第5話 ガンデン

朝、七日森を出発してやっとガンデンに到着したころには、日は高く昇っていて、三人の空腹も限界に達していた。




しかしその空腹の限界の中でもキョウとミヤマの目の前にはそれを凌駕する光景が広がっていたのであった。






なにが”そんなにぎやかじゃない”だ。




眼前に広がる”街”というものは、二人にとってはにぎわっているに正しかった。


特にキョウにしてみれば、まず何軒も建物があること自体、初めての光景だった。


養護院でも、その前も、家というものは一軒がポツンと佇んでいて、周りは森だった。




それがここでは家が何軒も並んでおり、人々が行き交っている。


街に入ってすぐは田んぼや畑が続いていたが、奥へ進めば進むほど人は増え、そして店が増えていった。






「とりあえず食事のできるところを探そう。」


そうこぼすアイザックが一番空腹そうだった。






街を歩いていると道脇に工房らしきものがあった。扉がないのでここからでも中が見える。




どうやらそこでは人々が食事する際の器を作っているようだ。


そして、


そしてそこでは神族も人間も同じく器を作っていた。


神族はその持ち前の魔力で次々と器を作り上げていき、人間はひとつずつ器を作っていた。




虎の神族は土系の魔力を使うことが多い。こうした硬い土や神族の魔力は陶磁器品にはもってこいなのだろう。




「器用だねえ。」


工房をじっと見ていたキョウにアイザックが声をかけた。


「俺の知ってる神族の不思議な力とはちげえや。俺は脅かされた記憶しかねえよ。」


ミヤマが感心したように言った。工房の中は穏やかそうに見える。




「神族の中でも魔力の使い方に向き不向きがあるからね。特性とも言えるのかな。攻撃的な魔力を使う奴もいれば繊細な魔力を使う奴もいる。ミヤマは攻撃的な奴らしか見てないのかもね。


まぁ僕としてはそこは特性というより研究不足、コントロール不足と言ってしまいたいところだがね。」


キョウはアイザックの言葉に感心した。


神族について己は知らないことばかりだ。


虎ノ国のことだって、自分よりも異国のアイザックの方が詳しい。


















工房から少し歩いたところに食事処を見つけた。


見つけるやいなや三人で競い合うように駆け込んだ。


すでにお昼の混み合う時間は過ぎたようで、店内は人もまばらだった。そしていい香りで満たされている。


ヨダレが滝のように溢れ出すような美味しい匂いと香り高い香木の匂いで充満している。




「いらっしゃい。好きな席に座って。」


おばさん、というには若い女性がそう言って三人分の水を注ぎ始めた。




三人が席につくと水と品書きが渡された。


「香木の皮で包んで焼くやつはどれですか?」


アイザックが女性に聞く。




「右側はすべてそうですよ。」


品書きの右側にはさまざまな食べ物にワムという言葉がついたメニューが並んでいる。




「ワムって言うんですね。」




「はい、ワムはこの地方の名産品なんです、どれでも美味しいですよ。特にうちは"手作り"ですしね。」


女性が自信たっぷりに微笑む。




「どれがいい?」


アイザックがキョウとミヤマに品書きを見せて聞いた。


「ミヤマはどれがいい?」


キョウはメニューを読み上げた。




「字、読めない?」


アイザックがミヤマに聞いた。


ミヤマは恥ずかしそうにコクリと小さく頷いた。




アイザックはふふふと笑って


「恥ずかしがることないよ。今まで習う機会がなかったってだけのことなんだから。」


というと手を伸ばして向かいのミヤマの頭をなでた。










キョウとミヤマは肉のワム、アイザックは肉と野菜のワムを頼んだ。








「これ綺麗だね。」


料理を待つ間にミヤマが水を飲んでいる器を見ながら言った。


薄い白の陶磁器に綺麗な彫刻と色彩が施されていた。




「本当だ。さっきの工房とかで作ってるのか?」


キョウも自分が飲んでいた器を見つめた。






「陶磁器もここらの名産品なのであちこちに工房があるんです。でもやっぱり陶磁器に関しては神族には勝てませんね。」


付け合せを持ってきた女性が言った。




「人間ではあんなに薄くて精巧で丈夫には作れませんわ。」




「すぐそこの工房で神族と人間が一緒に作っているのを見ました。」


キョウは先程見た工房の方向を指差した。




「そうですね、どこの工房もそうです。でも賃金は神族と人間でかなり違うんですよ。焼き窯を使うのも人間だけですし。」










「お姉さんは人間ですか?」


用を終えて後ろに下がろうとした女性にミヤマが聞いた。キョウも気になっていたものの聞くのをためらっていた質問だった。




「いえ、私は神族です。あ、でもここのワムはすべて"手作り"ですから美味しいですよ。」




そのおそらくワムであろう香ばしく華やかな匂いが厨房からより強く香ってきた。




もうすぐだ。












ワムが来た。




「すみません、肉と野菜のはもう少しお時間いただくんですが、こちら先に、肉のワム2つです。」




キョウとミヤマの目の前に肉のワムが並んだ。




木の皮をめくる前からものすごい匂いだ。


目の前でアイザックが滝のようにヨダレを垂らしていた。



"グゥ"

ミヤマのお腹が盛大に鳴った。


しかし二人とも手を付けない。




「気にしないで。僕のもすぐ来るから先に食べて。」


アイザックの喉がゴクリとなった。




キョウとミヤマは顔を見合わせると同時に木の皮をめくった。


煙と、薫り付いた肉の匂いが顔めがけて広がった。




一口食べるとなるほど超柔らかい。水分も肉汁も全てが閉じ込められている。みずみずしくふわふわだ。そして華やかな香木の香りが肉に染み込んでいる。味付けは塩だけだが十分だった。




あまりの美味しさにミヤマを見る。


ミヤマのほっぺは本当に落ちそうだった。ミヤマ自身も落ちそうだった。




「美味しい〜」


二人の声が重なった。




一方のアイザックはもう空腹に泣きそうだった。




「肉と野菜のワムです〜」


女性の一言に思わずアイザックは手を叩いた。






肉と野菜のワムに使われている香木はキョウとミヤマのとは違うようで、華やかというよりはさっぱりした柑橘系のような香りがしていた。




「肉はみずみずしいのに野菜はシャキシャキだ〜しなってない!全然しなってないよ!」


アイザックが野菜を食べて声を上げた。




「肉と野菜を一緒に食べたときの食感…最高だよ。シャキシャキとふわふわ、シャキふわ!タレも効いてる〜」


アイザックは再び手を叩く。こちらは塩ではなく甘じょっぱいタレがかかっていて、それがまた香りに合うのだと彼は力説した。






三人とも黙々と食べ続け、ものの5分強で食べ終えた。


全員の顔が満足感に溢れていた。
















人生初のワム体験は三人の中でリピート確定案件となった。









「美味しかったね。」


キョウとミヤマは金を持っていないので、アイザックにごちそうになって店を出た。




すると前方空高くから一匹の大鷲がこちらの方に向かって真っ直ぐに飛んできた。




アイザックが足を止めてその大鷲を見上げた。




大鷲は三人の頭上まで来ると、そこで8の字を描き出した。


それを見たアイザックは安堵したように


「グロウスタインからの知らせだ。ハナは助かったらしい、もう意識もあるようだ。」


そうキョウに言った。




「よかった!」


ミヤマも嬉しそうに笑った。




よかった、あんな夢を見たもんだから、


もしかしたらだめからもしれないと、覚悟は決めておかなくちゃと思っていたのだ。




はやる気持ちが少し落ち着いた。生きているのなら、


よかった。




「でもまあそれでも早く彼の元に行きたいだろうから必要なものを揃えて少し休んだら出発しようか。」




アイザックはそういうと慣れたようにあちこちで必要なものを買いこみだした。






まずは鞄。例の香木の皮でできた鞄を自分だけでなくキョウとミヤマにも買い与えてくれた。


「噂通り丈夫だねえ、これ水入れても漏れなさそう!木の皮もそうだけど縫合とか、腕がいいんだなあ。それにやっぱり素敵な香りだ!」


アイザックの言葉にかなり気をよくした店主が値を負けてくれた。


きっと彼の言葉が本物だからだ。心の底から思ったことを言っている。そしてそれがよく伝わる。




次に服。アイザックは長い外套を着ていたがその右腕部分と、その下の軍服の右腕部分が溶けてなくなってしまっている。怪しまれないようにするためか、ガンデンに入ってからは破れた部分を無理矢理縛って隠していたのでかなり窮屈そうにしていた。


服屋ではアイザックが自身には少々大きそうな明るい灰黄色のきものと黒い股引きに羽織を選んでいた。しかし着替えて出てきたときにはぴったりと似合っていたので、細身に見えていたが実は体格がいいのだろうとキョウは思った。ゆるい股引きに丈の短いきものをしまいこんでいて、そうやって着る人は初めてだったが、脚が長いので正解だった。


それから新しい外套も買っていた。例の香木でできているらしい。この外套、着心地がいいようで、アイザックはかなり気に入っていた。




それから肉や果物、パンなどの食べ物。それらを買った鞄に次々と放り込んでいく。


「水は買うとなると高いんですねえ。」


最後に水を買いに来たとき、アイザックが言った。


水売りが答える。


「ここは雨も少ないし川も細いのが一本通ってるだけだ。その細い川は街の領主一家が上流で管理してるんだが、これが独り占めでな。神族には川の水を使うことを許可して、人間にはこうして金を取ってるんだ。しかも機嫌を損ねたら川に生活排水を垂れ流すもんだから、そん時は神族ですら水が使えねえんだ。あ、おたくら人間だよな?」




なるほど。




ミヤマがうなづいた。アイザックは黙って聞いている。


「だがな、」


水売りの男が続ける。


「最近、街のはずれ、もっと東の方、それこそ鯉ノ国との国境近くで鯉の神族が一人、タダで水をくれるらしいんだ。俺は人間だけど領主とのコネでこうして水の専売特許もらってんだ。でもそれって神族にも人間にも一線引かれちまうんだ。俺も人間だからよお、こういう仕事して俺だけがましな思いしてんの、街の他の人間に申し訳なくて、最近はその鯉の奴を教えて回ってんだ。水は全然売れねえけど、俺は領主から金もらってるし、水自体は減ってねえから領主は俺を怪しみはしねえんだ。」


そう言ってガハハと笑った。




「鯉の神族が?間違いないか?」


アイザックが口を開いた。




「ああ、街の奴に聞いた。一日に渡せる水に限りがあるらしいがな。鯉の神族は水を自由に操れるんだろう?」


男が答えた。






水の代金を支払ってしばらく歩くとアイザックは


「少し気になるんだ。例の鯉の神族のこと。」


そう二人に言った。




「いったい鯉の神族がこんなとこでわざわざ何で水を配っているんだろう、しかも一人で。街の人に水を配るなんて、たいしたものだよ、大量の水を生み出すのは気力体力魔力共に並大抵の力じゃ出来ないからね。……うーん、ちょっと寄ってもいいかな。すぐ戻るから待っていてくれ。」




「俺らもいく。」


キョウの言葉にアイザックは意外そうな顔をした。


「いいのか?時間がかかってしまうぞ。」




「ハナは助かったんだろ?それともまだ危ないのか?」


キョウはいたって普通の調子で聞く。






「いや、おそらく回復方向に向かっている。でも意外だな、こんな提案しといて言うのもなんだけど、助かったと知っても一刻も早く駆けつけたいだろうと思ったから。」




「生きるか死ぬかの瀬戸際なら話は別だけど、すでに回復傾向にあるのならいつ着いても同じだろう?いつ着いてもちゃんと生きて会えるとわかってる。」




そうだとしても早く会いたいと思わないだろうか。


キョウとハナの関係がいかなるものなのか、アイザックは気になった。






「生きているかどうかが重要なんだ。」


キョウが続けた。






「そう…でもそれにしても君はそんなに僕たちを信じ切ってるの?それはそれで危ないというか警戒心がないというか…心配だよ。」

アイザックが髪をかきあげる。






「信じてても信じてなくても、あなたたちにハナを預けてしまった時点で俺にできることは何もないから。」






「冷静だなあ。」


諦めが早いとでもいうのか。


アイザックはキョウの予想だにしない回答に思わず笑ってしまうのだった。

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