお兄さんは無視されて怒りの度合いが上がってしまっている。
自分から仕掛けておいてその沸点の低さは何?
しかし、女みたいな顔はないだろ。俺も自分で少しそう思わない訳でもないんだが、他人に言われるとちょっと腹が立ってくる。
「そっちからぶつかってきて因縁つけて、いったい何が目的なんだ?」
「先輩への礼儀を教えてやろうとしてるんだよ!」
というや否や俺の顔面目掛けたストレートを繰り出してくる。
本当に殴り掛かってきやがったよ、こいつ。
ここは正当防衛主張のために、回避しながらも少しだけ相手の拳を頬で受け止めることにする。
ぺちっ
あれ? 殴られたんだよな。
女神のキスの方がよっぽど衝撃感じたんすけど~
「んじゃ、正当防衛成立ってことで」
軽く相手のボディに拳を突き出すと、手を抜き過ぎてゆっくりだったせいか、さすがに俺の右手を避ける動作が間に合ってしまい、軽く当てた感じになってしまう。
「ん、やっぱこっち」
すっと相手の方に踏み込んで、左手の拳で相手の顎をとらえて弾くと、因縁男はその勢いで壁まで飛んで行った。多分、奴の骨は折れてないはず。脳震盪は起こしてると思うけど。
しーん…
「壁壊れてないですよね」
心配になって俺がそう言うと、その近くにいた男が
「壁は大丈夫だ。こいつは大丈夫じゃなさそうだけどな」
そう言って笑った。
さっきまでの賑やかさが戻ってきて、ギルドのいつもの雰囲気なのだろう、そういう空気が流れ始めた。
大丈夫だと言ってくれた男が、俺に殴られて伸びてしまっている男を引き摺って、ギルドの職員へ引き渡す。職員がギルドの治癒室に連れて行ってくれるらしい。尚、治療費は本人へ請求するとのこと。
「シュン君、シュン君」
と受付のお姉さんが手招きをしている。
「お騒がせしました。あれで良かったんでしょうか」
「文句なし。ただ、しばらくは注意してて。ああいうタイプって根に持つとしつこいから」
お姉さんはニヤッと笑って、物騒な話を聞かせてくれる。
たまたま暇な時間なのか少しだけ世間話に付き合わされる。
とは言え、ギルドや冒険者に関する話なので意外と有意義でもある。
「シュン君ならすぐにランクアップしそうね。私はフレイヤ。このギルドでは副ギルドマスターをしてるの。これでもAランク冒険者だから、何かあったらいつでも相談してね」
フレイヤさんはエルフである。正真正銘のエルフである。
俺の髪よりも金色に近いブロンド美人。この世界って美人率高すぎませんか?
しかもAランク冒険者。昨日道を教えてくれたウィルさんより上。
「副ギルドマスターが受付をしているとは思いませんでした」
と正直な感想を言うと、人手不足なんだと。
職員を交代で休ませる為どうしても、休みの職員の代わりにいろんな部署の職務をやらないと今の人員だと回らないらしい。
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