第5話
魔石って取ってた方がいいんですかね、やっぱり。
セオリーとしては、心臓の辺りとか言われてるんだろうと思うんだけど、抉って出したくないなぁ… 解体スキル持ってないし、多分心構えもない。
それはまあ後で考えるとして、最初の1匹が持っていた剣が気になっていたので、拾いに行く。そいつの右手ごと切り飛ばしたからね。
拾った鞘と剣を手に取ってみる。あ、これはおそらくだけど、割と値打ち物じゃないかな。握りが細めだし間違いなく少年用か女性用。装飾的には女性用な気がする。
これは、どこか公的な機関に届けて、本来の持ち主か関係者に返せるようにした方がいいよね。紋章っぽいものも鞘と柄にある感じだし、判る人に見てもらうべき。
ゴブリンが出てくる前の気配というか、嫌な感じは既に消えてる。やはりこちらへ向けられた害意を感じてたのかも。
そして自分でもかなりの確信をもって気が付いた、俺自身のこと。
スライムの時、あんなにみっともなくあたふたして怖がっていたのに、その後の自分の精神状態のことだ。
肉体的なものがレベルアップで上がったことは、直後に自覚していた。
体感できることだから、それはもうすぐに歩いているだけでも、警戒のために遠くを見ていても耳を澄ましてもビシビシと感じた。レベルアップ前と後では全然違う。特に、今回は何レベルか一気に上がったせいもあるだろう。
精神的な面では、気配を感じた時もゴブリンと戦闘になってからも、もちろん戦闘の最中に血が噴き出しているのを見ても、不思議なほどに恐怖も動揺も無かった。
あったのは
俺に埋め込まれたデルネベウムの一般知識の中には、女性がそういう意味で忌避する対象とその理由の情報がある。ゴブリンに拉致されることは、
装備品は重たいので、先に回収して見分した女性用の剣だけを持っていくことにした。魔石は覚悟を決めて摘出。街道をこれ以上汚さないように、林の手前にゴブリンの死体を持ってきて作業を始めてみると、当初の不安とは裏腹に、特に気持ち悪さなどは感じず、ただ、解体技術の無さに自分で自身に幻滅しているだけだったりする。魔石は心臓のすぐ横にくっつく感じで在るので、2体目からはまあまあ早くは抜き取れた。
ゴブリンの魔石はスライムのより随分と小さい。色は光の当たり方で、少しだけ緑がかって見える黒。白スライムの時のように、点滅したりはしない。
林の中の柔らかめの土を掘って、魔石を抜き取ったゴブリンの死体を、中に蹴り落とし、貰うつもりがない装備品も一緒に埋めた。獣なら臭いで掘り返してしまうかもしれない。だけど今の自分ではここまで、と開き直る。街道に残る大量の血痕は、適当に道端から掬い上げた砂をかけて、目立たないようにしておく。
そんな気が重い作業をようやく終えると、そろそろ、街道をこのまま西へ進むべきか見極めないといけない時刻になってきたようだ。
さあ、どうしよう。このまま進むべきか引き返して東へ進むべきか。
と悩んでいると、俺が歩いて来た方向から2台の馬車が近づいてくる。
これは道を訊けるチャンス。ついてる。
と言うか、転移してきて初めての人との遭遇だ。馬車に乗ってるんだし、言葉が交わせる
前にゆっくり歩きながら、戦闘跡から少しでも離れることを意識し、馬車の方に振り返って、ヒッチハイクをする若者のように振る舞う。笑顔で馬車の御者さんに向かって手を振った。
女神が、言葉や文字は初期知識として埋め込むから心配しなくて大丈夫、なんて言ってたので気にせず、近づいてきて速度を緩めてくれた馬車の御者さんに向かって大きく声をかけた。
「こんにちは。道に迷ってしまって地図も無くて自信ないんですが、この道をこのまま行けばもう少しで街に着くんでしょうか」
完全に停車した前の馬車から、御者さんとは違う一人が顔を覗かせ、後ろの馬車からも御者ともう一人の顔が見える。
いや、後ろは三人だな。一人、隙間から覗いてる感じ。
前の馬車から顔を覗かせていた男が降りてくる。地球の人間の基準が通用するならば、20代後半ぐらいだろうか。赤い髪、背が高く、体つきはがっしりしていて、灰色よりも黒に近い革鎧に重そうな剣を刷いている。少し垂れ気味の目が厳つさを和らげ、こういうタイプは女性にモテるんだろう。
その男は降りてすぐに御者さんに声をかけているが、その声は聞き取れない。
「こんなとこで迷ってるって本当かい?」
男が笑いながら近付いてきてそう言った。
「あ、なんて言うか…。もう街の近くだとは思うんですよ。この街道まで来ればどっちかだろうと。それで今日はその…、すごい方向音痴になってるみたいなので、教えて頂けないでしょうか」
と言って、少し頭を下げてみた。
男は笑いながら答える。
「いや。この道を歩いてるんだったら方向音痴って訳でもないな。スウェーガルニまではもう少しだ、馬車であと30分てところだ」
「スウェーガルニですか…。馬車で30分…。あ、ありがとうございます。助かりました」
もう一度頭を、今度は深く下げる。
前の馬車からもう一人降りてくる。今度は女性。
服装は薄手の黒い革のシャツに、黒のスリムジーンズのような丈夫そうな布製パンツで、これまた黒っぽいブーツには短剣。そして腰には片刃と思しき細身の剣。
背丈は俺と同じ175センチぐらいか、もう少し低いか。しかしとんでもない美形である。大きな目が愛らしさを感じさせる。一瞬だけ(これが異世界の定番エルフ美女か~)と心が躍ったが、耳の形はどうやら普通だ。そして俺と話している男の人と同じような赤い髪。
女性の年齢を詮索するのは、紳士の行いではないと言われる。しかし今回の場合は正直判らない。10代後半と言われればそうかもしれないと思えるし、30歳と言われても納得してしまいそうで、要するに異世界美女に関しての経験値が全然足りない。
数少ない、地球仕様の対女性スキルも仕事していないし、女神はこの辺の知識は確実に、俺には与えてくれていない。
「ねえ君、どっから来たの?」
声まで美人である。
「ニホンです。草原を超えてこの街道へ出てきました」
取り敢えず、この説明に嘘はない。
「ニホン? ニホン…ニホン…」
と考え込んだ女性を尻目に、最初の男が言う。
「馬車乗っていくか? もうこの距離だし、金払えとは言わないぜ」
少しだけ悩むが、レベルアップのおかげで体力には余裕があるし、これ以上身の上話はしたくなくて断ることにした。
「ありがとうございます。ですが、お気持ちだけ頂いておきます。方向さえ間違いなければ、景色を見ながらのんびり行くのもいいかな、と。まだ日没までには時間ありますしね」
「ほーい、解った。まあここまで来てれば問題ないだろうけど、一応気をつけてな。もしスウェーガルニで見かけたら声かけてくれ。面白い話でも聞かせてくれるなら、1杯ぐらい奢るぜ。俺はウィル。冒険者やってる。こう見えてもBランクだ」
「自分はシュン。シュンと言います。機会があったらこちらこそ、いろいろ聞かせてください」
そう言って更にもう一度頭を下げた。
気が付けば、何度もお辞儀をしている自分を、ふと可笑しく思う。
転移しても、レベルアップしても、女神に翻弄されていても、結局自分の根っこのところの本質は変わらず、日本人なんだなと。
◇◇◇
「ねえウィル。ニホンって知ってる?」
ウィルと同じ馬車に戻った美女、セイシェリスは尋ねた。
少し口元をほころばせたウィルが答える。
「いーや、知らん。全く聞いたこともねえよ」
「だよね…」
「ま、でも。あいつ、嘘ついてるようには見えんかったな。案外、別の大陸からとかそんなのかもしれん。て言うか、お前気が付いた? あいつ意外と強いぞ。言葉遣いのせいで印象はよわよわだけど、あの体捌きは簡単には身に付かないレベルだな」
「うん。後ろの馬車からこっそり出てきてたシャーリーのこと、気が付いてたよね。隠れて警戒してるのがバレバレだった感じ。まさか察知スキル持ち?」
「おいおい、そんなこと言われたら、シュンには絶対にもう一度会わないといけないじゃねえか」
ウィルはセイシェリスの言葉を笑い飛ばしながら、シュンが眩しそうにぼうっとセイシェリスを見ていたなと思い出してしまい、更に思い出し笑いをする羽目になった。
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