あらゆるものが1割になるあなたの世界

ちびまるフォイ

第1割の人

「これは世界で1割しか流通していないものなんですよ!」


「そ、そうなんですか? うちの家にあったものを

 捨てるくらいならと出品したんですが……」


「ああ! それにこっちも素晴らしいじゃないですか!

 これも、これも、これも! あなたがお持ちのものは

 どれも世界では1割しか流通していないレア物ばかりです!」


「し、知らなかった!」


「お好きな額をおっしゃってください! 買い取ります! 買い取りますとも!」


「まいったなぁ……」


「あ! その仕草! その仕草も人類の中で1割しかできないという仕草です!

 あなたはいったいどれだけレアな1割の要素をお持ちなんですか!?」


自分の価値を100%理解している人間はどれだけいるのか。

少なくとも俺は自分自身にこれだけの付加価値があるとは思わなかった。


「おめでとうございます! あなたはレアなお客様です!」


「れ、レアな客? ここコンビニですよね」


「実は来店したお客様のうちの1割にサービスをしているんです。

 で、あなたはその1割になったんですよ。おめでとうございます」


「嬉しいけど、あまりに突然だと上手く喜べないものですね。あはは」


俺のやること為すことすべて1割のレアパターンになっている。

希少であるというだけで一目置かれる。


「こっ……この十円玉は幻の……!?」


「な、なにかまずかったですか……?」


「これは期間限定で作られた十円玉ですよ。

 全体に対して1割しか流通していない十円玉!

 もはや十円の価値ではありません!!」


「これも1割……!」


俺の所持しているあらゆるものは1割の希少価値があるらしい。

最初は面食らうばかりだったがこれを利用しない手はない。


「すげぇ! ゲームソフトを売っただけで、こんなに儲かるなんて!!」


たまたま持っていたゲームソフトも1割しか流通していない限定品らしく破格の値がついた。

断捨離という名の錬金術だ。


「ようしこのままバンバン売って大儲けだ!」


どれもこれも1割しか流通していないレア物。

もやしで切り詰めていた生活がばかばかしいほどの財産を手に入れた。


「さぁて、なにを買おうかなぁ」


これから始まるセレブライフを夢見てムフフと微笑んだ。


「こちらですか。お客様、お目が高い。

 実はこれは世に1割しか流通していないものなんです」


「そ、そうなんですか。結構な値段しますね」

「ええそれはもう」


「それじゃこっちは?」

「こちらも1割しか流通しておりません」


「あっちは?」

「1割」


「……じゃあどれならレアじゃないんだよ!?」


「たまたま、当店に現在置いてあるものはすべて

 世に1割しかない希少価値の高いものです、お客様」


買えなくはないが、こんな調子じゃいくら財産があってもすぐに底をつく。


スーパーマーケットでもやしを手にとっても、

たまたま1割しかまざらないレアなものを引き当ててしまう。


「お、お客様! このもやしは超レアなもやしです!

 通常のもやしだと10円ですが、これは世に1割しか無い幻のもやし!!!」


「普通のはないんですか!?」


「もちろんありますよ。でもお客様がたまたま1割しかないレア物を引き当ててしまうんです!」


「いらないよそんなガチャ運!!」


なんでも1割になるのは売るぶんにはいいが、買うぶんには損しか無い。

電車に乗ろうとするとごくまれにしか発生しない1割のトラブルで停車したり散々だ。


『ただいまこの電車は1割しか発生しない電気トラブルにより停車しております。

 トラブル解決まで息苦しい満員電車の中でお待ち下さい』


「そ、そんな……」


これから受けた人のうちわずか1割しか合格しないという面接に向かう予定だったのに。

1割なら確実に合格できる自信はあるがたどり着かなければ意味はない。


「おります!! ここでおります!」


電車の緊急ドアをこじ開けて外に出た。

タクシーを呼び止めて面接会場に急がせる。


「できるだけ急いでください! 俺の合格がかかっているんです!」


タクシーが動き始めると徐々に渋滞が前にできはじめる。


「おかしいなぁ……普段この道がこんなに混むことはないのに……」


「もういい! 走ります!」


「あ、ちょっとお客さん! 今降りちゃ危な--」


料金を支払って外に出た。

慌てていたのか不幸な1割を引いてしまったのか。


タクシーの後ろから来ている車に跳ね飛ばされて意識が飛んだ。




目が覚めると病院の廊下をストレッチャーで運ばれていた。


「気が付きましたか!? これから9割は成功する手術に向かいます。

 安心してください。9割もの成功率があるので失敗はしないでしょう!」


ストレッチャーを押す医者の言葉に青ざめた。


「ーーーーーー!!! ーーーーーーーー!!」


1割で失敗する手術をなんとか中止させまいと叫ぶが言葉にならない。

事故の影響で体は1割程度しか動かせないようだ。


抵抗するまもなく集中治療室に送り込まれランプが灯る。


麻酔が切れるころには病院のベッドで目が覚めた。

申し訳無さそうな医者の顔色にすべてを悟った。


「……大変申し訳ございません……」


「失敗、したんですね」


「通常でしたら9割は成功する簡単な手術だったのですが……」


「1割は失敗するなら手術なんてしなかったよ!」


どうして自分だけこんな目に……。

いくら悔やんでも悔やみきれない。


「でもあなたも運がいい」


「運がいい!? 冗談でしょう!?

 こんな目にあってどこがいいんですか!」


医者はマスクを取って顔を見せた。



「ほかに9人いるクローンと生前に遭遇できる幸運は1割もないんですよ」

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