第34話
研究とは、自分の無知と無力を痛感しながら小石を積み上げる作業だ。
気楽な研究のつもりで観察研究を始めた悠真は、和井田から授けられたこの言葉の意味を痛感していた。
雨で鬱々とする季節に、乙女はバイトの後であろうとも元気いっぱいで暮らしている。
雨に日差しが遮られて気温が低く、湿度も高いから磯女が暮らしやすいのではないかと推測した悠真は、温度計・湿度計を用意しての観察研究を続けていた。
「ふはーはははは! 見るがいい、このうねりを! 聞け、我が戦車の咆哮を‼」
悪役のように高笑いする乙女が操っているのは、和井田から借り受けた戦車……を参考に、彼女が自分で思うように組み立てた一機。
悠真は質問されれば答えたし、実際のモータや動画を使って原理の説明もしたが、それ以外は何もしていない。
彼女はいくつものトライアンドエラーを繰り返して、戦車設計の何たるかを掴んだらしい。
「見ろ、悠真っ。キャタピラが名の通りに芋虫のごとく!」
「お、おおお……ローラーを増やしたんだね」
ローラーを増やせばキャタピラの柔軟性が向上する。それによって、効率的に悪路を走れるようになるのだ。
新生乙女ちゃん号は、ゴツゴツとした岩場や砂浜で暴れまわっている。
「ふふふ。戦車を提出したら、和井田から潜水艇の製法をもらう約束をしているのだ……!」
「譲渡できるんだ? 便利な機能だね」
「羽菜いわく。あっぷでーと、の新機能だとか」
「あふん可愛い」
慣れない横文字を使うとたどたどしくなってしまう彼女だが、そこもまた可愛い。
乙女は羽菜からのチャットを見せてくれた。
「教わって安心したが、モータは、いろんな鉱石を手に入れれば製法が得られるそうなのだ。借りて壊れたモータは作って返す」
「良かった……」
作った戦車が破損したことも、そのせいで先輩たちから借り受けたモータを喪失したことも、心のしこりだった。それは乙女にとっても同じだったようだ。
「和井田と、その弟子たちは良い人ばかりだ。……ゆえ、お前と出会えたわたしは、幸せな女なのだな」
「僕も嬉しいよ。……これからも、乙女ちゃんの観察研究を続けていきたい」
「良いぞ! わたしも悠真の観察日記が溜まってきたところ。互いに観察しようぞ」
彼女は《悠真観察記》という名前のテキストファイルを自慢げに見せる。
「タイピングの練習を兼ねて頑張っている」
「……それ、見せてもらっても……?」
「ぷ、ぷらいばしーだ」
「僕のは見てるのに……⁉」
一瞬だけ答えに詰まったが、赤面して指でバツを作る。
「とにかく、ダメなのだ。乙女の秘密だぞ」
「……可愛い……」
彼女自身の名前とかけてのダブルミーニング。
ノックアウトされた悠真をふふんと笑って、銀太郎の画面を閉じた。
「明日こそは、現実で戦車を作るのだろう?」
「うん」
もちろん、本物ではなく、いくつかの部品で作るおもちゃだ。
悠真はリサイクルショップとプラモ屋を回ってパーツを集め、乙女の好みに沿えるよう愛用の塗料を新調していた。壊れたラジコンから基盤を流用して、簡単な操作が可能なものにしようとも考えている。
「楽しみにしてて。僕も凄く楽しみだから」
「ふふ」
満面の笑みは華やかで、悠真の胸にとても痛い。
作っておいた夕食を取りに台所へ向かう背に、長い黒髪が揺れている。
彼女を見るだけで悠真は恋を実感する。
「可愛いなあ……」
髪を切るチャレンジはいまだに成功せず、髪を伸ばす映像も恥ずかしいからと撮れず。
この調子では、本格的な段階まで研究を進められるのはいつのことになるかもわからないが、和井田たちは快く待ってくれている。それが何よりありがたい。
「……」
何を作りたいかを問いかけたとき、乙女は「戦車だ!」とはしゃいだ。
当然、どちらに乗ったこともない彼女がなぜそれを思い浮かべたのかと言えば――そもそもゲームで戦車を作り始めたのは――悠真の本を読み漁って気に入ったからで。
乙女と好きなものを共有していると知った悠真が喜んだからであった。
まとめると、彼女の創造性には悠真の趣味が大きく関わってしまったらしい。
バイトの帰り道でその旨を紀衣香にメールで伝えたところ、たったいま返信が到着した。
【創造性にその人のすべてが出るなら、乙女ちゃんの構成要素は、悠真くんが多くを占めてるってことよ。とっても素敵ね】
このメールは大切に保存し、研究の励みにしていこうと思った。
「悠真、皿を運んでおくれ」
「あ、ごめん!」
画面を切って台所に向かう。
心地よい時間が流れる中、乙女は何気なく言った。
「末永くよろしく頼む」
「こちらこそ。不束者ですがよろしくお願いします」
悠真が返すと、彼女が笑う。
その笑みはとびきりに可愛かった。
吸血鬼と論理的な戦車 金田ミヤキ @miyaki_kanada
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます